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ミシュナ『Zavim』の法理研究 第4回:黄昏時間(bein hashemashot)における漏出認定の数理的拡張と、不確定事案におけるolahとchatatを献げる方法

*本稿は、古代ユダヤ教『Zavim』における不浄論の歴史的・法理学的分析を目的とした純学術的な論考であり、文中の身体現象や性的禁忌に関する言及は、すべて宗教法学的文献の正確な読解に基づくものである。性的な関心を喚起する目的、あるいは公序良俗に反する意図は一切含まれていない。

 本稿は口伝律法ミシュナ第6部『Tohorot(トホロット)』に属する『Zavim(ザヴィーム)』の第4回目の解説である。

 今回は『Zavim』1章6節を取り上げ、日没時の境界時間「bein hashemashot(黄昏時)」に発生した漏出が、トーラ(モーセ五書)の厳格性においていかに数理的に拡張されるのかを解説する。

 さらに、この日付の不確定性がもたらす男性の立場が、鳥の焼き尽くす献げ物(olah:オラー)と鳥の贖罪の献げ物(chatat:ハッタート)の方法にもたらす影響について解説。特に鳥の特殊屠殺技法「melikah(メリカー)」と、日常的屠殺「shechitah(シェヒター)」との衝突、必要な対応について解明する。


前回の振り返り:zav gamur認定における学派の対立と、7日間の漏出しない期間における射精の影響

 前回は『Zavim』1章1節から2節の内容に基づき、「zav gamur(ザヴ・ガムール)」の認定条件と、清めのために必要な「7日間の清浄期間(clean days)」における射精の影響について解説した。

 主な内容は以下の通りである。

【1】zav gamur認定における学派の対立(1章1節)

 1日目に2回の漏出(または長時間にわたる1回の漏出)があった者が、2日目に「漏出のない日」を挟んで、3日目に3回目の漏出を起こした場合の扱いが論点となっている。

①Beit Shammaiの見解

 1日目の漏出と3日目の漏出を合算し、いけにえの義務を伴う「zav gamur」と認定する。

②Beit Hillelの見解

 3日目の漏出は合算されず、通常のzav(身を清める必要はあるがいけにえは不要)と見なす。ハラーハー(ユダヤ法)は、このBeit Hillelの見解を採用している。

【2】清浄カウント期間中の射精の影響(1章2節)

 zavが身を清めるためには、連続して7日間、漏出がないことを確認(カウント)しなければならない。この期間中に射精があった場合のリセット要件について論じられている。

①Beit Shammaiの見解

 カウントの最初の3日間に射精があった場合、それまでのカウントはすべて無効になり、翌日から7日間をやり直さなければならない。これは、精液中に高い濃度のzovが含まれていると見なすためである。

②Beit Hillelの見解

 射精があった当日のみが無効となり、それ以前のカウントは維持される。ハラハーは、このBeit Hillelの見解(ラビ・アキバによる整理)を採用している。

【3】共通認識と聖書法

 以下の点については、両学派の間で意見が一致している。

①4日目以降の射精

 4日目以降に射精があった場合は、どちらの学派も「当日のみが無効」であると主張している。

②zovによるリセット

 射精ではなく、zovの漏出の場合は、それが7日目であっても、それまでの7日間すべてのカウントがリセットされる。これはレビ記15章13節の聖書規定に基づく絶対的な原則である。

 以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉ミシュナ『Zavim』の法理研究 第3回:射精が及ぼす清浄遵守期間(clean day)のリセット要件と、シャンマイ派・ヒレル派の論争

https://note.com/mishnah/n/n4ab9342e2e23


ミシュナ『Zavim』1章6節のテクストと「黄昏時(bein hashemashot)」の定義


 今回はその続きで、口伝律法ミシュナ「Zavim」1章6節を扱う。まずは本文を引用する。

 もし1回の漏出が日中にあり、1回がbein hashemashotにあるのなら、または1回がbein hashemashotにあり、1回が翌日にあるのなら、もし漏出の一部が1日目であり、一部が翌日であるのなら、彼が汚れており、献げ物を献げなくてはならないことは確かである。

(Zavim 1:6)

 最初に用語について解説する。bein hashemashot(ベイン・ハシェマショット)は文字通りには「太陽と太陽の間」という意味である。日没から夜空に中くらいの大きさの星が3つ見えるまでの時間を指す。

 ただし何をもって「中くらいの大きさの星」とするのか確信が持てないので、この定義は理論上のものであり、実践上のものではない。

 ともあれユダヤ法ではこのbein hashemashotの間に日付が切り替わる。前日が過ぎ去り、新しい1日が始まるのである。ただ、この黄昏時のどの時点で正確に日が変わるかは不明確になる。

 ラビによって定められた規定であるなら、緩やかに適用しても問題はない。しかしトーラで命じられている事柄は、厳格に適用しなくてはならない。

 この原則に従い、ある場合にはbein hashemashotは前日として扱わなくてはならないし、別の場合には新しい日として扱う必要がある。

トーラ規定の厳格性と境界時間における漏出の数理的拡張


 本節の事案は以下の通りである。

【事案1】

 1回目の漏出が日中であり、2回目の漏出がbein hashemashotに起きた場合。

【事案2】

 1回目の漏出がbein hashemashotであり、2回目の漏出が新しい日に起きた場合。

 日付が確かな時間帯(例えば日中)に漏出が起きたなら、判断は容易である。この男性の地位は通常のzavになる。

 しかし漏出した時間はbein hashemashotである。どれだけ漏出の時間が短かったとしても、厳密な意味では「時間の長さ」を持っている。漏出の出始めが前日であり、終了が新しい日になっている可能性がある。

