ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第11回:『Shabbat』3章6節におけるmuktzehの法意――Maimonidesが挙げる3つの理由とランプの油を巡る「建てること」「壊すこと」のmelachah規定
*本稿は口伝律法ミシュナ第2部『Moed(モエド)』に属する『Shabbat(シャバット)』の第11回目の解説である。
今回はミシュナ『Shabbat』3章6節を取り上げ、安息日に扱ってはいけない物「muktzeh(ムクツェ)」を網羅的に解説する。Maimonides(マイモニデス)が挙げる3つの規定理由や「bein hashemashot(夕暮れ時)」の原則、さらに3章6節の逐条解説を通じて、安息日にランプの近くに物を置くことがなぜ「建てること」「壊すこと」のmelachahに類似するのか、伝統的な注釈を元に律法の現場を再現する。
前回の振り返り:本来の目的に必要でない仕事と安息日の生命優先原則
前回は、ミシュナ『Shabbat』2章5節に基づき、「本来の目的に必要でない仕事」の定義と、安息日における生命優先の原則について解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】「計算された仕事」の概念
安息日に禁止される仕事の由来は、幕屋建設において職人たちが知恵と意図を持って行った仕事である。タルムードの定義によれば、トーラ上の違反となるためには、単なる物理的動作だけでなく、「目的意識を持った、計画的で生産的な労働」でなければならない。
【2】「本来の目的に必要でない仕事」を巡る二大学説
ある目的のために行われるが、その行為自体の本来の目的とは異なる場合、その仕事の法的地位についてラビたちの間で意見が分かれている。
①ラビ・シモンの見解
本来の目的でなければ、意図的な行為であってもトーラ上の禁止命令違反には当たらず、ラビ規定による禁止にとどまると主張する。
②ラビ・ユダの見解
たとえ本来の目的でなくても、それが「計画され、意図された仕事」であるなら、トーラ上の禁止事項に相当すると主張する。
【3】ミシュナが定める4つの免責事案
2章5節では、安息日にランプの火を消しても有責(違反)とならない具体的なケースが挙げられている。
①偶像崇拝者への恐れ
火を礼拝する権力者から消灯を強いられた場合。
②強盗への備え
強盗に見つからないよう身を守るために消灯する場合。
③憂鬱(精神的不安)
本人の精神的安定のために必要な場合。
④病人の休息
病人が眠る為に消灯する場合。
これらの根拠は、「死の危険を回避する(生命の救済)」という目的が、安息日規定の遵守よりも優先されるというユダヤ法の重要原則にある。
【4】福音書への批判的検証
マタイによる福音書12章に描かれる「安息日の論争」について、ユダヤ法の視点から語られる。
福音書では、パリサイ派(ラビ)が安息日規定をいかなる例外も認めない厳格なものとして運用しているように描かれているが、これは事実ではなく、キリスト教側による単純化である。
実際には、上述の免責事案が示す通り、ラビの法体系(ハラハー)においても生命の危機に直面した場合、安息日の禁止事項よりも人の命が最優先されることが法的に確立されている。
以上により、安息日の規定が単なる形式的な禁止の羅列ではなく、「行為の意図」や「生命尊重」を考量する、高度に論理的かつ人道的な法理体系に基づいていることが分かる。
これらの内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第10回:本来の目的に必要でない仕事と安息日の生命優先原則
https://note.com/mishnah/n/n975204db1a21
安息日の「muktzeh(ムクツェ)」概論と第二神殿時代の起源
今回は、安息日に「扱ってはいけない物」を指すmuktzeh(ムクツェ)について扱う。まずはYad Avrahamの解説を参考に概論を述べる。
原則として、人々が安息日に使用することを意図していない道具やその他の物はmuktzehとされる。第2神殿時代の初期、ネヘミヤたち指導部は、安息日にそのようなものを動かしてはならないと規定した。
Maimonides(マイモニデス)によるmuktzeh規定の3つの理由
Maimonides(マイモニデス)はこの規定の理由を3つ挙げている。
①イザヤ書58章から
安息日に歩き回ることをやめ
わたしの聖なる日にしたい事をするのをやめ
安息日を喜びの日と呼び
主の聖日を尊ぶべき日と呼び
これを尊び、旅をするのをやめ
したいことをし続けず、取り引きを慎むなら
イザヤ書のこの箇所は、平日にしているような歩き方、話し方などを控えるべきであるという風に解釈される。そうであるなら、平日と同じように物品を移動させることも控えるべきであるという論理になる。
具体的には家の中にいたとしても、物を1つの場所から別の場所に動かしたりしたら、片付けをし始め、全く休まないことになる。
