ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第6回:道具の安息(シェヴィタト・ケイリーム)を巡るシャンマイ派とヒレル派の論争(1章5節、7節、8節)
*本稿は口伝律法ミシュナ第2部『Moed(モエド)』に属する『Shabbat(シャバット)』の第6回目の解説である。今回は『Shabbat』1章5節および7節、8節を扱う。
前半では、ハナニヤ・ベン・ヒゼキヤの功績および「18の制定事項」の背景を総括した上で、1章5節におけるインクや染料の調合プロセスを巡る論争を紐解く。特に、安息日禁止作業(melachah:メラハー)の「捏ねる」作業の適用範囲、およびシャンマイ学派(Beit Shammai)が提示する「シェヴィタト・ケイリーム(shevitat keilim:道具・器物の安息)」の法理と、ヒレル学派(Beit Hillel)による反論を法学的に解説する。
後半では、1章7~8節に基づき、安息日直前における異邦人(非ユダヤ人)との商取引、荷積みの手伝い、ならびに皮なめし職人や洗濯屋への業務委託の是非を検証し、2,000年前の律法の現場を再現する。
前回の振り返り:ハナニヤ・ベン・ヒゼキヤの功績と「18の制定事項」の裁定背景
前回はミシュナ『Shabbat』1章4節に基づき、ハナニヤ・ベン・ヒゼキヤ・ベン・グリオンの功績と、彼の屋根裏部屋で裁定が下された「18の制定事項」の背景について解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】ハナニヤ・ベン・ヒゼキヤの功績
ハナニヤ・ベン・ヒゼキヤは、トーラとエゼキエル書の記述の矛盾を解消したことで知られる。
①論争点
レビ記では「全てのユダヤ人は死骸(neveilah:ネヴェイラー)を食べてはならない」とされているのに対し、エゼキエル書では「祭司は死骸(neveilah)を食べてはならない」と書かれており、エゼキエルはこの禁止を祭司に限定しているかのような外観がある。
ラビたちはこの点を踏まえ、エゼキエル書の権威を抑えようとした。
②解決策
ハナニヤ・ベン・ヒゼキヤは、鳥の献げ物に特殊な屠殺法(melikah:メリカー)によって死んだ鳥の肉は、祭司によって食べられる点着目した。
祭司はmelikahによって死んだ鳥の肉を食べてよいのだから、「神殿外でも鳥のneveilahを食べてよい」と誤解されるのを防ぐために、エゼキエルはあえて祭司に向けて禁止命令を確認したのだと解釈した。
ハナニヤ・ベン・ヒゼキヤは研究のために、屋根裏部屋に300樽もの油を持ち込んで夜通し研究に没頭したと伝えられている。
【2】屋根裏部屋での「18の制定事項」
ハナニヤ・ベン・ヒゼキヤの屋根裏部屋には多くの学者が集まり、重要な18の規則が公式に裁定された。
①学派の勢力図
この会議では、シャンマイ学派(Beit Shammai)の人数がヒレル学派(Beit Hillel)を上回っていたため、多数決によってシャンマイ学派の厳格な主張が多く採用された。
②安息日に関連する具体的な規定
裁決された18項目の内、安息日に関わるのは以下の3つである。
第14項目: 日没までに町に着けなかった旅行者は、安息日に財布を運んではならず、異邦人に預けるべきであるという規定。
この規定は「Shabbat」24章1節に明記されており、本稿ではこの節を後の回で扱う予定である。
第15・16項目: 安息日の夜に、ランプの光の下で「衣類のシラミ取り」や「読書」をしてはならないという規定。
この規定は本シリーズの前々回(第4回)で既に詳しく扱った。
以上により、安息日の過失予防措置が単なる思い付きではなく、学術的な研究と学派間の議決プロセスを経て確立されたものであることが示されている。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第5回:ハナニヤ・ベン・ヒゼキヤ・ベン・グリオンの功績と屋根裏部屋における「18の制定事項」
https://note.com/mishnah/n/n83261941e180
ミシュナ『Shabbat』1章5節:安息日前日の水に漬ける行為
今回はその続きである。口伝律法ミシュナ「Shabbat」1章5節から引用する。
Beit Shammaiは言う。「私たちはインクを浸したり、色を染めたり、まぐさに用いる豆を水に漬けたりしてはならない。日中に完全に浸かるのに十分な時間が無いのなら。」しかしBeit Hillelはそれを許容した。
ここでは安息日の前日(金曜日)において、幾つかの作業が禁止されるべきか許容されるべきか、Beit ShammaiとBeit Hillelが異なる見解を示している。これらはハナニヤ・ベン・ヒゼキヤの屋根裏部屋で議論されたが、「18の制定事項」とは異なり、投票によって決着しなかった事項である。
議論になっている作業は「インクの材料に水を加えること」、「染料の材料に水を加えること」、「まぐさに用いる豆に水を加えること」である。
安息日に禁止されるmelachahの第10番目は「捏ねること」であるが、インクや染料の粉末に水を加えることは、たとえ手で混ぜなくても「捏ねる」行為と見なされる。また、まぐさに用いる豆を水に浸す行為も、同様に「捏ねる」行為の一種と見なされる。
ただ水を加えるだけであり、安息日前にそれを行っているならば、日没直前であっても問題ないように思われる。しかしBeit Shammaiは、それは禁止されるべきであると主張した。
