ミシュナ『Temura(テムラー)』の法理 第9回:贖罪の献げ物(chatat)の年齢・行方不明・傷に関わる2つの餓死規定と、代用後に発見された聖別硬貨の死海投棄ハラハー(4章1節〜2節)
*本稿はモーセ五書(トーラ)レビ記27章が規定する「いけにえの交換(temura)」の禁止命令について、口伝律法ミシュナ第5部『Kodashim』の『Temurah(テムラー篇)』を参照して解説するシリーズ9回目である。
今回は『Temura』第4章1節の後半から第2節を取り上げ、タルムードの精密な語法分析から導き出される「行方不明になったchatat(贖罪の献げ物)」の2つのケースを解説。さらに、家畜ではなく「聖別された硬貨」を紛失した場合の死海への投棄規定(4章2節)まで、シナイ山におけるモーセの伝承(Halachah LeMoshe MiSinai:ハラハー・レモーシェ・ミシナイ)の厳格な論理を、手加減抜きの最高精度で検証する。
前回の振り返り:異邦の地における初子(bechor)・家畜の十分の一税(maaser beheimah)の免除規定とchatat餓死の3ケース
前回は、ミシュナ『Temura』第3章5節の続きから第4章1節を扱い、聖地の外におけるいけにえの扱いと、贖罪の献げ物(chatat)を餓死させるべき3つのケースについて解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】異邦の地における初子(bechor)と家畜の十分の一税(maaser beheimah)
聖地の外(異邦の地)で聖別された家畜の扱いについて、以下の法理が示されている。
①原則
通常のいけにえは聖地の外から携えて祭壇に献げることが出来るが、bechorとmaaser beheimahは例外とされる。
②祭壇義務の免除
異邦の地にあるbechorとmaaser beheimahについては、エルサレムに連れて行く義務はなく、傷を負うまで放牧した後に食べることが許される。
③ラビ・アキバの「聖地限定」論
ラビ・アキバは更に厳格な見解をとり、たとえこれらを神殿に連れて来たとしても、祭壇で献げることは認められないと主張した。
彼は申命記14章の解釈に基づき、聖地の作物に限定される「第二の十分の一税(maaser sheni)」とbechorが並記されていることから、bechorもまた聖地のものでなければならないと結論付けている。
動物の十分の一税(maaser beheimah)も穀物の十分の一税(maaser)が聖地に限定されることから、聖地に限定されるとする。
【2】chatat(贖罪の献げ物)における餓死規定(第4章1節)
シナイ山におけるモーセの伝承(Halachah LeMoshe MiSinai:ハラハー・レモーシェ・ミシナイ)に基づき、5つのケースにおいてchatatは「餓死」させなければならないと規定されている。
前回の記事ではその内の3つを扱った。
①chatatの子
母親が聖別された後に生まれた子は、自動的に聖性を持つが、「特定の罪の贖い」のために聖別されたものではないため、祭壇に献げることは出来ない。
②chatatのtemura
レビ記27章で禁止されている行為(temura)によって生じた動物を、罪の贖いに用いることは不適切であるとされている。
③所有者が死んだchatat
chatatは所有者本人の罪を贖うためのものであるため、本人が死亡した時点でその目的が失われ、献げる意味がなくなる。
【3】asham(賠償の献げ物)との構造的差異
これらのchatatは、積極的に殺すのではなく、囲いに入れて水や食べ物を与えずに死なせるという処理が取られる。
ashamのtemuraは「傷を負うまで放牧」されるが、chatatのtemuraは「餓死」させられる。
もしモーセからの伝承がなければ、chatatもashamと同様に放牧・売却されていた筈であるが、伝承によってchatatにはより厳格な排除のロジックが適用されている。
以上の内容に不安を感じる方は、以下リンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Temura(テムラー)』の法理 第8回:異邦の地における初子(bechor)・家畜十分の一税(maaser beheimah)の祭壇義務とラビ・アキバによるハラハー、および贖罪の献げ物(chatat)における3つの餓死規定の論理
https://note.com/mishnah/n/nbeb14b3ddb9b
ミシュナ『Temura』4章1節(後半):紛失したchatatのハラハー
今回はまず贖罪の献げ物(chatat:ハッタート)について、口伝律法ミシュナ「Temura」4章1節の続きから開始する。次のように書かれている。
その年が過ぎたもので、いなくなったが、傷を負って見付かったものについて、もし所有者が彼らの罪を贖うなら、それら(元のchatat)は餓死させられる。
まず「その年が過ぎたもの」についてだが、chatatに用いることの出来るいけにえの年齢が前提になっている。chatatの年齢制限については、トーラに若干の言及がある。
もし、個人が過って罪を犯したときは、一歳の雌山羊一匹を贖罪の献げ物としてささげなさい。
「一歳の雌山羊」とは、1歳未満を指すと解釈される。この民数記15章27節では個人の贖罪の献げ物についてしか述べていない。
