ミシュナ『Zavim』の法理研究 第1回:zavの定義、zovの性質、4つの汚れの伝播、及び「mayim chayim」を巡る清めの手続き
*本稿は、古代ユダヤ教『Zavim』における不浄論の歴史的・法理学的分析を目的とした純学術的な論考であり、文中の身体現象や性的禁忌に関する言及は、すべて宗教法学的文献の正確な読解に基づくものである。性的な関心を喚起する目的、あるいは公序良俗に反する意図は一切含まれていない。
本稿は口伝律法ミシュナ第6部『Tohorot(トホロット)』に属する『Zavim(ザヴィーム)』の第1回目の解説である。
レビ記15章の記述を基盤とし、精液と「zov(漏出液)」を識別する4つの判定基準(粘性、色、器質状態、原因)を文献学的に検証。さらに、通常の不浄伝播における「1段階減衰の法則」を破り、av hatumahを維持する「midras hazav(重層的伝播)」の特殊性を解明する。
後半では、mikvehの中で最も等級の高い「mayim chayim(生きている水)」での浸水、および「tevul yom」「mechussar kippurim」の法理的状態の遷移について構造的に論究する。
「zov(漏出液)」の定義と精液との4つの識別基準
今回から口伝律法ミシュナ「Zavim」の法理研究を開始する。ミシュナ本文に入る前に概論を述べる。
まず表題になっている「zavim(ザヴィーム)」という単語は、「zav(ザヴ)」の複数形である。zavとは「zov(ゾヴ)」という精液に似た液体を性器から漏出し、祭儀的な汚れ(tamei)の状態になった男性を指す。
トーラにはレビ記15章に書かれているが、そこからzovが如何なる液体であるかを窺うことが出来ない。しかし口伝律法において「zovと精液の違い」は次のように伝承されている。
①粘性
精液には粘り気があるが、zovにはない。
②色
どちらも白いが、精液の方がより明るい白である。
③身体的状態
精液は勃起した器官から放出されるが、zovは弛緩した器官から放出される。
④原因
zovが出る主要な原因は性器の不具合であり、その他過剰な食物・飲料の摂取、病気など様々である。原因によってはzavとしての位置付けに影響を与える。
原因についての詳細は「Zavim」2章2節で扱う。
不浄の等級秩序と4つの伝播経路
次にzavの汚れの程度について述べる。
汚れを重い順に並べると、下のように図式化出来る。
avi avot hatumah(アヴィ・アヴォ・ハトゥマ)
> av hatumah (アヴ・ハトゥマ)
> rishon l’tumah(リッション・レトゥマ)
> sheni l’tumah(シェニ・レトゥマ)
律法上最も重い汚れであるのは死体が帯びているavi avot hatumahである。zavはこの中の等級ではその次に重いav hatumahである。人にも器具、食べ物にも汚れを移す、非常に重い汚れである。
汚れの段階・秩序については、下の記事で体系的に復習出来る。
◉ミシュナ『Oholot』の法理 第1回――死者の汚れの伝播法則:avi avot hatumahからrevii l'tumahまでの6段階減衰
https://note.com/mishnah/n/n9dfd81d6aa03
maga・masa・hesetにおける「1段階減衰の法則」とmidrasの例外性
汚れを移す方法については以下のようにまとめられる。
①maga(マガ)
直接的な接触によって汚れを移すことを指す。
②masa(マサ)
zavを運んだり、彼の重みを支えたりすることで汚れが移ること。直接触れていなくても、彼を動かしたり支えたりした人に汚れが伝わる。
③heset(ヘセット)
zav本人が人や物を動かすことによって汚れを移すこと。直接の接触がなくても、zavによって動かされた人や物は汚れを受ける。
④midras(ミドラス)
人が体重をかけるために設計された器具(寝具、椅子、鞍など)に、体重をかけて汚れを移すことをmidrasと呼ぶ。
midrasによって汚れた物はmidras hazav(ミドラス・ハザヴ)と呼ばれる。
これを分かりやすく分解すると「midras」+「ha(定冠詞:英語のtheに相当する)」+「zav」となる。ヘブライ語では単語を後ろから前に修飾するので、「zavのmidras」の意味になる。
midrasがmaga、masa、hesetと異なるのは、移る汚れの強さである。通常汚れが他の物に移る時、1段階減衰して伝播する。しかしmidrasの場合は減衰しない。具体的には、次のように伝播する。
【maga・masa・hesetの場合】
zavによって汚れが移された人や物は、rishon l'tumahになる。
【midrasの場合】
zavによって汚れが移された人や物は、av hatumahになる。
rishon l'tumahとav hatumahの間には大きな違いがある。rishon l'tumahは、他の人や物を汚すほど、汚れが重くない。これに対してav hatumahは人や物に汚れを移す。
分泌物(maayanot hazav)を巡る伝播条件とレビ記15章の射程
次にzavの分泌物について述べる。
zav本人だけでなく、彼の特定の体液(分泌物)もav hatumahと見なされる。トーラには次のように書かれている。
漏出のある人が清い人に唾をかけたならば、かけられた人は衣服を水洗いし、身を洗う。その人は夕方まで汚れている。
この箇所ではzavの唾液が人を汚し、着ている衣類も汚すことを語っている。唾液を含むzavの体液、分泌物はmayanot hazav(マヤノット・ハザヴ)と呼ばれる。mayanot hazav(マヤノット・ハザヴ)には次のものが含まれる。
唾液、粘液、鼻水、尿、zov。これらは湿っている間のみ汚れを伝播させる。これらは直接的な接触(maga)のみならず、接触していなくても、運搬(masa)によっても汚れを移す。
漏出回数(1回〜3回)に基づく「zav gamur(完全なzav)」への認定プロセス
次に男性がzavとして汚れが確定する過程について述べる。zavとして認定される過程においては、zovを放出した回数が問題になる。
【1回目の放出】
まだzavとは見なされず、精液を放出した者(baal keri:バアル・ケリ)と同じ扱いになる。baal keriについては、トーラには次のように書かれている。
もし人に、精の漏出があったならば、全身を水に浸して洗う。その人は夕方まで汚れている。
baal keri(バアル・ケリ)はrishon l'tumahの程度に汚れる。そこで人や物に汚れを移すことはない。maga(直接的な接触)によってのみ汚れを移し、その他の方法では汚れを移さない。すなわちmasa、heset、midrasによっては汚れを移さない。
zovそのものの汚れの程度は、精液と同じでav hatumahである。精液の汚れについて、トーラには次のように書かれている。
その精が付着した衣服や革は水洗いする。それは夕方まで汚れている。
精液はmaga(直接的な接触)によってのみ汚れを移す。直接触れずにmasa(運搬)しても、汚れを移さない。
【2回目の放出】
1回目の放出と同じ日、または翌日に2回目が放出されると、男性はzavになる。汚れは最低7日間続き、上述のmaga、masa、heset、midras全ての方法において汚れを移すようになる。
彼の分泌物(maayanot hazav:マアヤノット・ハザヴ)はav hatumahであり、magaだけでなく、masaによっても汚れを移す。
【3回目の放出】
2回目の放出と同じ日に3回目が起こると、「zav gamur(ザヴ・ガムール:完全なzav」となる。汚れの度合いは2回目の場合と同じあるが、清めの期間が終わった後に、神殿でいけにえを献げる義務が加わる。
「mayim chayim(生きている水)」を用いた清めの法理と時間的状態遷移
次にzavの清めの手続きについて述べる。まずはトーラを引用する。
13漏出のある人が、それがやんで清くなったならば、清めの期間としての七日間を経た後、衣服を水洗いし、新鮮な水で身を洗うと、清くなる。 14八日目に、彼は二羽の山鳩か家鳩を調え、臨在の幕屋の入り口で、主の御前に出て、それを祭司に渡す。 15祭司は、一羽を贖罪の献げ物、他の一羽を焼き尽くす献げ物として主の御前にささげ、漏出の汚れを清めるために贖いの儀式を行う。
トーラでは2回放出のzavと3回以降のzav gamur(ザヴ・ガムール)が区別されていない。しかし最後の献げ物以外は同じである。zav及びzav gamurは次のような段階を踏む。
7日間の「clean day」の数え方と自己検査義務、遡及的無効リスクとtevul yom、mechussar kippurim
①7日間の「清い日」を数える
zavは、zovの漏出が全くない状態を7日間連続で維持しなければならない。以下、漏出がない日をclean dayと呼ぶ。
この7日間の最中に一度でもzovの漏出があった場合、期間はリセットされ、最初から数え直す必要がある。
7日間の最中に精液が出た場合、その日1日はclean dayとしてカウントされないが、それまで遵守した期間がリセットされることはない。
②自己検査
clean dayを数え始める前、および7日間の各日に、zovの漏出がないことを確認するための自己検査を行う必要がある。もし初日と最終日だけ行うなら、事後的に有効とされる。しかし原則は毎日検査する。
③流れる水(泉)での浸水
他の多くのtamei(汚れ)の状態とは異なり、zavは通常のmikvehで身を清めることが出来ない。zavは流れている泉、または泉に結合している水に全身を浸さなければならない。レビ記15章13節を再度引用する。
漏出のある人が、それがやんで清くなったならば、清めの期間としての七日間を経た後、衣服を水洗いし、新鮮な水で身を洗うと、清くなる。
「新鮮な水」はmayim chayim(マイム・ハイーム)と呼ばれる。直訳すると「生きている水」である。祭儀的な清めを達成するmikvehの中で、mayim chayimは最も等級が高い。
mayim chayimが最高の等級であることに関しては、以前の記事で詳しく解説しているので、不確かな方は下のリンクから確認して欲しい。
◉mikvehについて――ミシュナ「Mikvaot(ミクヴァオット)」が規定する祭儀的清めの6等級と論理構造(前編)
https://note.com/mishnah/n/n075bf4271a97
◉mikvehについて――ミシュナ「Mikvaot(ミクヴァオット)」が規定する祭儀的清めの6等級と論理構造(後編)
https://note.com/mishnah/n/nc7351f2c06da
④「mayim chayimで身を清めるタイミング」とその後の不確定状態
7日目の朝までに漏出がなければ、その日のうちに泉に浸かることが出来る。身を清めたこの時点では「tahor(清い状態)」となる。
しかし身を清めたその日の後半に再びzovの漏出があった場合、その日の浸水は遡及的に無効となる。そのため、日没まで男性の祭儀的な汚れの状態は完全には確定せず、彼が触れた物の状態も不確実なままである。
⑤tevul yom(テヴル・ヨム)の状態
浸水を済ませてからその日の日没までの間、彼はtevul yomと呼ばれる。
以前の記事で述べた通り、tevul yomは聖別された食べ物(terumahやkodashim)を食べたり、それらに触れて汚したりすることは禁じられている。また、神殿に入ることも出来ない。
2回漏出したzavはその後の日没と共に完全に清くなる。しかしzav gamurの場合、まだ清めの手続きは終わっていない。
⑥zav gamurと供え物
zav gamurはmayim chayimで身を清めた後、日没を迎えても完全に清くなっていない。
翌日に神殿へ2羽の鳩(1羽は焼き尽くす献げ物[olah:オラー]、1羽は贖罪の献げ物[chatat:ハッタート])として献げる必要がある。
この献げ物を献げるまでの間、彼はmechussar kippurim(メフサル・キップリーム)と呼ばれる。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Zavim』法理研究
https://note.com/mishnah/n/nebdd61e61049
全記事の目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
