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ミシュナ『Gittin』法理研究 第1回:海外に関連する離縁状(get)に伴う代理人の宣言義務と「lishma(リシュマ:明確な意図)」の法理(1章1節)

 本稿は口伝律法ミシュナ第3部『Nashim(ナシーム)』に属する『Gittin(ギッティン)』の第1回目の解説である。

 今回は『Gittin』1章1節の法理研究である。申命記24章1節の言語学的釈義に基づく、夫または妻の代理人を立てることの可否、海外からgetを持参する代理人の特別の証言義務、更にget作成に要求される明確な意図(lishma:リシュマ)の論拠まで、聖地の地理的境界論争と共に詳解する。


ミシュナ『Gittin』篇の法理的構造と基本的定義


 今回から単数形get(ゲト)、複数形gittin(ギッティン)を扱っている口伝律法ミシュナ「Gittin」に入る。gittinとは離縁状のことである。

 以前の記事で最も重要な法理については簡単に解説した。

◉ミシュナ『Gittin(ギッティン)』篇における離縁状の法理的構造:toref(トレフ)とtofes(トフェス)の区分及び証言の有効性

https://note.com/mishnah/n/n8a7ea95f045e

 今回からはミシュナ本文を1節ずつ取り上げ、細かい法理に至るまでの解説を試みる。本文に入る前にRabbi Matis Robertsの概論の要約を紹介する。

 トーラには次のように書かれている。

 人が妻をめとり、その夫となってから、妻に何か恥ずべきことを見いだし、気に入らなくなったときは、離縁状を書いて彼女の手に渡し、家を去らせる。

(申24:1)

 この聖句から、離婚を成立させるためには、夫が妻に対し、家から去らせる内容の文書を与えなければならないことが分かる。これがgetであり、getによって夫婦関係は完全に断ち切られる。

離縁状(get)を構成する二大要素:torefとtofes


 getは2つの部分に分けられる。

①toref(トレフ)

 日付、夫婦の氏名、getが書かれた場所、離縁に関する基本的な宣言が書かれている。getの根本的な部分である。

②tofes(トフェス)

 全てのgetでほぼ共通しており、離婚の法的影響について詳しく説明する定型文である。

離縁状の筆記慣習と特定の女性に対する「意図」の要請


 getは如何なる言語で作成してもよいが、慣習としてヘブライ文字を用いてアラム語で筆記する。この為にgetを書くのは書記になる。他の言語でgetを作成することは、差し迫った理由がない限り認められない。

 getは、その離婚の対象となる特定の女性のために、明確な意図を持って作成されなければならない。

聖書学的根拠:申命記24章1節の言語学的釈義と代理人の法理


 実際の離縁成立の状況として、夫が自らの意志でgetを妻に与えることで成立する。ただしトーラ本文の語法から、代理人を通じての手渡しでも可能であると解されている。

「家を去らせる」の語法から導く送付代理権


 トーラには次のように書かれている。

 離縁状を書いて彼女の手に渡し、家を去らせる。

(申24:1)

 「彼女を離縁する」とは言わずに、わざわざ「家を去らせる」と書いている。この「去らせる」という単語は「送る(send)」ことを意味するものである。そこで手渡しではなく、代理人を通すことも可能であると解釈されている。その部分のヘブライ語は以下の通りである。

וְשִׁלְּחָ֖הּ

 この語法からもう1つの意味も汲み取られている。

マッピークの文法解釈による受領代理権の成立

 もしアルファベット「ヘー」の中のマッピークを取るなら、「彼は彼女を送る」という意味から、「彼女は送る」を意味する文章に変わる。そこで妻の側でも、必ずしも妻本人が受け取る必要はなく、代理人を通して受け取ってもよいと解釈されている。

 トーラ本文では妻の同意は要求されていない。しかし中世のラベイヌ・ゲルショム・メオル・ハゴラー(Rabbeinu Gershon Meor Hagolah)は妻の同意を得ない離縁を禁止した。

証人制度のハラハー的展開:ラビ・メイルとラビ・エルアザルの論争


 なお、上記申命記24章1節には次の単語が使われている。

דָּבָ֔ר

 この単語はヘブライ語で広い意味で使われるもので、英語では「thing」や「matter」に相当する。申命記24章1節では「妻に何か恥ずべきことを見いだし」の「恥ずべきこと(unseemly matter)」に使われている。

