ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第17回:『Shabbat』6章1~2節による額のパッド・宝飾品の中庭着用制限におけるMaimonidesとRambanの解釈対立、および鋲付きサンダル禁止規定の歴史的背景
*本稿は口伝律法ミシュナ第2部『Moed(モエド)』に属する『Shabbat(シャバット)』の第17回目の解説である。
今回は『Shabbat』第6章1節後半から2節を扱い、女性の装身具(額のパッド、金の町の飾り、ネックレス、鼻輪、印章のない指輪、ピン)の移動規制を検証する。その過程で中庭における着用制限を巡ってRambamとも呼ばれるMaimonides(マイモニデス)と、Rambanとも呼ばれるNachmanides(ナフマニデス)のeruvei chatzeirot(エルーヴ・ハツェイロット)解釈の対立を浮き彫りにする。
更に6章2節の男性の装備品規定へと進み、「鋲を打ったサンダル」の着用禁止に隠された迫害時代の歴史的惨劇(エルサレム・タルムードの記述含む)と、一足のみの着用禁止がはらむ安息日違反の外観の法理を、手加減なしの専門性で構築する。
前回の振り返り:ミシュナ『Shabbat』6章1節前半の移動法理
前回はミシュナ『Shabbat』第6章1節を中心に、安息日における「人間の着用物・装飾品」の移動法理を解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】衣類・装身具としての認定基準
安息日に領域間を移動する際、身に着けているものは「身体の一部」と見なされ、持ち運びの禁止規定から除外される。ある物品が法的に「衣類」と認定されるには、以下のいずれかの機能を果たす必要がある。
①身体を覆うこと
慎みのための衣服。パンツ、シャツなど。
②身体を保護すること
悪天候や怪我から守るもの(コート、靴など)。
③身体を装飾すること
本人を引き立てる宝飾品など。
これらを満たさないもの(例:服に結びつけた家の鍵)を付けて移動することは、重大な律法違反となる。
【2】ラビ規定による外出時の着用制限(6大範疇)
原則として装身具は許可されるが、ラビたちは「外出先で外して手に持って歩いてしまう(安息日違反を誘発する)リスク」を考慮し、以下の6つのカテゴリーに該当するものの着用を禁止している。
①脱げやすいもの
②他人に見せるために外すもの
③嘲笑の対象になるもの
④特定の状況で外さなければならないもの
⑤本人が嫌がっているもの
⑥特定の歴史的背景を持つ「鋲を打ったサンダル」。
【3】女性の髪飾りとmikveh(ミクヴェ)の法理(6章1節)
ミシュナ6章1節では、女性が頭に付ける羊毛や紐などの装飾品について規定している。
①解釈の対立
髪に巻き付けるリボンのみが禁止対象か(Tosafot説)、あるいは地毛に編み込んだ場合も禁止されるか(Rashi説)で解釈が分かれている。
②chatzitzah(ハツィツァー:障壁)
月経後の清めの儀式では、全身に水が届く必要がある。髪飾りは水の浸透を妨げる「障壁(chatzitzah)」となるため、儀式の前に外さなければならない。
③安息日違反の懸念
安息日にmikvehに入る際、外した髪飾りを濡れた髪に結び直すのを嫌い、手に持って帰ってしまう恐れがあるため、最初から着用して外出することが禁じられている。
【4】ロー・プルグ(lo pelug:一律適用の原則)
この髪飾りの禁止規定は、実際にmikvehに行く必要のない高齢の女性などにも一律に適用される。
このように、混乱を避けるために「個別の状況に関わりなく一律にルールを適用する原則」をロー・プルグ(lo pelug)と呼ぶ。
なお、第5章(動物の規定)が第6章(人間の規定)より先に扱われているのは、農業社会では動物の方が人間より早く外に出ることや、動物の規則の方が単純であるためといった合理的理由がある。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第16回:人間の着用物・装飾品の移動法理と、ミクヴェにおけるchatzitzahおよびロー・プルグ(lo pelug)の原則(6章1節)
https://note.com/mishnah/n/na978a08ca2cc
ミシュナ『Shabbat』6章1節後半:女性の装身具に関する外出禁止規定
今回は口伝律法ミシュナ「Shabbat」6章1節の続きからである。まずは本文を引用する。
額のパッドを付けて公共の領域に出てはならない。金の町の飾り、ネックレス、鼻輪、印章が付いていない指輪、ピンも不可である。しかしもし彼女がそれで出かけたとしても、贖罪の献げ物は献げない。
順番に確認する。
「額のパッド」とは額飾りの下に、皮膚への刺激を防ぐために着用する布製のパッドの事である。時には単体で装身具として使われることもあった。
Yad Avrahamの解説にはこのように書かれていたが、やや不明確である。おそらく額飾りは金属製で、直に「おでこ」の皮膚に当たると汗で肌が荒れるので、金属の飾りの下に、クッション代わりとして「布製のパッド(当て布)」を敷いていたという事であると思われる。
