ミシュナ『Eruvin』の法理研究 第3回:『Eruvin』1章8節・10節における野外宿営(カルメリット)の境界要件、ラヴド(lavud)の幾何学的限界、および軍営における4つのラビ規定免除
*本稿は口伝律法ミシュナ第2部『Moed(モエド)』に属する『Eruvin(エルーヴィン)』の第3回目の解説である。
今回は『Eruvin』1章8節および10節の法理を厳密に検証する。隊商の野営における一時的境界の数理的有効性(壁≧隙間、入口の広さ等)、隙間を法的に接続する「ラヴド(lavud)」の幾何学的適用条件(3手幅未満)、および戦時軍営において兵士の負担軽減のために免除される4つのラビ規定(薪の調達、手洗い、demaiの再分離、中庭の結合[eruvei chatzeirot]の免除)のハラハー的論理について、タルムードおよび後世の注解(Rashi、Maimonides)の射程から手加減なしに詳解する。
前回の振り返り:横木・柱の構造的寸法規定と「生きている境界」
前回は安息日の運搬禁令を回避するために設置する横木(crossbeam)と柱の構造的要件、および生きている動物を境界として用いる際の是非について解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】横木の寸法と強度規定(1章3節〜4節)
路地の入り口に渡す横木には、一定の規格が求められる。
①寸法の基準(ariach)
横木は、標準的なレンガの半分であるariach(アリアフ:約1.5手幅)を載せられる幅と強度が問題となる。
②実質的な幅
ミシュナでは、横木の実際の幅は1手幅(約8〜10センチ)あれば適法とされる。これは、はみ出す大きさが0.5手幅分であれば、漆喰や泥で固定出来るという論理に基づいている。
③強度に関する論争
Tanna Kammaは「幅と強度の両方」が必要であるとしているが、ラビ・ユダは「境界を示す役割さえ果たせれば十分で、強度は不要」と主張した。ただし、ハラハーでは強度も必要とされる。
【2】柱の高さと幅の要件(1章6節)
公道との境界を示すために立てる柱についての規定である。
①高さ
仕切りの最低限の高さである10手幅(約80〜100センチ)が必要である。
②幅と厚み
Tanna Kammaは「いかなるサイズ(糸のように細くても)でもよい」とするが、ラビ・ヨセは「柱は壁の代わりであるべき」という考えから3手幅の幅を求めた。
【3】動物を境界や蓋として用いる是非(1章7節)
①柱としての動物
動物を縛り付けて動かないようにすれば、柱として使用可能である。
ラビ・ヨセは、動物が突然死んで高さが足りなくなるリスクを考慮してこれを禁じたが、ハラハーでは使用可能とされている。
②墓の覆い(gollel:ゴーレル)としての動物
死者の汚れを遮断する墓の蓋(gollel)として動物を用いた場合、その動物が「死者の汚れ(av hatumah)」を受けるかどうかが議論されている。
RavやRashiの見解:永久的に汚れると主張。
Maimonidesの見解:蓋としての役割を果たしている間のみ汚れると主張。
ラビ・メイルの見解:生きている動物は法的に「蓋」とは見なされず、汚れないと主張。
以上の通り、一見すると微細な寸法の議論を通じて、安息日における空間の定義をいかに厳密に、かつ実務的に管理するかというハラハーの精神を窺うことが出来る。
これらの内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Eruvin』の法理研究 第2回:『Eruvin』1章3節〜7節における横木・柱の構造的寸法規定と「生きている境界(gollel)」をめぐるハラハー的論争およびタルムードのテクスト批評
https://note.com/mishnah/n/nb7249c4127af
ミシュナ『Eruvin』1章8節:野外宿営(karmelit:カルメリット)における一時的境界の有効性
今回はその続きで「Eruvin」1章8節である。まずは本文を引用する。
谷でキャンプをしている隊商が、周囲を馬具で囲んだ場合-その内側なら物を運んでよい、もしバリケードが10手幅の高さであるなら。そして隙間が囲まれている距離よりも短いなら。
隊商のバリケードにおける数理的条件(壁 ≧ 隙間)
本節の谷は開けた野原のことであり、ハラハー上は「karmelit(カルメリット)」(公的な領域でも私的な領域でもない、半公共的な領域)に分類される。
