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ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第19回:安息日における武具の携行制限:ラビ・エリエゼルの装身具論とメシア預言(イザヤ書)に見るハラハーの境界線(6章3節〜4節)

*本稿は口伝律法ミシュナ第2部『Moed(モエド)』に属する『Shabbat(シャバット)』の第19回目の解説である。

 今回はミシュナ「Shabbat」6章3節後半から4節を精読し、女性の特定の装飾品(カタツムリ型髪飾りや香水瓶)、および男性の5つの武具(剣・弓・盾・丸い盾・槍)のハラハー上の分類を検証する。「衣類・装飾品」と「荷物」を分ける基準は何なのか。ラビ・エリエゼルによる武具の「装飾」解釈と、イザヤ書のメシア預言を引用するラビたちの論争から、トーラ規定とラビ規定の深層を解き明かす。


前回の振り返り:ミシュナ『Shabbat』6章2節〜3節のハラハー基準

 前回はミシュナ『Shabbat』第6章2節後半から3節前半に基づき、「身につけるもの」と「荷物として運ぶもの」のハラハー(律法)上の境界線を解説した。

 主な内容は以下の通りである。

【1】ラビ規定による着用制限(6章2節:贖罪の献げ物なし)

 以下の品目は、本来は「衣類」や「装飾品」の性質を持つため、安息日に身につけて外出してもトーラ(モーセ五書)が禁じる本来の「荷物」の運搬には該当しないが、予防的な理由からラビ規定で禁止されている。

①tefillin(テフィリン)

 用を足す際に外さなければならず、その際に外したものを手に持って歩いてしまうリスクがあるため、公的な領域での着用は禁じられている。

②kamea(カメア:お守り)

 過去に3回治療に成功した実績のある「mumche(ムムヘ:専門家)」が作ったものであれば、着用者の信頼があるため「衣類の一部」と見なされ、着用が許可される。実績のない者が作ったものは、途中で外して手で運ぶ恐れがあるため禁止される。

③戦闘用武具(鎖帷子・兜・すね当て)

 これらは安息日にふさわしくない「戦争に行く」という印象を与える。たとえ実戦でなくても、疑わしい外観を禁じる「marit ayin(マリット・アイン)」の原則により、私的な領域でも着用が禁じられる。

【2】贖罪の献げ物が必要となる安息日違反(6章3節)

 6章3節に列挙された品目は、安息日に身につけて移動した場合、「通常の運搬」と見なされ、重大な違反として「贖罪の献げ物」を献げる義務が生じる。

①目(穴)のある針

 裁縫道具であり装飾品ではないため、日常的に服に針を刺して持ち運ぶ習慣のある仕立屋や女性が安息日にこれを行うと、通常の方法による運搬と見なされ、違反となる。

②印章付き指輪(男性用)と印章なし指輪(女性用)

 女性が男性用の印章付き指輪を嵌めて移動することは、夫から預かって所定の場所まで運ぶ「通常の方法による運搬」に該当するため、禁止されている。

 同様に、男性が女性用の(印章のない)指輪を嵌めて移動することも、修理のために職人へ運ぶ等の日常的な行為の延長と見なされ、違反となる。

 以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第18回:安息日におけるtefillin・お守り(kamea)の着用制限、および武具・針・印章付き指輪の運搬をめぐるハラハーの判定基準(6章2節〜3節)

https://note.com/mishnah/n/nc06f0f852f0a


ミシュナ『Shabbat』6章3節:女性の装飾品と「荷物」の境界線


 今回は口伝律法ミシュナ「Shabbat」6章3節の続きである。冒頭から引用する。

 女性は目のある針、印章付きの指輪、カタツムリの形の髪飾り、香料を束ねたもの、香水瓶をもって出てはならない。もし彼女がそれで出かけたら、贖罪の献げ物を献げる。

(Shabbat 6:3)

 順番に確認する。「カタツムリの形の髪飾り」とはコクレア形状(渦巻き型)のヘアアクセサリーを指す。

 一般的にほとんどの女性が身につけないため、装飾品ではなく荷物と見なされる。

 「香料を束ねたもの」とは体臭を気にしている女性が身につける、バルサム(芳香樹脂)などのスパイスが入った銀や金の小瓶であるが、異説もある。

 「香水瓶」とは、バルサムやジャコウが入った瓶である。

 以上の荷物と見なされる品々を身につけて公共の場に出た場合、贖罪の献げ物(chatat)を献げる義務が生じる。これはトーラー(律法)の禁止事項に抵触したことを意味する。

 続きには次のように書かれている。

 これらはラビ・メイルの言葉である。しかしラビたちは香料を束ねたもの、香水瓶は免責とした。

(Shabbat 6:3)

