ミシュナ『Zavim』の法理研究 第2回:『Zavim』1章1節における漏出の遡及的不浄と結合性――Beit Shammai・Beit Hillelの法理対立
*本稿は、古代ユダヤ教『Zavim』における不浄論の歴史的・法理学的分析を目的とした純学術的な論考であり、文中の身体現象や性的禁忌に関する言及は、すべて宗教法学的文献の正確な読解に基づくものである。性的な関心を喚起する目的、あるいは公序良俗に反する意図は一切含まれていない。
本稿は口伝律法ミシュナ第6部『Tohorot(トホロット)』に属する『Zavim(ザヴィーム)』の第2回目の解説である。
今回は『Zavim』1章1節を取り上げ、第1回の漏出におけるbaal keriとzavah ketanah(ザヴァー・クタナー)の法的並行性、および2回目の漏出に伴う不浄の遡及性(retroactivity)を巡るBeit Shammai(シャマイ派)とBeit Hillel(ヒレル派)の論争を解説。
更に3日間の内、2日目に漏出しない場合における、1日目と3日目の結合(合算)の可否と、長い1回を2回と見なすハラハーの測定基準(50アンマの歩行時間/mikvehでの乾燥時間)の定義を、Rav、Rashi、Rambamの伝統的注解に基づき網羅する。
前回の振り返り:zavおよびzovの定義、不浄の4つの伝播経路、および「mayim chayim」を巡る清めの手続きについて
前回は「zav」の定義、不浄の伝播経路、zavとして認定されるプロセス、および清めの手続きについて解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】zav(ザヴ)とzov(ゾヴ)の定義
zavとは、性器からzov(精液に似た液体)を漏出し、祭儀的な汚れ(tamei)の状態になった男性を指す。
zovと精液の識別基準について、zovは精液と異なり、粘性がなく、色がくすんだ白であり、弛緩した器官から放出される。主な原因は性器の不具合や過剰な飲食、病気などであるが、詳しくは『Zavim』2章2節で扱われる。
【2】不浄の等級と4つの伝播経路
zavは律法上で2番目に重いav hatumah(アヴ・ハトゥマ)という等級に属し、人や器具、食べ物に汚れを移す。
伝播の4経路は以下の通りである。
①maga(マガ):直接的な接触。
②masa(マサ):zavを運んだり、その重みを支えたりすること。
③heset(ヘセット):zavが人や物を動かすこと。
④midras(ミドラス):zavが寝具や椅子などの体重をかける器具に重みをかけること。midrasのみ汚れが減衰せず、移された物もav hatumahとなる。
また、zavの唾液や尿などの分泌物(mayanot hazav:マアヤノット・ハザヴ)もav hatumahと見なされ、湿っている間は接触や運搬によって汚れを伝える。
【3】zavとして認定されるプロセス
zovを放出した回数によって状態が変化する。
1回目:精液を放出した者(baal keri)と同様に扱われ、人や物に汚れを移す力は限定的である。汚れの程度はrishon l'tumahである。
2回目:正式にzavとなり、汚れが最低7日間続き、前述の4経路すべてで汚れを移すようになる。汚れの程度はav hatumahである。
3回目:zav gamur(完全なzav)となり、2回目と同様の不浄に加え、清めの後に神殿でいけにえを献げる義務が生じる。
【4】清めの手続き
zavは以下のような清めの手続きをすることになる。
①7日間のカウント
漏出が全くない「清い日(clean day)」を7日間連続で維持し、自己検査を行う必要がある。
②mayim chayim(生きている水)
通常のmikvehではなく、流れている泉(生きている水)に全身を浸さなければならない。
③状態の遷移
浸水後から日没まではtevul yomと呼ばれ、聖別された食べ物に触れることが禁じられる。
zav gamurの場合は、8日目に鳩のいけにえを献げるまでmechussar kippurimという状態になり、儀式を完了させる必要がある。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Zavim』の法理研究 第1回:zavの定義、zovの性質、4つの汚れの伝播、及び「mayim chayim」を巡る清めの手続き
https://note.com/mishnah/n/ne1996d99a03a
ミシュナ『Zavim』1章1節:1回不浄者の法的地位と女性のzavah規定との並行性
今回は口伝律法ミシュナ「Zavim」1章1節に入る。まずは本文を引用する。
1回zovを漏出した者について、Beit Shammaiは言う、「彼は出血していない日を1日守った女性に似ている、彼女の出血した日に対応して。」
この箇所では、最初にzovを漏出した時点での男性の状態が、女性のzavah(ザヴァー)と比較して定義されている。従ってこの箇所を理解するには、zavahについて復習する必要がある。
ハラハーにおけるzivah(異常出血)期間の構造:zavah ketanahとzavah gedolahの定義
女性はniddahの7日間の後の11日間のzivah(ジヴァ:異常出血)期間を持つ。niddahの7日間に何回出血してもniddahであることに変わりはない。しかしzivah期間に何日出血するかで、女性の律法上の地位は変化する。2つに分類される。
①zavah ketanah(ザヴァー・クタナー)
文字通りには「小さいzavah」を表す。
11日間の内1日、または2日連続で出血した場合、zavah ketanahとなる。
②zavah gedolah(ザヴァー・グドラー)
文字通りには「大きいzavah」を表す。
11日間の内3日連続で出血した場合、zavah gedolahとなる。
zavah ketanahの場合、1日の「clean day(出血のない日)」を置く必要がある。
他方でzavah gedolahの場合、7日間の連続したclean dayを数えなければならない。
2回目の漏出における不浄の遡及性(Retroactivity):Beit ShammaiとBeit Hillelの対立構造
「Zavim」1章1節の本文に戻ると、「彼(1回zovを漏出した者)は出血していない日を1日守った女性に似ている」とは、1回zovを漏出した者は、zavah ketanahに似ているという事である。これはBeit Shammaiの主張である。
Beit Shammaiは「1回zovを漏出した者」とzavah ketanahとはどの点で似ていると言っているのだろうか?
