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【長編小説】 2085 : エデンの果て PART Ⅱ ⑴ 【連載】

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Nine Inch Nails - The Hand That Feeds

PART Ⅱ


Chapter 01


——最初に報道されたのは関西圏だった。スキーマスクを被った集団が、深夜の交差点で大声を上げながら、手にしたタブレットから大音量でなにかを流していた。再生されていたのは、俺が書いたあの書籍『エデンの果て』の一節だった。オーディオ版をスピーカーから大音量で流し、彼らはそれに合わせてビラをばら撒きながら、気まぐれに堂々と、万引きや恐喝を繰り返していた。

 彼らは自らを"ゼロコア"と名乗った。報道はそう言っていた。

 けれど、俺にはすぐわかった。ゼロコアのメンバーに、そんなやつはいない。そもそもやつらは無意味な犯罪行為は働かない。ゼロコアがやってきたのは暴露だ。情報の暴力であり、物理的な暴力ではなかった。俺が見てきたのは、情報を集め、吟味し、痛みを覚悟しながら社会に突きつけてきたやつらの姿だ。

 それが今では"反抗のブランド"として利用されている。

 模倣犯は本質を理解していない。ただ、刺激に惹かれてるだけだ。俺の言葉も、ゼロコアの暴露も、単なる破壊の合図として使われていた。

 その報道を見ながら、俺は背筋が少しだけ冷えた。これが、始まりなんだと感じた。

 俺たちはなにかを壊した。それは確かだった。けれど、ゼロコアが壊そうとしたのは、構造だった。制度そのものだった。社会にとって都合のいい嘘を、知識として信じさせていたAIインフラの根幹だった。

 だが、今、目の前で起きているのはただの暴動だ。過激さだけが先行し、文脈も理念も置き去りにされていく。

 SNSでは、「ゼロコア支持」「政府はクソ」「国民に自由を」といったハッシュタグが並ぶ一方で、「ゼロコアを名乗るグループが再開発中のビルを占拠」「市役所に火炎瓶」といったニュースが日々更新された。

 最悪なのは、それを煽るように一部メディアも便乗を始めたことだった。

「新たな反AI運動の胎動」「怒れる若者たちの声」まるで、新しい市民運動が生まれつつあるかのように、編集されたドキュメントやインタビューが垂れ流されていく。

 ゼロコアの計らいで、安全な家に身を潜めている俺の元に、夕季が連絡を寄越したのは、そんな空気が一層濃くなった頃だった。メッセージの内容は短かった。

「無事か? ゼロコアは今しばらく動けない。世間が騒ぎすぎてる」

「信者のふりした模倣犯、そろそろ本物と誤解される。なにか策を練らないと」


 俺は返事を打ちながら、部屋のカーテンを少しだけ開けた。

 外では、夜の公園で誰かが拡声器を使って演説していた。内容は、「全てのAIにNOを」「教育の自由を市民の手に」。どこかで聞いたようなフレーズばかりだった。

 そしてその声には、なんの責任も感じなかった。俺はそれに危機感を覚えた。俺たちが暴いた真実が、こんなふうに短絡的な憎しみに変わっていく。名も知らぬ誰かが、それを自分の武器に変えて、誰かを殴っている。模倣犯の活動は、あっという間に全国へ広がった。

 最初のうちは"ネオコア"と総称される小さいギャンググループがいくつか現れた程度だったが、三週間も経たないうちに、警察の統計には反政府系ギャングの破壊活動が数100件を超えて記録されていた。多くは大規模ではなく、看板の破壊や役所の窓ガラス、AIターミナルへの落書き程度だったが、異常な数だった。

 そしてなにより悪質だったのは、そうした騒ぎがすべて"ゼロコアの犯行"として報道されるようになっていったことだ。

「ゼロコアが教育AIセンターに爆破予告か」

「福岡市内でゼロコアのメンバーと見られる青年ら5人が暴行・器物損壊」

「暴動の裏に、例の密着記事を書いた人物が?」


 最後の見出しには、思わずため息が出た。俺の名前は伏せられていたが、書かれている内容は明らかに俺のことだった。かつてメディアにいたこと、ゼロコアに同行していたこと、本を出版したこと、すべてが使われ、まるでフィクサーかのように書かれ、見出しの一部になっていた。

