ミシュナ『Tamid(タミッド)』篇・逐条完全解説第10回:金銀のシャベルの容量差と安息日の制約、sherertz(シェレツ)の死骸を覆う銅のポットの多目的運用(5章4節〜5章5節)
*ミシュナ『Tamid(タミッド)』篇・逐条完全解説のシリーズ第10回。本稿では5章4節から5節を扱い、献香奉仕における金製器具kaf(カフ)とbazich(バズィーフ)の二重構造の合理的理由を解明する。
更に、銀と金のシャベルを用いた炭の移動、安息日における「火を消すこと」の禁止や「muktzeh(ムクツェ)」の規定、聖域におけるsherertzの死骸の重い汚れ(av hatumah:アヴ・ハトゥマー)に対する、巨大な銅のポットを用いた隠蔽措置を網羅。
トーラ(モーセ五書)の記述を交え、手加減抜きの専門精度で詳説する。
はじめに:前回の振り返り
前回はミシュナ「Tamid」篇4章3節から5章3節に基づき、いけにえの部位への塩ふり、最高法院での祈祷、献香奉仕のくじ引き、および祭服の管理体制について解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】祭壇スロープでの配置と「契約の塩」(4章3節)
解体された小羊の部位は、祭壇のスロープの西側半分から下の部分に置かれる。
レビ記の規定に従い、すべての献げ物には「契約の塩」がかけられる。
【2】「切り石の間(Lishkat HaGazit:リシュカット・ハガジット)」での祈祷(4章3節〜5章1節)
部位を置いた後、祭司たちは最高法院の広間である「切り石の間(Lishkat HaGazit:リシュカット・ハガジット)」に集まり、朝の祈りを行う。
構成は以下の通りである。
① 1つの祝福
② 十戒。
③ シェマーの祈り(トーラの3箇所)
④ 3つの祝福
この内、①は時間の制約から1つの祝福となっている。
「④3つの祝福」とは「Emet Veyatziv(エメト・ヴェヤツィヴ)」、奉仕の受け入れを願う祈り、そして「祭司の祝福」である。
この時の祭司の祝福は、会衆の前ではないため手を挙げずに唱えられた。
【3】第3・第4のくじ引きと「一生に一度」の奉仕(5章2節)
次に、その日の最も神聖な奉仕を決めるくじ引きが行われる。
①献香奉仕(第3のくじ)
非常に人気が高い奉仕であるため、「一生に一度」しか経験できないと定められていた。新約聖書に登場する祭司ザカリアも、この希少な機会を得た一人とされている。
②部位の運搬(第4のくじ)
スロープにある部位を祭壇の上まで運ぶ役割を決める。こちらは一生に一度という制限はない。
【4】祭服の厳格な管理と「96個の棚」(5章3節)
奉仕を終えた大部分の祭司は、自分の服に着替えるために祭服を脱ぐ。
①4つの祭服
祭司が身につけるのは「亜麻の長い服(ketonet:クトーネット)」「飾り帯」「ターバン」「ズボン(michnasayim:ミフナサイム)」の4種類である。
②管理体制
着替えの際は従者が手伝い、michnasayim以外の祭服を脱がせる。
③96個の棚
24の組(mishmarot:ミシュマロット)がそれぞれ4種類の祭服を保管するため、合計で96個の専用の棚が備え付けられ、厳密に管理されていた。
この回では、神殿奉仕が単なる作業ではなく、国家の最高機関での祈祷や、数千分の一の確率のくじ引き、そして徹底した備品管理といった、高度に組織化された宗教システムであったことが示されている。
上記の内容について不安を感じる方は、以下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Tamid(タミッド)』篇・逐条完全解説第9回:聖所の祈祷と一世一代の献香、そして96個の棚に秘められた祭司の管理体制(4章3節〜5章3節)
https://note.com/mishnah/n/ne541396b785e
今回はその続きである。「Tamid(タミッド)」5章4節の最後の部分からである。
献香奉仕の祭器具――kaf(カフ)とbazich(バズィーフ)の二重構造
誰でも献香の奉仕を得た者は、大きなスプーン状の祭器具(kaf;カフ)」を取る。
kafは大きなtarkavに似ている。金製であり、3カヴの容量がある。小さなスプーン状の祭器具(bazich;バズィーフ)がその中に入っている。小さなスプーンにはカバーがしてあり、リングがその上に付けられている。
