ミシュナ『Zavim』の法理研究 第5回:不確定ステータスにする特殊事例と、全ユダヤ男性に課されるzavの法理
*本稿は、古代ユダヤ教『Zavim』における不浄論の歴史的・法理学的分析を目的とした純学術的な論考であり、文中の身体現象や性的禁忌に関する言及は、すべて宗教法学的文献の正確な読解に基づくものである。性的な関心を喚起する目的、あるいは公序良俗に反する意図は一切含まれていない。
本稿は口伝律法ミシュナ第6部『Tohorot(トホロット)』に属する『Zavim(ザヴィーム)』の第5回目の解説である。
今回は『Zavim』1章6節後半および2章1節を対象とした法理学的分析である。前半では、2日連続する黄昏時(bein hashemashot:ベイン・ハシェマショット)の漏出がもたらす3つの時間的シナリオと不確定ステータスを数理的に検証。
後半では、『レビ記』15章2節の言語学的分析(「イッシュ・イッシュ」の反復)を端緒に、未成年者や意思無能力者を含む全ユダヤ男性への不浄法の普遍的適用と、改宗者(ゲル・ツェデック)の定義法的境界を厳密に解説する。
前回の振り返り:黄昏時の漏出認定における数理的拡張と鳥の献げ物の法理的処理
前回は『Zavim』1章6節を取り上げ、黄昏時(bein hashemashot:ベイン・ハシェマショット)における漏出の扱いと、不確定な事案におけるいけにえ(献げ物)の方法について解説した。
主な要点は以下の通りである。
【1】黄昏時(bein hashemashot:ベイン・ハシェマショット)の定義と法的性質
①定義
日没から夜空に中くらいの星が3つ見えるまでの時間を指す。
②日付の境界
ユダヤ法ではこの時間帯に日付が切り替わるが、正確な時点は不明確である。
③厳格性の原則
ラビによる規定と異なり、トーラによる命令は厳格に遵守しなくてはならない。そこでトーラの遵守に関する限り、bein hashemashotも厳しい仕方で解釈される。
【2】漏出回数の数理的拡張
黄昏時に発生した漏出は、その時間の長さにかかわらず、理論上「前日」と「翌日」にまたがっている可能性があると見なされる。
①事案の判断
日中に1回、黄昏時に1回漏出した場合、あるいは黄昏時に1回、翌日に1回漏出した場合、合計で「2日間で3回の漏出」があったと数理的に拡張してカウントされる。
②地位の確定
この場合、いけにえの義務を伴うzav gamur(ザヴ・ガムール)として確定する。
【3】不確定事案における「いけにえ」のジレンマ
現実には黄昏時の漏出が前日だけなのか、2日間にまたがっているのか、翌日だけなのか判断出来ないので、「zavであることは確かだが、いけにえの義務があるかは不確か」という状況が生じている。
この場合、以下の2種類の鳥の献げ物について特殊な対応が取られる。
①焼き尽くす献げ物(olah:オラー)
自発的な献げ物としても成立するため、「義務なら義務として、そうでなければ自発的なものとして」という条件付きの聖別を行い、祭壇で献げる。
②贖罪の献げ物(chatat:ハッタート)
自発的に献げることが出来ないので、条件付けは不可能である。しかし、鳥のchatatに限っては疑わしい場合でも献げることが許容される。
ただし、特殊な屠殺技法であるmelikah(メリカー)は鳥のchatatにのみ許される方法であり、普通の鳥(chullin:フーリン)にこれを行うことは禁止されている。
そのため、zav gamurとして疑わしい状態の男性がchatatを献げる時、祭司は鳥の肉を食べることは出来ず、神殿内で焼却処分される。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Zavim』の法理研究 第4回:黄昏時間(bein hashemashot)における漏出認定の数理的拡張と、不確定事案におけるolahとchatatを献げる方法
https://note.com/mishnah/n/n6d2b5064750b
『Zavim』1章6節(後半):不確定ステータスの特殊事例
今回は口伝律法ミシュナ「Zavim」1章6節の続きである。まずは本文を引用する。
もし1回のzovの漏出が2日間連続であり、bein hashemashotであるのなら、彼の汚れに関しても、献げ物に関しても不確かである。
2連続の黄昏時がもたらす3つの時間的シナリオ
前回のケースとは異なり、今回は2回の漏出がいずれも連続した日の黄昏時に発生している。例えば、1回目の漏出が日曜の夕方の黄昏時、2回目が月曜の夕方の黄昏時である場合である。
この場合「彼の汚れに関しても、献げ物に関しても不確かである」とされている。言い換えると、彼が献げ物を献げる義務があるかどうかが不明であるだけでなく、2回の漏出があったにもかかわらず、zavとして汚れているかどうかさえ不確実である。
これは、黄昏時の状態が不確実であるために、以下の3つの可能性が生じるからである。なお、ここでは日曜日のbein hashemashotと、月曜日のbein hashemashotで漏出した場合を仮定する。
(1)通常のzavにもならない可能性
1回目の漏出(日曜の黄昏時)がまだ昼のうちに起こり、2回目の漏出(月曜の黄昏時)がすでに夜になってから起こった場合。
この場合、2つの漏出の間には丸一日(月曜日)の間隔が空いているので、これらが組み合わさって、彼を「通常のzav」にすることはない。
(2)「通常のzav」であり、献げ物は不要な可能性
この可能性は次のように分類される。
①1回目は日曜日の昼間、2回目は月曜日の昼間
日付で言うと、日曜日に1回、月曜日に1回の漏出となる。
②1回目は日曜日の夜間、2回目は月曜日の夜間
日付で言うと、月曜日に1回、火曜日に1回の漏出となる。
連続した2日間に1回ずつ漏出があったと見なされ、合計2回の漏出となり、「通常のzav」として汚れる。しかし、合計で3回の漏出にはならないので、献げ物を献げる義務を負うzav gamurにはならない。
