ミシュナ『Machshirin』の法理研究 第6回:ラビ規定における「水のサブカテゴリー(排泄物・分泌物)」と「血・ミルク・油を巡る法理」
本稿は口伝律法ミシュナ第6部『Tohorot(トホロット)』に属する『Machshirin(マフシリン)』の第6回目の解説である。
今回は『Machshirin(マフシリン)』第6章5節を解説する。前回扱った「トーラ(モーセ五書)の次元」でhechsherを成立させる7つの液体に対し、今回は「ラビの規定の次元」で不浄への感受性を獲得させる「サブカテゴリー(派生液体)」の境界線を検証する。
人間の排泄物(尿)が持つ特殊な法的地位、死者と生者の血の法的地位と聖書学的根拠、そして乳清やオリーブ水を巡るラビ・シモンとラビ・メイルの論争まで、手加減なしの法理展開をお届けする。
前回の振り返り:ヘブライ語構文から見る飲料の定義と「普遍的名称性の原理」、およびハチの蜜における体内変容の法理
前回は『Machshirin』第6章4節を取り上げ、食品が不浄への感受性を獲得するプロセス(hechsher)を成立させる液体の定義や、非kosher(清くない)生物が産出する蜜の食用可否について解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】ヘブライ語構文から見る「飲み物」の定義
レビ記11章34節について、本文で参照した日本語訳では「この器の中の水がかかった食物はすべて汚れる。またその器の水を飲んだ場合、汚れる」と訳されている。
引用箇所の前半は、汚れた器の中の食べ物については、水気を加えられている場合に汚れるという意味である。
後半部分の原文の直訳は「器の中にあって、人の飲み物であるなら汚れる」という意味である。
この前半部分、後半部分を総合し、2つのことが言われていると解釈される。
①汚れた器の中の人の飲み物はtameiになる。
②hechsherを引き起こすには、人の飲み物であることに加え、水と同等のものであることを要する。
【2】hechsherを成立させる「修飾語なき7つの液体」
ミシュナは、hechsherを引き起こす液体は、以下の7種類であると規定している。
「露、水、ぶどう酒、オリーブ油、血、ミルク、蜂蜜」
①普遍的名称性の原理
これらの液体は、水と同様に「~の」といった種類を限定する修飾語(限定的な名称)を必要としないという共通点がある。
②果汁(ジュース)の場合
「イチジクの果汁」などのジュースは常に修飾語を伴って呼ばれるため、水と同様とは見なされず、hechsherを成立させる飲み物とは見なされない。
【3】「血」と「蜜」の聖書学的根拠
一般的感覚では飲み物とされにくい「血」や「蜜」についても、聖書の記述に基づき「飲み物・食べ物」として法的に定義されている。
①血
トーラの中で、度々食べたり飲んだりする対象として記述されている。
②蜜
申命記32章13節の原文では、蜜について「飲ませられた」という表現が使われており、法的に「飲むもの」と位置付けられている。
【4】スズメバチの蜜と「体内変容」の法理
①スズメバチの蜜の祭儀的状態
スズメバチの蜜は通常人間が消費・備蓄しないため、祭儀的にはtahor(hechsherを起こさない)と見なされる。
② 非kosherであるハチの産出物の許容
ミツバチやスズメバチ自体は非kosherである(食べてはいけない)生き物であるが、その蜜は食用として許可される。
③体内変容
蜂は花の蜜(ネクター)を摂取し、体内で変容させて吐き出しているだけであり、卵や乳のように体内で一から作り出しているわけではないため、元の蜜の性質が維持されていると解釈される。従って食べてよい。
この点ミツバチもスズメバチも同じである。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Machshirin』の法理研究 第5回:レビ記11章34節の構文論的解釈、hechsherを成立させる「修飾語なき7つの液体」の定義、非kosherであるハチにおける「体内変容」の法理
https://note.com/mishnah/n/n226c9ec67ebf
ラビ規定における「水」のサブカテゴリーと付随する意図の法理
今回はその続きで、「Machshirin」6章5節を扱う。前回に扱った7つの液体(飲み物)のサブカテゴリーになるが、7つの液体(飲み物)と今回のサブカテゴリーの間には、重要な違いがある。
7つの液体はトーラの次元で食べ物をhechsherする。サブカテゴリーがhechsherするのは、ラビの規定の次元においてである。
本文を引用する。
これらは水のサブカテゴリーである。目から出るもの、耳、鼻、口からのもの。便、軟便であっても小便であっても、意図的であれ、そうでないであれ。
