ミシュナ『Me'ilah』研究 第10回:「血」と「ぶどう酒」における奉仕段階別のme'ilah適用法理
*本稿は口伝律法ミシュナ第5部『Kodashim(コダシーム)』に属する『Me'ilah』の第10回目の解説である。
今回はミシュナ『Me'ilah』3章2節を取り上げ、「いけにえの血」と「nesachimのぶどう酒」に適用されるme'ilahの掟の適用変化を徹底的に解説する。
レビ記17章11節を論拠とするzerikah前の血の免責論理、キドロンの谷におけるラビ規定による賠償義務、さらに『Succah』49aに記録されたshittin(祭壇下の空洞)の構造的定義(多数派意見とラビ・エルアザル・バル・ツァドク説の対比)に基づき、ぶどう酒がme'ilahの対象から除外されるタイミングについて全貌を解明する。
前回の振り返り:ナジル人死亡時における聖別硬貨の処理規定
前回は、ミシュナ『Me'ilah』第3章2節を取り上げ、「ナジル人が期間満了時の献げ物のために取り分けた硬貨」を巡る法理を解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】ナジル人の義務的献げ物と硬貨の聖別
ナジル人は期間満了時に、olah(焼き尽くす献げ物)、chatat(罪の献げ物)、shelamim(和解の献げ物)の3つを献げる義務がある。これらの購入資金として聖別された硬貨には、使途の指定状況によって異なる法理が適用される。
【2】使途が無指定(不特定)の硬貨におけるme'ilah免責
どの硬貨でどの献げ物を買うか決めていない状態で、その資金を私的に転用した場合の扱いである。
①現状
私的利用は禁止されているが、me'ilah(賠償や割増金の支払い)の罪には問われない。
②免責の論理
全ての硬貨が、血の振りかけ(zerikah)前までは「持ち主の財産」とみなされるshelamim(軽い聖性:kodashim kalim)の購入に充てられる可能性があるため、現時点では「神の財産を侵害した」という確定的な判断が下せないから。
【3】所有者(ナジル人)死亡時における資金の帰趨
ナジル人が献げ物を献げる前に死亡した場合、残された硬貨は以下のように処理される。
①無指定の硬貨
シナイ山におけるモーセの伝承(Halachah LeMoshe MiSinai)に基づき、イスラエル共同体のためのolahの費用として使われる。
②使途が指定(特定)されていた硬貨
chatatのための硬貨: 所有者が死亡したchatat(餓死させられるもの)と同様の扱いとなり、「死海に行く(廃棄される)」ことになる。この状態の硬貨は「神の聖なるもの(holies of Hashem)」ではなくなるため、me'ilahの対象外になる。
olahのための硬貨: 相続人が引き継ぎ、自発的なolahを献げることが出来る。
shelamimのための硬貨: 相続人が引き継ぎ、自発的なshelamimを献げることが出来る。
【4】法理的痕跡の連続性
相続人がナジル人であった被相続人の意向を継いで献げ物を行う際、ナジル人の献げ物特有のルールが適用される。
通常のshelamimは2日間食べることが出来るが、ナジル人のshelamimは1日と一晩しか食べられない。
相続人が献げる場合も、元の硬貨が帯びていた「ナジル人のためのもの」という法理的痕跡が残っていると見なされ、それによってshelamimを献げる時には1日しか食べることが出来ない。
これらの内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Me'ilah』研究 第9回:『Me'ilah』3章2節による、ナジル人死亡時における聖別硬貨の律法上の地位:使途の指定の有無に伴うchatat・olah・shelamimの処理規定の相違
https://note.com/mishnah/n/n214c4b2f4656
ミシュナ『Me'ilah』3章2節の原典テキストと法理の二面性
今回はその続きで、口伝律法ミシュナ「Me'ilah」3章2節を扱う。まずは本文を引用する。
ラビ・イシュマエルは言う、「献げ物の血は始めにゆるやかであり、終わりには厳格である。ぶどう酒は始めに厳格であり、終わりにはゆるやかである。始めの血はme'ilahにならないが、神殿の敷地からキドロンの谷まで来ると、me'ilahになる。ぶどう酒は最初me'ilahになるが、shittinに下ると、me'ilahではない。
本節のミシュナでは、いけにえの「血」およびnesachimのぶどう酒に関して、奉仕の異なる段階においてどのように me'ilah の法が適用されるかについて論じているものである。
祭壇の基(yesod)からキドロンの谷へ至る水路
いけにえの血の奉仕における4つのavodahが完了した後、いけにえの残りの血は(それが外側の祭壇に適用されたものであっても、内側の祭壇であっても)、外側の祭壇の基部に注がれる。
復習事項であるが、血は祭壇の基(yesod)の南西部にある穴から流れ込む。下の写真を見て欲しい。

yesodの穴から流れ込んだ血は、中庭を通る水路へと流れ込み、そこから神殿の丘の南東にあるキドロンの谷へと流れていく。神殿の財務官たちは、この血を含んだ水を、肥料として使用する庭師たちに売却する。
祭壇下の空洞「shittin」の定義を巡るタルムード『Succah』49aの論争