隊商が鞍(くら)などの馬具を積み上げて、キャンプの周囲にバリケード(囲い)を作った状況である。しかし、鞍と鞍の間など、多くの場所に隙間は残っている。
この状況でミシュナは「その内側なら物を運んでよい」と述べる。安息日の間、そのキャンプ地に留まる場合、設営したバリケードの範囲内であれば物を自由に運ぶことが許可される。
この囲いは一時的な目的で設置されたものだが、法的な「仕切り(パーティション)」として有効と見なされる。
ただしその条件がある。「もしバリケードが10手幅の高さであるなら。そして隙間が囲まれている距離よりも短いなら」という条件である。
前回の柱の箇所でも学んだが、律法上仕切りとして認められる最低限の高さは10手幅(80~100センチ)である。バリケードの高さも10手幅を満たすことが要求される。
「隙間が囲まれている距離よりも短いなら」とあるのは、馬具と馬具の間の「隙間」の合計が、馬具で囲んでいる「壁」の合計を上回らないことが条件である。
作られた壁 ≧ 隙間
という事である。もしも隙間の合計の方が大きいなら、囲い全体が無効となり、安息日に内部で自由に物を運ぶことは出来なくなる。
なお、「隙間」が垂直方向(高さ)にあるか、水平方向(幅)にあるかは問わない。
開口部の法理:10キュビット限界とドアの形(Tzurat ha-Petach)の例外
続きには次のように書かれている。
如何なる隙間であれ、10キュビットの広さなら、入口として許される。それを超えると許されない。
この箇所ではどの程度の幅であれば「入口」として認められ、どの程度を超えると「入口の崩壊」と見なされるのかを語っている。これも前回の記事で少し学んだ。
10キュビットまでの隙間は「入口」として認められる。10キュビットを超える場合、そこは仕切りとしての機能が失われ、「壁の崩壊(決壊)」と見なされる。この場合、たとえ壁の部分が隙間の合計より長くても、囲い全体が無効となる。
ただし「ドアの形(鳥居の形)」による例外がある。以前の記事で学んだ通り、柱と横木で「ドアの形(Tzurat ha-Petach:ツーラット・ハペタフ)」を形成している場合、開口部が10キュビットを超えていても「入り口」として有効であり、仕切りは無効にならない。
隙間の合計と壁の部分の合計がちょうど同じ長さである場合は、その仕切りは有効であると見なされる。
以上で「Eruvin」1章8節についての解説を終えた。
ミシュナ『Eruvin』1章10節:ラヴド(lavud)の原理と簡易仕切りの適用制限
次に「Eruvin」1章10節に入る。まずは本文を引用する。
彼らはキャンプの周りに杭を打ってもよい、その間隔が3手幅にならないなら。彼らはキャラバンについて語った。-これらはラビ・ユダの言葉である。
3手幅未満の法的接続(ラヴド)と杭の構造要件
冒頭の「彼らはキャンプの周りに杭を打ってもよい、その間隔が3手幅にならないなら」について、宿営地を杭で囲った際の見解について述べている。
宿営地を杭で囲う場合、地面に打ち込んだ杭の露出する部分が10手幅以上の長さになるようにする。繰り返し説明した通り、10手幅以上が仕切りとしての有効要件であるからである。
ここでは杭と杭の間のスペースが3手幅未満になるように調整する。これは復習事項であるが、lavud(ラヴド)と呼ばれる。3手幅未満の隙間は法的に「繋がっている」と見なされ、「壁」として扱われるという原則である。従って3手幅に満たない間隔で杭を立てるなら、壁で囲んでいると見なされるという事である。
キャラバン(旅団)と個人をめぐるラビ・ユダとラビたちの論争
「彼らはキャラバンについて語った。-これらはラビ・ユダの言葉である」と書かれている。
ラビ・ユダは杭による「簡素な仕切り」の設置が許可されるのは、キャラバン(旅団)が直面するような困難な状況に限定されると考えている。
彼によると、個人の場合はこの特例(簡素な仕切りで広い場所を囲うこと)は許されない。キャラバンとは少なくとも3人以上からなるグループを指す。1人または2人の旅行者は、この特例の対象となる「キャラバン」とは見なされない。
ただしラビ・ユダは、個人がこの特例を利用することを完全に禁じているわけではない。個人(または2人まで)がこの種の簡易な仕切りを設置する場合、囲える面積は5,000平方キュビトまでに限定している。
他方でキャラバンの場合、必要性に応じて、必要なだけの面積を囲うことが許されていると主張する。