(3)zav gamurであり、献げ物が必要な可能性
1回目、または2回目の漏出の内、一方の漏出が、昼から夜への移行点(境界)をまたいで起こった場合。
その漏出自体が2日間にわたると見なされるため、それだけで2回分と数えられる。もう一方の漏出と合わせると合計3回となり、その人はzav gamurとして、献げ物を献げる義務を負う。
これら3つの可能性のうち、どれが実際に起こったかを特定することは不可能であるので、汚れのステータスおよび献げ物の義務の両方において、その人の状態は不確実なままとなる。
補足として、このミシュナの裁定は、2回目(月曜)の漏出が、1回目(日曜)の漏出よりも、黄昏時の期間の中でより遅い時点で起こったことを前提としている。
もし2つの漏出がbein hashemashotの全く同じ時点で起こったのであれば、日曜が昼なら月曜も昼、日曜が夜なら月曜も夜であったことになる。この場合、少なくとも「通常のzav」であることは確定するが、zav gamurについては依然として不確実である。
『Zavim』1章6節(末尾):単発の黄昏時漏出における法的地位
続きには次のように書かれている。
もし1回のzovの漏出がbein hashemashotであるのなら、彼の汚れに関して不確かである。
これは1回の漏出しか起きていない事案である。通常なら、男性は射精した者と同様にbaal keri(バアル・ケリ)になるだけである。しかしこの漏出はbein hashemashotに起きているので、2回の漏出である可能性がある。
彼はbaal keriかもしれないし、zavであるかもしれない。この点は不確かであるが、献げ物の義務が無いことは確かである。
以上で「Zavim」1章6節の解説を終えた。
『Zavim』2章1節:zavの律法の適用対象の画定
次に「Zavim」2章1節に入る。最初に本文を引用する。
全ての者はzovを漏出して汚れる、改宗者、解放された奴隷、解放されていない奴隷、耳の不自由な者、精神的に弱くなっている者、未成年者、去勢された者、不毛な者であっても。
この箇所では、zovの漏出に伴う汚れは全てのユダヤ教徒に適用されることを言っている。トーラには次のように書かれている。
イスラエルの人々に告げてこう言いなさい。もし、尿道の炎症による漏出があるならば、その人は汚れている。
「尿道の炎症による漏出」とは、zovのことを指している。
冒頭の「イスラエルの人々」は具体的には、未成年や奴隷などをも含む全てのユダヤ教徒の男性を指している。ユダヤ教徒でない男性を含まない。「イスラエルの人々」だからである。
ただしRoshによると、「未成年者」と言っても、13歳未満であることを示しているものの、幼児は含まれない。なぜならトーラでもzavは精液を出した者(baal keri)と比較されており、zavになるにはbaal keriになり得る年齢に達していることを要するからとも解釈されるからである。
しかし本節のミシュナでは「全ての者」と言っている。もう一度レビ記15章2節を引用する。
イスラエルの人々に告げてこう言いなさい。もし、尿道の炎症による漏出があるならば、その人は汚れている。
冒頭の「イスラエルの人々」は原文では「イッシュ・イッシュ(ish・ish)」である。「イッシュ」は基本的に男性を表すが、2回繰り返すことで「如何なる男性でも」という意味になる。ここでは「イスラエルの如何なる男性でも」という事である。
改宗者の定義:ゲル・ツェデック(ger tzedek)とゲル・トーシャヴ(ger toshav)
「イスラエルの人々」と言うと、家系がイスラエルに属している者のみを指しているようにも見えるが、本節のミシュナで改宗者も含まれることが明記されている。
なお、「改宗者」については、次の2つを混同せずに区別する必要がある。
①ゲル・ツェデック(ger tzedek)
直訳すると「正しい異邦人」であり、トーラの律法を受け入れた改宗者である。
②ゲル・トーシャヴ(ger toshav)
直訳すると「居住している異邦人」であり、7つのノアの法を受け入れ、聖地に住んでいる異邦人である。彼らは改宗者ではない。
聖地に住むには、少なくともノアの法を受け入れなくてはならず、彼らは居住する為に、それを受け入れた異邦人である。
zavの掟が適用されるのは、ユダヤ教徒だけである。ゲル・トーシャヴ(ger toshav)は含まない。
異邦人奴隷と意思無能力者、去勢者と不毛者への法的適用
次に「解放された奴隷、解放されていない奴隷」についてである。
まず「解放されていない奴隷」とは、「ユダヤ人に所有されている異邦人奴隷」を指す。「ユダヤ人に所有されている異邦人奴隷」は準ユダヤ人の位置付けであり、ユダヤ人女性と同程度の律法遵守義務がある。
彼らは解放されると、完全なユダヤ教徒になる。異邦人奴隷には解放前も解放後も、zavに関する律法が適用される。
次に「耳の不自由な者、精神的に弱くなっている者」とは、律法上、精神的能力を持たない者(mentally incompetent)と定義されている。法的に意思能力や責任能力を欠いている状態の者であり、彼らは律法遵守の義務を全面的に免除されている。
「耳の不自由な者、精神的に弱くなっている者」は戒めを免除されているが、zavに関する掟は適用される。
最後に「去勢された者、不毛な者」についてである。「去勢された者」は手術などを経て人為的に生殖能力を失った者であり、「不毛な者」は生まれつき生殖器の発育不全などで不妊である者を指す。
これらの人々は精液を放出することはないが、zovが出ることはあり得る。以上の者たち全てにzavに関する掟が適用される。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Zavim』法理研究
https://note.com/mishnah/n/nebdd61e61049
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
