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bikkurim(ビックリーム)の法理(上) ― 聖地の初物奉納における土地所有権、七種産物、およびmaamad(マアマド)参詣に関する律法学的詳解

*本稿は旧約聖書(トーラ)および口伝律法(ミシュナ)の厳密な法理に基づき、イスラエルの初物奉納「bikkurim(ビックリーム)」の構造を詳解するシリーズ1回目である。

 申命記26章の歴史的告白の背景にある法的義務、ミシュナ『Bikkurim』1章、3章が規定する土地所有権の定義、聖別対象となる「7つの産物」の特定と厳選プロセス、およびmaamad(マアマド)制度による集団参詣直前の実態を記述。

 一次史料に準拠し、日本語圏において「律法の現場」を鮮やかに再現します。


序論:十分の一税の誤解とbikkurimの定義


 おそらく読者の方々は十分の一税という言葉を聞いたことがあると思う。また、そこから収穫の10分の1を献げるという風に、単純に解釈している方も多いと思われる。

 今回からイスラエルの民が、何を、どこに、あるいは誰に向けて収穫を取り分け、納めていたのかを扱う。最初に取り上げるのはbikkurim(ビックリーム)である。まずは旧約聖書の最高権威であるトーラから引用する。

トーラ(モーセ五書)におけるbikkurimの法的根拠

 あなたは、土地の最上の初物をあなたの神、主の宮に携えて来なければならない。

(出23:19)

 同じことは出エジプト記34章に書かれている。

 あなたは、土地の最上の初物をあなたの神、主の宮に携えて来なければならない。

(出34:26)

 民数記には次のように書かれている。

 彼らの土地にできた初物で、彼らが主に携えるものはすべて、あなたのものとなる。あなたの家族のうちの清い者はだれでもそれを食べることができる。

(民18:13)

 この「あなたのもの」とは大祭司アロンであり、「あなたの家族のうちの清い者」とは祭司の一族で、祭儀的に清い者を指している。

 この「最上の初物」がbikkurim(ビックリーム)と呼ばれるものである。bikkurimは神殿に持って行かれ、特別なセレモニーと宣言がされた後、祭司に渡される。

 上にトーラの3箇所を詳解したが、次の箇所が最も長く、また重要である。

 最初なので、全文を掲載する。

申命記26章に見る歴史的告白と奉納儀礼の全文

 1あなたの神、主が嗣業の土地として得させるために与えられる土地にあなたが入り、そこに住むときには、 2あなたの神、主が与えられる土地から取れるあらゆる地の実りの初物を取って籠に入れ、あなたの神、主がその名を置くために選ばれる場所に行きなさい。 3あなたは、そのとき任に就いている祭司のもとに行き、「今日、わたしはあなたの神、主の御前に報告いたします。わたしは、主がわたしたちに与えると先祖たちに誓われた土地に入りました」と言いなさい。 4祭司はあなたの手から籠を受け取って、あなたの神、主の祭壇の前に供える。
 5あなたはあなたの神、主の前で次のように告白しなさい。
「わたしの先祖は、滅びゆく一アラム人であり、わずかな人を伴ってエジプトに下り、そこに寄留しました。しかしそこで、強くて数の多い、大いなる国民になりました。 6エジプト人はこのわたしたちを虐げ、苦しめ、重労働を課しました。 7わたしたちが先祖の神、主に助けを求めると、主はわたしたちの声を聞き、わたしたちの受けた苦しみと労苦と虐げを御覧になり、 8力ある御手と御腕を伸ばし、大いなる恐るべきこととしるしと奇跡をもってわたしたちをエジプトから導き出し、 9この所に導き入れて乳と蜜の流れるこの土地を与えられました。 10わたしは、主が与えられた地の実りの初物を、今、ここに持って参りました。」あなたはそれから、あなたの神、主の前にそれを供え、あなたの神、主の前にひれ伏し、 11あなたの神、主があなたとあなたの家族に与えられたすべての賜物を、レビ人およびあなたの中に住んでいる寄留者と共に喜び祝いなさい。

(申26:1~11)

 全文神からの命令である。順番に確認する。まず「あなたの神、主が嗣業の土地として得させるために与えられる土地にあなたが入り、そこに住むときには」(1節)とある。

bikkurimの義務主体:土地所有権と法的適格性


 この掟が与えられたのは、まだカナンの地に入る前である。掟が有効なものとなり、遵守する義務が生じるのはカナンを征服し、土地の分配も終えた後になることが示されている。

 また、この節からbikkurimを献げる務めを負うのは、自らその土地を所有している者に限定される。それは口伝律法ミシュナ「Bikkurim」1章でも確認されている。

 小作人、借りている者、強奪者、土地を密かに自分のものにした者は同じ理由でbikkurimを献げない。

(Bikkurim 1:2)

 小作人、賃借人は自ら土地を所有していない。従ってbikkurimの義務を負っていない。強奪した者、密かに利益を得ている者たちは正当に土地を所有していない。彼らも務めを負わないことになる。

 2節では「あなたの神、主が与えられる土地から取れるあらゆる地の実りの初物を取って籠に入れ」(2節)とある。「あらゆる」と述べているが、実際にbikkurimとして献げるものは限定されている。「Bikkurim」に次のように書かれている。

聖別の対象:『聖地の7つの産物』の限定

 わたしたちは7つの種類以外からはbikkurimを献げない。山にできるヤシも、谷にできる果物も、最上でないオリーブ油も献げない。

(Bikkurim 1:3)

