ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第29回:聖書またはtefillin持ち出しに伴うmuktzehの巻き込み運搬、「目の見えない路地」の成立条件、およびミシュナ『Eruvin』へ繋がる中庭(ハツェル)と路地(マヴォイ)の空間構造
*本稿は口伝律法ミシュナ第2部『Moed(モエド)』に属する『Shabbat(シャバット)』の第29回目の解説である。
今回は『Shabbat』16章1節の続きを取り上げ、安息日の火災という有事において、聖書およびtefillin(テフィリン)のケース搬出に伴うmuktzeh(ムクツェ:硬貨)の「巻き込み運搬」の法的許容性を解説する。
さらに、三方を壁に囲まれた「目の見えない路地」に物を運び入れる為の象徴的囲い(柱・横木)の設置基準をめぐる、Beit Shammai、Beit Hillel、ラビ・エリエゼルの学派対立を網羅。
後半では、この空間論の理解を俯瞰化するため、ミシュナ『Eruvin(エルーヴイン)』1章の住居構造概論へと接続し、chatzer(中庭)とmavoi(路地)の二重構造、およびeruvei chatzeirot(エルーヴ・ハツェイロット)の例外規定を学術的に詳解する。
前回の振り返り:安息日の火災における消火禁止原則と、「聖なる書物」のgenizah法理
前回は安息日に火災が発生した際の財産搬出制限と、「聖なる書物」の持ち出し基準についての法理を扱った。
主な内容は以下の通りである。
【1】安息日の火災における財産搬出の原則
安息日の火災において第一に優先されるのは人命だが、人の安全に問題がなく財産のみが脅かされている場合、以下のルールが適用される。
①消火活動の禁止
消火は安息日に禁止されたmelachahであり、財産を守るための消火は許されない。
②搬出制限の理由
自分の財産を救おうとするパニック状態で、誤って消火活動を行ってしまうのを防ぐため、ラビたちは持ち出せる物品の量に制限を設けた。
③有責性の議論
自分の持ち物を守るための消火は、本来の目的(炭を作ること)ではないため、原則としてchatatの対象外とされるが、ラビ・ユダのように有責と主張する説もある。
【2】「聖なる書物」の持ち出しと定義
安息日の火事から持ち出すことが許される「聖なる書物」には、厳格な定義がある。
①対象
トーラ(モーセ五書)、ネヴィイーム(預言者)、ケトゥヴィーム(諸書)のすべてが含まれる。キリスト教の言う旧約聖書続編はこれに含まれない。
②文字の条件
アッシリア文字(現代のヘブライ文字)で書かれていることが条件である。古ヘブライ文字で書かれたものは含まれない。
③外国語訳の扱い
外国語で書かれた聖書は、安息日の火事の際に持ち出すことは認められていない。
【3】「genizah(ゲニザ:保管)」と埋葬の法理
「聖なる書物」は、たとえ外国語訳であったり、古くなって読めなくなったりしても、神聖な名前(神聖四文字など)が含まれているため、みだりに処分出来ない。
①genizah(ゲニザ)
使用出来なくなった聖なる物品を隠し置くための場所(屋根裏や地下室など)を指す。
②埋葬
genizahがいっぱいになると、中身は白い布に包まれ、墓地に埋葬される習慣があった。
【4】ケトゥヴィーム(諸書)の朗読制限と「講義室の軽視」
安息日の朝にケトゥヴィームを「読まない」とされる理由について、興味深い教育的配慮が述べられている。
安息日の午前中はハラハー(法)の講義が行われていた。ケトゥヴィームの物語は非常に興味深いため、人々が読書に熱中して講義に出席しなくなること(講義室の軽視)を懸念し、正午まではその朗読が制限された。
Yom Kippurの前日、大祭司が眠らないようにケトゥヴィームが朗読される理由の1つも、ここにある。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第28回:安息日の火災における財産搬出制限と『聖なる書物』の救出基準――ヘブライ語の文字の変遷、外国語訳の扱い(ゲニザ)、および「講義室の軽視」をめぐる法理の源流
https://note.com/mishnah/n/n4e7ff9ee18c1
ミシュナ『Shabbat』16章1節:巻物ケースの搬出とmuktzeh(ムクツェ)の法意
今回は口伝律法ミシュナ「Shabbat」16章1節の続きからである。まずは本文を引用する。
私たちは巻物と一緒にそのケースも、tefillinと一緒にそのケースを持ち出してよい、たとえ硬貨がその中に入っていても。
ここでは安息日の火災からトーラの巻物やtefillin(テフィリン)を持ち出す際、それらを収めているケースも一緒に持ち出すことが許可されていることが示されている。
「たとえ硬貨がその中に入っていても」とは、硬貨はmuktzeh(ムクツェ)であるが、巻物やtefillinのケースの中に置かれている場合は、それらと一緒に火の中から持ち出すことが出来ることを言っている。
復習事項だが、muktzeh(ムクツェ)とは安息日に触れたり移動させたりすることが禁じられた物品のことである。不安な方は下の記事から確認して欲しい。
◉ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第11回:『Shabbat』3章6節におけるmuktzehの法意――Maimonidesが挙げる3つの理由とランプの油を巡る「建てること」「壊すこと」のmelachah規定
https://note.com/mishnah/n/n18504615c7ff
領域論の検証:火災有事における領域間移動と「目の見えない路地」の法的定義
続きには次のように書かれている。
