tzaraat(ツァラアト)の本質的定義 第1回:ミシュナに基づく3つのしるしと祭司の判定論理――聖書の「重い皮膚病」はなぜ医学的疾患ではないのか
*聖書学において「重い皮膚病」と訳されてきた「tzaraat(ツァラアト)」の真実を、旧約聖書(トーラ)および口伝律法ミシュナ『Negaim(ネガイム)』の原典に基づき厳密に定義する。
本稿では、現代の医学的解釈による誤謬を排除し、seet(セエト)、sapachat(サパハット)、baheret(バヘレット)という3つの概念が、いかにavot(父)とtoladot(子)という律法構造の中で体系化されているかを詳述。
また、祝祭日における判定の猶予規定から、tzaraatが伝染病ではなく、神との関係性を示す「霊的なしるし」であることを論理的に解説する。日本語圏における聖書解釈のパラダイムシフトを目指す、専門的解説である。
前提:tzaraatの本質と過去の記事の要約
私は以前、重い皮膚病についての記事を2回に分けて書いた。タイトルとリンクは以下の通りである。
◉生きながらにして死ぬ者、重い皮膚病(tzaraat:ツァラアト)の真実 (上)――無言で罪を告発する皮膚の異変
https://note.com/mishnah/n/n82fb385526a5
◉生きながらにして死ぬ者、重い皮膚病(tzaraat:ツァラアト)の真実 (下)―― なぜ「絶望の追放者」は「祭司」と同じ儀式で復帰するのか
https://note.com/mishnah/n/n2913685871ea
これらの記事の内容を要約すると、以下の通りになる。
【1】tzaraatの本質
聖書で「重い皮膚病」と訳される「tzaraat(ツァラアト)」は、医学的に定義する類の疾患ではない。
これは、その人と神との関係性を表す身体的なしるしであり、特に「荒野時代から神殿時代に至るイスラエルという霊的に高い次元にある者」が、罪によって損なわれた際に現れるものとされている。
現代でも見られるしるしではない。
【2】原因と警告の段階
tzaraatが身体に現れる主な理由は、中傷などの「言葉による罪」であるとされる。トーラにおいては、律法を受け、民を指導したモーセを非難する姉ミリアムが、tzaraatになった例が挙げられる。
神は悔い改めを促すために段階的な警告を与える。ユダヤ教の伝統的な解釈では、まず「家屋」、次に「衣類」、それでも悔い改めない場合に最終的に「人の皮膚」にしるしが現れる。
段々と罪を犯している本人に近付くのである。家屋で表れる段階は、最初の警告と解釈される。
【3】「生きながらにして死ぬ者」としての隔離
tzaraatであると祭司に宣言された者(metzora:メツォラ)は、共同体から完全に隔離される。
metzoraは独りで宿営(町)の外に住まなければならず、共同体から事実上追放される。
自らが汚れていることを周囲に知らせるため、「衣服を裂く」「髪をほどく」「口を覆う」といった、肉親を亡くした遺族と同じ作法を取ることが義務付けられている。
metzoraは、死体と同じように、同じ屋根の下にあるものをすべて汚すとされており、「生きながらにして死んでいる者」と言われる。
彼は共同体を否定する生き方をしていたのであるから、今そこから追い出され、自らの生活を振り返るように求められている。
【4】共同体への復帰:2段階の清めの儀式
tzaraatが消えた後、本人は祭司による厳格な2段階のプロセスを経て共同体へと復帰する。
第1段階:宿営の外での儀式
祭司が宿営の外で回復を確認し、2羽の鳥、杉の枝、緋糸、eizov(ヒソプ)を用いた儀式を行う。
1羽の鳥を「mayim chayim(マイム・ハイーム;生きた水)」の上で殺す。
祭司は杉の枝とeizov(ヒソプ)を、緋糸で縛って1つの束にしたものに、2番目の鳥をセットにした状態で、1番目の鳥の血が混じったmayim chayim(生きた水)の中に浸す。
それを本人に7回振りかける。
その1羽は野に放つ。これはmetzoraが死から自由(生の世界)へ戻ることを象徴している。
本人は全身の毛を剃り、身を洗うことで宿営内(町の中)に入ることは許されるが、まだ自宅に入ることは出来ない。
更に7日間待機しなければならない。
第2段階:神殿での儀式(聖域の境界線)
待機期間の後である8日目、ニカノールの門(聖域の境界)で最終的な儀式が行われる。
祭司はいけにえの血とオリーブ油を、本人の「右の耳たぶ」「右手の親指」「右足の親指」に塗る。
この「血と油を塗る」という手続きは、祭司の任職式と共通している。
tzaraatの清めの儀式が祭司の任職式と酷似しているのは、追放された者に関して、単に皮膚のしるしが消えたという事ではなく、罪によって死んだ古い自分を捨て、「神に仕える民」として新しく造り直されたことを意味する。
イエスが癒やした人に対し「祭司に体を見せ、モーセが定めたものを献げなさい」と命じたのは、これらの背景があったことになる。
以上の内容に不安を感じる方は、冒頭のリンクから確認して欲しい。
今回から何回かに分けて重い皮膚病(tzaraat:ツァラアト)について書くが、それはこれらの内容を前提とするものである。
従って、まず冒頭の2つの記事の内容は踏まえて欲しい。
では、まず旧約聖書の最高権威であるモーセ五書から引用する。
ミシュナ「Negaim」1章1節による分類:avot(父)とtoladot(子)
もし、皮膚に湿疹、斑点、疱疹が生じて、皮膚病の疑いがある場合、その人を祭司アロンのところか彼の家系の祭司の一人のところに連れて行く。
上の振り返りの中でも触れているが、「重い皮膚病」は皮膚病ではない。従ってここで使われている「湿疹、斑点、疱疹」という語もそのまま受け取るべきではない。