 ラビ・メイル(Rabbi Meir)はここに挙げたものは荷物として、トーラの禁止事項の対象とする。しかしラビたちは香料を束ねたもの、香水瓶については装飾品と見なし、安息日に身につけてもトーラの違反とは解釈しない。ただ、取り外して知人に見せてしまう恐れがあるので、ラビの規定によって禁止されていると主張する。

 halachah(ハラハー)はラビたちの見解である。

 「Shabbat」6章4節に進む。

ミシュナ『Shabbat』6章4節:男性の武具携行とラビたちの論争

 男性は剣、弓、盾、丸い盾(または棍棒とも解釈される)、槍をもって出てはならない。もし彼がそれで出かけたら、贖罪の献げ物を献げる。

(Shabbat 6:4)

 ここに列挙されたものについて、男性は安息日にもって出てはならない。しかし安息日前から持ち出しているものであるなら、所持していることが出来る。

 上に列挙された5つは衣服でも装飾品でもないため、持ち出すことは荷物を運ぶ行為と見なされ、違反した場合はchatatを献げる義務が生じる。箇条書きに列挙する。

・剣

・弓

・盾

・丸い盾(または棍棒とも解釈される)

・槍

出エジプト記「chamshim(ハムシーム)」から導かれる5つの武具


 Tanna Kammaはここで意図的に5つの武具を挙げている。それはトーラの次の箇所に根拠がある。

 神は民を、葦の海に通じる荒れ野の道に迂回させられた。イスラエルの人々は、隊伍を整えてエジプトの国から上った。

(出13:18)

 「隊伍を整えて」という部分は英語では「with armed」となるが、原文では「chamshim」である。「chamshim」は「5」を想起させる単語であり、エジプトを出た時、民は5つの武具を身につけていたことを暗示していると解釈される。その5つが「剣、弓、盾、丸い盾(または棍棒とも解釈される)、槍)である。

ラビ・エリエゼルの武具装飾論とラビたちのメシア預言(イザヤ2章4節)


 このTanna Kammaの見解に対して、続きには異論が唱えられている。

 ラビ・エリエゼルは言う、「それらは男にとって装飾である。」

(Shabbat 6:4)

 ラビ・エリエゼル(Rabbi Eliezer)は、これらの武器は男性にとっての「装身具(飾り)」であると主張し、身につけて外出することを許可している。

 ラビ・エリエゼルが自らの主張の根拠に置いているのは、次の詩編である。

 勇士よ、腰に剣を帯びよ。それはあなたの栄えと輝き。

(詩編45:4)

 このように、詩編では剣が男性の威光を表すものとして挙げられている。剣はベルトにさした状態、または腿のあたりにさした状態を指している。

 その他の武器は手に持つものである。ラビ・エリエゼルは、これらのものを持って安息日に出ることを許可しているのである。ただし「Shulchan Aruch」の注釈書である「Eliyah Rabbah(エリヤ・ラッバー)」によると、これら全ては身につけることが出来たものである。

 これに対してラビたちは、次のように反論する。

 しかしラビたちは言う。それらは恥である。次のように言われているように。「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。」(イザ2:4)

(Shabbat 6:4)

 ラビたちは、武器は男の美点を際立たせるものであるどころか、恥であると述べる。もしも武具が男の徳を際立たせるものであるなら、メシア時代にも廃止されない筈である。しかしイザヤ書2章4節には、次のように書かれているのである。

 主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。

(イザ2:4)

 ラビたちは以上の論理をもってTanna Kammaの見解を支持している。halachahもTanna Kammaである。

法理比較:『Shabbat』6章2節(鎖帷子等)と6章4節(剣・弓等)の決定的な違い


 ここで「Shabbat」6章2節で検討した「鎖帷子、兜、すね当て」と本節の「剣、弓、盾、丸い盾(または棍棒とも解釈される)、槍」を比較しておく。

 6章2節の「鎖帷子」はスーツ、兜は帽子、すね当てはストッキングのように見なすことが出来る。これらのものは衣類の一種ではあるので、ラビの規定によって禁止されている対象にとどまる。違反してもchatatを献げる義務はない。

 これに対して本節の「剣、弓、盾、丸い盾(または棍棒とも解釈される)、槍」は、衣類でも装飾品でもない。トーラによって禁止される荷物に分類されるので、違反した場合はchatatを献げなくてはならない。

 今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉【シリーズ目次】ミシュナ『Shabbat』法理研究

https://note.com/mishnah/n/n96f434acde54


 全記事の目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)

https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334

(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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