ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第27回:安息日において禁止されるmelachahの「結び目を作ること」と「結び目を解くこと」の法的基準、および臨在の幕屋(Mishkan)の青糸(techelet)をめぐる法意の源流
*本稿は口伝律法ミシュナ第2部『Moed(モエド)』に属する『Shabbat(シャバット)』の第27回目の解説である。
今回は『Shabbat』第15章1節を取り上げ、安息日に禁止される主要作業melachahの21番目「結び目を作ること」、22番目「結び目を解くこと」の成立要件(永続性と専門性)を、Maimonides(Rambam)とRashi・Roshの主要注解から厳密に検証する。
さらに7年に一度海から山に登る謎の生物「ヒラゾン(chilazon)」と、その血を色素として用いる青い羊毛(techelet)に潜む、ハラハー的意義を解説する。
前回の振り返り:織物の最小単位、最低基準量「sit」、および「捕獲(罠)」の成立要件
前回は『Shabbat』第13章1節、4節、5節に基づき、「織ること」の最小単位、加工工程の基準量「sit(シット)」、および「捕獲(罠にかけること)」の成立要件について解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】『Shabbat』第13章の構成と「2単位」の共通性
「Shabbat」第12章で扱われた「書くこと(32番目の作業)」の次に、本来の順序(皮の加工工程)を飛ばして「織ること(19番目)」が配置されている理由が示されている。
それは「書くこと」が2文字で有責になるのと同様に、「織ること」も2本の糸で有責になるという、基準量に類似性があるからである。
【2】「織ること」の有責基準(13章1節)
安息日に布を織る際、どの程度の作業でchatatについて有責となるかが論じられる。
①ラビ・エリエゼルの説
新しく織り始める場合は3本の糸、既存の布に付け加える場合は1本の糸で有責となる。
②ラビたち(多数派)の説
最初であっても付け加える場合であっても、一貫して2本の糸を基準とする。
③完成の例外
ただし、その1本の糸によって衣類全体が完成する場合は、1本だけでも有責となる。
【3】加工工程と基準量「シット(sit)」(13章4節)
漂白(脱色)、梳(くしけず)る、染める、紡ぐという4つの工程における有責基準は、「sitの幅の2倍」と規定されているが、その内容はラビたちの間で争いがある。
①ラシ(Rashi)の説
sitとは、人差し指と中指を最大限に広げた時の指先間の距離を指す。「sitの幅の2倍」をこの距離の2倍とする。
②マイモニデス(Maimonides)の説
「sitの幅」を親指と人差し指の間の幅と定義する。その2倍(約32〜40センチ)を「「sitの幅の2倍」とする。
【4】「捕獲(罠にかけること)」の成立要件(13章5節)
「捕獲」の法的な定義は、対象の自由な動きを制限し、人間が「更なる努力をほとんど必要とせずに手に入れられる状態」にすることである。動物ごとに「捕獲した」と言える条件は異なる。
①鳥
家の中でも飛び回れるため、「クローゼット」のような狭い空間に追い込まなければ捕獲とは見なされない。
②鹿
「家」、またはラビたちの見解によれば「中庭」や「飼育場」に追い込んで扉を閉めれば捕獲が成立する。
③ラッバン・シモン・ベン・ガマリエルの大原則
追い込んだ後、実際に捕まえるために「更なる捕獲作業(罠)」が必要な場合は有責ではない。
追加の作業なしに捕まえられる状態であれば、その時点でchatatについて有責となる。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第26回:織物の最小単位をめぐる法理、最低基準量「sit」の解釈、および「捕獲(罠にかけること)」の成立要件
https://note.com/mishnah/n/n1828fa34d372
安息日における「結び目」のハラハー的分類と3つのカテゴリー
今回はその続きで「Shabbat」15章である。この章では安息日に禁止されるmelachahの内、「Shabbat」7章2節で「結び目を作ること」(21番目)、「結び目を解くこと」(22番目)として挙げられているものである。
まずは本章に関するYad Avrahamの概論を要約して述べる。
ミシュナは安息日に作られる結び目を3つのカテゴリーに分類している。
①トーラで禁止されており、chatatに関して有責であるもの。
②ラビによって禁じられているもの
③許可されているもの
「Shabbat」15章ではそれぞれのカテゴリーについて、幾つかの具体的な事例を挙げているが、そこから引き出される一般的な規則については、大きく分けて2つの解釈が存在する。
(a)RifとMaimonides(Rambam)の見解:「専門性」と「永続性」の二重条件説
RifとMaimonidesによると、トーラで禁止されており、chatatについて有責である為には、以下の2つの条件が満たされなければならない。
①専門的な結び方であること
船乗りの結び方のように、結ぶのに特別な訓練を要するものであること。
②永久的な結び方であること
無期限に残す意図を持って結ばれたものであること。
これら2つの条件を両方満たす結び目を安息日に作った場合、トーラの罰則について有責となる。もし一方の条件しか満たさない場合(例:専門的な結び方だが後で解く予定がある、または一般的な結び方だが、無期限に残すつもりである)、それはラビによる禁止事項となる。
