ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第16回:人間の着用物・装飾品の移動法理と、ミクヴェにおけるchatzitzahおよびロー・プルグ(lo pelug)の原則(6章1節)
*本稿は口伝律法ミシュナ第2部『Moed(モエド)』に属する『Shabbat(シャバット)』の第16回目の解説である。
今回はミシュナ『Shabbat』第6章に入り、安息日における「人間の着用物・装飾品」の移動法理を解説する。動物の規定から人間の規定への移行背景を紐解き、女性の髪飾りを巡るRashiとTosafotの解釈の対立、mikvehにおけるchatzitzah(ハツィツァー:障壁)の概念、そしてハラハー(ユダヤ法)の根幹をなす『ロー・プルグ(一律適用の原則)』まで、手加減抜きの法理研究を展開する。
前回の振り返り:ミシュナ『Shabbat』5章2節〜3節の法理要約
前回はミシュナ『Shabbat』5章2節から3節を取り上げ、家畜に施す防寒・保護処置が「衣服」か「荷物」かの境界線、および手綱の仕様などについて解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】動物の防寒・保護処置と「衣服」の判定(5章2節)
安息日に家畜に特定の覆いや装具を付けたまま外出させることの可否が論じられている。
①許容される例
ロバの鞍下毛布: 安息日前から付けていれば、防寒のための「衣服」として許容される。
雄羊の防護具: 交尾を妨げるための性器の革袋や、狼から守るための心臓部分の皮などは許容される。
雌羊の覆い: 交尾の制御(尻尾の固定)や、羊毛が汚れないための布の巻き付けが許可される。
雌山羊の乳房の縛り: 搾乳を止めて妊娠を促したり、体を太らせたりするためにきつく縛ることは、脱落の危険がないため許可される。
②異論
ラビ・ヨセ(Rabbi Yose): 雌羊の羊毛が汚れることを防止するカバー以外はすべて「荷物」と見なし、禁止した。
ラビ・ユダ(Rabbi Judah): 乳房から垂れる乳を無駄にせず、受けるための袋を被せることは、外れやすく、飼い主が拾って運んでしまうリスクがあるため禁止している。
【2】過剰な制御と移動方法の制限(5章3節)
家畜を制御するための装具や、綱の引き方に関する具体的な禁止事項が定められている。
①過剰な制御の禁止
ラクダの尻尾に布を付けることや、逃亡防止のために足を枷で固定したり、1本の足を肩に曲げて固定したりすることは「過剰」と見なされ禁止される。他の動物に対しても同様に禁止される。
②市場へ移動させる外観の禁止
ラクダを一列に数珠つなぎにして歩かせることは、市場へ売りに行くように見えるため禁止される。
③手綱操作の空間的制限(テファ[tefach]の基準)
複数の手綱を手にまとめて持つことは許可されるが、以下の条件を満たす必要がある。
手から余った綱が1手幅(約8〜10cm)以上垂れ下がってはならない。綱を運んでいるように見える為である。
手と動物の間の綱が、地面から1手幅以内の高さまで弛んではならない。動物を制御していることが不明確になる為である。
【3】異種混交(shaatnez:シャアトネズ)の適用
家畜の装具における、羊毛と亜麻の混用禁止についての規定である。
トーラ(モーセ五書)が禁じる「羊毛と亜麻を織り合わせた衣服(shaatnez:シャアトネズ)」の規定が、手綱にも適用される。
複数のラクダを引く際、羊毛のロープと亜麻のロープを撚(よ)り合わせて持ってはならない。理由は、それらを握ることで手の中が温まり、shaatnezを身に着けたのと同様の効果が生じる為である。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第15回:家畜の防寒・保護における衣服と荷物の境界線、および手綱への異種混交(shaatnez)規定の適用(5章2節〜3節)
https://note.com/mishnah/n/nf1646cbf726b
ミシュナ『Shabbat』6章概論:人間の着用物・装飾品における領域間移動の免責特権
今回からミシュナ「Shabbat」6章に入る。最初に概論を述べる。本稿の第1回目の研究記事でも扱ったように、安息日においては以下の移動行為がトーラの次元で禁止される。
①「公的な領域」と「私的な領域」の間の移動
安息日に公的な領域から私的な領域へ、逆に私的な領域から公的な領域へ物を移動させてはならない。
②「公的な領域」内において、物を4キュビット(約2メートル)以上移動させること
公的な領域内であっても、安息日に4キュビット以上物を動かすことは、トーラの禁止に触れる。
ラビの規定によって、以下の移動行為も禁止されている。
すなわち私的な領域からkarmelitへ、公的な領域からkarmelitへ、あるいはkarmelitから私的な領域または公的な領域への移動行為をしてはならない。
「公的な領域」、「私的な領域」「karmelit」の定義その他詳しい内容について不安な方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第1回:4つの領域の法的定義と、トサフォート注釈に基づく「内側に4、外側に4」の反転法理
https://note.com/mishnah/n/ne7f048458d8e
ただし、人が衣類として身に着けているものは、その人の身体の一部と見なされるので、この禁止事項から除外される。人は服を着たままで公的な領域から私的な領域へ歩いてよいし、逆も可である。
しかしたとえ衣類であっても着用していないものは体の一部とは見なされず、安息日に上記の仕方で運ぶなら、重大な律法違反となる。
衣類・装身具として法的に認定されるための3大機能
ある物品が衣類と見なされるためには、以下の3つの機能のうち少なくとも1つを満たしていなければならない。