ここは適当な写真も見当たらないので、イメージしづらい箇所である。まず、1つの大きな金製のスプーンと、1つの金製の小さなスプーンを想像して欲しい。
小さなスプーンは大きなスプーンにはめ込まれる。それには蓋が付いており、中には香料が入れられている。
これが基本的なイメージで、次のようにまとめられる。
①外側の大きなスプーン(kaf:カフ)
本文に「3カヴ(約5〜6リットル)」という容量が記されている通り、かなり大型の容器である。
②内側の小さなスプーン(bazich:バズィーフ):
こちらに実際に香料が盛られている。これには専用の蓋が付いており、その蓋にリングが付いていた。
このように2重構造であることで、もし小さなスプーンから香粉がこぼれても、外側の大きなkafがそれを受け止める仕組みになっていたことになる。
次の節に進む。
炭を取る奉仕――銀と金のシャベル、容量の差と「溢れる炭」
誰でもシャベルの奉仕を得た者は、銀のシャベルを取り、外の祭壇に上る。それから炭をどけ、中の炭から取り出す。彼は下りてこれらの炭を金のシャベルに入れる。1カヴの炭がそれから撒き散らされる 。彼はそれらを掃いて流れの中に落とす。安息日には銅のポットを逆さまにしてその上に被せる。
3回目の献香奉仕に選ばれるのは1名ではない。もう1人、炭を取る奉仕の祭司も選ばれている。
この箇所では、その炭を取る奉仕について述べている。本文は読みやすいので、下にまとめる。
①祭司は聖所の外にある大きな祭壇へ上り、表面の灰をどけ、中の方でよく燃えている良質な炭を選んで「銀のシャベル」で掬い取る。
この銀のシャベルは「4カヴ」の容量である。
②祭司は下りてきて、金のシャベルに移す。
この金のシャベルの容量は「3カヴ」であり、1カヴの炭が溢れる。
③(別の祭司が)床にある水路の中に掃く。
祭司は裸足で歩かなくてはならないので、そのままにしておくことは不敬なだけでなく、危険である。
④安息日には平日のように炭を掃くことは出来ない。そこで大きな銅の器をかぶせる。
安息日の制約――「melachah(メラハー)」と「muktzeh(ムクツェ)」
安息日には「仕事をしてはならない」。この禁止される仕事(melachah:メラハー)は基本形で39あり、36番目が「火を消すこと」である。
つまり安息日には、炭を水路に落とすことは出来ない。
また、安息日にはmuktzeh(ムクツェ)を動かしてはならないという掟もある。
muktzeh(ムクツェ)とは、安息日に触ったり動かしたりしてはならない物である。仕事道具などを手に取ると、うっかり「安息日に禁止されている作業(書く、火を灯す、修理するなど)」をしてしまう恐れがある。そこで予防策の為に定められたものである。
安息日に禁止される仕事(melachah)については、以前の記事でも扱っている。
◉安息日に禁じられた39のmelachah(メラハー):ミシュナ「Shabbat(シャバット)」により解明される、幕屋建設に関わる創造的活動
https://note.com/mishnah/n/n3c7de6af9a9c
続きは以下の通りである。
巨大な銅のポット(釣り鐘)の三つの用途
銅のポットの容量は1レテフである。2本の鎖が銅のポットに付けられている。ひとつの鎖は祭司が引いて下ろす為のもので、もうひとつの鎖は別の祭司が持ってポットが転がり落ちないようにする。それは3つの目的に役立つ。ひっくり返して炭を覆う。あるいは安息日sherertzを覆う。そして祭壇から灰を下ろす。
まず、ここで触れられている銅のポットであるが、容量が15セア(90 カヴ)で、約120〜130リットルであるらしい。
すぐに後で述べているように、このポット(と言うより、ここでは釣り鐘と呼ぶことにする)は、祭壇の上の灰を下ろす為にも使われる。
極めて巨大であるので、1人で動かすことは出来ない。底も丸くなっているので、スロープを上がる時も、下りる時も転がってしまう恐れがある。
そこで1人の祭司は上方で鎖を持ち、下方でも祭司が鎖を持つ必要があった。
この釣り鐘の用途は3つ挙げられている。
①炭を覆う。
②sherertz(シェレツ)を覆う。
③祭壇から灰を下ろす。
