ミシュナ『Eruvin』の法理研究 第5回:『Eruvin』6章1節における「制限する者」の法理――サマリア人・サドカイ派の異端規定と異邦人、更に路地共有(shitufei mevoot)の基本概念
*本稿は口伝律法ミシュナ第2部『Moed(モエド)』に属する『Eruvin(エルーヴィン)』の第5回目の解説である。
今回は『Eruvin』6章1節を厳密に読み解き、共同中庭において運搬制限を課す存在(異邦人、サマリア人、サドカイ派)のハラハー(律法規定)上の定義を検証する。
さらに、ラビ・メイルとラビ・エリエゼル・ベン・ヤコブによる「単独居住時の制限発生の有無」を巡る法意の対立、および中庭から路地(mavoi)へと許容空間を拡張する「路地の共有(shitufei mevoot)」の基本構造と祝福の定型句(フォーミュラ)について、学術的・法理的観点から手加減抜きで徹底解説する。
前回の振り返り:中庭の合併(eruvei chatzeirot)の基本原理と権利無効化・異邦人との擬制賃貸契約
前回は『Eruvin』第6章「中庭の合併(eruvei chatzeirot:エルーヴェイ・ハツェイロット)」の概論と、安息日の運搬制限を解除するための法的手続きについて解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】「中庭の合併(eruvei chatzeirot)」の基本原理
ミシュナ時代の住居は、複数の家が一つの中庭(chatzer)を共有する形式が一般的である。
①運搬の制限
ラビの規定により、自分の家から共同利用の中庭へ物を運ぶことは禁止されている。これは、複数の住民が互いに運搬を制限し合っている状態と見なされるためである。
②世帯の擬制
安息日開始前にeruvei chatzeirot(エルーヴェイ・ハツェイロット)の手続きを行うことで、全住民を法的に「一つの世帯」と見なす。これにより、家と中庭の間の運搬制限が解除される。
【2】制限解除のための2つのアプローチ
中庭での運搬を可能にするために、以下の2つの方法が示されている。
①eruvei chatzeirot(エルーヴェイ・ハツェイロット)
上記記載の通り。安息日開始前に手続きを行い、住民全員を一世帯と見なす方法である。
②権利の無効化(nullification of rights)
その安息日において、中庭の使用権や家屋の権利を放棄すると口頭で宣言する方法である。これは安息日の当日でも行うことが可能であり、特定の住民が権利を放棄することで、残りの住民がその空間の唯一の占有者となり、運搬が可能になる。
【3】異邦人が混在する場合の「形式的賃貸契約」
共同利用者の中にユダヤ教徒ではない異邦人がいる場合、宗教的枠組みを共有出来ないため上記の方法が使えない。
①法的擬制
住民の代表者が異邦人から中庭の権利を「安息日の間だけ貸してほしい」と交渉し、硬貨や物品を渡すことで象徴的な賃貸契約を結ぶ。
②目的
これは異邦人の実際の権利を制限するものではなく、あくまでユダヤ教徒側が安息日に中庭へ物を運ぶための法的手続きである。
これらの内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Eruvin』の法理研究 第4回:6章「中庭の合併(eruvei chatzeirot)」の構造と権利無効化・象徴的賃貸契約の擬制
https://note.com/mishnah/n/n342a0ee1e99a
共同中庭における「制限する者」の法理(Eruv 6:1)
今回はその続きである。口伝律法ミシュナ「Eruv」6章1節を引用する。
同じ内庭に異邦人と住んでいる者、あるいはeruvを受け入れていない者と住んでいる者、その者たちは彼に制限を課すことになる。-これらはラビ・メイルの言葉である。
冒頭の「異邦人」については、前回の記事及び上記の振り返りにおいて既に確認した。共同利用者の中にユダヤ教徒ではない異邦人がいる場合、宗教的枠組みを共有出来ないので、そのchatzerにおける権利を賃借しなくてはならない。異邦人はeruvei chatzeirotも権利の無効化もすることが出来ないからである。
サマリア人とサドカイ派:口伝律法の権威を否定する異端規定
次の「eruvを受け入れていない者」とはサマリア人、サドカイ派など異端的な人々を指す。
サマリア人については読者もご存知であると思うが、アッシリアの王によって北イスラエルに連れて来られた人々である。彼らは元々「バビロン、クト、アワ、ハマト、セファルワイム」(王下17:24)に住んでいた人々であるが、イスラエルに来た当初、自分たちの信仰生活を守っていた。
その為に獅子に襲われ、多数の犠牲者を出したので、ユダヤ教の信仰を取り入れたものである。しかし元々の自分たちの信仰を完全に放棄したのではなく、偶像崇拝も続けており、宗教的に混交状態であった。
この間の次第は、次のように書かれている。
29しかし、諸国の民はそれぞれ自分の神を造り、サマリア人の築いた聖なる高台の家に安置した。諸国の民はそれぞれ自分たちの住む町でそのように行った。 30バビロンの人々はスコト・ベノトの神を造り、クトの人々はネレガルの神を造り、ハマトの人々はアシマの神を造り、 31アワ人はニブハズとタルタクの神を造り、セファルワイム人は子供を火に投じて、セファルワイムの神々アドラメレクとアナメレクにささげた。 32彼らは主を畏れ敬ったが、自分たちの中から聖なる高台の祭司たちを立て、その祭司たちが聖なる高台の家で彼らのために勤めを果たした。 33このように彼らは主を畏れ敬うとともに、移される前にいた国々の風習に従って自分たちの神々にも仕えた。
34彼らは今日に至るまで以前からの風習に従って行い、主を畏れ敬うことなく、主がイスラエルという名をお付けになったヤコブの子孫に授けられた掟、法、律法、戒めに従って行うこともない。
