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ミシュナ『Me'ilah』研究 第11回:金の祭壇の灰、menorahの灰、未成熟な山鳩及び家鳩のme'ilah適用境界

*本稿は口伝律法ミシュナ第5部『Kodashim(コダシーム)』に属する『Me'ilah』の第11回目の解説である。

 今回は『Me'ilah(メイラー)』3章4節を取り上げ、聖所内の金の祭壇およびmenorahから出る灰について、me'ilahの適用・免除の境界線を示し、さらに『Zevachim』14章3節のラビ・シモンの見解を踏まえた未成熟な山鳩(turtledoves)と時期を過ぎた家鳩(pigeons)の法理を詳解する。

 またタルムード・ゲマラの注釈に基づき、家畜と鳥における「傷による贖い出し」の有無が、me'ilahの適用についての裁定に与える影響を厳密に解説する。


前回の振り返り:ミシュナ『Me'ilah』3章2節における「血」と「ぶどう酒」の奉仕段階別me'ilah適用法理


 前回はミシュナ『Me'ilah』第3章2節を取り上げ、いけにえの「血」と献げ物に伴う「ぶどう酒」について、奉仕の段階に応じてme'ilahの適用がどのように変化するかの法理を解説した。

 主な内容は以下の通りである。

【1】「血」の法理:ゆるやかから厳格へ

 ミシュナは「献げ物の血は始めにゆるやかであり、終わりには厳格である」と定義している。

①奉仕の開始時(zerikah前)

 me'ilahの対象外となる。根拠としてレビ記17章11節に基づき、血は「神の財産」として留保されたものではなく、祭壇の上で「贖い(儀式)」を行うために与えられたものと解釈されるからである。

②奉仕の完了後(キドロンの谷)

 祭壇の基(yesod:イェソド)にある穴から流れ出し、水路を通ってキドロンの谷へ至った血は、ラビ規定によるme'ilahの対象となる。

③賠償規定

 肥料として私的に利用した場合は元本の賠償義務が生じるが、追加の5分の1の支払いや賠償の献げ物(asham me’ilah)は必要ない。トーラの次元においては、me'ilahではないからである。

【2】「ぶどう酒」の法理:厳格からゆるやかへ

 ぶどう酒は血とは逆の性質を持ち、「始めに厳格であり、終わりにはゆるやかである」と定義される。

①奉仕の開始時

 穀物の献げ物(minchah)と同様にkodshei kodashim(コドゥシェイ・コダシーム:最も聖なるもの)」として扱われ、聖別された瞬間から祭壇に注がれるまでは、トーラの次元でme'ilahの対象となる。

②奉仕の完了後(shittin到達時)

 祭壇の注ぎ口から下にある空洞(shittin)へ流れ込むと、奉仕が完了したと見なされ、me'ilahの対象から除外される。

【3】祭壇下の空洞「shittin(シッティン)」の定義

 ぶどう酒が流れ込むshittinの構造については、タルムードで2つの見解が示されている。

①多数派の意見

 底がなく、深くの地下水まで通じている自然またはダビデ王が掘った空洞であるとする説。

②ラビ・エルアザル・バル・ツァドクの説

 人工の貯水池であり、70年ごとに凝固したぶどう酒を取り出して中庭で焼却していたとする説。

 これらの内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉ミシュナ『Me'ilah』研究 第10回:「血」と「ぶどう酒」における奉仕段階別のme'ilah適用法理

https://note.com/mishnah/n/n80410cb33dcf


ミシュナ『Me'ilah』3章4節:金の祭壇の灰とメノーラー(menorah)の灰における聖別と免除の原則


 今回はその続きである。口伝律法ミシュナ「Me'ilah」3章4節を引用する。

 聖所の祭壇の灰とmenorahの灰から利益を得てはならないが、me'ilahにならない。しかしもし最初に灰の価値を聖別するなら、それらはme'ilahになる。

(Me'ilah 3:4)

 本文に入る前に、金の祭壇の灰とmenorahの灰について復習する。

 毎朝、聖所内の金の祭壇からは、前日にそこで焼かれたketoret(香料)と炭の灰が片付けられる。同様に、menorahの灯火からも、前夜の点火で残った灰や燃えカスの芯が取り除かれる。