 "元ジャーナリストが率いた反社会運動"
。そんな風に物語を書き換えられていくのを、指をくわえて見ているしかなかった。

 出版して、世に問うた。それは間違っていない。でも、俺たちが本当に言いたかったこと。それが誰にも届いていないと感じる瞬間、胸の奥に刺さるような痛みが走る。

 俺たちは悪者にされた。俺は、告発者ではなく、煽動者になっていた。

「これ、どうする?」

 ゼロコアのアジトに着くなり、逢坂がテーブルにタブレットを投げた。タブレットから浮かび上がるホログラムモニターには、ある掲示板のスクリーンショットが表示されていた。匿名の誰かが「ゼロコアの地方支部メンバー募集」と呼びかけている。そこには手作りのロゴや"内部文書"とされる画像の添付まであった。明らかにねつ造だが、反応は爆発的で、スレッドは荒れに荒れ、信者の希望者が「俺こそがゼロコアにふさわしい」「地元で掃除活動を始める」などと書き込んでいた。

「ここまで来ると、もうカルト宗教だな……」

「なにが"掃除活動"だよ。こいつらただの愉快犯じゃないか」

 愛川と水咲が憤った声で言う。地元の駅前のAI案内板が破壊され、「ゼロコアに従え」とスプレーで書かれていたという。犯人は若い男たちのグループだったらしい。報道では"ゼロコア直系の新組織"と呼ばれていたが、もちろんそんなもの、ゼロコアは作っていない。

 夕季が、重く口を開いた。

「おそらく、国はこれを利用する。わざとこいつらを野放しにする。俺たちに悪のイメージを植え付けさせる」

「国民にこっちを"過激派の母体"として糾弾させるってこと?」


「そうだ。現に俺たちの支持者は荒くれ者ばかりで、まともな人間がまともな考えに気付くことを阻んでる」

 部屋の空気が一段と重くなる。どこかで「こんなはずではなかった」という不安が、俺の背中をじっと見つめていた。

⸻午後22時。夕季がニュースをチェックしていたモニターに、警察の突入映像が流れ始めた。模倣犯の一団が、都内のとある公民館を占拠して拠点を構えていたらしく、そこに機動隊が踏み込んだのだ。

「見ろ。連行されてるやつ、Tシャツに俺たちのマークを使ってる」

 そして各主要メディアは、その一部始終を、まるで待っていたかのように放送した。映像の中で連行される若者は、カメラに向かって叫んでいた。

「AIは俺たちを殺す! ゼロコアはそれを止めるために戦ってるんだ!」

 次の瞬間には、なにも知らないチンケなアナウンサーがこう嘯く。

「一部の過激派が、AI社会に対する不安を扇動しているとの批判も出ています。識者は、こうした運動の裏に、反社会組織、ゼロコアの関与がある可能性が高いと見ています」

 アナウンサーの声は、静かで、正確に、嘘をついた。

 その夜、俺は一人でタブレットに文字を書き連ねていた。ディスプレイ越しの雑音に埋もれた本当の声を書き留めておきたかった。これが、たとえ誰にも届かなくても。

 模倣犯の動きに便乗して、政権側の強硬姿勢が強まり、インフラへの攻撃はテロと認定され始めた。「情報開示請求の拡大」「データ監査制度の透明化」を求める請願書も、ほとんどの自治体で却下された。中には、請願者に事情聴取が行われたケースもあった。誰が、どこで、なにを、どのように求めたか。それすら、いまや監視対象となる。

 そんな状況で、俺たちはどうすることもできなくなっていた。日付が変わる頃、夕季がポツリと言った。

「多分……これから、俺たちの言葉は、もう本物ってだけじゃ届かなくなる」

 その声は、妙に静かだった。

「本物だろうが偽物だろうが、人は物語として面白い方に流される。俺たちは、それをずっと拒んできた。けど、そうやってる間に、世界のほうが俺たちを勝手に物語化してる」

 ゼロコアは一切のセンセーショナリズムを拒否し、スキャンダルとしてじゃなく、真実として示してきた。だけど今、世間に広まっている"ゼロコア像"は、あまりにも歪んでいた。

 街でスプレーを巻き、バス停に火をつけ、AI誘導型ドローンを落とし、「これはゼロコアの意志だ」と言ってのける。それを伝えるテレビやニュースサイトは、センセーショナルな映像とともに「ゼロコア」と見出しを付け、淡々と報じる。

 俺たちの意志は、もう手元を離れていた。だが、だからこそ、ここからは言葉ではなく、姿勢が問われる。ゼロコアは、誰かの怒りの代弁者じゃない。暴力に言い訳を与える組織でもない。俺たちはただ、この世界に沈められている、見なかったことにされてきた真実を目の前に置く。それだけだ。

 一体どうすれば本質を理解してくれるのか。模倣犯は増え続け、治安部隊は過剰な鎮圧を始めていた。思想と暴力がごちゃまぜになり、街には、「AI撲滅」の文字が増え続ける。かつて、救済の象徴だったはずの人工知能は、いつしか、カオスの元凶になっていた。



つづく


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