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ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第2回:「アキラー(akirah:持ち上げること)」と「ハナハー(hanachah:置くこと)」の法的構成要件、および二人による共同行為の免責ロジック

 本稿は口伝律法ミシュナ第2部『Moed(モエド)』に属する『Shabbat(シャバット)』の第2回目の解説である。

 今回は『Shabbat』1章1節の後半部分を徹底的に解剖する。前回定義した「4つの領域」を踏まえ、安息日に禁止される「領域間の運搬」が成立するための2大構成要件――「アキラー(akirah:物体の持ち上げ)」と「ハナハー(hanachah:物体を置くこと)」――の法理的関係を追究する。

 ミシュナが提示する「屋外の貧者」と「屋内の家主」の具体例(全8事例)を、マイモニデス(Maimonides)の註釈を交えて詳細に分類し、ハラーハー(ユダヤ法)における単独犯の有責性と、2人以上の共同行為における免責の厳格なロジックを浮き彫りにする。


前回の振り返り:安息日における4つの領域と運搬の定義


 前回は『Shabbat』1章1節に基づき、安息日に禁止される「領域間の運搬」の法的定義を解説した。

 主な内容は以下の通りである。

【1】ハラーハー(ユダヤ法)における4つの領域

 律法では、場所や空間を以下の4つのカテゴリーに分類している。

①私的領域(reshut hayachid:レシュート・ハヤヒッド)

 広さが4手幅(約32〜40cm)四方以上あり、高さ10手幅以上の壁で囲まれている、あるいは10手幅の深さがある場所。

②公的領域(reshut harabbim:レシュート・ハラビーム)

 幅が16キュビット(約8m)以上あり、屋根がなく、多くの人々(一説には60万人以上)が往来する道路や広場など。

③免除された場所(exempt area)

 公的な領域内にあり、面積が4手幅平方未満かつ高さ(または深さ)が3手幅以上ある場所(細いポストの上など)。

④カルメリット(karmelit)

 私的・公的のいずれの基準も完全には満たさない「半公的」な領域。海や河川などがこれに該当し、ラビの規定によって定義されている。

【2】禁止される「運搬」の定義と構成要素

 安息日に禁止される39の仕事(melachah:メラハー)のうち、39番目にあたる「ある領域から別の領域への移動」には、以下の3つの要素が見られる。

①アキラー(akirah): 物体を元の場所から持ち上げること。

②ハナハー(hanachah): 新しい領域に物を置くこと。

③シンヌイ・レシュート: 領域を変更すること。

 原則として、一人の人間が「持ち上げること」と「置くこと」の両工程を行った場合にのみ、トーラの規定に違反したと見なされる。

【3】移動に関する禁止規定のレベル

 領域間の移動には、トーラによる禁止とラビによる禁止の2段階がある。

①トーラによる禁止

 「公的な領域」と「私的な領域」の間の移動。また公的な領域内での4キュビット(約2m)を越える移動も禁止される。

②ラビによる禁止

 karmelitと他の領域(私的・公的)の間の移動。

③許容される行為

 「免除された場所」と他の領域の間の移動は許容されている。

【4】ミシュナの記述ロジックとトサフォートの注釈

 ミシュナ1章1節にある「内側に4、外側に4」という表現は、私的な領域に立つ者と公的な領域に立つ者のそれぞれの視点から、合計8つのケース(持ち上げること・置くことの組み合わせ)があることを示唆している。

 中世の注釈であるトサフォート(Tosafot)によれば、運搬は日常的で些細な行為に見えるため、人々が自分たちの推論で誤った判断を下さないよう、私的・公的それぞれの立場から、厳格に規定を述べる必要があったと解説されている。

 以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第1回:4つの領域の法的定義と、トサフォート注釈に基づく「内側に4、外側に4」の反転法理

https://note.com/mishnah/n/ne7f048458d8e

 今回は口伝律法ミシュナ「Shabbat」1章1節の続きからである。まずは本文を引用する。

ミシュナ『Shabbat』1章1節:本文と「貧者・家主」の解釈

 どのようになるのであろうか?貧しい人は外側におり、主人は内側にいる。もし貧しい人が内側に手を伸ばして、主人の手に置いたなら、もしくは彼がそこから物を取って外に出したなら、貧しい人は有責であり、主人は有責ではない。

(Shabbat 1:1)

 この箇所では「屋外の貧しい者」と「屋内の家主」の具体例を用い、どのような行動が安息日の禁止に該当するかを詳しく例証している。

 内容に入る前に、なぜ「貧しい者」と「家主」の例が使われるのか、2つの理由がある。

①道徳的及び法的な意味

 慈善を施すことはトーラで命じられた掟(mitzvah:ミツヴァ)であるが、この例は、「mitzvahであっても安息日を遵守する義務より優先されることはない」ということを教えている。