彼らが律法上正式にユダヤ教に改宗したと言えるのか、ラビたちの見解は異なっているが、サマリア人のラビたちに対する態度は明確であり、その権威を受け入れていない。そこでeruvに関する教えにも従っていない。
なお、後年彼らの改宗は誠実なものではなく、正式な改宗ではないと最終的な裁定が下されている。
他方のサドカイ派についても、キリスト教徒もしくはキリスト教に関心のある方がほとんどの本稿の読者には、幾らかの馴染みがあると思われる。
彼らは書かれた律法のみ尊重し、口伝律法やラビたちの権威は認めない。「サドカイ派」という名称は、アンティゴノス・ソホの弟子であるツァドクの名前に由来している。
話をまとめると、異邦人やサマリア人、サドカイ派と同じchatzerを共同使用しているユダヤ教徒は、eruvei chatzeirotや権利の無効化の宣言によって、安息日にchatzerで運搬行為をすることが出来ない。
以上はラビ・メイル(Rabbi Meir)の見解である。
単独居住時における制限の有無:ラビたちの対立
続きには次のように書かれている。
ラビ・エリエゼル・ベン・ヤコブは言う、「彼は決して制限しない、2人のユダヤ人が互いにするのでないなら。」
まず「彼は決して制限しない」の「彼」は異邦人を指している。
ラビ・エリエゼル・ベン・ヤコブ(Rabbi Eliezer Ben Jacob)は上のラビ・メイルの見解に対して、2人以上のユダヤ教徒が同一のchatzerを共同利用している状況に限り、異邦人の存在が制限の理由となると主張する。
もしも1人のユダヤ教徒が異邦人と同一のchatzerを共同利用している状況であるなら、異邦人の存在は制限する理由にならない。
それというのも、異邦人の住居は律法上、この意味での住居としては扱われない。
ラビたちが異邦人と同一のchatzerを共同利用している場合、賃貸によって権利を借りるべきと定めたのは、ユダヤ教徒が異邦人の生活の仕方を模倣し、信仰生活から離れないようにする為の方策である。
ユダヤ教徒は迫害を恐れているので、少なくともミシュナ時代には単独で異邦人と同一のchatzerを共同利用するような状況は極めて稀である。そのような状況でも、異邦人のchatzerにおける権利を賃借するのは不合理であり、ラビたちの意図した事ではない。
異邦人の住居はこの意味で元来「住居」と見なされていないのだから、ユダヤ教徒が単独で異邦人と同一のchatzerを共同利用しているなら、その権利を賃借する必要はない。
以上がラビ・エリエゼル・ベン・ヤコブの見解である。
Tanna Kamma(第一の教え)の反論と最終ハラハーの帰結
Tanna Kammaは、ユダヤ教徒が1人であっても、異邦人の存在は常に制限となると主張した。異邦人の住居は律法上住居として認められない点については、ラビ・エリエゼル・ベン・ヤコブに同意するが、ユダヤ教徒が単独で異邦人とchatzerを共同利用する状況は、そこまで稀ではないとする。
最終的な法規定(ハラハー)としては、ラビ・エリエゼル・ベン・ヤコブの説が採用されている。すなわち、ユダヤ教徒が1人であれば制限は発生しない。
空間の拡張:路地の共有(shitufei mevoot)の構造
先に進む前にshitufei mevootについて簡単に学ばなくてはなららない。shitufei mevoot(シトゥフェイ・メヴォオット)は文字通りには「路地の共有」を表す。下の写真を見て欲しい。

左に1つの中庭(chatzer)、右に1つの中庭(chatzer)がある。黄色で囲った領域である。真ん中の緑のスペースが路地(mavoi:マヴォイ)になる。
これまで学んだeruvei chatzeirotは同じ中庭を共有する者たちが、安息日に中庭で運搬行為をする為の手続きであった。
shitufei mevootは同じ路地(mavoi:マヴォイ)を共有する者たちが、mavoiの中で物を運搬する為の手続きである。
例えば左の中庭を共有する人たちのeruvei chatzeirotだけでは、路地に物を運搬することまでは許容されない。なぜなら左の中庭についてのeruvei chatzeirotは、左の中庭を共有する人たちを1つの単位として統合する手続きであるから。
真ん中の路地(mavoi)は右の中庭を共有する人たちにも関係しているのである。
路地は、そこに面しているすべての中庭の住民が共同利用するエリアである。そのため、路地で物を運ぶには、路地に面するすべての中庭を一つの単位として統合する手続きが必要になる。それがshitufei mevootである。
mitzvah(掟)としての祝福の祈りと定型句
eruvei chatzeirotにしろshitufei mevootにしろ、設定することは掟(mitzvah:ミツヴァ)の実行であるから、祝福を唱える必要がある。
eruvei chatzeirotの祝福の祈りは以下の通りである。
「このeruvを通じて、すべての人々が家から家へ、中庭から中庭へ、物を運び出し運び入れることが許されますように。」
shitufei mevootの祝福の祈りは以下の通りである。
「このshitufを通じて、路地のすべての住民が、中庭から路地へ、路地から中庭へ、物を運び出し運び入れることが許されますように。」
具体的なshitufei mevootの設定の仕方については、「Eruv」7章に記されている。次回はこれについて扱い、その後に必要に応じて6章に戻ることにする。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Eruvin』法理研究
https://note.com/mishnah/n/ncb2fc95494d1
全記事の目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
