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過越祭の法理第2回:不適格な肉の焼却規定(notar:ノタール)と「自由人」としての食事作法

*過越祭の現場を膨大な口伝律法(ミシュナ)の第2部「Moed(モエド)」の「Pesachim(ペサヒーム)篇」を元に復元する連載第2回。

 今回は出エジプト記12章10~11節を軸に、規定時間を過ぎた肉「notar(ノタール)」の法的扱い、祭日における火の取扱い、そして奴隷から「自由人」へと転換されたことを証明する過越の食事作法を網羅。

 インターネット上に溢れる、根拠の薄い情緒的な聖書解釈を排し、厳格な法理に基づいた「律法の現場」を提示します。


はじめに:前回の振り返り


 前回は以下の内容を確認した。

【1】エジプトの過越と後代の過越の4つの相違点

 口伝律法ミシュナ「Pesachim」9章5節に基づき、最初の過越限定の規定と、後の時代には適用されない規定が整理された。

①エジプトでは、いけにえの小羊または山羊はニサンの月の10日に準備されたが、後代では14日の購入も可能であった。

②鴨居と柱に血を塗る行為は、エジプトでの1回限りの掟であった。

③エジプトでは「急いで」食べられたが、後代では時間をかけて行われた。

④エジプトでは1晩のことであったが、後代では7日間の除酵祭が続いた。

【2】「登録」の概念と家族の連帯

 過越のいけにえを食べるためには、あらかじめ「登録」されている必要があった。

 屠殺(shechitah:シェヒーター)される前までは登録や脱退が可能である。

 各登録者には、少なくともkezayit(ケザイット:オリーブ1個分)の肉が保証されなくてはならない。

【3】神殿奉仕の時間割といけにえの規定

 過越のいけにえを屠る時間は、神殿での日毎の献げ物(tamid;タミード)よりも後であったが、膨大ないけにえを処理する為、過越を控えた午後のtamidは通常よりも1時間早く祭儀が始められていた。

 一般に過越のいけにえは小羊のイメージが強いが、上記の通り山羊でもよかった。

【4】調理法に関する厳格な掟

 「必ず、頭も四肢も内臓も切り離さずに火で焼かねばならない」(出12:9)というトーラ(モーセ五書)の掟を守る為、調理法について詳細な規定がされていた。

 串の素材はざくろの木の串が選ばれ、体全体を火で焼かなくてはならなかった。

 以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉過越祭と除酵祭の法理第1回:エジプトと諸世代の過越を分かつ「登録」と「調理」の規定

https://note.com/mishnah/n/n61278eb42b58

 節で言うと、前回は出エジプト記12章1~9節まで扱った。

 今日はその続きである。まずは出エジプト記12章の冒頭を再掲する。

出エジプト記12章の再掲と本稿の範囲

 1エジプトの国で、主はモーセとアロンに言われた。 2「この月をあなたたちの正月とし、年の初めの月としなさい。 3イスラエルの共同体全体に次のように告げなさい。『今月の十日、人はそれぞれ父の家ごとに、すなわち家族ごとに小羊を一匹用意しなければならない。 4もし、家族が少人数で小羊一匹を食べきれない場合には、隣の家族と共に、人数に見合うものを用意し、めいめいの食べる量に見合う小羊を選ばねばならない。 5その小羊は、傷のない一歳の雄でなければならない。用意するのは羊でも山羊でもよい。 6それは、この月の十四日まで取り分けておき、イスラエルの共同体の会衆が皆で夕暮れにそれを屠り、 7その血を取って、小羊を食べる家の入り口の二本の柱と鴨居に塗る。 8そしてその夜、肉を火で焼いて食べる。また、酵母を入れないパンを苦菜を添えて食べる。 9肉は生で食べたり、煮て食べてはならない。必ず、頭も四肢も内臓も切り離さずに火で焼かねばならない。 10それを翌朝まで残しておいてはならない。翌朝まで残った場合には、焼却する。 11それを食べるときは、腰帯を締め、靴を履き、杖を手にし、急いで食べる。これが主の過越である。

(出12:1~11)

 10節から始める。「それを翌朝まで残しておいてはならない。翌朝まで残った場合には、焼却する」とあるが、これについてはミシュナ「Pesachim」7章に詳しい。それを引用する。

