ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第3回:午後の祈り(Minchah)」の時法定義と、その直前に禁止される行為の解釈をめぐるハラハー論争
*本稿は口伝律法ミシュナ第2部『Moed(モエド)』に属する『Shabbat(シャバット)』の第2回目の解説である。
今回は『Shabbat』1章2節を取り上げ、日ごとの焼き尽くす献げ物(tamid)の執行スケジュールから「午後の祈り(Minchah)」の時法定義を厳密に解説。さらに、祈りの時間を奪うリスクとなる5つの制限行為(散髪・入浴・なめし・食事・裁判)をめぐる、厳格主義から実務的寛容派にいたるハラハー的解釈のグラデーションを解明する。
前回の振り返り:領域間運搬の2大構成要件(アキラー・ハナハー)と共同行為における免責ロジック
前回は口伝律法ミシュナ『Shabbat』1章1節の後半部分を取り上げ、「領域間の運搬」が成立するための構成要件と、「誰が責任を負うのか」、「有責か免責か」という判定ロジックについて解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】 運搬が成立する「2大構成要件」
安息日に禁止される「領域間の移動」が成立し、聖書(トーラ)の規定に違反したと見なされるには、以下の2つの動作を同一の人物が行う必要がある。
①アキラー(akirah)
物体を元の場所から持ち上げること。
②ハナハー(hanachah)
新しい領域に物体を置くこと。
【2】「貧者」と「家主」の8つの事例
ミシュナは、屋外(公的な領域)にいる「貧しい者」と、屋内(私的な領域)にいる「家主」のやり取りを例に、8つのケースを提示している。
①単独犯による有責(事案1〜4)
1人が「持ち上げ(アキラー:akirah)」から「配置(ハナハー:hanachah)」までの全工程を完結させた場合である。
例えば、貧しい者が家の中に手を伸ばして、家主の手の中に物を置く場合、あるいは家の中の物を、家主の手から取って、外に出す場合、貧しい者は有責である。家主は有責ではない。
②2人による共同行為での免責(事案5〜8):
1人が「持ち上げ」を行い、もう一人がそれを「受け取って置く」というように、工程が分断された場合である。この場合、どちらの人物も1人で全体の仕事を完結させていないので、トーラの規定に基づく有責とはならない。両者ともに免責となる。
【3】「貧しい者」と「家主」という表現が使われる理由
なぜ「貧しい者」と「家主」という具体的な配役が使われるのか、2つの理由が挙げられる。
①道徳的教訓
慈善と行うという掟(mitzvah:ミツヴァ)であっても、安息日の遵守より優先されることはないという法理を示すためである。
②表現の簡潔さ
マイモニデス(Maimonides)によれば、「公的領域に立つ人」「私的領域に立つ人」と繰り返すよりも分かりやすいためである。
結論として、ミシュナの法理の核心は、「ある領域から別の領域に物を移す」という安息日に禁止された仕事(メラハー:melachah)が、同一の主体によって完結されたか否か」にある。
たとえ物の移動という結果が生じていても、工程が複数の人間で分担されていれば、それはトーラの規定に違反しているとは見なされない。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第2回:「アキラー(akirah:持ち上げること)」と「ハナハー(hanachah:置くこと)」の法的構成要件、および二人による共同行為の免責ロジック
https://note.com/mishnah/n/n2a7d6bd27712
ミシュナ『Shabbat』1章2節の本文と「午後の祈り(Minchah)」の時法定義
今回はその続きである。口伝律法ミシュナ「Shabbat」1章2節を引用する。
Minchahの直前に床屋の前に座ってはならない、祈るまでは。- また浴場や皮なめしの工房に入ったり、食べ始めたり、審理をし始めたりしてはならない。しかしもし始めてしまったら、中断する必要はない。
本節は安息日に限った規定ではない。この後の3節には安息日直前に禁止される行為が挙げられている。その行為が安息日の開始した後も継続されない為である。