 上にトーラの掟は厳格に適用しなくてはならないことを述べた。bein hashemashotで漏出が起きた場合、1回の漏出を2回としてカウントしなくてはならない。

 上記の事案1、事案2はそれぞれ次のように数えられる。

【事案1】

状況:「1回目の漏出が日中であり、2回目の漏出がbein hashemashotに起きた場合」

 1回目の漏出が日中であり、2回目の漏出の最初も「日中」、途中から「次の日」になっている可能性がある。結果的に「2日間で3回の漏出」と判断される。

【事案2】

状況:「1回目の漏出がbein hashemashotであり、2回目の漏出が新しい日に起きた場合」

 1回目の漏出の最初が日中であり、途中から「次の日」になって終了した可能性がある。その後、次の漏出が起きている。

 この場合も、結果的に「2日間で3回の漏出」と判断される。

 2日間で3回の漏出は、zav gamurに該当する。7日間のclean dayを遵守し、8日目にchatatとolahを献げなくてはならない。

 ミシュナ本文に「もし漏出の一部が1日目であり、一部が翌日であるのなら、彼が汚れており、献げ物を献げなくてはならないことは確かである」と書かれているのは、bein hashemashotに漏出したのなら、1回分の漏出でも2回としてカウントしなくてはならないことを言っている。

不確定事案における法的地位の変動:zavの確定とzav gamurの疑義


 以上のミシュナは理論的な原則である。実践上の扱いについて、続きに次のように書かれている。

 もし漏出の一部が1日目であり、一部が翌日であるが不確かなら、彼が汚れているのは確かだが、献げ物については不確かである。

(Zavim 1:6)

 ここも1回の漏出は確かな時間帯に起こり、もう1回がbein hashemashotに起きた場合である。

 現実にはbein hashemashotの間に、いつ夜が始まったのかは不確かである。bein hashemashotの時間帯における漏出は、完全に日中だけのものなのか、2日間にまたがるものなのか、あるいは完全に翌日だけのものなのか、確定することは出来ない。

 いずれの場合でも、確かな時間帯の漏出と合計して、最低2回の漏出があったことは確かであるので、男性はzavではある。他方で献げ物を献げる義務はあるのかは定かではない。

 zav gamurは2羽の鳥を持って来て、1羽をchatat、1羽をolahとして献げなくてはならない。トーラには次のように書かれている。

 14八日目に、彼は二羽の山鳩か家鳩を調え、臨在の幕屋の入り口で、主の御前に出て、それを祭司に渡す。 15祭司は、一羽を贖罪の献げ物、他の一羽を焼き尽くす献げ物として主の御前にささげ、漏出の汚れを清めるために贖いの儀式を行う。

(レビ15:14~15)

焼き尽くす献げ物(olah)における条件付けの法理


 zav gamurであるのか不確かである男性は、万が一の義務を果たすために献げ物の鳥を連れてこなければならないが、その扱いは通常のzav gamurとは異なる。

 トーラ本文ではchatat(ハッタート:贖罪の献げ物)、olah(オラー:焼き尽くす献げ物)の順番で書かれているが、chatatの事情は複雑であるので、先にolahについて解説する。

 olah(焼き尽くす献げ物)は義務として献げなくてはならないことをもあるが、自発的に献げることも出来る。そこでzav gamurであるのか不確かな男性は、次のような条件を付けて聖別する。すなわち「もし私に義務があるなら、これを義務の履行として献げます。しかしもし義務がないなら、これは自発的な献げ物として献げます」と述べて聖別する。

このような条件を付けて聖別し、祭壇に献げることによって、男性はどちらのケースに該当しても、その鳥を祭壇で献げる正当性が確保されたことになる。

贖罪の献げ物(chatat)における条件付けの不可能性、メリカー(melikah)とシェヒター(shechitah)という2つの屠殺技法の衝突


 一方、chatatについては、自発的に献げることが出来ないので、上記の「条件付け」で献げることは出来ない。しかし、トーラは「鳥のchatat」に限り、疑わしい場合でも献げることを許容している。

 ただし、通常chatatの鳥の肉は、祭司が食べるのだが、疑わしい鳥のchatatの肉は、祭司も食べてはならない。その理由は以下の通りである。

 鳥のchatatはmelikah(メリカー)と呼ばれる方法で殺す。この方法については、トーラで次のように書かれている。

 まずその首をひねり、胴から離さずにおく。

(レビ5:8)

 トーラには詳細に書いていないが、melikahにおいては、祭司が親指の爪で鳥の首の後ろを押し、骨に至るまで切る。そのまま喉と気管を切断する。

 ところが、この方法は通常の鳥(聖別していない普通の鳥)を食べる方法としては不適格なものである。melikahは「chatatの鳥」にのみ有効な方法であり、普通の鳥(chullin:フーリン)をこの方法で殺すことは禁止されている。

 chullinの鳥を食べる場合は、ナイフを使って屠殺する。この方法はshechitah(シェヒター)と呼ばれる。

 ここで問題の核心に戻る。zav gamurであるのか不確かな男性がchatatの鳥を献げようとしている。しかし彼はもしかしたら、zav gamurではなく、通常のzavであるかもしれない。

 もし彼が通常のzavであるのなら、melikahによって殺された鳥の肉は、誰も食べることが出来ない。よってこの場合のchatatの肉は祭司が食べずに、神殿の敷地内の特定の場所で焼かれることになる。

 次回「Zavim」1章6節の続きを扱う。

 今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉【シリーズ目次】ミシュナ『Zavim』法理研究

https://note.com/mishnah/n/nebdd61e61049


 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
 
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)

https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
 
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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