 この「7つの種類」が何を指すのか問題になるが、それはトーラに書かれている。この7つは聖地の豊かさを表す産物である。

 7あなたの神、主はあなたを良い土地に導き入れようとしておられる。それは、平野にも山にも川が流れ、泉が湧き、地下水が溢れる土地、 8小麦、大麦、ぶどう、いちじく、ざくろが実る土地、オリーブの木と蜜のある土地である。

(申8:7~8)

 箇条書きにすると、次の7つである。

① 小麦

② 大麦

③ ぶどう

④ いちじく

⑤ ざくろ

⑥ オリーブ

⑦ ナツメヤシ

 上記引用の「山にできるヤシも、谷にできる果物も、最上でないオリーブ油も献げない」(再掲 Bikkurim 1:3)とは、最上でないものはbikkurimとして献げないことを言っている。

 以上の7つの種類で、かつ最上のものをbikkurimとして献げることになる。

 「あなたの神、主がその名を置くために選ばれる場所に行きなさい」(2節)はエルサレムの神殿を指している。bikkurimはそこで献げられる。

 なお、「Bikkurim」1章3節には次のように書かれている。

奉納の時期:七週祭(Shavuot:シャブオット)との法的整合性

 ツェボイム山の人々は七週祭の前にbikkurimを持って来た。しかしラビたちはそれを受け取らなかった。

(Bikkurim 1:3)

 これはなぜであろうか。読者の方々は既に学んでいる。七週祭(Shavuot)の前には、新しい収穫を神殿で献げることは出来ないのである。

 このことがよく分からない方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉七週祭(Shavuot:シャブオット)の法理(上):『レビ記』の供え物と口伝律法『Menachot(メナホット)』から復元する「shtei halechem(シュテイ・ハレヘム)」の深層

https://note.com/mishnah/n/n41e21d7cb956

 ともあれ、bikkurimは収穫され、聖所へ持って行かなくてはならない。これについては「Bikkurim」3章に書かれている。まず収穫の仕方である。

聖別宣言の法理:樹上の特定と収穫後の宣言

 どのようにbikkurimを分けるのか。自分の畑に行き、いちじくが出てきたのを見る、ぶどうの房が出てきたのを見る、ざくろが出てきたのを見る。彼はそれを紐で結び、言う。「これらはbikkurimである。」
 ラビ・シモンは言う、「収穫した後、再びそれを宣言しなくてはならない。」

(Bikkurim 3:1)

 まず「自分の畑」と言っている。冒頭で述べた通り、これは穀物の場合でも、ぶどうの場合でも、その他の場合でも変わらない。

 花弁が落ち、房が出てきているなら、bikkurimとして取り分ける段階に達している。

 「彼はそれを紐で結び」とは、後になって、どの房がbikkurimであるのか特定出来るようにすることを指している。

 そして彼は「これらはbikkurimである」と宣言する。この見解では、収穫した後に再度宣言する必要はない。

 これに対してラビ・シモンは「収穫した後、再びそれを宣言しなくてはならない」と述べている。木になっている未収穫の状態での宣言だけでなく、収穫して持ち物として手元に置いた段階で、改めてそれが献げ物であることを確認すべきだという主張である。

 しかし前者の見解がhalachahとされている。

 次に取り分けたbikkurimをどのように聖所へ持って行くのかを解説する。「Bikkurim」3章に次のように書かれている。

神殿参詣の構造:maamad(マアマド)による集団参詣と死の汚れの回避

 どのようにbikkurimを神殿に持って行くのか。maamadの町にいる全ての人は、maamadの町に集まる 。
 彼らは町の広場で夜を明かし、家の中には入らない 。
 朝になると、任命を受けた者は言う。「立て、我らはシオンへ上ろう。我らの神、主のもとへ上ろう。」(エレ31:6)

(Bikkurim 3:2)

 bikkurimは個人レベルでそれぞれ持ち込むのではない。maamad(マアマド)については以前記事にまとめた。ここでは簡単にだけ説明する。

 祭司・レビ人はmishmarotと呼ばれる24組のローテーションを組んでおり、年に2回程度、1週間交代で神殿奉仕に携わる。

 その他のイスラエルの民は居住地域によって24の組に分けられている。年に2回程度、祭司・レビ人の日毎の焼き尽くす献げ物の奉仕に立ち会うのだが、全ての民が行くことは出来ないので、代表団が行くのである。

 この代表団のことをmaamadと呼ぶ。記事のリンクは以下の通りである。

◉maamad(マアマド)の構造と法理 ― ミシュナ『Taanit(タアニート)』が解き明かす神殿奉仕と地方礼拝の同期システム

https://note.com/mishnah/n/n83b1fe6c90cb

 24の地域は大きな町を中心に区分けされている。「Bikkurim」3章2節の「maamadの町」とは、この大きな町を指している。

 「彼らは町の広場で夜を明かし、家の中には入らない」とあるのは、滞在先の家屋の中で誰かが死に、死者による汚れを受けない為である。

 死者による汚れについては、次のリンクから確認出来る。

◉死者の汚れ(tumat met:トゥマット・メット)完全解説――民数記19章とミシュナに見る「汚れの階層」と清めのパラドックス

https://note.com/mishnah/n/n2dfad7d28375

 このように農夫たちは外で夜を明かすのだが、朝になると「任命を受けた者、これはmaamadの長を指すが、エレミヤ書の一節を引用して上京を促すことになる。

 今回の解説は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉聖別と奉納の法理:ミシュナが解き明かす「祭司の取り分(matanot kehunah:マタノット・ケフナ)」と聖なる生活秩序の全貌

https://note.com/mishnah/n/nb10ab99a02a4

 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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