第1回目の漏出の後の男性の状態は、第2回目の漏出が起こる前の段階(2回目が起こるかどうかがまだ不明な時点)である。
1回だけの漏出の場合はbaal keriであるが、2回目が起こるとzavとなり、maga、masa、heset、midrasいずれの方法でも汚れを移すことになる。
この点をより細かく言うと、1回だけの漏出なら、rishon l'tumahであるので、人や物にも基本的に汚れを移さない。その日にmikvehで体を清め、日没と共に清くなる。
しかし間に1日も空けずに2回目の漏出が起こるなら、maga、masa、heset、midrasいずれの方法でも汚れを移す。
これに対してzavah ketanah(ザヴァー・クタナー)は11日間のzivah期間に1回出血した後、翌朝にmikvehに浸かる。その後は暫定でtahorの状態になる。
もしもmikvehの後、日没前までに再び出血するなら、mikvehでの清めは無効となり、彼女がそれまでに接触した人や物も遡及的にtameiになる。
この点が1回漏出した男性と並行しているという事である。図式的にまとめる。
【1回zovを漏出した男性】
baal keriと同様にrishon l'tumahであり、原則的に人や物に汚れを移さない。しかし2回目の漏出が起こると、男性は遡及的にzavとなり、1回目と2回目の間に接触した人や物を汚す。
【zavah ketanahの女性】
zavah ketanahの女性は出血の翌朝にmikvehで身を清める。しかし日没までに出血するなら、遡及的に清めは無効になる。
mikvehから出血までの間に接触した人や物を汚すことになる。
日を跨ぐ漏出の合算(結合性)とzav gamur(完全な漏出者)の認定要件
続きには次のように書かれている。
しかしBeit Hillelは言う、「彼は精液を出した者に似ている。」
Beit Hillelは2回目の漏出があった場合、zavとしての法的な地位が1回目の時点まで遡及することを否定する。そこで1回目と2回目の間の彼はbaal keriであり、この時に体重をかけたものはtahorである。なぜならbaal keriはmidrasによって物を汚さないからである。
ハラハー(halachah)はBeit Hillelの見解である。
続きには次のように書かれている。
もし彼が1回zovを漏出し、2日目に止まり、3日目に2回の漏出または2回分と言えるくらい1回の長い漏出をしたのなら
女性のzavahの場合は、「何日出血したか」が基準になる。男性のzavは「何回漏出したか」が基準になる。
そこでたった1日でも、zovを2回または3回漏出したなら、その男性はzavである。この点Rav、Rashi、Rambamの見解は一致している。しかし最長の場合、1日に1回ずつ漏出し、3日目にzav gamurになる。
ミシュナ本文では、3日間のうちに合計3回の漏出があったものの、2日目に漏出しなかった場合、zav gamurになるかについて論じている。以下のようにまとめられる。
1日目: 1回の漏出
2日目: 漏出なし
3日目: 2回の漏出
この事例の男性は、3日目に2回の漏出があったことで疑いなくzavとなる。ここでの議論の焦点は、間に「漏出のない日(2日目)」があったにもかかわらず、1日目の漏出と3日目の2回の漏出を合算して、彼を「3回の漏出をしたzav gamur」と見なすことが出来るのかどうかである。
連続する漏出の定量化:50アンマ(キュビット)の歩行時間に基づく時間測定基準
「2回分と言えるくらい1回の長い漏出」とは、漏出の開始から終了まで「mikvehで身を清め、出てからタオルで体を乾かすまでの時間」とされている。
これだけの行為に必要な時間は、人が50アンマ(キュビットとも訳される)歩くだけの時間である。「mikvehで身を清め、出てからタオルで体を乾かすまでの時間」漏出した男性は、ハラハーで2回分の漏出をしたと規定されている。
孤立したclean dayを挟む合算論争:通常のzavとzav gamurの境界線
続きには次のように書かれている。
Beit Shammaiは言う、「彼はzav gamurである。」しかしBeit Hillelは言う、「彼は椅子に汚れを移し、泉で体を清めなくてはならないが、献げ物は献げない。」
上記の場合、すなわち「3日間のうちに合計3回の漏出があったものの、2日目に漏出しなかった場合」、Beit Shammaiの見解では、男性はzav gamurとなる。Beit Shammaiは、3日間に3回の漏出があるなら、間に1日のclean dayがあってもzav gamurであると主張する。
zav gamurには、8日目の献げ物の義務をも伴う。
これに対してBeit Hillelの見解では、間にclean dayが挟まれているので、1回目の漏出は3日目の2回と合算されない。そのため、彼はzav gamurではなく、通常のzavと見なされる。
通常のzavはmidrasで物を汚し、mayim chayimで身を清めなくてはならないが、8日目の献げ物は要求されない。Beit Hillelが「彼は椅子に汚れを移し、泉で体を清めなくてはならないが、献げ物は献げない」と言っているのは、この事例の男性はzav gamurではなく、通常のzavであることを示唆したものである。
ここまで「Zavim」1章1節の途中まで来た。残りは次回に扱う。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Zavim』法理研究
https://note.com/mishnah/n/nebdd61e61049
全記事の目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