 外に出された、または汚れた過越のいけにえは、すぐに焼かれなくてはならない。もし所有者たちが汚れたり死んだりしたならば、それは切断して16日に焼かなくてはならない。
 ラビ・ヨハナン・ベン・ベロカは言う、「これも即座に焼かなくてならない、なぜなら誰も食べないように」。

(Pesachim 7:9)

空間的制限:エルサレム城壁と献げ物の適格性


 この節冒頭の「外に出される」は、過越のいけにえを神殿で屠り(shechitahを行い)、その後食べる分の肉をエルサレムの城壁より外に出してしまったことを言っている。

 いけにえの肉については、その献げ物の種類に従って、祭司が神殿の敷地で食べなくてはならないものもあり、イスラエルの民も含めてエルサレムの城壁内であればよいものもある。後者についてはそれより外に出したなら、その肉は不適格になり、食べてはならない。

 「汚れた過越のいけにえ」とあるのは、献げ物として聖別されていることが基礎になっている。

 それが例えば死者によって汚れた人が触れたなら、最早使えないものになったことを言う。

 死者による汚れについて、以前の記事で扱った。まだご存知ない方は下のリンクから確認して欲しい。

◉死者の汚れ(tumat met:トゥマット・メット)完全解説――民数記19章とミシュナに見る「汚れの階層」と清めのパラドックス

https://note.com/mishnah/n/n2dfad7d28375

 これら2つのケースについては、「すぐに焼かれなくてはならない」とある。以下のようにまとめられる。

①エルサレムの城壁よりも外に出したいけにえの肉は、食べてはならない。それはすぐに燃やす。

②汚れた過越のいけにえの肉は、食べてはならない。それはすぐに燃やす。

時間的制限:期限超過(notar)とラビによる「夜中まで」の防壁


 上記引用の出エジプト記12章10節の「それを翌朝まで残しておいてはならない。翌朝まで残った場合には、焼却する」について、規定の時間を越えた肉は「notar(ノタール)」と呼ばれる。

 notarの肉は不適格であり、食べてはならない。

 トーラ本文では「翌朝まで残った場合には、焼却する」とあり、朝まで残したら焼くという意味で間違いない。

 しかし実務上の規則もその通りにすると、夜明け前に食べる積りでいたとしても、眠り込んで朝を迎え、notarを犯す危険がある。

 そこで後代のラビたちは確実な実践を期す為に、それを「朝まで」ではなく「夜中まで」と定めた。これについては、「Pesachim」に次のように書かれている。

pesach(過越のいけにえ)は深夜を過ぎると手を汚す。

(Pesachim 10:9)

 「pesachim」7章9節に戻る。「もし所有者が汚れたり死んだりしたならば、それは切断して16日に焼かなくてはならない」とある。

 今度はエルサレムの城壁より外に出したのではなく、肉を汚したのでもない場合である。「所有者たちが汚れたり死んだりした」場合である。

 ここで言う「所有者たち」とは登録者たちのことである。過越のいけにえを屠る前までに、その肉に与る者は登録しなくてはならなかった。これは前回の記事で見た通りである。

 自信の無い方は冒頭のリンクから確認して欲しい。

 その登録者たちが全員死んだり汚れたりしたなら、その肉を食べてよい人がいなくなる。このような場合は「切断して16日に焼かなくてはならない」。

祭日(yom tov)の仕事制限と焼却のタイミング


 過越の食事は日没後であり、厳密にはニサンの月の15日になる。ニサンの月の15日は除酵祭の初日であり、yom tov(ヨム・トーヴ)に相当する。

 トーラ(モーセ五書)には明記されていないが、除酵祭の7日間の祭りの期間は、全て同じ聖性としては扱われない。初日と7日目は祭日であり、「yom tov(ヨム・トーヴ)」と呼ばれる。間の2~6日目はChol HaMoed(ホル・ハモエド)と言われる。