私たちはどこへ持ち出してよいのだろうか?目の見えない路地(blind alley)に。ベン・ベテイラは言う、「開かれた路地さえも。」
この箇所では安息日に火事の現場から持ち出した聖書やtefillinを、どこへ持って行くのかを語っている。
その前提として領域に関する簡単な復習をしなくてはならない。トーラにおいては安息日に「ある領域から別の領域への運搬行為」は禁止されている。
この禁止事項は「Shabbat」7章2節において、1番目に列挙されているmelachahである。
トーラの次元で禁止されているのは、公的な領域と私的な領域の間の移動(運搬)である。ラビたちによって半公共的な領域(karmelit:カルメリット)との間の運搬も禁止されている。
ここでは火事が発生した自分の家(私的な領域)から外(公的な領域または半公共的な領域[karmelit])へ運び出している。
そこでトーラまたはラビの規定の次元で禁止される行為となる。
しかしミシュナでは「目の見えない路地」になら運んでよいと言っている。「目の見えない路地」とは三方が壁に囲まれており、一方が開いている路地を指す。トーラの基準による「公的な領域」の条件を満たさないが、ラビたちによって定められたkarmelitに該当する。
従って、もしもそこに家から物を持ち出すなら、ラビの規定による禁止に該当するが、開いている面に柱や横木(crossbar)などを設置し、最小限の象徴的な囲いを施すなら、一種の私的な領域として扱うことが出来る。よって法的には家(私的な領域)から「目の見えない路地」(私的な領域)への運搬となり、許容される。
象徴的囲い(柱と横木)の設置基準:Beit Shammai・Beit Hillel・ラビ・エリエゼルの学派対立
どの程度の象徴的な囲いが必要かについては、議論されている。
①Beit Shammai(ベイト・シャンマイ)の見解
入口に少なくとも10手幅(80~100センチ)の高さの柱を1つ設置し、かつ横木を入口の上にかけることが必要であると主張する。
②Beit Hillel(ベイト・ヒレル)の見解
入口に少なくとも10手幅(80~100センチ)の高さの柱を1つ設置するか、もしくは横木を入口の上にかけることが必要であると主張する。
③ラビ・エリエゼル(Rabbi Eliezer)の見解
入口の両側に上記の柱を設置することが必要であると主張する。
*ラビ・エリエゼルが横木まで必要であると主張したのかどうかは、タルムードで議論されている。
これに関してベン・ベテイラ(Ben Beteira)は「開かれた路地さえも」と言っている。入口に柱も横木も設置していない路地であっても、彼は安息日の火事に際して、聖書やtefillinを持ち出してよいと言っているのである。
この見解はハラハーとして採用されていない。
ミシュナ『Eruvin』への架け橋:古代イスラエルの住居空間(chatzerとmavoi)の構造
さて、当初はこのまま「Shabbat」16章2節に進む予定であったが、その為の前提知識を学ぶ為、口伝律法ミシュナ「Eruvin」を先に扱った方が良さそうである。
今回で「Shabbat」の記事も29回続けてきたこともあり、「Shabbat」全24章内、半分以上の16章まで進んで来たこともあるので、一端「Eruvin」に移ることにする。
「Shabbat」16章1節の路地をより俯瞰的に理解するには、まさに「Eruvin」1章の概論が役に立つので、それを本記事の最後に紹介する。
イエスも生きたミシュナ時代のイスラエルの民の生活においては、家の配置や庭の配置が特徴的である。
複数の家は「chatzer(ハツェル:中庭)」に向かって開いていた。さらに、複数の「chatzer(ハツェル)」は「mavoi(マヴォイ:路地)」に通じており、人々はmavoiを通って公道へと出ていたのである。
写真を添付しておく。黄色で囲ったスペースがchatzerであり、緑で囲ったスペースがmavoiである。

見ての通り、家からchatzerへ出て、mavoiに入り、mavoiから公道へ出ることになる。
以上の補足を加えると、「Shabbat」16章1節の安息日における火事の事案は、厳密に言うと燃えている家から聖書などをchatzerに持ち出し、chatzerからmavoiに持ち出したことになる。
安息日に家から中庭であるchatzerに物を持ち出すのにも、実は通常であれば1つの手続きをしなくてはならない。それはeruvei chatzeirot(エルーヴ・ハツェイロット)と呼ばれている。
この手続きによって、同じchatzerを共有している家であるなら、安息日にchatzerへ物を持ち出し、またchatzerから家の中へ持ち込むことが可能になる。
しかし火事の時に聖書などを持ち出す時には、eruvei chatzeirotは事前に要求される手続きではない。端的に言って、eruvei chatzeirotを設定していなくても、有事には聖書などをchatzerへ持ち出すことが出来る。「Shabbat」16章1節では、そこから更にmavoiへまで運ぶという状況の是非を扱っていたことになる。
eruvei chatzeirot(エルーヴ・ハツェイロット)の内容も、ミシュナ「Eruvin」の中で学ぶことになる。
次回から「Eruvin」に入る。今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Shabbat』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n96f434acde54
全記事の目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
