ミシュナ『Me'ilah』研究 第9回:『Me'ilah』3章2節による、ナジル人死亡時における聖別硬貨の律法上の地位:使途の指定の有無に伴うchatat・olah・shelamimの処理規定の相違
*本稿は口伝律法ミシュナ第5部『Kodashim(コダシーム)』に属する『Me'ilah』の第9回目の解説である。
今回は『Me'ilah(メイラー)』3章2節を取り上げ、ナジル人が期間満了時の義務的献げ物(olah, chatat, shelamim)のために取り分けた「用途までは無指定の硬貨」および「用途まで指定された硬貨」の律法上の地位、およびナジル人本人の死亡時におけるそれらの資金の帰趨を検証。
軽い聖性(kodashim kalim)に起因するme'ilah(聖物横領)の免責論理、ゲマラ(Gemara)の「シナイ山におけるモーセの伝承(Halachah LeMoshe MiSinai)」の適用、そして被相続人の死後に残された硬貨が帯びる法理的痕跡(制約)の連続性について、徹底的に解説する。
前回の振り返り:『Me'ilah』3章1節における「餓死させられる5つのchatat」の法理構造
前回は、ミシュナ『Me'ilah』第3章1節を取り上げ、聖別されながらも祭壇に献げることができず、「餓死するまで放置される5つのchatat(贖罪の献げ物)」に関する法理を解説した。
主な内容は以下である。
【1】餓死させられる5つのchatat
「シナイ山におけるモーセの伝承(Halachah LeMoshe MiSinai)」に基づき、以下の5つのケースに該当するchatatは、囲いの中に置かれ、餓死するまで放置されなければならないと規定されている。
①chatatの子
聖別された後に身ごもった子は、母親の聖性を引き継ぐが、特定の罪の贖いのために聖別されたわけではないため、献げることが出来ない。
②chatatのtemura
禁止されているtemuraによって聖別された個体は、罪の贖いには使えない。
③所有者が死亡したchatat
所有者の死によって贖いは完了しており、相続人がこれを献げることは出来ない。
④年齢超過(1歳を過ぎたもの)
行方不明になっている間に規定の年齢(1歳)を過ぎ、代わりのいけにえで贖いが完了したもの。
⑤傷のある状態で発見されたもの
行方不明中に傷を負い、代わりのいけにえで贖いが完了したもの。
【2】『Temura』篇との記述の差異
この5つのchatatのリストは、ミシュナ『Temura(テムラー)』4章にも登場し、一言一句同じであるが、本篇の『Me'ilah』で再び扱われたのは、me'ilahの法的な状態を確定させるためである。
【3】me'ilahの有責性と禁止規定の二層構造
所有者が代わりの個体によって既に罪の贖いを済ませた場合、残された「元のchatat」の扱いは以下のようになる。
①temuraの絶対的無効
この段階の「元のchatat」に対して、さらに別の個体を充てようとする宣言によって、律法上、有効な効果は発生しない。
②me'ilahの免責(トーラの次元)
既に贖いが完了しているため、この個体を私的に利用しても、聖書の次元(トーラ)ではme'ilahの罪(ashamや賠償責任)を問われない。
③ラビによる禁止
聖書次元ではme'ilahにならないという前提でも、ラビたちはこれによって利益を得ることを厳格に禁じている。
これらの内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Me'ilah』研究 第8回:『Me'ilah』3章1節における『餓死させられる5つのchatat』の法理構造
https://note.com/mishnah/n/nfc1937e3492d
ミシュナ『Me'ilah』3章2節本文と期間満了時のナジル人の献げ物の前提知識
今回はその続きである。口伝律法ミシュナ「Me'ilah」3章2節を扱う。まずは本文から引用する。
ナジル人の献げ物の為に取っておく硬貨について、それから利益を得ることは許されていないが、me'ilahにはならない。なぜなら全ての硬貨はshelamimに使えるから。
ナジル人はその期間を満了した際、3つの献げ物、すなわちolah、chatat、およびshelamimを献げる義務がある。
この内shelamimは、2種類のパンを伴わなくてはならない。2種類のパンはそれぞれchallot(ハロット)とrekikin(レキキン)と呼ばれる。
トーラには次のように書かれている。
(ナジル人が献げるのは)酵母を使わずに、オリーブ油を混ぜて焼いた上等の小麦粉の輪形のパン(challot)と、オリーブ油を塗った、酵母を入れない薄焼きパン(rekikin)とを入れた籠と、穀物の献げ物とぶどう酒の献げ物である。
challotとrekikinの内、各1つずつが、shelamimの右の前脚と一緒に奉納(tenufah)されるという点で独特である(民6:13~21)。
通常のshelamimは2日間と、その間の一晩食べることができるが、ナジル人のshelamimは1日と一晩しか食べることが出来ない。
ナジル人の期間満了時の献げ物について、以前の記事で詳しく書いている。不確かな方は下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Nazir(ナジル)』におけるナジル人の誓願の法体系 第4回:shelamim(和解の献げ物)に伴うパンの聖別規程とtenufah(テヌーファー)の実務的相関
https://note.com/mishnah/n/ndd1c1da9886f
無指定の聖別硬貨におけるme'ilah免責のメカニズム
以上を前提に再度ミシュナ本文を引用する。
ナジル人の献げ物の為に取っておく硬貨について、それから利益を得ることは許されていないが、me'ilahにはならない。なぜなら全ての硬貨はshelamimに使えるから。
ナジル人は、期間満了時に義務的な献げ物を購入するための資金が必要になることを見越して、期間が終わる前であっても、この目的のために資金を取り分けることがある。
本節のケースでは、ナジル人は用意した硬貨を「期間満了時に献げ物を購入する為のもの」という趣旨で聖別したが、どの硬貨をどの献げ物の購入に充てるかを決めなかったものである。
ミシュナ本文に「それから利益を得ることは許されていないが、me'ilahにはならない。なぜなら全ての硬貨はshelamimに使えるから」と書かれている。