 この単語は次の箇所にも使われている。

 いかなる犯罪であれ、およそ人の犯す罪について、一人の証人によって立証されることはない。二人ないし三人の証人の証言によって、その事は立証されねばならない。

(申19:15)

 この内「その事は立証されねばならない」の「その事」に上記の単語が使われている。

 トーラの中で同じ単語が別々の箇所で使われている場合、お互いの意味を補足していると解釈されることがある。ここでは申命記19章5節は申命記24章1節の意味を補い、離縁の成立には2人の証人を要すると解釈されている。

 しかし離縁の成立における何の証人であるのか、その具体的な役割については、ラビ・メイル(Rabbi Meir)とラビ・エルアザル(Rabbi Elazar)の間で論争がある。

署名証人と引き渡し証人の優位性論争


【ラビ・メイルの見解】

 getに記されるべき2人の証人の署名について言っていると解釈する。すなわち離縁の成立には、getに2人の証人が署名しなくてはならない。

 これに関して、署名した証人はgetを渡す時にも立ち会わなくてはならないと主張する者もおり、また、getへの署名だけで十分であると主張する者もいる。

【ラビ・エルアザルの見解】

 getが渡される時の2人について言っていると解釈する。すなわち離縁の成立には、getを渡す時に2人の証人が立ち会わなくてはならない。

 ラビ・エルアザルによると、getへの署名は必要不可欠ではない。

 申命記24章1節の「離縁状を書いて」が指し示している内容について、最も大切なのはtoref(トレフ)であるとする。

 タルムードのGemaraでは、ラビ・エルアザルの見解をハラハーとして採用している。すなわち証人の役割として、文書上の署名よりも、引き渡しの事実を目撃することが重視される。

ミシュナ本文『Gittin』1章1節:海外からの持参と代理人の宣言義務


 以上の内容を前提に、ミシュナ「Gittin」本文に入る。

 海外からgetを持って行く者は、言わなければならない。「これは私の目の前で書かれ、署名された。

Gittin 1:1

 この箇所は、夫が代理人を通して離縁状を海外から聖地にいる妻に届ける場合を言っている。ここで言われている「海外」とは、聖地の外のあらゆる地域を指している。ただしバビロンとの間には頻繁な行き来があったので、この箇所の「海外」には含まれていない。

 海外からgetを持って来た代理人は、2人の証人の前で「私の目の前で書かれ、署名された」と証言しなくてはならない。

 「書かれ、署名された」ことの証言とは、getの作成の目撃であり、証人の署名の目撃である。この内、getの作成については、夫がその場にいる限り、実際に作成の過程を逐一見ている必要はなく、音を聞いていればよい。しかし証人たちの署名は目撃していなくてはならない。

 これには事情がある。通常、あらゆる法的文書の有効性を証明するには2人の証人が必要であるが、海外からのget(離婚状)に関しては、それを届けた代理人1人による証言だけで有効性を認めると、ラビたちは規定している。2人の証人が見つからないために女性が再婚出来なくなるという事態を防ぐ為の措置である。

 ただし、この寛大な措置が他の法的事例にも誤って適用されないよう、代理人は署名も「文書そのものの作成」についても証言することを義務付けられたものである。これにより、getという文書の特殊性が示されている格好になる。

 本来、法的文書は少なくとも3人の男性からなる法廷で検証される必要がある。しかしgetを運ぶ代理人は2人の男性の前で証言すれば、自身でその検証を行う法廷の一員となることが出来る。

 ただし、もし女性が代理人として作成と署名を目撃したと証言する場合、彼女自身はその法廷の構成員になることは出来ない。

 これらの規定は、夫が後になって「そのgetは偽造である」と主張したり、送った事実を否定したりすることを防ぐために定められたものである。

地理的境界論争:レケム、ヘゲル、およびケファル・ルディームに関する論争


 続きには次のように書かれている。

 ラッバン・ガマリエルは言う。「レケムとヘゲルから持って行く者もそうである。」

(Gittin 1:1)

 ラッバン・ガマリエル(Rabban Gamlier)はTanna Kammaに反対し、レケム(Rekem)やヘゲル(Cheger)からgetを代理人が持って来る場合も同様であるとしている。

 Tanna Kammaは代理人が「海外から」持って来る場合に「これは私の目の前で書かれ、署名された」と証言しなくてはならないとしていた。聖地の中なら、getについての証人を容易に見付けることが出来るからである。