その理由としてミシュナ本文には「日中に完全に浸かるのに十分な時間が無いのなら」と書かれている。Beit Shammaiが禁止しているのは、日没時もこれらの材料が水に浸かり切っておらず、浸透の過程が進行している場合である。
Beit Shammaiの核心法理:「シェヴィタト・ケイリーム(道具の休息)」
Beit Shammaiがこのように主張する背景には、「シェヴィタト・ケイリーム(Shevitat Keilim)という独自の法理がある。
トーラにおいて、人が休息するだけでなく、家畜も休ませることが命じられている。
七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。
Beit Shammaiは、トーラにおいては「道具」も安息日に休息させることを命じていると解釈する。従って、器の中で安息日中に、たとえ自然にでも作業過程が進行することは、器の休息を妨げるので禁止するべきと考える。
タルムードの注釈部であるゲマラ(Gemara)においては、安息日前に点火したロウソクが安息日後に燃え続けることは許容され、安息日前に熱くなっていた「かまど」の上に、安息日後ポットを置く習慣を引き合いに出して、Beit Shammaiのこの主張に疑問を呈している。
なぜならこれらの習慣は、一般的に許容されているからである。Beit Shammaiの「インクの材料に水を加えること」等の過程が安息日中に進行することを許容しない立場は、ロウソクやかまどの熱を利用する一般的な習慣と相容れない。
Beit Hillelは以上の「インクの材料に水を加えること」等について、安息日開始後にもプロセスが進行することを許容する。
Beit Hillelによれば、安息日の休息は苦痛や疲労を感じる人間や動物のためのものであり、無生物である「道具」に休息をさせる必要はないと考える。人間が直接関与せず、道具において自然に作業過程が進む分には問題ない。
次に「Shabbat」1章7節を引用する。
ミシュナ『Shabbat』1章7節(前半):安息日直前の異邦人との取引と制限規定
Beit Shammaiは言う。「私たちは異教徒に売ったり、積むのを手伝ったり、担がせたりしてはならない。近くの場所に着くのに十分な時間が無いならば。」しかしBeit Hillelは許容した。
本節では、安息日が始まる直前に異邦人(非ユダヤ人)と取引や仕事を依頼することに関する、Beit ShammaiとBeit Hillelの異なる見解を記したものである。
異邦人が安息日前に近くの場所に到着できる十分な時間が無いならば、Beit Shamma1は金曜日に異邦人に対して以下のことをしてはならないとする。
①物を売ること。
異邦人がユダヤ人の店や家から荷物を持って出ていく姿を見た人々は、「異邦人がユダヤ人のために、安息日に用事をこなしている」ように見えてしまう。
②異邦人のロバに荷を積む手伝いをすること。
「異邦人がユダヤ人のために、安息日にロバで荷物を運んでいる」ように見えてしまう。
③異邦人の肩に荷物を担がせること。
「異邦人がユダヤ人のために、安息日に荷物を運んでいる」ように見えてしまう。
そこで、Beit Shammaiは①~③の行為を禁止する。
他方でBeit Hillelはこれらの行為を許可する。Beit Hillelによると、異邦人が安息日の始まる前にユダヤ人の家を離れていればよい。
以上により、次のようにまとめられる。
Beit Shammaiの主な関心事は「安息日に異邦人がユダヤ人の代わり、あるいは依頼によって働いているように見えてしまうこと」を避ける点にある。その為、安息日前までに物理的に作業や移動が終わることを要求する。
Beit Hillelの立場では、取引が安息日前に法的に成立しており、異邦人が独立した契約者として動いているのであれば、異邦人の安息日中の活動を制限する必要はないと考える。
次節に進む。
ミシュナ『Shabbat』1章8節:皮なめし・洗濯委託におけるBeit Shammaiの内的整合性
Beit Shammaiは言う。「異教徒の皮なめし職人に皮を、異教徒の洗濯屋に衣類を渡してはならない。日中にそれが完了するのに十分な時間が無いならば。」全てこれらのケースについて、Beit Hillelは太陽の出ている間は許容した。
本節では安息日の前に皮なめし職人に皮を渡すこと、洗濯屋に洗濯物を渡すことの是非について扱っている。
Beit Shammaiは皮や洗濯物を渡す時、異邦人が作業を終えるのに十分な時間があるなら許容する。たとえ異邦人が安息日に皮や洗濯物に作業をするのでも構わない。
Beit Shammaiのこの主張は、安息日に道具で作業過程が続いてはならないという、前節の方針とは矛盾するようにも思われる。これに関しては、道具に対して作業が行われることについて、Beit Shammaiでも禁止していないとされる。
彼らが禁止判断の基準にしているのは、安息日にその道具が自動稼働して作業プロセスが進行しているか否かである。本節では道具に対して異邦人が作業しているので、区別される。
Beit Hillelは安息日の始まる前であるなら、日没までの時間の長さに関わらず、上記の行為を許容する。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Shabbat』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n96f434acde54
全記事の目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