贖罪の献げ物については、献げる主体によっていけにえも変わり、レビ記4章にそれぞれ区別されて書かれている。
大祭司による場合(レビ4:3~12):雄牛を献げる。
サンヘドリンによる場合(レビ4:13~21):雄牛を献げる。
王による場合(レビ4:22~26):雄山羊を献げる。
その他のイスラエルの個人による場合(レビ4:27~35):雌山羊または雌羊を献げる。
しかしいずれの場合でも、生まれてから1年未満でなくてはならないと解釈されている。
そこで「Temura」4章1節の「その年が過ぎたもの」とは、chatatとして聖別されており、かつ生まれてから1年を経過しているものを指している。
タルムードの語法分析:行方不明をめぐる2つのケース
以上を前提に「その年が過ぎたもので、いなくなったが、傷を負って見付かったもの」について解説するが、タルムードによると語法について注意しなくてはならない。
具体的には真ん中の「いなくなった」はその直前の「その年が過ぎたもの(1年経過したもの)」と、その直後の「傷を負って見付かったもの」の両方にかかっている。つまり次の2つの場合について言っている。
①1年経過する前に聖別されたが、1年が経過し、その後行方不明になった後見付かったもの。
②無傷で行方不明になり、その後傷を負って見付かったもの。
続きには「もし所有者が彼らの罪を贖うなら、それら(元のchatat)は餓死させられる」と書かれている。
上記①、②をそのまま用いて、下に箇条書きにする。説明の便宜から、元のchatatをXとする。
①「Xは1年経過する前に聖別されたが、1年が経過し、その後行方不明になり、かつ見付かった場合」とは、どのような状況を言っているのか?
所有者は別の家畜(Y)を代わりのchatatとして聖別した。しかしYを献げる前に元のchatat(X)が見付かった。
所有者は元Xが傷を負うまで放牧し、贖い、その代価で更に別の家畜を購入し、chatatとして献げることが出来る。
しかし所有者はその方法を取らず、代わりに聖別したchatat(Y)を用いた場合を言っている。
②「Xは無傷で行方不明になり、その後傷を負って見付かった場合」とは、どのような状況を言っているのか?
所有者は別の家畜(Y)を代わりのchatatとして聖別した。しかしYを献げる前に元のchatat(X)が見付かった。
Xは既に傷を負っているので、売却してその代価で更に別の家畜を購入し、chatatとして献げることが出来る。
しかし所有者はその方法を取らず、代わりに聖別したchatatを用いた場合を言っている。
つまり「Temura」4章1節の「もし所有者が彼らの罪を贖うなら、それら(元のchatat)は餓死させられる」とは、「行方不明になったchatatの為に、所有者が代わりのいけにえで贖いを得た場合、元のchatatは餓死させなくてはならない」という原則が示されている。
この原則はシナイ山におけるモーセの伝承(Halachah LeMoshe MiSinai)による。
この点に関して、ミシュナ編纂の最高権威であるRebbi(ラビ・ユダ・ハナシ)とラビたちの間で更に議論が展開されているが、それはまた別の機会に譲る。
代用の成立とtemuraの境界線
なお、ここで行方不明になった元のchatat(X)の代わりに別の家畜(Y)を聖別することは、temuraに該当するのではないかという疑問があるかもしれない。
しかしtemuraの原則は次の通りである。
9もし、主への献げ物として家畜を携える場合、主にささげるものはすべて、聖なるものとなる。 10それを他のものと替えたり、良いものを悪いものに、あるいは悪いものを良いものに替えてはならない。もし、その家畜を他の家畜と替えるならば、それも、替えたものも、聖なるものとなる。
つまりtemuraとは、手元にあるいけにえの聖性を別の動物に移そうとする行為である。今回はXが行方不明になったので、「純粋に新しいいけにえ(Y)を準備した」という手続きであり、temuraには当たらない。
家畜の紛失と硬貨の紛失における処理の差異
次節に進む。ここまでのまとめのような内容になる。
もし誰かが家畜をchatatとし、それがいなくなり、代わりに他のものを献げ、元のものが見付かるなら、それは餓死させられる。もし誰かが硬貨をchatatとし、それを紛失し、代わりに他のものを献げ、元のものが見付かるなら、その硬貨は死海へ捨てることになる。
本節の前半は、元のchatat(X)が行方不明になり、所有者は別の家畜(Y)を新たに聖別し、chatatとして祭壇に献げた。その後でXが見付かった場合である。
この場合、Xは無条件に餓死させられる。
本節の後半は特定の硬貨をchatat購入の為に聖別していたが、紛失した場合である。この間に別の仕方でいけにえを調達し、既にchatatとして献げた。その後に元の聖別した硬貨が見付かっている。
この場合、元の聖別した硬貨は破棄しなくてはならない。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Temura』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n6974756a85bf
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