 もし安息日を犯して慈善を行った場合、それは「違反行為によって達成された善行」であり、その違反者は罪の責任を問われる。

②表現の簡潔さ

 中世ユダヤ教最大の律法学者であり「ミシュネー・トーラー」の著者であるマイモニデス(Maimonides)によれば、毎回「私的領域に立つ人」「公的領域に立つ人」と繰り返すよりも、「私的領域に立つ人」は「家主」と記し、「公的領域に立つ人」を「貧しい者」と記した方が簡潔で分かりやすいので、この表現が採用されている。

単独の行為者による有責の4事例


 本箇所では次の2つの事例を扱っている。

貧しい者による全工程の完結(事案1・事案2)


(事案1)

 貧しい者が(物体を持っている)手を家の中に差し入れ、家主の手にその物体を置いた場合である。

 貧しい者はまず公的な領域で物体を持ち上げ(akirah:アキラー)、次に私的な領域にいる家主の手の中にそれを置いている(hanachah:ハナハー)。この一連の動作を1人で完結させているので、貧しい者は安息日のmelachah禁止規定に抵触し、責任を問われる。

(事案2)

 貧しい者が家の中にいる家主の手から物体を自ら取り、それを外(公的な領域)へ持ち出した場合である。

 貧しい者は私的な領域から物体を持ち上げ(akirah)、公的な領域で置いている(hanachah)。この場合も、彼が1人で全工程を行ったことになる。

 以上により、屋外に立つ貧しい者が責任を問われるのは以下の2つの場合である。

①公的な領域から私的な領域へ物体を移送する全工程を行った場合。

②私的領域から公的領域へ物体を移送する全工程を行った場合。

 続きには次のように書かれている。

家主による全工程の完結(事案3・事案4)

 もし主人が外側に手を伸ばして、貧しい人の手に置いたなら、もしくは彼がそこから物を取って内に入れたなら、主人は有責であり、貧しい人は有責ではない。

(Shabbat 1:1)

 この箇所では逆に、屋外にいる主人が有責となるケースを扱っている。

(事案3)

 主人が(物体を持っている)手を家の外に出し、貧しい者の手にその物体を置いた場合である。

 主人はまず私的な領域で物体を持ち上げ(akirah:アキラー)、次に公的な領域にある貧しい者の手の中にそれを置いている(hanachah:ハナハー)。この一連の動作を1人で完結させているので、主人は安息日のmelachah禁止規定に抵触し、責任を問われる。

(事案4)

 主人が家の外にいる貧しい者の手から物体を自ら取り、それを私的な領域へ入れた場合である。

 主人は公的な領域から物体を持ち上げ(akirah)、私的な領域で置いている(hanachah)。この場合も、彼が1人で全工程を行ったことになる。

 以上により、屋内にいる主人が責任を問われるのは以下の2つの場合である。

①私的な領域から公的な領域へ物体を移送する全工程を行った場合。

②公的領域から私的領域へ物体を移送する全工程を行った場合。

2人の共同行為による免責の4事例


 続きには次のように書かれている。

 もし貧しい人が内側に手を伸ばして、主人がそれから物を取ったなら、もしくは彼(主人)がその中に物を置いて貧しい人が外に出したなら、両者共に有責ではない。

(Shabbat 1:1)

 ここでは次の2つの事案を扱っている。

貧しい者の差し入れと家主の受け取り、置くこと(事案5・事案6)

(事案5)

 貧しい者は物を持った手を屋内に入れただけである。主人はその手から物を取った場合。

(事案6)

 主人が貧しい者の手に物体を置き、貧しい者がその手を引っ込めた場合。

 事案5、事案6のどちらの場合でも、akirahとhanachahは1人の人が達成していない。従って貧しい者も主人も有責ではない。

 「Shabbat」1章1節の最後には次のように書かれている。

家主の差し出しと貧しい者の受け取り、置くこと(事案7・事案8)

 もし主人が外側に手を伸ばして、貧しい人がそれから物を取ったなら、もしくは貧しい者がそこに物を置いて、主人が内に入れたなら、両者共に有責ではない。

(Shabbat 1:1)

  ここでは次の2つの事案を扱っている。

(事案7)

 主人は物を持った手を屋外に出しただけである。貧しい者がその手から物を取った場合。

(事案8)

 貧しい者が主人の手に物体を置き、主人がその手を引っ込めた場合。

 事案7、事案8のどちらの場合でも、akirahとhanachahは1人の人が達成していない。従って貧しい者も主人も有責ではない。

 以上、事案1から事案8が示す通り、ミシュナ『Shabbat』1章1節が記述する法理の核心は、安息日に禁止されたmelachah(仕事)が、同一の主体によって最初から最後まで完結されたか否かという点にある。

 領域間の移動という結果が生じていたとしても、物体を持ち上げる工程(akirah)と、それを置く工程(hanachah)が複数の主体によって分断されている場合、トーラの規定に基づく有責(liable)とはならず、両者共に免責(exempt)となる。

 今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)

シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉【シリーズ目次】ミシュナ『Shabbat』法理研究

https://note.com/mishnah/n/n96f434acde54


 全記事の目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)

https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334

(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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