①身体を覆うこと
慎みのために身体を隠すもの(例:シャツ、ズボン、ドレス)。
②身体を保護すること
悪天候(雪、雨、寒暑)や怪我から守るもの(例:コート、レインコート、靴、ブーツ)。
③身体を装飾すること
本人を引き立てるもの(例:ネクタイ、宝飾品)。
また、ベルトなどの衣類を固定させるものも、この意味での衣類に分類されるものとして許容される。
さて、これら3つの機能のいずれも果たさないものは、たとえ衣類に固定されていたとしても、ある領域から別の領域へ運ぶことは禁止されている。
例えば家の鍵を紛失しないように、服に固く結び付けていたとしても、それは安息日に運んではならない。
ラビ規定による外出時着用禁止(安息日違反誘発リスク)の6大範疇
以上が原則であるが、ある種の装身具は公共の場で外し、そのまま手に持って移動してしまう状況を考慮し、ラビたちはさらに厳格な制限を設けている。
具体的には、以下の6つのカテゴリーに該当するものは、外出時の着用が禁止されている。
(a) 脱げやすいもの(例:サイズが大きい靴)。
(b) 他人に見せるために頻繁に外されるもの。
(c) 着用していると嘲笑の対象になり得るもの(一時的に外したくなるため)。
(d) 特定の状況で外さなければならないもの。
(e) 本人が着用を嫌がっているもの。
(f) 鋲(びょう)を打ったサンダル(特定の歴史的背景による禁止)。
ミシュナ「Shabbat」6章では、以上の項目について詳しく扱い、人間が安息日に着用してよいもの、着用してはならないもの等を規定している。
動物のミシュナ(5章)が人間のミシュナ(6章)に先行する2つの合理的理由
なお、「Shabbat」第5章において、動物に着用させてよいもの、着用させてはならないものを規定していた。動物のミシュナの方が人間のミシュナよりも先に扱われていることについては、次の2つの理由が提示されている。
①農業社会において、動物は人間よりも早く外に出るため。
②動物に関する規則の方が少なく単純で扱いやすいため。
以上を前提に「Shabbat」6章本文に入ることにする。
ミシュナ『Shabbat』6章1節のテキスト解釈と論争
女性は何をもって出て行ってよく、何をもって出て行ってはならないのだろうか?女性は羊毛、リネン、紐を頭に付けて出てはならない。またそれらを解かないでmikvehに入ってもならない。額に付けるもの、髪飾りも不可である。それらが編み込まれているのでない限り。
まず「女性は何をもって出て行ってよく、何をもって出て行ってはならないのだろうか?」という問いかけで始まっている。女性は安息日に何を身に付けて出かけていいのか、あるいは出かけてはならないのかという問いである。
髪飾りの装着範囲に関する中世註釈家(RashiとTosafot)の解釈対立
ミシュナ本文では「女性は羊毛、リネン、紐を頭に付けて出てはならない」とだけ書いてある。
そこでこの一文で禁止対象になっていることの具体的な範囲が問題になる。
中世のタルムード註釈書であるTosafotによると、ここで禁止されているのは、単にこれらのリボンが髪に巻きつけられている場合だけである。地毛を華やかに飾る為に、羊毛や亜麻の紐を地毛と一緒に混ぜて編み込むようなヘアアレンジは含まれない。
これに対してRashiやRavは、地毛に編み込んだ場合も禁止対象になっていると解釈する。
ミクヴェ(mikveh)におけるハツィツァー(chatzitzah)法理とロー・プルグ(lo pelug)原則の適用
「またそれらを解かないでmikvehに入ってもならない」とは、髪の毛に付けたこれらのものを外さずに、mikvehで身を清めてはならないことを言っている。
女性は月経期間が終わった時、mikvehに入って身を清める。mikvehで身を清めるにあたって重要なことは、頭の先から足の先まで全身を一度で浸し、身体の各部分に対して、しっかりと水が入らなくてはならないという事である。何かを身に付けていると、その箇所に水が十分に浸る妨げになってしまう。
身体と水の間にあって邪魔するものを「chatzitzah(ハツィツァー)」と呼ぶ。mikvehで身を清める時、chatzitzahがあってはならない。
ここでは髪を縛っている糸やストラップは、水が髪の隅々まで届くのを妨げるためchatzitzahに該当し、mikvehに入る前に緩めるか外さなければならない。
もし清めの日が安息日に重なった場合、女性はこれらの糸を外して身を清めるが、清めの後に髪が濡れている状態で、再び結び直すのは面倒である。そこで無意識にでもリボンを手で持ったまま(あるいはポケットに入れて)家に持ち帰ってしまう恐れがある。
公共の場で4キュビット以上物を運ぶことは安息日違反になるため、これを防ぐために最初から着用が禁じられたものである。
この規定は、実際にmikvehに行く必要がある若い女性だけでなく、すべての年齢の女性に適用され、閉経した高齢者も例外ではない。
女性は年齢に関わりなく、mikvehに行く必要がない人であっても、これらの装身具を着用して外出することは許されない。
人によって、あるいは状況によってルールを変えると、一般の人々が混乱し、法の解釈を誤る可能性があるため、ラビたちは一律の禁止規定としたものである。
ラビたちが定める規定における、「個別の状況に関わりなく適用する原則」をロー・プルグ(lo pelug)と呼ぶ。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Shabbat』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n96f434acde54
全記事の目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