ここではMinchah(午後の祈り)の前に禁止される行為を挙げ、祈らない内に、祈りの為の時間が過ぎてしまわないように、直前の時間には一定の行動を制限しているものである。
禁止される行為に入る前に、まずMinchah(ミンハー)について解説しなくてはならない。
日ごとの焼き尽くす献げ物(tamid)および過越のいけにえに基づく「Minchah Gedolah」と「Minchah Ketanah」の分岐
穀物の献げ物も同じ名前で呼ばれるが、ここでは「午後の祈り」を指している。
午後の祈り(Minchah)は最も早い場合、正午から30分後に唱えることが出来る。最も遅いのは日没までである。
なお、彼らの「1時間」は現代の60分ではない。日の出から日没までを12等分して、その1等分が1時間になる。従って夏季の1時間は冬の1時間よりも長い。
正午はその中間であり、日の出から第6時になる。
さて、正午から30分経過した時点(6時半)から日没までの時間帯は、Minchah Gedolah(ミンハー・グドラー)と呼ばれる。Minchah Gedolahは直訳すると、「大きなMinchah」である。
これに対して、9時半から日没までの時間帯はMinchah Ketanah(ミンハー・クタナー)と呼ばれる。Minchah Ketanahは直訳すると、「小さいMinchah」である。こちらは大体午後3時半頃から日没までの時間であり、Minchah Gedolahよりも短い時間帯を指している。
この2つの時間帯の区別は、午後における日ごとの焼き尽くす献げ物(tamid:タミッド)を献げるタイミングの問題から来ている。
過越祭が安息日にあたる場合、午後の日ごとの焼き尽くす献げ物を献げるタイミングは、最も早くなる。なぜなら過越のいけにえを祭壇に献げた後、その肉を神殿から各々の食卓に運ばなくてはならないが、前回の記事で見た通り、安息日にはものを運ぶことに厳しい制限が課されているからである。
過越のいけにえの数は夥しい。しかも過越のいけにえはtamidよりも後に屠られる制限がある。その為、過越祭が安息日にあたる場合、tamidは律法上許容される最も早い時間に献げられる。その時間とは、日の出から第6時半である。
通常の日においては、8時半までtamidのいけにえは屠らない。8時半にtamidのいけにえのshechitahを行い、9時半に祭壇に献げる。このスケジュールでは、6時半から8時半まで、2時間の余裕がある。この空いた時間帯に誓いによる献げ物などが献げられる。
9時半から日没までの時間帯は、Minchah Ketanahと呼ばれる。
タルムードの注釈部であるゲマラ(Gemara)によると、本節の「Minchah」はMinchah Gedolahを指している。
以上を前提に、ミシュナ本文を再度引用する。
ミシュナが規定する5つの禁止行為におけるリスク要因の分析(Rif・Rambamの厳格解釈)
Minchahの直前に床屋の前に座ってはならない、祈るまでは- また浴場や皮なめしの工房に入ったり、食べ始めたり、審理をし始めたりしてはならない。しかしもし始めてしまったら、中断する必要はない。
ここでのMinchahとは、上記の時間帯にするべき祈りのことである。順番に解説する。
①散髪
「Minchahの直前に床屋の前に座ってはならない、祈るまでは」とは、先にMinchahの祈りを終えてから、散髪するべきであることを言っている。なぜなら先に散髪をすると、ハサミが壊れて修理するなど、何らかのトラブルが起こり、Minchahの祈りをする前に日没が来る可能性があるからである。
そこで、Minchah Gedolahの始まる30分前には、床屋に行くべきではない。
しかしこの箇所の「Minchah」とは、Minchah Ketanahを指していると解釈している者もいる。この場合の「Minchahの直前」はMinchah Ketanahが始まる30分前になる。つまり「9時になったら、Minchahを唱えない内には、床屋に行ってはならない」という意味になる。
しかしこの種の見解の相違については、後でまとめて解説する。
同様の注意が続いている。
②公衆浴場に入ること
たとえサウナ(蒸し風呂)だけの利用であっても、Minchah Gedolahの30分前から制限される。途中で気を失ったり、のぼせたりして、礼拝の時間が過ぎるまで回復できない可能性があるためである。