nesachimのぶどう酒は、全てのolahおよびshelamimに伴うものである。このぶどう酒は、祭壇の上部、南西の角の近くにある2つの銀のボウルのうちの1つに注がれる。これも復習だが、下の写真で場所を確認して欲しい。

2つの注ぎ口の内、西側が仮庵祭の水の為のものであり、東側がぶどう酒の為のものである。ぶどう酒は注ぎ口に注がれると、祭壇を通り抜けて下にある深い空洞へ流れ込む。この空洞は「shittin(シッティン)」と呼ばれている。shittinは「基礎」を意味する。あるいは「流れる」を意味する語根(WTT)から来ている。
タルムードの「Succah」49a では、shittinについて論争がある。そこに引用されている多数派の意見によると、shittinには底がなく、地の深くにある地下水へと通じている空洞である。
この空洞は、祭壇の場所に元々存在していたと言われるが、あるいはダビデ王が神殿建設の準備の一環として掘ったものとも言われる。
1世紀から2世紀にかけての著名な律法学者であるラビ・エルアザル・バル・ツァドク(Rabbi Elazar bar Zadok)によると、shittinは人工の貯水池であり、そこに祭壇の注ぎ口から流れ込んだぶどう酒が蓄積される。70年ごとに、凝固したぶどう酒が手作業でshittinから取り出され、中庭で焼却されたとする。
以上を前提にミシュナ本文を再度引用する。
「血」の法理:奉仕の進行に伴う「ゆるやか」から「厳格」への転換
ラビ・イシュマエルは言う、「献げ物の血は始めにゆるやかであり、終わりには厳格である。ぶどう酒は始めに厳格であり、終わりにはゆるやかである。始めの血はme'ilahにならないが、神殿の敷地からキドロンの谷まで来ると、me'ilahになる。ぶどう酒は最初me'ilahになるが、shittinに下ると、me'ilahではない。
ラビ・イシュマエルが言っているのは、次のことである。
①献げ物の血は始めにゆるやかであり、終わりには厳格である。
②ぶどう酒は始めに厳格であり、終わりにはゆるやかである。
その意味と理由がミシュナの後半に示されている。その内容を噛み砕いて解説する。
「献げ物の血は始めにゆるやかであり、終わりには厳格である」とは、献げ物の血は最初me'ilahの対象ではないが、後になってme'ilahの対象になることを言っている。
レビ記17章11節に基づくzerikah前のトーラ次元における免責
献げ物の血は祭壇にzerikahされる前は、トーラの次元でもラビ規定の次元でも me'ilah からは免除されている。
タルムードの注釈部であるゲマラ(Gemara)によると、その根拠はトーラから引き出されている。
生き物の命は血の中にあるからである。わたしが血をあなたたちに与えたのは、祭壇の上であなたたちの命の贖いの儀式をするためである。血はその中の命によって贖いをするのである。
血は「祭壇の上であなたたちの命の贖いの儀式をするため」に与えられているという聖句から、ゲマラ(Gemara)は、血がkodashim(聖なるもの)であるのは、贖いの効果をもたらす為であると解釈する。言い換えると、血は神の財産として留保されたものではないので、zerikahの前ではme'ilahの対象としない。
ラビの次元でも、zerikahの前の血がme'ilahから免責された理由は、一般的に神殿内のことに関しては、ラビたちは新しい規定や禁止を作らないという方針による。
キドロンの谷におけるラビ規定のme'ilah(元本賠償と加算金の法理)
血はzerikahの後はme'ilahの対象になる。血は上記の通り、すすぎ口から水路を辿ってキドロンの谷にまで至るが、そこでもme'ilahの対象であり続ける。
ただ、キドロンの谷まで来た血もme'ilahであり続けるのはトーラの規定によるものではなく、ラビの規定による。なぜならその奉仕を完了したにもかかわらず、なおトーラの次元で]me'ilahの対象であり続けるものは存在しないからである。
従って、もし誰かがこの血から便益を得た場合、例えば肥料として用いた場合には、その者は元本分を神殿の財務に賠償する義務を負うが、追加の5分の1を支払う必要はなく、asham me'ilahを献げる必要も無い。
以上で血についての解説を終えた。
「ぶどう酒」の法理:聖別からshittin到達による奉仕完了と免責
次に「ぶどう酒は最初me'ilahになるが、shittinに下ると、me'ilahではない」についての部分である。
以前の記事で学んだ通り、olahやshelamimに伴うnesachimを構成する穀物の献げ物(minchah)とぶどう酒はkodshei kodashim(コデシェイ・コダシーム」であり、聖別された瞬間からme'ilahの対象となる。
本ミシュナでは、祭壇で注がれるぶどう酒は、その奉仕が完了するまでは、トーラの次元でme'ilahの対象であることを再確認している。
ぶどう酒はshittin(祭壇下の空洞)に入ると、その務めは完了したと見なされ、me'ilahの対象から除外される。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Me'ilah』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n8ab1e0588261
全記事の目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