この内、①について既に触れた。③についても一応納得は出来るだろう。特に説明が必要なのは②であると思われる。これに関しては、まずはトーラ(モーセ五書)から。
sherertz(シェレツ:這うもの)の死骸と「汚れの階層」
29地上を這う爬虫類は汚れている。もぐらねずみ、とびねずみ、とげ尾とかげの類、30やもり、大とかげ、とかげ、くすりとかげ、カメレオン。 31以上は爬虫類の中で汚れたものであり、その死骸に触れる者はすべて夕方まで汚れる。
これらの生き物がsherertz(複数形:sheratzimシェラツィーム)と呼ばれる。一応の訳語が当てられているが、実は現在ではユダヤ教でも、どの単語が何の生き物を指しているのか分からなくなっている。伝承が途絶えてしまっているのである。
それは単語が古すぎであったり、ここでしか使われない単語であったりする為である。これは有名な食べてはならない生き物のリストにおいても同様で、レビ記11章には食べてよい生き物と、食べてはならない生き物が列挙されている。
鳥類に関しては、以下の通りである。
13鳥類のうちで、次のものは汚らわしいものとして扱え。食べてはならない。それらは汚らわしいものである。
禿鷲、ひげ鷲、黒禿鷲、 14鳶、隼の類、 15烏の類、 16鷲みみずく、小みみずく、虎ふずく、鷹の類、 17森ふくろう、魚みみずく、大このはずく、 18小きんめふくろう、このはずく、みさご、 19こうのとり、青鷺の類、やつがしら鳥、こうもり。
ここに列挙されたものが実際何の鳥を表しているのか、現在ではほとんど分かっていない。
そこで「その鳥が食べてよいものであるという、途切れることのない確かな伝承があるものしか食べてはならない」という極めて慎重なルールが確立することになっている。
話を戻すが、人間以外のものは生きている間は汚れることはない。しかしsheratzim(シェラツィーム)は死骸になると、強い汚れを持つようになる。トーラには次のように書かれている。
32これらの生き物の一つが死んで、何かの品物の上に落ちた場合、それが木の器、衣服、皮、袋、その他何であれ道具であるなら、汚れる。・・・(中略)・・・38しかし種もみが水に浸されていて、その上に死骸が落ちた場合、種もみは汚れる。
この箇所は極めて重要で、律法上多くの原則を含むが、ここでは必要な限りで説明する。
道具を汚すというのは、強い汚れを持つものであり、汚れの段階ではav hatumah(アヴ・ハトゥマー:汚れの父)である。
汚れは強いものから並べると、以下の通りになる。
【1】avi avot hatumah(アヴィ・アヴォット・ハトゥマー):汚れの父の父
具体的には人の遺体である。
【2】av hatumah(アヴ・ハトゥマー):汚れの父
例えば、人の遺体に触れた人がこの重さの汚れを受ける。汚れは他のものに移る時、段階が1つ下がるのが原則である。
【3】rishon l’tumah(リッション・レトゥマー):汚れの第1段階
例えば、人の遺体に触れた人に触れた人が、この重さの汚れを受ける。
sheratzim(シェラツィーム)はこの内、av hatumahとされる。
なお、これについては以前の記事で詳しく解説してある。汚れは一朝一夕では理解出来ない複雑な分野になるが、確認したい方は以下のリンクから参考にして欲しい。
◉死者の汚れ(tumat met:トゥマッ・メット)完全解説――民数記19章とミシュナに見る「汚れの階層」と清めのパラドックス
https://note.com/mishnah/n/n2dfad7d28375
聖域のジレンマと解決――汚れの隠蔽と善後策
ともあれ、sheratzim(シェラツィーム)の汚れは強く、通常なら聖域から出さなくてはならない。しかしsheratzimの死骸は上述のmuktzeh(ムクツェ)にあたるので、安息日には動かすことが出来ない。
そこで釣り鐘を被せて一時的に隠蔽するという善後策が取られた次第である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Tamid』法理研究
https://note.com/mishnah/n/ne0f9ce5dd9f8
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