どちらの条件も満たさない(一般的かつ一時的な)結び目は、安息日に結ぶことが許可される。
(b)ラシ(Rashi)とロシュ(Rosh)の見解:期間(永続性)単一基準説
これに対し、RashiとRoshは、唯一の有責となる条件は「結び目が維持される期間」であると考え、次のように分類する。
①永久的な結び目
結び方に関わらず有責となる。
②一時的な結び目(数日間)
免責されるが、ラビによって禁止されている。
③当日中に解く結び目
許可されている。
ラビによって禁止される結び方の定義
ラビによって禁止される結び方は、トーラで禁じられた行為と類似している為に禁止されたものである。何が類似した結び方となるかは、上記(a)と(b)の見解によって異なっている。
Maimonidesは(a)の見解であるが、 これによると専門的な結び方であり、かつ永久的な結び方である場合、トーラの罰則に対して有責であった。どちらか一方の条件を満たしている場合、聖書的に禁じられた結び目と似てしまう。そこで、2つの内1つの条件を満たした結び方は、ラビによって禁止されていると解釈する。
Rashiは(b)の見解であるが、これによるとトーラで禁止されている結び方の基準は永続性だけにあるため、長期間維持される結び目は、ラビによって禁止されていると解釈する。しかし「長期間」の具体的な日数については、1日とも1週間とも言われている。
ミシュナ『Shabbat』15章1節:有責となる結びの具体的定義と事例
以上を前提に口伝律法ミシュナ「Shabbat」15章1節に入る。まずは本文を引用する。
有責となる結びは次の通りである。ラクダを引く者、船乗りのもの。それらを結ぶ者は有責だが、それらを解く者も有責である。
ラクダを引く者の結び目と船乗りの結び目
安息日にしてはならない結び方として、2つ挙げられている。
①ラクダを引く者の結び目
ラクダの鼻中隔に穴を開け、そこに革紐を通す。余った革紐の両端で輪を作り、そこにロープなどを繋ぐものである。永続的な意図で結ぶ結び方である。
②船乗りの結び目
舳先に穴を開け、そこにロープを通し、永久的な輪を作る。港に停泊する際に船を固定するための太いロープをこの穴に通す。これも永続的な意図で結ぶ結び方である。
臨在の幕屋(Mishkan)の建設と、青糸(techelet)の染料「ヒラゾン(chilazon)」の網をめぐる法意
結ぶことがそもそもmelachahであるのは、臨在の幕屋(Mishkan)の幕の制作や修復に実施されるからであり、またchilazon(ヒラゾン)を捕まえる為の網に関係するからでもある。
chilazonは今回の記事の中心的テーマからはやや外れてしまうが、トーラの中で度々関係箇所が出てくるので重要である。少し解説する。次のトーラの箇所を見て欲しい。
2イスラエルの人々に命じて、わたしのもとに献納物を持って来させなさい。あなたたちは、彼らがおのおの進んで心からささげるわたしへの献納物を受け取りなさい。 3彼らから受け取るべき献納物は以下のとおりである。金、銀、青銅、 4青、紫、緋色の毛糸・・・
この箇所は臨在の幕屋を建設する為の寄付を募っている場面である。出エジプト記25章4節の「青」は原語では「techelet(テヘレット)」であり、青色に染めた羊毛を指している。
もう1箇所引用する。
次に、天幕の入り口に掛ける幕を作る。青、紫、緋色の毛糸、および亜麻のより糸を使ってつづれ織を作りなさい。
この箇所は臨在の幕屋の入口に掛ける垂れ幕の仕様について語っている。この「青」も「techelet(テヘレット)」であり、青色に染めた羊毛を指している。
この青の色素を取り出す生き物がchilazonである。タルムードによるとchilazonは魚の体をしており、その色は海の色である。7年に一度海から山の上にまで上がってくる。
techeletの青はchilazonから取らなくてはならないので、非常に高価なものであった。臨在の幕屋の制作、維持の為にchilazonを捕まえる必要があり、網を使うのである。
chilazonを捕まえた時、必要に応じて網を解き、調整する必要がある。「結び目を解くこと」がmelachahであるのは、この為である。
この趣旨に照らして、単に物を壊す目的で結び目を解くなら、それはmelachahではない。建設的な目的がある場合に、melachahとなる。
ラビ・メイルの見解とハラハーにおける「片手で解ける結び目」の最終決定
続きには次のように書かれている。
ラビ・メイルは言う、「片手で解くことが出来るなら、私たちは有責ではない。」
ラビ・メイルの意図は、たとえ永久に維持するつもりで結ばれたとしても、片手で解けるほど緩い結び目であれば、それはmelachahに該当しないというものである。
しかしハラハーはラビ・メイルの見解に従っていない。たとえ片手で解けるようなものであっても、それが「永久的な結び目」を作る意図で結ばれたのであれば、有責になる。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Shabbat』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n96f434acde54
全記事の目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