 「仕事(melachah:メラハー)をしてはならない」と言われる安息日であるが、yom tovにも仕事をしてはならない。ただし、次のような違いがある。

①安息日とyom tovの禁止の範囲はほぼ同じだが、安息日では食事の準備も禁止される。yom tovにおいては、それは許容される。

②Chol HaMoedにおいてもmelachah(メラハー)の制約はあるが、yom tovに比べると格段に低い。

 これについては、以前の記事にも書いておいたので、そちらも確認して欲しい。

◉安息日に禁じられた39のmelachah(メラハー):ミシュナ「Shabbat(シャバット)」により解明される、幕屋建設に関わる創造的活動

https://note.com/mishnah/n/n3c7de6af9a9c


◉イエスを裁いた最高法院における裁判について(下)―ミシュナ『Beitzah(ベイツァー)』『Sanhedrin(サンヘドリン)』が暴く「三つの不法」と夜間裁判

https://note.com/mishnah/n/n371fe1a873ee#967f16aa-026b-4470-9e6f-85ab07bf3a2e

 さて、安息日、yom tovに禁止されるmelachah(メラハー)内の1つが、火を点けることである。

 従ってニサンの月の15日には、登録者のいなくなった肉を燃やすことは出来ない。Chol HaMoedである16日に燃やすことになる。

 これに対して、ラビ・ヨハナン・ベン・ベロカは「これも即座に焼かなくてならない、なぜなら誰も食べないように」と言っている。

 誤って登録していない者が食べることのないように、すぐに焼くべきであると主張する。

 前者がhalachah(ハラハー)である。

自由人の証明:横臥(リクライニング)と貧者への「4杯のぶどう酒」


 最後の「それを食べるときは、腰帯を締め、靴を履き、杖を手にし、急いで食べる。これが主の過越である」(出12:11)とは、エジプトを出る時の切迫した状況を記している。

 後代ではむしろ、ゆったりと自由人であることを示した仕方が強調される。以下のように書かれている。

 過越の前日、minchahの時間に近い時間になったら、暗くなるまで食べてはならない。
 イスラエルにおける最も貧しい人であっても、横にならないなら食べてはならない。彼には少なくとも4杯のぶどう酒を与えなくてはならない。たとえそれが慈善の皿からのものであっても。

(Pesachim 10:1)

 まず「過越の前日、minchahの時間に近い時間になったら、暗くなるまで食べてはならない」についてだが、minchah(ミンハー)とは午後の焼き尽くす献げ物、つまりtamidのことを言っている。

 ニサンの月の14日の午後のtamidについては、前回の記事で見た通り、ミシュナ「Pesachim」に次のように書かれている。

過越の前日においては、7時半に屠られ、8時半に献げられる。

(Pesachim 5:1)

 過越祭の目前のtamidについては、「7時半に屠られ、8時半に献げられる」であり、現代の私たちの時間では2時半頃屠られ、3時半頃に祭壇に献げられる。

 この辺りの時間帯になったら、何も食べてはならない。過越の食事の時、お腹を空かした状態で迎えることが出来るようにである。

 「イスラエルにおける最も貧しい人であっても、横にならないなら食べてはならない」とは、エジプトを出た時と対象的な状態である。

 食事の間横になることは、奴隷ではなく、自由人のしるしである。日頃のその人の習慣が如何なるものであっても、過越の食事は自由を証する仕方で食べなくてはならないとされる。

 「彼には少なくとも4杯のぶどう酒を与えなくてはならない。たとえそれが慈善の皿からのものであっても」について、まずタルムードの時代、2つの慈善のあり方があった。

ユダヤ共同体のセーフティネット:tamchuy(タムフイ)とkuppah(集金箱)


① tamchuy(タムフイ:大きなボウルの意味)
 中に敷居が立てられていて、異なる食べ物を毎日集め、毎夕最も困っている人たちに配られた。2食分持っている人は、ここから食べることは出来ない。あちこち放浪している人たちが主な対象になる。

② kuppah(集金箱)
 金銭によるもので、地元に住んでいる貧しいたちに週ごとに配られた寄付。

 ラビたちは次のように定めた。つまり「その地域の共同体は、全てのユダヤ教徒が過越の食事中に4杯のぶどう酒を飲めるように配慮する」。

 この4杯のぶどう酒の意味については、既に出エジプト記12章1~9節から離れ、完全に後代のものとなる。次回以降、後代の過越祭、またそれに続く除酵祭について扱うので、その中で語ることになるだろう。

 今回の解説は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉三大祭りの法理学全説:トーラとミシュナから復元する過越祭・除酵祭(Pesach:ペサハ)、七週祭(Shavuot:シャヴオット)、仮庵祭(Succot:スコット)(全18記事・完結)

https://note.com/mishnah/n/n8fa728c36e30

 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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