③皮革なめし工場に入ること
単なる作業確認の積りであっても禁止される。工程に欠陥を見つけてしまい、その修正に午後中かかりきりになってしまうことを防ぐ為である。
また、なめし職人は服が汚れるので、礼拝前に入浴と着替えが必要になり、さらに時間を要するという事情もある。
④食事
軽い食事であっても、それが長引いて午後いっぱい続いてしまう可能性があるので、制限される。
⑤裁判を開くこと
判決を言い渡すだけの予定でも禁止される。判決を覆すような証拠が突然見つかり、審理の再開を余儀なくされて、Minchahの時間が過ぎてしまうことを回避する為である。
タルムード(ゲマラ)における異説と規模感に基づく限定解釈
しかしミシュナが禁じている行為が、どの程度の内容のものを指すのか、別の見解を述べている専門家もいる。上に挙げたのは、11世紀に北アフリカやスペインで活躍した高名なラビでありタルムード学者であるRifや、『ミシュネ・トーラ』を著したRambamの見解である。
別の見解によると、それぞれ制限される行為の内容は以下の通りである。
①散髪
制限されるのは一般的な散髪ではなく、Ben Elashah(ベン・エラシャー)の髪型のように、カットに時間のかかるもののみを指す。通常の散髪なら、許容されるとする。
Ben Elashahの詳細は分からないが、タルムードの記述によればラビ・イェフダ・ハ=ナシ(Rabbi Judah haNasi)の娘婿で、富豪であった人物のようである。
彼の髪型は神殿の大祭司の髪型を模した、極めて特殊で時間を要するものだったとされる。
②公衆浴場に入ること
髪を洗うこと、熱い湯と冷たい湯に浸かること、サウナに入ることという、全ての工程を行う入浴が制限されるとする。通常の入浴なら直前でも許される。
「通常の入浴」があいまいだが、「顔、手、足だけを洗う」ような最低限の行為、あるいは湯船にどっぷり浸からずに「体の汚れや汗をさっと水で流すだけ」の行為を指すらしい。
③皮革なめし工場に入ること
工場の規模が大きい場合に限り、制限されるとする。扱っている皮の数が莫大なので、確認するだけでも時間と労力を要するからである。
④食事
制限されるのは結婚式における盛大な宴会などを指し、日常の軽い食事程度なら、Minchahの時間内でも許されるとする。
⑤裁判を開くこと
判決を下すだけなら、許容されるとする。
厳格度に応じた3つのハラハー(ユダヤ法)解釈のグラデーション
具体的に制限される行為の他、制限される時間も含め、厳格さにも幅がある。厳格さの程度によって、3つの見解が示されている。
【最も厳格な見解】
正午(Minchah Gedolahの30分前)から制限が始まり、日常の軽い食事などの小さな活動もすべて禁止される。
この見解はRifやRambamなどが唱えているものである。
【中間的な見解】
軽い活動まで禁止されると解釈するが、制限されるのは「Minchah Ketanah」の直前からである。
Minchah GedolahからMinchah Ketanahまでの間は、あらゆる活動が許される。
【最も寛容な見解】
制限されるのは「Minchah Ketanah」の時間帯のみであり、しかも結婚式のような「大規模な活動」だけが禁止される。Minchah Gedolahの時間帯なら、「大規模な活動」さえも許容される。
以上である。実務においては、「最も寛容な見解」が一般的に採用されている。しかし大規模な食事に関しては、Minchah Gedolahの30分前に始めるのは好ましくないとされている。
最後にミシュナは「しかしもし始めてしまったら、中断する必要はない」と記している。
もし開始してしまったら、終わるまでその行為をしてもよい。しかし明らかに祈る前に日没が来ることが見込まれたなら、中断してMinchahを唱えなくてはならない。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Shabbat』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n96f434acde54
全記事の目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
