【長編小説】 2085 : エデンの果て PART Ⅰ ⑼ 【連載】
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Muse - Hysteria
PART Ⅰ
Chapter 09
——ソゾのデータが拡散されてからというもの、世間は静かに、だが確実に混乱していった。
ネット上では「このデータは改ざんされたものだ」「陰謀論のフェイクニュースに惑わされるな」といった反論が散見され、まるで火消しの指示でも出ていたかのような統一された口調だった。もちろんサクラが大多数。
だが騒ぎは鎮火することなく、数週間後、厚生労働省、医師会、ソゾの開発元である大手企業『フィリア・メディカル』。それぞれのトップが記者会見を開くに至った。スーツの重役たちもずらりと並び、まるで茶番劇の舞台だった。
「事実無根です」「今世間を賑わせているデータは、AI生成によるものである可能性が高く、信頼性に欠ける悪質なイタズラです」そんな言葉が、無機質な照明の下で繰り返された。
もちろん、認めるわけがない。ただの猿芝居の上演だった。だが、確実に流れは来ている。
今まで当たり前だと思っていたものが、崩れていく音が聞こえる。それはミシミシと、微かなヒビが立てる小さい音だったが、だからこそ人々は耳をすました。津波が防波堤を破壊するのも、もう時間の問題だった。
ゼロコアの活動にも拍車がかかった。全国の学校で導入されている教育AI《スタディオン》。
表向きは学年ごとの現代に適した教育を推奨してくれる機能だが、実際は、AIが入学時に予測した教育到達指数によって、生徒たちの未来の決定が行われる。
生徒自身の小学生までの成績、授業態度はおろか、アレーテと連動して、親の仕事や収入、前科の有無や民族的背景まで計算され、クラス分けされる。
たとえばAクラスに分けられた生徒には高度知的カリキュラムが組まれ、Cクラスの生徒には、最終的に、最低限、偏差値の低い大学に入れる程度になれるまでの学問、そして服従力を鍛えるような道徳的なカリキュラムが組まれる。
これは教育ではない。これは、誰にどの程度の知性を与えるかを国家が決定するシステムだった。
現実的な進路を示す、最適化された教育。そう言えば聞こえはいいが、ただの階級の固定だ。
「なにが希望の光をだよ」愛川はモニターを睨みつけたまま、声を落とした。
「最初から、希望をなくすために作られてる」
スタディオンだけではなかった。スタディオンの投稿が拡散されたのも束の間、ゼロコアが次に手を付けたのは、すべての不動産業界で導入されている、住宅AI《ビオス》の内情だった。
ビオスは、ソゾ、スタディオン同様、国家が主導して構築したAIシステム。
市民の所得、職歴、健康状態、家族構成、国家貢献指数などを総合的に判断し、最も効率の良い物件を推薦してくれるという仕組みだった。
行政が提供する住宅補助や引っ越し支援制度とも連動し、利用者には手間もなく、手頃な家賃で安全で快適な住環境が得られるとされていた。
だが、ゼロコアがリークした仕様書とマップ情報には、致命的な裏があった。
「見て」逢坂が画面を切り替えると、物件候補リストが表示される。
「再開発地域」「郊外型ニュータウン」「自然調和型都市」など、それらしい言葉で装飾された説明。どれも一見魅力的だが、その座標を精査すると、ある共通点が浮かび上がる。
「この物件、20km圏内に仮想燃料分散発電プラントがある」
「こっちは、未公表の原子力リサイクル施設の建設予定地」
「この一帯、実は2029年に基準値超えの地下水汚染が記録されてる。公表されてないけど、行政にデータが残ってる」
どれも外から見れば、ただの閑静なベッドタウンだ。小学校、公園、スーパーマーケット。だが、そのすぐ裏では、国家の汚い思惑が潜んでいた。
「わかるか?」夕季が言う。
「これらの施設、事故が起きたときに影響が出るのは、周囲20〜30km圏内。そしてその範囲の物件は、影響が出ても国が対応に追われなくて済む層に推薦してる」
失業者、低収入世帯、高齢者単身世帯、シングルペアレント、難民……国家が"損失としてカウントしない"層だ。
「もちろん事故が起きない前提で設計されてるんだろうが、万が一起きた時の犠牲の計算が先にあるってとこだな」
リスクは低いがゼロではない。高所得者や優先層には絶対に推奨されないエリアだった。
「たとえば、首都圏西部に建設中のハイブリッド型ガス再圧縮プラント。爆発事故が起きたら、半径10km圏は壊滅だ。でも、その近隣には新興住宅地がある」
そのエリアに推薦された市民のプロファイルも、ゼロコアの手元にあった。
30代前半、派遣社員。2人の幼児を育てるシングルマザー。持病あり。実家は生活保護世帯。
「新築、補助あり、学区良好……っていうけど、実際は切り捨て前提の緩衝材として選ばれてる」
生まれ落ちた瞬間から、人はデータとして分類され、点数で運命を決められる。効率や最適化という名のもとに。
《ソゾ》《スタディオン》《ビオス》どれも当たり前のように使われ、そして信じられてきたインフラ。そのすべてが、国にとって都合のいい人類の選別が行われていた管理システムだった。
ゼロコアの追撃は瞬く間に世間に広まり、雑談のネタに使われるレベルにまでなった。無関心な人間も、時代の変化を身をもって感じ始めていた。
「次、いくぞ」
誰ともなく、そう言った。ゼロコアは会議なんてしない。多数決も取らない。みんな同じ目的だからだ。ただ、黙々と準備をし、機が来たと思えば動く。それだけだ。
ゼロコアはその後も活動を止めなかった。政府系研究所の暗号通信、AI審査員会の非公開議事録、そして海外との技術協定に紛れた"不要人口削減政策"の構想書——
メンバーの誰もが、もはや一日何時間寝ているのか分からないほどだった。
俺もその一人だ。俺はその現場のすべてを記録した。インタビューではなく、傍観でもない。
ただ、ここにいる。目撃者として、証人として、いつかこれを世に伝える者として。そしてそれは、もう誰にも止められなかった。
ゼロコアに密着し始めて67日。俺はいよいよ出版のきっかけを掴むため、ネットに記事を投稿し始めることにした。匿名だが、最近世間をざわつかせてる投稿を繰り返してる集団に密着していることと、大手メディア会社に勤めていたがやめてまでそうしていることを材料に、武者震いか恐怖かわからない、震える指を懸命に動かしながら。
つづく
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Vampire Weekend - White Sky
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