「不必要に物を動かさない」ことは、安息日に何かに熱中することを予防する。
②melachahの防止
作業に使用する道具を自由に扱うことを許せば、うっかり安息日に禁止されているmelachahを行ってしまう可能性がある。
③無職の人々の休息
普段特定の職業を持たず、melachahを行わない人々であっても、muktzehの禁止が課せられることで、安息日が平日とは異なる特別な日であることを認識する。
一般的に、道具でも食べ物でもないものは全てmuktzehである。それらは無闇に安息日に動かしてはならない。例えばこの為、ランプの火もmuktzehとされる。
それ自身はmuktzehでないものであっても、muktzehである物の一部であるなら、muktzehとなる。例えばランプの火はmuktzehであるが、ランプの火の為には火皿の中の油が必要である。そこで、火皿の中の油もmuktzehとなる。
黄昏時の原則「bein hashemashot(ベイン・ハシェマショット)」とランプの油の法的地位
これに関連した重要な原則の1つに「bein hashemashot(ベイン・ハシェマショット)の時にmuktzehであったものは、その後安息日の間中muktzehである」というものがある。
bein hashemashotは夕暮れ時を指しており、日中と日没の間の時間である。ランプの例を続けるなら、この時間にランプの油として使われていたのなら、その後にランプの火が消えてしまっても、油はmuktzehのままである。安息日が終わるまで動かしてはならない。
以上を前提に口伝律法ミシュナ「Shabbat」3章6節を引用する。
ミシュナ『Shabbat』3章6節の逐条解説:ランプの下の道具配置と「建てること」「壊すこと」のmelachah
私たちはランプの下に道具を置いてはならない。落ちる油を受け取る為に。しかし日中に置いたなら、それは許容される。私たちはそれから利益を得てはならない。なぜならそれは安息日の為に準備されたものではないから。
冒頭では「私たちはランプの下に道具を置いてはならない。落ちる油を受け取る為に」と書かれている。上述の通り、安息日にランプで用いている油はmuktzehである。
ランプの下に置く物を「物(A)」としよう。
ランプの下に物(A)を置くと、muktzehである油がそこに落ちるので、物(A)がmuktzehになってしまう。安息日が終わるまで、物(A)を動かしてはならない。
ところで安息日に禁止されるmelachahの34番目は「建てること」である。ラビたちは油を受けた物(A)はその場所に固定されるので、「建てること」に類似していると見なしている。
そこで結局安息日にしてはならないmelachahをしている事になる。従って、安息日にランプの下に道具を置いてはならない。
他のラビたちによると、ランプの下に物(A)を置く行為は、安息日に禁止されるmelachahの35番目の「壊すこと」に類似していると解釈する。なぜなら、安息日の間、物(A)を使うことが出来なくなるからである。
続きには「しかし日中に置いたなら、それは許容される」と書かれている。安息日の始まる前であるなら、ランプの油はまだmuktzehになっていない。
この時間に油を受ける為に物(A)を置くことは、自由にしてよい事である。従ってそのまま物(A)を置きっぱなしにしておいても、何らの新しい違反行為をしたことにはならない。
Rashi(ラシ)の注釈からみる「安息日のために準備されたもの」の定義
ただしRashiは「しかし日中に置いたなら、それは許容される」という表現は、禁止されていなくても、金曜日にその場所に置くことは望ましくないという意味に解釈している。
続きには「私たちはそれから利益を得てはならない。なぜならそれは安息日の為に準備されたものではないから」と書かれている。
本文を読んだだけでは「安息日の為に準備されたものではない」の意味が分かりづらい。
どこかでまとめて扱うことになると思うが、ユダヤ法では安息日を迎える際、「安息日に使うものを、金曜日の日没前にあらかじめ心の中で想定しておくこと」が求められる。
ランプの中に入っている油は、安息日が始まる前には、ランプの油として概念されている。他の用途、例えば肌に塗るなどの用途は考えられていない。
この「肌に塗るなどの用途」が「安息日の為に準備されたもの」の指している内容である。簡単に言うと、「安息日の始まる時に、油はランプの油として考えられており、muktzehである。従って安息日前に落ちた油でも、安息日の間に他の目的で使ってはならない」という意味になる。
「Shabbat」3章6節の続きは次回の記事で扱うことにする。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Shabbat』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n96f434acde54
全記事の目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