続きには次のように書かれている。
しかしラビたちは言う、「彼らがキャラバンについて語ったのは、それが通常の仕方だから。」
以上のラビ・ユダの見解に対して、ラビたちはキャラバンに限らず、個人においても必要に応じて簡易な仕切りを作ることが出来ると主張する。
この仕切りについてキャラバンが言及されるのは、通常この方法を用いるのがキャラバンであるからに過ぎないとする。
続きには次のように書かれている。
如何なる仕切りであれ、縦と横がないと仕切りとは見なされない。-これらはラビ・ヨセ・ベン・ユダの言葉である。しかしラビたちは言う「どちらかでよい。」
この箇所では、仕切りが成立する為の要件について論じている。まずラビ・ヨセ・ベン・ユダ(Rabbi Yose Ben Judah)は垂直方向のものと水平方向の両方のセクションで構成されていないものは、仕切りとは見なされないと主張する。
「垂直方向」とは柱、「水平方向」とは横木を指しているものと思われる。
これに対してラビたちは「どちらかでよい。」と述べている。
特例法理:軍営における4つのラビ規定免除
続きには次のように書かれている。
キャンプにおいては4つの務めが免除される。木材を持ち込んでよい、手を洗わずに食べてよい、demaiについて、eruvについて免除されている。
この箇所の「キャンプ」とは軍事的な宿営(軍営)の事である。戦時中や遠征中のユダヤ人の軍営においては、通常の律法の義務のうち4つの事項が免除・緩和される。
これは「神に命じられた戦争(ミルヘメット・ミツヴァ)」においても、「任意の戦争(ミルヘメット・ハ=レシュート)」においても適用される。
「神に命じられた戦争」とは、ヨシュアによって率いられ、カナンにおいて遂行された戦争を指す。「任意の戦争」とはそれ以外の領土拡張の為の戦争など、最高法院の認可のもとに遂行する戦争を指す。
軍営において特別に許容される事項について、1つずつ確認する。
「木材を持ち込んでよい」とは、どこからでも薪を持ってくることが許容されることを言っている。他人の所有地にある薪(切断され束ねられたものも含む)を徴用しても、窃盗や強奪とは見なされない。
これは「法廷が無主物を宣言出来る」という原則に基づいている。ある人の所有しているものを、必要に応じて、「所有者なし」を宣言出来るという事である。
「手を洗わずに食べてよい」について、ハラハーではパンを食べる前に手を洗わなくてはならないとされている。その義務が免除されるという事である。
「demai」については、まだ本稿でも扱ったことがない。いずれ扱うことになるが、ミシュナの第1部「Zeraim(ゼライム)」の中にも「Demai(デマイ)」という篇が設けられている。
収穫物はトーラの掟に従ってchallahやterumahを取り分けなくてはならないが、それらを取り分けたかどうか、律法上不確かである状態の作物をdemai(デマイ)と呼ぶ。
この点、一般の人々(am haaretz:アム・ハアレツ)から購入した農産物については、demaiとされている。am haaretz本人がterumahなどを全て取り分けたと主張したとしても、購入者が改めてそれらを取り分けなくてはならない。
しかしam haaretzから買った農産物からterumahなどを取り分けるという掟は、ラビの規定によるものであり、トーラによるものではない。すなわち絶対的な掟ではないので、軍営においては兵士の負担を減らすために、この義務が免除されている。
「eruv」について、安息日に私的な領域から他の人の私的な領域へ物を運ぶには、eruvei chatzeirot(エルーヴェイ・ハツェイロット)という手続きを取らなくてはならない。文字通りには「中庭の結合」である。
軍営においては、兵士の負担を軽減する為、宿営から宿営に物を運ぶにあたって、eruvei chatzeirotの設置義務が免除されている。
eruvei chatzeirotの具体的な設置方法その他については、口伝律法ミシュナ「Eruvin」の中で扱われている。本稿では後の回で詳しく取り上げるので、説明は後の回に譲る。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Eruvin』法理研究
https://note.com/mishnah/n/ncb2fc95494d1
全記事の目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