 レケムはとヘゲルは、それぞれカデシュとベレドを指している。トーラには次のように書かれている。

 それはカデシュとベレドの間にある。

(創16:14)

 どちらもイスラエルと海外の国境の町である。

 ラッバン・ガマリエルはレケムとヘゲルに関して、証人を見付けるのはそれ程容易でないという見込みに立ち、代理人から同様の特別な証言を求めるべきと主張した。

 続きには次のように書かれている。

 ラビ・エリエゼルは言う。「ケファル・ルディームからルドまでにおいてさえそうである。」

(Gittin 1:1)

 この箇所はやや複雑な事情が絡んでいる。イスラエルの地の境界線は不規則であり、一部の地域が他の地域よりも外側に突き出している。

 ケファル・ルディームという町は、イスラエルの地の境界線のすぐ外側に位置していたが、2つの突き出した領土の間に挟まれていたため、あたかも境界線の内側に「飲み込まれている」かのような形になっている町である。

 Tanna KammaとRabban Gamlierは、ケファル・ルディームは実質的にイスラエルの地の一部と見なされるので、代理人がgetを持って来る場合にあたって、特別な証言が不要である点で一致している。

 ラビ・エリエゼルは異なる見解を示し、イスラエルの地の外にある町の間で区別を設けるべきではないと主張した。すなわちたとえ本来は証言が不要と思われるような場所であっても、聖地の外から持って来るのなら、混乱を避けるために、特別な証言を適用すべきであると考えた。

 他方、ルドとは聖地の境界内にあり、ケファル・ルディームとは頻繁な往来がある町である。その位置関係であっても、ケファル・ルディームが聖地の外に位置する以上、代理人がケファル・ルディームからルドにgetを持って来る場合であっても、特別な宣言を要するというものである。

タルムード(Gemara)におけるハラハー的帰結とlishma(リシュマ)の要請


 続きには次のように書かれている。

 ラビたちは言う。「これは私の目の前で書かれ、署名された」と言う必要はない。もしそれを海外へ持って行ったり、海外から持って来るのでないならば。」

(Gittin 1:1)

 Tanna Kammaは、特別の証言を要するのが海外から聖地への持参の場合か、聖地から海外への持参かを区別していない。ここでラビたちは、どちらの場合でも証言を要することを確認したものである。

海外の「地方から地方」へ持参する場合


 続きには次のように書かれている。

 海外の地方から海外の地方へgetを持って行く者は言わなければならない。「これは私の目の前で書かれ、署名された。」

(Gittin 1:1)

 ここで日本語では「地方」と翻訳した原語は「メディナ」である。幅広い意味で使える単語であるが、この箇所では「州」や「管区」といった行政単位をイメージすれば十分のようである。

 この点を踏まえ、下ではメディナを「地方」と表記しておく。

 さて、この部分のミシュナでは、海外において、ある地方から別の地方へ離縁状を運ぶ代理人も、特別の証言をしなくてはならないことを言っている。これは聖地の外では、地方をまたぐと文書の確認が困難になるという懸念が、海外とイスラエルの間の場合と同じように存在するからである。

 この点ミシュナの文言は、海外であっても同一地方内であれば特別の証言は不要であることを示唆している。

ある総督管轄区域(ヘゲモニア)から別の総督管轄区域へ持参する場合


 Rabbahによれば、海外では同一地方内であっても、常に証言が必要であると主張する。これは、海外では離縁状が律法に従って「具体的で明確な意図」を持って作成されていない可能性があると懸念されるからである。この要請をlishma(リシュマ)と呼ぶ。

 続きには次のように書かれている。

 ラッバン・シモン・ベン・ガマリエルは言う。「ある統治区域から別の統治区域へ。」

(Gittin 1:1)

 ここで日本語では「統治区域」と翻訳した原語は「ヘゲモニア」である。総督が管轄している区域になる。

 ラッバン・シモン・ベン・ガマリエル(Rabban Shimon ben Gamliel)は、「ある総督が管轄している区域から、別の総督が管轄している区域へ」運ぶ場合も特別な証言が必要であるとしている。

 これは例えば、1つの町を2人の総督が管轄し、町が2つの統治区域に分かれ、その間に閉ざされた境界線があるような特殊な状況を想定している。

 今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉【シリーズ目次】ミシュナ『Gittin』法理研究

https://note.com/mishnah/n/n0d4cf29d22b8

 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)

https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e

 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c

(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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