 これらの灰はすべて、外の祭壇のスロープの東隣の地面に置かれる。この場所はterumat hadeshenが置かれるのと同じ場所である。

 以前の記事で学んだように、ketoretはそれが聖別された瞬間からme'ilahの対象となり、menorahで使用される芯や油についても同様である。

 本ミシュナでは、内側の祭壇やmenorahから集められた「灰」に適用されるme'ilahの法について論じているものである。

 以上の知識を前提にミシュナ本文を確認する。

 最初に「聖所の祭壇の灰とmenorahの灰から利益を得てはならないが、me'ilahにならない」と書かれている。

 聖所内の金の祭壇のおける灰と、menorahの灰が聖所から運び出され、祭壇のスロープの隣に置かれた後は、依然としてそこから便益を得ることは許されない。しかし、もし利益を得たとしても、me'ilahの罰則(元本及び5分の1の賠償や、asham me'ilahを献げる義務)を負うことはない。

 me'ilahの禁止事項は、その務めが完了したものには適用されない。金の祭壇で燃やした灰やmenorahの古い芯、燃えカスは、祭壇のスロープの東隣に置かれた時、全ての奉仕が完了したと見なされる。

 ややこしいが、外側の祭壇から取られたterumat hadeshenは、祭壇のスロープの隣に置かれた後でも、依然としてme'ilahの対象となる。その根拠はトーラから引き出されている。

 朝、祭司は亜麻布の衣服を着け、亜麻布のズボンをはいて肌を隠し、祭壇の上で燃やした献げ物の燃え滓を祭壇の端にかき寄せ

(レビ6:3)

 トーラに「祭壇の端にかき寄せ」と書いているが、これはterumat hadeshenをスロープの東隣に置くことを指している。terumat hadeshenはこの場所に置かれると、地中に吸い込まれたとされる。吸い込まれるその時まで、me'ilahの対象から外されることはない。

 従ってterumat hadeshenに関する限り、「奉仕が終わったらme'ilahの対象から外れる」原則は適用されないことになる。

 話を戻すが、聖所内の金の祭壇の灰、またmenorahの灰は、祭壇のスロープの隣に置かれた瞬間にme'ilahから免除される。

「最初に灰の価値を聖別する」ケースにおける減価と賠償義務(asham me'ilah)の法理

 次に「もし最初に灰の価値を聖別するなら、それらはme'ilahになる」と書かれている。

 この箇所はミシュナ本文からだけでは分かりにくいが、個人が内側の祭壇またはmenorahの灰の金銭的な価値を寄付することを誓い、自らに義務付けたケースについて言っている。

 彼はこの宣言を「最初に」、すなわち、灰がまだ聖所内にありme'ilahの対象である間に行っている。me'ilahの対象である間にその価値を寄付すると誓っているので、その価額の査定を要する。

 そのようなケースにおいては、灰が外側の祭壇のスロープの隣に置かれた後であっても、依然としてme'ilahの対象であり続ける。

 このケースをより具体的に説明する。

 誓いの対象になった灰が運び出され、スロープの隣に置かれると、まずその金銭的な価値が査定されなくてはならない。しかし誰かが査定結果の出る前に来て、そこから便益を得たのである。

 この者はme'ilahの罰則を負うことになる。なぜなら、その者は灰を「減価」させたからである。彼は、寄付者が神殿の財務に寄付したはずの額と、実際に寄付出来る額との差額について有責になる。その価額の元金と5分の1の割増分を払い、asham me'ilahを献げなくてはならない。

 以上で金の祭壇の灰とmenorahの灰についての解説を終えた。

ミシュナ『Me'ilah』3章4節後半:未成熟な山鳩と時期を過ぎた家鳩の適格性とme'ilahの論争


 ここから「Me'ilah」3章4節の後半に入る。まずは本文から引用する。

 山鳩で、まだその時期が来ていないもの、または若い家鳩で時期が過ぎてしまったものは、利益を得てはならない。しかしme'ilahにもならない。ラビ・シモンは言う、「山鳩で、まだその時期が来ていないものはme'ilahになる。若い家鳩で時期が過ぎてしまったものは利益を得てはならない。me'ilahにもならない。」

(Me'ilah 3:4)

 ミシュナ本文に入る前に山鳩(turtledoves)と家鳩(pigeons)の基本的な知識を確認しなくてはならない。

 山鳩(turtledoves)と家鳩(pigeons)は、幼鳥から成鳥へと成長する過程で、首の周りの羽の色が変化する「中間段階」を経る。しかし山鳩と家鳩では、中間段階の意味が正反対になる。以下、箇条書きにする。

①山鳩

 中間段階を過ぎるまで、山鳩はまだ十分に成長していないため、犠牲として献げることは出来ない。

 本節のミシュナにおいて、山鳩は首周りの毛の色が変わる前に聖別されている。この段階で実際に祭壇に献げることは出来ないが、聖別すること自体は否定されない。所有者は、その山鳩が成熟して献げられるようになるまで待つことになる。

②家鳩

 家鳩は逆に、家鳩の首の周りの羽の色が変わり始めると、それは犠牲として献げるには「老いすぎている」と見なされる。ミシュナにおいては、若い頃に聖別されたものの、献げられる前に成長して不適格となった家鳩について論じていることになる。

