ミシュナ『Temura(テムラー)』の法理 第10回:祭壇不適格家畜(ムクツェ・エトナン・メヒル)の混交規定とトレファーの法理的矛盾(6章1節)
本稿は、古代ユダヤ教の口伝律法法典ミシュナ『Temurah(テムラー篇)』およびモーセ五書(Torah:トーラ)の法意(halachah:ハラハー)を精読・解説を意図した学術的な研究論考です。
記述中、古代の刑法および祭儀規定に由来する性的な事象(獣姦等)に関する法解釈が含まれますが、これらはすべて歴史的・法社会学的な文献解釈を目的としたものであり、いかなる意味においても不適切な行為、反社会的な行為を肯定・助長する意図を持つものではありません。
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*本稿はモーセ五書(トーラ)レビ記27章が規定する「いけにえの交換(temura)」の禁止命令について、口伝律法ミシュナ第5部『Kodashim』の『Temurah(テムラー篇)』を参照して解説するシリーズ10回目である。
今回は『Temura』6章1節を取り上げ、レビ記・申命記のトーラに基づき、祭壇への献げ物として禁止される9つの不適格家畜(獣姦、muktzeh[ムクツェ]、etnan[エトナン]、mechir[メヒル]、kilayim[キルアイム]、tereifah[トレファー]、帝王切開)の定義を網羅。外見上識別不可能なtereifahがもたらすハラハー的矛盾と、その法理的解決策を解説する。
前回の振り返り:chatat(贖罪の献げ物)の年齢制限と紛失家畜・硬貨の処分規定
前回は、ミシュナ『Temura』篇・第4章1節後半から2節の法理を取り上げ、行方不明になった贖罪の献げ物(chatat)の扱いや、その年齢制限、および聖別された硬貨の処分規定について解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】chatat(贖罪の献げ物)の年齢制限
chatatとして献げることができる家畜には厳格な年齢制限がある。
①原則
献げる主体(大祭司、王、個人など)によって雄牛や雌羊などの種類は異なるが、いずれの場合も「1歳未満(生まれてから1年以内)」でなければならないと解釈されている。
②不適格
聖別された後に1年が経過したものは、chatatとしての資格を失う。
【2】行方不明になったchatatの餓死規定
所有者がchatat(家畜X)を行方不明にし、代わりに別の家畜(Y)を聖別した後に、元のXが見つかった場合の処理についてである。
記事の中ではこの括りで3つの具体的なケースが検証されている。
(事案1)
chatat(X)が1歳になる前に聖別されたが、1年が経過し、その後行方不明になる。
所有者は別の家畜(Y)を代わりのchatatとして聖別した。しかしYを献げる前に元のchatat(X)が見付かった。
(事案2)
chatat(X)が無傷で行方不明になり、所有者は別の家畜(Y)を代わりのchatatとして聖別した。
しかしYを献げる前に元のchatat(X)が傷を負った状態で見付かった。
(事案3)
chatat(X)が行方不明になり、所有者は別の家畜(Y)を新たに聖別し、chatatとして祭壇に献げた。その後でXが見付かった
以上の事案1、事案2についてはYを献げた場合、事案3については無条件でXを餓死させなくてはならない。
つまり行方不明になったchatatの為に、所有者が代わりのいけにえで贖いを得た場合、元のchatatは餓死させなくてはならない。
以上はシナイ山におけるモーセの伝承(Halachah LeMoshe MiSinai:ハラハー・レモーシェ・ミシナイ)に基づく法理である。
【3】temura(交換)との法的な違い
行方不明になった家畜の代わりに新しい家畜を準備することは、temura(禁止された交換行為)には該当しない。
temuraとは「手元にある」いけにえの聖性を別の動物に移そうとする行為を指す。
いけにえの行方不明中に新しい個体を準備することは、純粋な再調達の手続きであるため、temuraの禁止規定には触れない。
【4】紛失した「硬貨」の処分(死海への投棄)
家畜そのものではなく、chatat購入のために聖別した「硬貨」を紛失し、別の手段で贖いを済ませた後にその硬貨が見つかった場合、「死海へ捨てる(永久に廃棄する)」ことになる。
以上の内容に不安を感じる方は、以下リンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Temura(テムラー)』の法理 第9回:贖罪の献げ物(chatat)の年齢・行方不明・傷に関わる2つの餓死規定と、代用後に発見された聖別硬貨の死海投棄ハラハー(4章1節〜2節)
https://note.com/mishnah/n/nb136b2d9e752
ミシュナ「Temura」6章1節による禁止リスト
今回から口伝律法ミシュナ「Temura」6章に入る。直接的にはtemuraについて扱っていないが、内容が並行しているので、「Temura」に収録されていると思われる。まずは6章1節から引用する。
祭壇に禁止された全ての動物は、他の動物を如何なる数であれ禁止されたものにする。獣姦したもの、獣姦に使われたもの、取り分けられたもの、礼拝されたもの、売春婦の賃金、犬と交換したもの、雑種、tereifah、帝王切開で生まれたもの。
本節では不適格な動物が献げ物のいけにえと混ざってしまった場合について扱っている。この場合、不適格な動物といけにえに使える家畜がどの程度の割合で混ざったとしても、全ていけにえに使うことは出来ない。