献げ物の購入の為に聖別されているので、これらの硬貨を私的に使ってはならない。ミシュナ本文は「もし使ってしまっても、me'ilahには該当しない。そこでme'ilahに違反した時の罰則である、賠償の献げ物(asham)も元金及び5分の1の割増分も要求されない」ことを言っている。
shelamimは聖性の程度ではkodashim kalim(軽い聖性)に分類される。shelamimにme'ilahの規定が適用されるのは、その血が祭壇に振りかけられた後に限られる。
血が祭壇にかけられるzerikahの前までは「持ち主の財産」とみなされ、神の財産を侵害したというme'ilahの規定は適用されない。
zerikahの後、祭壇で燃やすべき部分であるemurinだけが、排他的に「神のもの」であり、me'ilahが適用される
従って、最終的にshelamimを購入することになる硬貨には、現時点ではme'ilahが適用されておらず、それによって便益を得たとしてもasham me'ilah(アシャム・メイラー:me'ilahに違反した場合のashamのこと)を献げる義務はない。
一方で、ナジル人のchatatとolahはkodshei kodashim(コドゥシェイ・コダシーム:最も聖なるもの)」であり、それらは聖別された瞬間からme'ilahの対象となる。
しかし、どの硬貨をどの献げ物の為にと具体的に聖別していない場合は、それぞれの硬貨の律法上の地位が不確かであるので、asham me'ilahを要求することは出来ない。ミシュナ本文の「なぜなら全ての硬貨はshelamimに使えるから」という言葉は、そのことを表している。
続きには次のように書かれている。
所有者(ナジル人)死亡時における聖別硬貨の帰趨とゲマラの論点
もしナジル人が死んで硬貨が特定されていないなら、それは自発的な献げ物に使われる。もし特定されているなら、chatatの為のものは死海に行くべきである。それは利益が許されていないが、me'ilahにならないから。olahの為の硬貨でolahを献げるべきであり、shelamimの為の硬貨でshelamimを献げるべきであり、shelamimは1日食べてよく、パンを伴わない。
亡くなったナジル人が聖別し、使途を定めなかった硬貨は、神殿の収集箱に収められ、イスラエル共同体のためのolahの費用として使われる。
ここでタルムードの注釈部分であるゲマラ(Gemara)は次のように疑問を立てている。「死んだナジル人が、期間満了時の祭儀の為に聖別したが、それぞれの具体的な使途を決めていなかった硬貨の中には、本来 chatat や shelamim のために指定されていたはずの硬貨が含まれている。なぜそのすべてを olah の購入に充てることができるのか?」という疑問である。
上記の本文にもある通り、chatat のために取り分けられた硬貨は、本来「死海に行くべき」であり、他のいかなる種類の献げ物の購入にも使用することは出来ない。
これに対する一つの回答は、シナイ山におけるモーセの伝承(Halachah LeMoshe MiSinai:ハラハー・レ・モシェ・ミシナイ)とされる。
Halachah LeMoshe MiSinaiによると、期間満了時のナジル人の献げ物の為に指定された硬貨が、それぞれ具体的な用途を示されないまま本人が死んだ場合、たとえその中に chatat や shelamim のための資金が含まれていたとしても、イスラエル共同体の為のolahとして使用される。
従って、このGemaraで示された1つの回答は、「Halachah LeMoshe MiSinaiがそのように教えているから」である。
ただ、一段落目の通り「全ての硬貨はshelamimに使えるから(使途が不明確なので、chatatの制限は付けられない)」という理由でも、筋が通るという見解も示されている。
さて、次の「もし特定されているなら、chatatの為のものは死海に行くべきである」については、今述べた。chatatとして取り分けられた硬貨は、ナジル人本人が死んだら、それから利益を得てはならず、廃棄される。所有者が死んだchatatと同じである。所有者の死んだchatatは、餓死させられる。
死海に捨てられるべき硬貨は、最早「神の聖なるもの(the holies of Hashem)」ではない。そこでme'ilahの対象ではない。
続きには次のように書かれている。
相続人によるolahとshelamimの奉納および法理的痕跡の連続性
olahの為の硬貨でolahを献げるべきであり、shelamimの為の硬貨でshelamimを献げるべきであり、shelamimは1日食べてよく、パンを伴わない。
亡くなった所有者のために献げることが出来ないchatatとは異なり、olahは義務的に献げる場合以外に、自発的に献げることが出来る。そこで被相続人の意向を受け継ぎ、相続人が献げることが出来る。
この場合に献げるolahはナジル人の期間満了時という枠組みではなく、被相続人の意向を受け、相続人が自発的に献げるという趣旨になる。
従ってolahのために取り分けられた硬貨は、依然としてme'ilahの対象となる。
同様のことはshelamimにも当てはまる。shelamimは義務的に献げる場合以外に、自発的に献げることが出来るので、被相続人の意向を受け継ぎ、相続人が献げることが出来る。
この場合もナジル人の期間満了時という枠組みではなく、被相続人の意向を受け、相続人が自発的に献げるという趣旨になる。
通常、shelamimは2日間とその間の一晩食べることが出来る。ナジル人のshelamimは特別で、1日と一晩だけ食べることが出来る。本節の硬貨はナジル人の期間満了時におけるshelamimの為であるので、その痕跡が残っているものとして扱われる。
従って、相続人はshelamimを献げた時、その肉を1日と一晩しか食べることが出来ない。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Me'ilah』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n8ab1e0588261
全記事の目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef
