ミシュナ『Eruvin』の法理研究 第7回:『Eruvin』7章7~9節におけるeruv・shitufの設定・維持・補填と、法理の教育的配慮
*本稿は口伝律法ミシュナ第2部『Moed(モエド)』に属する『Eruvin(エルーヴィン)』の第7回目の解説である。
今回は安息日における移動制限の緩和手続きである「路地共有(shitufei mevoot)」の運用中に生じる、食料の減少・消失時の補填規定、および新住民の参加に伴う所有権移転の法理を解明する。
さらに、容積基準(卵・干しイチジク)の論争や、ラビ・ヨセが提示する「子供たちへの教育的配慮」という制度維持の目的について、タルムードやMaimonides、後世の『ミシュナ・ベルーラー』の解釈を交えて考察する。
前回の振り返り:路地共有(shitufei mevoot)の代理人資格とヘブライ人女奴隷の法理
前回は『Eruvin』第7章6節に基づき、路地全体の運搬制限を解除するための「路地共有(shitufei mevoot:シトゥフェイ・メヴォオット)」における実務的な手続きと、それに関連する代理人の資格要件、およびヘブライ人女奴隷に関する法理について解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】路地共有(shitufei mevoot)の実行方法
路地(mavoi)に面するすべての中庭の住民が、安息日に路地で物を運べるようにするための手続きである。
①食料(shituf)の集約
住民一人ひとりから集める手間を省くため、代表者が住民全員分として十分な量(ぶどう酒や油など)が入った1つの樽を用意する。
②宣言と所有権移転
代表者は「これが路地に属するすべての住民のものとなるように」と宣言し、自分以外の「代理人」を介して、住民全員にその食料の所有権を法的に移転させる。
【2】代理人の資格と「成人・未成年」の定義
所有権を移転させる際、住民を代表して樽を持ち上げ、権利を受け取る代理人には資格要件がある。
①資格のある者
成人した息子・娘、ユダヤ人(ヘブライ人)奴隷、妻。これらの者たちは一定の管理権限や自立性を持っていると見なされる。
②資格のない者
未成年の息子・娘、異邦人奴隷。彼らは「手は主人の手と同じ(独立した権利主体ではない)」と見なされる。
③成人の定義に関する議論
本節の「成人」の定義について、以下の2つが挙げられている。
(a) 年齢基準(Maimonidesら)
男子13歳、女子12歳に達していること。
(b) 経済的自立基準(Tosafotなど)
年齢に関わらず、自ら生計を立て、親に依存していないこと。
【3】ヘブライ人女奴隷(ユダヤ人女奴隷)の特例と法理
代理人資格者に含まれる「ユダヤ人女奴隷」について、出エジプト記21章に基づき法理が提示されている。
①解放の条件
異邦人奴隷とは異なり、身体的傷害ではなく、「6年間の奉仕」「ヨベルの年」「思春期の兆候(12歳+身体的変化)」のいずれかで奴隷身分から解放される。
②婚姻への移行
彼女らの売却は「将来の結婚」を前提としており、主人は彼女と結婚する義務を負う。もしくは息子に与えなくてはならない。
③三大義務
主人は彼女に対し、「食事」「衣服」「夫婦の交わり」を減らしてはならず、これらが守られない場合は無償で解放される権利がある。
④『Eruvin』との関連
ユダヤ人女奴隷は定義上「未成年」になるが、『Eruvin』第7章6節で、代理人としての資格が認められている。
そこで未成年のユダヤ人奴隷には、ここでの代理人としての資格を有すると解釈されている。ただし相手が父親である場合は別である。
これらの内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Eruvin』の法理研究 第6回:『Eruvin』7章6節における路地共有(shitufei mevoot)の代理人資格、及びヘブライ人女奴隷(出エジプト記21章7~11節)についてのハラハー
https://note.com/mishnah/n/nffec7b27bc5a
ミシュナ『Eruvin』7章7節:共有食料(shituf)の減少・消失時における補填と通知の要否
今回はその続きで、「Eruvin」7章7節である。まずは本文を引用する。
もし食べ物が減ってしまったら、誰かがそれを足して所有権を移してよい、しかし彼はそれを告げる必要はない。もし他の住民が加わったなら、彼は加え、所有権を移す、もしくは彼は彼らに知らせる。
本節ではshituf(路地の住民が、安息日の移動制限を緩和するために共有する食料)として用意した食料が、後に規定の最小量(次節で詳述)を下回っていることが判明した場合の規定である。
安息日が始まる前に不足が発見された場合、その安息日のshitufは無効となる。
安息日が始まった後に発見された場合、安息日開始時点では十分であったと見なされ、その安息日の残りの時間は有効と見なされる。
さて、不足分を追加して(他の参加者に)所有権を譲渡することが出来るが、「彼はそれを告げる必要はない」とある通り、そのことを通知する必要はない。
最初にshitufを作成する際は、住民の明示的な同意なしに彼らを参加させることは出来ない(shitufが常に彼らの利益になるとは限らないため)。
しかし、一度同意を得てshitufが成立した後は、食料を追加して所有権を移転する際に改めて同意を得る必要はない。Rashiによると、最初の同意に補充への同意も含まれていると推測される為である。
タルムードにおける「減少」と「完全消失」の法理的差異
タルムードでは次の点が指摘されている。食料が単に減少しただけなら通知は不要であるが、完全に消失・破壊された場合は、原則として他の参加者に通知して新しい同意を得る必要がある。以前の同意が新しいshitufの確立にまで及ばないと考えられるからである。
ただし、RavやMaimonidesによると、新しく追加する食料が最初と同じ種類であれば、たとえ元の食料が完全に消失していても、元のshitufの延長と見なされるため通知は不要とされている。
新住民の参加に伴う所有権移転(贈与契約)と2つの路地に面する中庭の特例
次に「もし他の住民が加わったなら、彼は加え、所有権を移す、もしくは彼は彼らに知らせる」についてである。
もしshitufを設定した後に他の住民たちが参加してきたなら、その住民の為の食料を追加しなくてはならない。
この時、shitufを管理する者が食料を追加するなら、彼は他の住民たちに通知する必要はない。これは他の住民たちにとって利益にしかならない行為であるからである。律法では「利益にしかならない行為については、同意を要しない」という原則がある。
しかしもし新しく加わる住民がshitufを提供するなら、他の住民に通知しなくてはならない。
その理由については幾つか挙げられているが、最も法的なものとしては、新住民が「私のこの食料をあなたたちのshitufに加えてください」と持ってきた場合、それは既存住民全員に対して「所有権の一部を移転・分配する」という一種の贈与(契約行為)に相当する。受ける側(他の住民たち)の同意なしに行うことは出来ない。
RavやMaimonidesによると、本節では特定の状況に基づいている。
その状況とは、「ある中庭が2つの異なる路地に面している場合」であり、住民たちの明示的な許可が必要となる。どちらのshitufに参加するのか、その意思を確認する必要があるからである。
この場合、shitufの管理者として自分の食料を提供して所有権を移転させる場合でも、参加者自身の食料を使う場合でも、住民たちの「明示的な許可」の必要性に区別はない。
ミシュナ『Eruvin』7章8節:shitufei mevootにおける最低分量の画定基準
次節に進む。
どのくらいの量であろうか?もし彼らが多いなら、彼ら全ての為に2食分である。彼らが少ないなら、1つの干しイチジクである。安息日における移動のように、それぞれに、また全員に。
「どのくらいの量であろうか?」とは、shitufei mevootに必要な最低限の分量を尋ねたものである。
shitufに必要な食料の量は、参加する住民の人数によって決まる。次のように分類される。
(1)「人数が多い」場合(18人以上):2食分(卵6個か卵8個であるかの論争)
1人の人間の「2食分」の食料があれば、人数がどれだけ多くても、その人達全員分のshitufとして十分と見なされる。例えば100人の住民がshitufei mevootに参加するとしても、2食分の食料があれば足りる。
2食分は「干しイチジク18個分」に相当する。
タルムードの基準である「卵の容積」で測る場合、2食分が卵何個分になるかについては論争がある。この点について卵6個分とする説と、8個分とする説がある。
ユダヤ教正統派における最も権威あるハラーハー(ユダヤ法)の注釈書・法典の一つ『ミシュナ・ベルーラー(Mishnah Berurah)によると、厳格な「8個分」を推奨しつつも、事後的には「6個分」でも有効としている。
(2)「人数が少ない」場合(18人未満):干しイチジク1個分と運搬制限の最小単位
各参加者が「干しイチジク1個分」の容積の食料を拠出する必要がある。この場合、合計が「2食分」に満たなくても、一人ひとりがイチジク1個分を出していれば有効である。
ここで「干しイチジク」が基準になっていることについて、次の見方が提示されている。安息日に私的な領域から公的な領域へ物を運ぶ際、罪に問われる最小の量が「干しイチジク1個分」であるため、これが「法的に意味のある最小単位」として採用されている。
この分量は中庭(chatzer)を共同利用する場合のeruvei chatzeirotについても同じである。
ミシュナ『Eruvin』7章9節:ラビ・ヨセの裁定とeruv維持の教育的・制度的配慮
次節には次のように書かれている。
ラビ・ヨセは言った。「これらの言葉は何に当てはまるであろうか?eruvの設定に対して、しかしeruvの残りについては、如何なる量であっても。中庭でeruvを要求されるのは、子供たちが忘れないように。」
順番に確認する。前半はeruv(合併)の「維持」に関する緩和規定が示されている。
ラビ・ヨセ(Rabbi Yose)は「これらの言葉は何に当てはまるであろうか?eruvの設定に対して、しかしeruvの残りについては、如何なる量であっても」と言っている。
前節ではeruvに必要な最低限の分量について、2つの場合に分けて示された。ここでラビ・ヨセはこの分量が要求されるのはeruvを設定する時であり、一端安息日が始まるなら、規定量を下回っても問題ないことを指摘している。
教育的配慮:eruvei chatzeirotの形骸化・忘却を防ぐ制度設計
次に「中庭でeruvを要求されるのは、子供たちが忘れないように」についてである。
shitufei mevootによって複数の中庭(chatzer)を連結する手続きが行われている場合でも、eruvei chatzeirot(個々の中庭内の家々を連結する手続き)が依然として必要であると定められたのは、子供たちがeruvei chatzeirotの機能を忘れないようにするためである。
もしshitufei mevootだけに頼ってしまうと、その地域で育つ子供たちは、自分たちの中庭に必ずしも保管されているとは限らないshitufの存在を認知せず、eruvei chatzeirotやshitufei mevootといった手続きなしに、家から中庭へ物を運ぶことが許されていると誤解してしまう可能性がある。
しかし、本質的にshitufei mevootはeruvei chatzeirotの代わりとして有効であるため、ラビたちは(規定に)寛容であり、当初は規定の量に達していたが後に減少してしまったeruvei chatzeirotの継続的な有効性を認めたとされる。この見解によると、ラビ・ヨセの裁定はshitufei mevootが行われた場合にのみ適用されることになる。
ラビ・ヨセの見解は、減少したeruvei chatzeirotの残骸の有効性のみを正当化しており、shitufの残骸の有効性については言及していない。
しかし、eruvが完全で、shitufが減少した場合にもラビ・ヨセの裁定が適用されると主張する権威者いる。多くの律法学者は、eruvまたはshitufの減少した残りは、どちらも本来的に有効であると主張している。
なぜなら、今回の記事の最初の方で述べた通り、最小量はeruvやshitufを「確立」するために必要であり、それを「継続」するための要件ではないからである。従って、たとえeruvei chatzeirotの他にshitufei mevootが存在しない場合でも、減少したeruvは有効とされる。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Eruvin』法理研究
https://note.com/mishnah/n/ncb2fc95494d1
全記事の目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