獣姦の動物と偶像崇拝に関わった動物
順番に解説する。まず「獣姦したもの」とは、人に対して獣姦したものを指す。
「獣姦に使われたもの」とは、人がそれに対して獣姦したものを指す。
これらの動物は祭壇に用いることが出来ないにとどまらず、それから如何なる利益を得てもならない。
もしもその行為について、2人の証人が警告し、それでも行われ、証人たちが法廷で証言するなら、関わった人もこれらの動物も処刑されなくてはならない。トーラには次のように書かれている。
15動物と交わった男は必ず死刑に処せられる。その動物も殺さねばならない。
16いかなる動物とであれ、これに近づいて交わる女と動物を殺さねばならない。彼らは必ず死刑に処せられる。彼らの行為は死罪に当たる。
本節のミシュナについて言うなら、1人の証人か、本人の証言だけがある場合である。この場合、祭壇に使うことは出来なくなるが、それから利益を得ることは許容される。
「取り分けられたもの」は原文では「muktzeh」であるが、安息日に動かしてはならない「muktzeh」と混同してはならない。
本節のmuktzehは偶像崇拝の為に取り分けられたものであるが、まだ実際に礼拝に使われていないものを指す。
次の「礼拝されたもの」は文字通り、それに向かって表敬するなど、実際に礼拝行為が行われたものを指す。
トーラが忌避する「etnan(エトナン)」と「mechir(メヒル)」の聖所搬入禁止命令(申命記23章19節)
「売春婦の賃金(etnan:エトナン)」とは、ここでは売春行為の謝礼として支払われた家畜を指す。
「犬と交換したもの(mechir:メヒル)」とは、犬を獲得する為に支払われた家畜を指す。
この内、「売春婦の賃金」と「犬と交換したもの」について、トーラには次のように書かれている。
いかなる誓願のためであっても、遊女のもうけや犬の稼ぎをあなたの神、主の宮に携えてはならない。いずれもあなたの神、主のいとわれるものだからである。
kilayimの禁止とレビ記19章19節のハラハー
次の「雑種」は原文ではkilayimである。祭壇に献げる以前に、異なる種類の動物の雑種を作ることは、トーラで禁止されている。
あなたたちはわたしの掟を守りなさい。二種の家畜を交配させたり、一つの畑に二種の種を蒔いてはならない。
tereifah(トレファー)の定義:致命的疾患の有無と識別可能性の法理
次の「tereifah」はカタカナ表記では「トレファー」である。アルファベットでも「treifah」と書くこともある。ここでは取りあえず「tereifah」と表記する。
tereifahとは、猛獣に襲われたり、身体に致命的な欠陥・内部疾患を負ったりしたことで、1年以外に死に至ると判断される動物を指す。
そこで動物をtereifahとする欠陥の中には、容易に識別できるもの(例:動物の足が足首より上で切断されている)もあれば、屠殺後の内部検査によってのみ確認可能なもの(例:肺に穴が開いている)もある。
もし本節が「外見上の症状があるtereifah」を指しているのであるならば、それが他の動物まで祭壇に献げるいけにえとして不適格にすることは、不合理である。
なぜならその動物はtereifahとして容易に特定出来るので、どの個体が禁止されているかは明白であり、それだけを取り除けば済むからである。
逆に、もしミシュナが「外見上の症状がないtereifah」を指しているのであれば、その動物が生きている間にtereifahであると知るのは困難である。
この矛盾を解く為に、幾つかの可能な回答があるが、その内の一つは、本節が「外見上の症状を持つtereifah」を扱っているというものである。
具体的には、ライオンや狼の爪によって傷を負わされた動物(爪から注入される毒は致死的であるため、そのような傷は動物をtereifahにする)を指しており、その個体が茨による傷を負った個体と混じった場合である。
この場合、外見上、それらの家畜が似たような傷跡を持っているので、それらが混じり合った後では、tereifahの個体を特定することが難しくなる。
yotzhei dofen(帝王切開)と自然出産の境界線(レビ記22章27節)
最後の「帝王切開で生まれたもの」はyotzhei dofen(ヨツェ・ドーフェン)と呼ばれる。自然な出産ではなく、お腹を切って生まれた子供である。
トーラには次のように書かれている。
27牛、羊、山羊が生まれたときは、七日の間その母親のもとに置きなさい。八日目以後は主に燃やしてささげる献げ物として受け入れられる。
この箇所の「生まれたとき」は自然に生まれた場合のみを指しており、帝王切開は含まないと解釈されている。
以下、他の家畜と混ざった場合、全て祭壇のいけにえとして使えなくなるものを箇条書きにする。
獣姦したもの
獣姦に使われたもの
礼拝の対象として分けられたもの
偶像礼拝に使われたもの
売春婦の賃金
犬と交換したもの
kilayim
tereifah
帝王切開で生まれたもの
以上である。今回の内容はここまでとする。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Temura』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n6974756a85bf
全記事の目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
No.1~No.201の記事はこちらからご覧頂けます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