 以上を前提に、ミシュナ本文を再度引用する。匿名のラビ(Tanna Kamma:タンナ・カンマ)の見解は次の通りである。

 山鳩で、まだその時期が来ていないもの、または若い家鳩で時期が過ぎてしまったものは、利益を得てはならない。しかしme'ilahにもならない。

(Me'ilah 3:4)

 「まだその時期が来ていない」山鳩、「時期が過ぎてしまった」家鳩はどちらも祭壇に献げることは出来ない。しかし依然として個人的な使用のために便益を得ることは禁じられていることが書かれている。

 ただ、もし誰かがそれらを私的に使用したとしても、me'ilahの罰則を負うことはないという見解も示されている。

ラビ・シモンの見解:『Zevachim』14章3節とレビ記22章に見る「将来の適格性」と聖性の内包


 続きにはラビ・シモン(Rabbi Shimon)の見解が記されている。

 ラビ・シモンは言う、「山鳩で、まだその時期が来ていないものはme'ilahになる。若い家鳩で時期が過ぎてしまったものは利益を得てはならない。me'ilahにもならない。」

(Me'ilah 3:4)

 ラビ・シモンは、時期を過ぎた成鳥の家鳩に個人的な利益が禁止され、かつ me'ilahの対象から外れている点について、Tanna Kammaの意見に同意している。

 しかし、未成熟な山鳩に関してはTanna Kammaの裁定に反対し、それらは成熟した際にむしろ適格となるため、既に me'ilah の対象であると主張する。

 タルムードの注釈部であるゲマラ(Gemara)によると、ラビ・シモンの見解は、ミシュナ「Zevachim」14章3節に見出される。

 「Zevachim」14章3節において、ラビ・シモンは、「将来のある時点で献げ物として献げられるのに適したものはすべて、たとえ現時点で不適格であっても、神殿の外で屠殺してはならないという禁止命令の対象となる」という見解を示している。

 この見解について、トーラの中から以下のような事例を挙げることが出来る。

 牛、羊、山羊が生まれたときは、七日の間その母親のもとに置きなさい。八日目以後は主に燃やしてささげる献げ物として受け入れられる。

(レビ22:27)

 生後7日目までの牛、羊、山羊は現時点では献げ物として不適格である。しかし後に適格を得る。また、その直後には次のように書かれている。

 あなたたちは牛または羊を屠るとき、親と子を同じ日に屠ってはならない。

(レビ22:28)

 親が屠られたその子は、親が屠られた日に関しては献げ物として不適格である。しかし後に適格を得る。

 この2つの事例について、ラビ・シモンは、現時点では献げ物として不適格の家畜であっても、聖別されているなら、生後7日目までであっても、また親が屠られた日の子であっても、神殿の外で屠ってはならないと主張する。

 それは現時点では献げ物として不適格であっても、献げ物として献げられる本質を内包しており、既に献げ物としての一定の地位が認められているからである。そのようなものを世俗の家畜のように、神殿の外で屠ってはならない。

 ラビ・シモンは以上のように考え、山鳩は現時点では献げ物として不適格であるものの、将来的には適格を得るので、既にme'ilahの対象であると主張する。

 ゲマラによると、Tanna Kammaも家畜(牛や羊、山羊)の未成熟な献げ物については、それが me'ilah の対象となることを認めている。

 具体的に言うと、例えば上のレビ記 22章27節における、生後7日目までの動物は、聖別されていれば me'ilah の対象となるとしている。

タルムード・ゲマラの弁証:家畜(贖い出しに見る聖性保持)と鳥(法的経路の欠如)の構造的区別


 しかしTanna Kammaは「未成熟な山鳩」については、me'ilah を適用しない。

 Tanna Kammaが家畜と鳥の間に置いている区別の根拠について、ゲマラは次の点を指摘している。

①家畜の場合

 傷が生じた動物の献げ物は、基本的に贖うことが要求される。贖いによって得た代価が、代わりの献げ物の購入に充てられる。傷が生じた後、贖い出しが必要であるという事実は、その動物が依然として聖性を保持していることを示しており、 me'ilah の対象となることを示している。

②鳥の場合

 現時点では不適格である鳥は、動物におけるような「傷による贖い出し」というプロセスが適用されない。

 現時点で献げることが出来ず、かつ動物のように「贖いを通じて神への奉仕に供される」という法的経路が確立されていない鳥の献げ物はme'ilah の対象から外れる、と結論付けられる。

今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉【シリーズ目次】ミシュナ『Me'ilah』法理研究

https://note.com/mishnah/n/n8ab1e0588261


 全記事の目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)

https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e


◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334

(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef


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