今後新しい翻訳が出る際にも、神学上の正しい意味と皮膚病を混同しないように、原語に即した音訳に切り替えることが望ましいように思われる。
さて、以上を前提に「皮膚に湿疹、斑点、疱疹が生じて」の箇所について、これら3つの単語を原語に即して音訳すると、以下のようになる。
「皮膚にseet(セエト)かsapachat(サパハット)かbaheret(バヘレット)が生じて」となる。
次にseet、sapahat、baheretが如何なる身体的兆候であるのかが問題になる。
avot(父)とtoladot(子)の律法構造
口伝律法ミシュナ「Negaim」1章1節に次のように書かれている。
negaimの見かけは2つであり、4つである。baheretは雪のように白い。それの2次的なものは、神殿の漆喰のようである。seetは卵の膜のようなものである。それの2次的なものは、羊毛のようなものである。これらはラビ・メイルの言葉である。しかしラビたちは言う、「seetは白い羊毛のようなものである。それの2次的なものは、卵の膜のようなものである。」
これは読んだだけでは意味が分からないと思われる。1つずつ解説する。
まず「negaim(ネガイム)」という語は、ユダヤ教の律法において、人、衣服、家屋に現れる「汚れを伴う特殊な変色」を指す。
ここでは人の皮膚に現れる兆候negaimは基本的に2つであり、そのサブカテゴリーが1つずつあるので、合計4つのしるしがあることを言っている。
彼らはこの4つは別々の種類の4つという伝承を受けていない。2つのメインのしるしがあり、それに従う下位のしるしがあると理解している。
メインのしるしは「avot(アヴォット)」と呼ばれる。これは直訳すると「父たち」である。
そのサブカテゴリーは「toladot(トラドット)」と呼ばれる。これは直訳すると「子供たち」である。
これをイメージしやすくまとめると、以下のようになる。
【人に現れるnegaim】
主に2種類だが、全部で4つになる。
(1)avot ― toladot
(2)avot ― toladot
ここに上記のseet、sapahat、baheretが入ることになる。
この内、seetとbaheretがavotである。sapahatはそれらのサブカテゴリーになる。
「重い皮膚病」解釈の最難所:メインとサブの対応関係
これも踏まえると、上の表は下のように書き換えることが出来る。
(1)seet― sapahat
(2)baheret ― sapahat
この箇所は複雑に感じるだろうが、「重い皮膚病」の1番の難所である。ここを通過すれば、後は割と素直な内容が続くことを前もって言っておく。
白さのグラデーションをめぐるラビ・メイルとラビたちの論争
話を戻すが、ラビ・メイルとラビたちの説は、それぞれseet、sapahat、baheretがどのような白色なのかについての主張である。結論から提示する。
【1】ラビ・メイルの説
①seet
卵のような白。
seetの下位(sapahat)は羊毛の白。
②baheret
雪の白。
baheretの下位(sapahat)は漆喰の白。
【2】ラビたちの説
①seet
羊毛の白。
seetの下位(sapahat)は卵の白。
②baheret
雪の白。
baheretの下位(sapahat)は漆喰の白。
以上のように、ラビ・メイルとラビたちの相違は、seetの白をどのように表現するのかの違いである。
ここではメインカテゴリーとサブカテゴリーだけを間違いなく押さえていれば十分である。つまり下の内容である。
(1)seet― sapahat
(2)baheret ― sapahat
トーラ本文では「皮膚にseet(セエト)かsapachat(サパハット)かbaheret(バヘレット)が生じて」という風に、「seet、sapahat、baheret」という順番で書いている。
これは2つのメインカテゴリーの間にサブカテゴリーを挟み、それぞれにサブカテゴリーがあることを示しているとされる。
これらのしるしが表れたなら、本人を祭司の元へ連れて行かなくてはならない。
たとえ他に律法に詳しい者がいたとしても、祭司の元へ行かなくてはならない。
祭司はその人の皮膚の患部を調べる。患部の毛が白くなっており、症状が皮下組織に深く及んでいるならば、それは重い皮膚病である。祭司は、調べた後その人に「あなたは汚れている」と言い渡す。
「患部の毛が白くなっており」とあるのは、変色している箇所の内側に生えている毛が、少なくとも2本変色していることを要するという事である。
祭司は皮膚がtzaraatの兆候であるかを確認することは勿論だが、国や本人の置かれている状況も踏まえる。「Negaim」3章に次のように書かれている。
判定の構造と非伝染性の証明:社会状況による宣言の延期
私たちはnegaを調べる機会を花嫁について延期する。7日間の喜びの期間は。現れたのが彼の体であれ、家であれ、衣類であれ。同様に、私たちはnegaを調べる機会を延期する。祭日においては、祭りの全ての日が終わるまで。
ここでは2つの機会において、tzaraatの宣言をしないことを言っている。それは次の2つの機会である。
①結婚の宴の期間
②祝祭日の期間
これらの機会にnegaimが表れた場合、調べる機会は終わってからにする。
この事から、tzaraatが伝染病でないことは明確である。もしも伝染病であるなら、少しでも早く隔離する必要があるからである。
tzaraatは祭司の宣言によって、律法上の効果(汚れ)が発効する。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Negaim』法理研究
https://note.com/mishnah/n/nb47b19971706
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