ミシュナ本文はティアラを付けない場合にも、この額のパッドだけヘアバンドとして巻くことを指しており、「そのまま公共の領域に出てはならない(ヘアバンドを巻いたまま公共の領域に出てはならない)」と言っている。
ヘアバンドは付けたまま公共の領域に出ることは禁止されるが、中庭内であれば着用が許される。本節には他の服飾品も列挙されているが、中庭での着用が許されているのは、ヘアバンドだけである。
それは第一に安息日において、女性が自分を着飾る方面に専心しないようにという配慮からであるが、同時に女性が夫の目に魅力的に映らなくなることを防ぐため、額のパッドについては、中庭での着用は許容されたものである。
eruvei chatzeirotを巡るMaimonidesとRambanの解釈対立
しかしMaimonides(Rambam)は中庭で宝飾品が禁止されているのは、eruvei chatzeirot(エルーヴ・ハツェイロット:複数世帯の中庭を一つの私的領域とみなすための融通規定。後の回で詳しく扱う)をしていない場合に限るとしている。eruvei chatzeirotを設定していれば、参加している家の人たちが共通の中庭に関して、自由に物を運んだり、家の中へ入れたり出来るので、宝飾品も許容されるという見解である。
他方でNachmanides(Ramban)などのラビたちは、eruvei chatzeirotが設定されている場合でも宝飾品は許容されないと主張する。彼らは中庭での宝飾品を禁止することによって、公的な領域でも付けて出ていくことを予防しているとする。
各種装身具(金の町の飾り・ネックレス・鼻輪・印章のない指輪・ピン)の法解釈
「金の町の飾り」とは、エルサレムの街並みと城壁が刻まれた留め金、あるいは王冠のような装身具である。
「ネックレス」 とは、首をふっくらと見せるために、首にきつく巻き付ける装飾品である。
「鼻輪」も外出時の着用が禁止されている。しかしイヤリングは許可される場合がある。イヤリングは通常、髪を留めるバンドなどで覆われており、外すのが面倒なため、公共の場で人に見せるためにわざわざ外す心配がないと考えられているからである。
「印章のない指輪」について、男性は書類に署名するための「印章付きの指輪」を使い、女性は装飾用の「印章のない指輪」を使っていた。装飾品である指輪は、人に見せるために外す恐れがあるため禁止されている。
「ピン」とは穴の無い針を指す。このピンは平日の日常生活において、髪の毛の分け目を整える実用的な道具として使われていた。
また安息日においては、家の中でターバンを巻いたり、豪華な「金の額当て」で着飾ったりする際、それらがズレないように頭に刺して固定する役割も果たしていたものである。
しかし、安息日においても、外出となると話は別である。どんなにしっかりと金の額当てと組み合わせて固定していても、外出先でピンが緩んで落ちそうになったり、髪型を直すために頭から抜き取ったりするリスクがある。
本節の最後には「しかしもし彼女がそれで出かけたとしても、贖罪の献げ物は献げない」と書かれている。ここに列挙された禁止事項はトーラの命令によるものではなく、それを担保する為のラビたちの規定によるので、贖罪の献げ物は要求されない。
次節に進む。
ミシュナ『Shabbat』6章2節:男性の装備品および履物の移動制限
男は鋲を打ったサンダルを履いて出てはならない。また一足だけ履いて出てもならない。もしも怪我しているのでないならば。
「Shabbat」6章1節では女性の装身具に関する規定であったが、6章2節は男性の装備品、特に履物や宗教的なアイテムに関する安息日の制限について扱っている。
順番に確認する。「鋲(びょう)を打ったサンダル」について、男性は安息日にいて、鋲で補強されたサンダルを履いて公共の場へ外出してはならない。
この禁止規定には、迫害時代の不幸な事件が背景にある。洞窟に隠れていた避難民たちが、外で鋲を打ったサンダルで歩く足音を聞き、敵の攻撃だと誤認してパニックに陥った。その結果、敵に殺されるよりも多くの人々が、互いに踏みつけ合うことで死んでしまったのである。
実際に洞窟の上を歩いていたのは敵ではなく、鋲を打った靴を履いている同胞たちであった。
ラビたちは、安息日や祝祭日という喜びの日に、このような惨劇の記憶を呼び起こして人々を悲しませないよう、これらのサンダルの着用を禁じたものである。
エルサレム・タルムードにおいては、この規定の為に、事実上ラビたちは鋲を打った履物を平日も禁止したことになることを伝えている。一般の人々は一足しか履物を持っていないからである。
「一足だけ履いて出てもならない。もしも怪我しているのでないならば」とは、片方だけ履物を履いて安息日に外出してはならないことを言っている。なぜなら一足しか履物を履いていないと、もう片方を運んでいる外観を作るからである。
足を怪我している場合は、片方だけで外出することは許容される。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Shabbat』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n96f434acde54
全記事の目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