水に等しいものとして、「目から出るもの、耳、鼻、口からのもの」が最初に挙げられている。これは「涙、耳からの分泌物、鼻水、唾液などを指している。これらのものが食べ物に触れるなら、hechsherが成立する。
次に「便、軟便であっても小便であっても」と書かれている。尿や肛門から排出された液状の排泄物(下痢便など)は、「水」のサブカテゴリーとして分類される。
これらも水の一種と見なされるので、食物に触れることでhechsherを成立させる。
人間の尿における例外性:不本意な排泄とハゾン・イシュ(Chazon Ish)の解釈
ただしhechsherの能力を持つのは人間の尿のみである。動物の尿は、この分類には含まれない。
通常、液体が食物を不浄の受容状態にするには、その液体の出現や付着に対して所有者の「満足(意図)」が必要であるが、尿の場合は扱いが異なる。
意図的に排泄したか、あるいは我慢できずに無意識(不本意)に漏らしてしまったかに関わらず、その尿は「水」としての地位を持ち、食物を汚れ(tumah:トゥマ)に対して受容状態にする。
他の液体、すなわち涙、鼻水、唾液などは、尿とは異なる。これらが「水」としての法的地位を得るのは、「それらが出てくることを本人が望んだ場合」のみとされる。
例えば不本意に垂らしてしまった鼻水は、食べ物に触れてもhechsherを成立させないことになる。
なぜ不本意な尿、無意識の尿であっても「水」とみなされるのかについて、ハゾン・イシュ(Chazon Ish)という学者は以下のような理由を提示している。
「尿は体外に排出されるべき老廃物であるため、たとえ不本意なタイミングであったとしても、「排出されたこと自体」に対して、人が最終的には満足(安堵)を感じるから」という事である。
聖書学に基づく「血」のサブカテゴリーと屠殺(shechitah)の法理
続きには次のように書かれている。
これらは血のサブカテゴリーである。kosherの家畜、kosherでない動物、野生のもの、鳥、これらのshechitahの血、そして飲ませる為に瀉血した血。
民数記・申命記から読み解く生者と死者の血の法的地位
ここでは血について扱っている。動物のものについて語る前に、まず人間の血について述べる。トーラには次のように書かれている。
見よ、この民は雌獅子のように身を起こし
雄獅子のように立ち上がる。
獲物を食らい、殺したものの血を飲むまで
身を横たえることはない。
「民が・・・殺したものの血を飲む」と書かれている。死者の血は飲み物として分類されている。生きている者の血については、次のように書かれている。
ただ、その血は断じて食べてはならない。血は命であり、命を肉と共に食べてはならないからである。
血は生命であると述べられている。この意味で流血している者は少しずつ死んでいる。そこで完全に死んでしまった人の血が飲み物であるように、生きている者の血も飲み物であると解釈されている。
shechitahの血および飲用目的の瀉血が持つ飲料性
次に「shechitahの血」である。何のshechitahであるのかは、「kosherでない動物、野生のもの、鳥」と広範囲の動物に及んでいる。
shechitahで屠られた動物の血は、血のサブカテゴリーとして位置付けられている。屠られた動物の血がサブカテゴリーとしてhechsherを引き起こすのは、次のトーラの箇所に暗示されている。
ただし、その血は食べてはならず、水のように地面に注ぎ出さねばならない。
shechitahによって屠られたいけにえの血について、「水のように」地面に流すとされている。水はhechsherを成立させる第一のものである。
次に「飲ませる為に瀉血した血」とは、動物や非ユダヤ人に飲ませる目的で行われた瀉血による血のことである。その「飲用」という目的ゆえに「飲料」としての地位を持ち、不浄を収受させる能力(hechsher)を持つ。
ミルクと油のサブカテゴリー:乳清とオリーブ水の分類
続きには次のように書かれている。
乳清はミルクと同じであり、オリーブの水は油と同じである。なぜならオリーブの水は油なしでは生じないから。これらはラビ・シモンの言葉である。ラビ・メイルは言う、「たとえ油が無くても。」
この箇所では、ミルクと油のサブカテゴリーを扱っている。まずは乳清から解説する。
乳清とはチーズ製造の過程で凝乳から分離される水状の部分である。乳清は、法的にミルクのサブカテゴリーとして分類される。 従って、乳清が食物に触れた場合、hechsherが成立する。
次にオリーブ水について説明する。オリーブを搾る工程では、油とともに様々な分泌液が出てくる。それらは「オリーブ水」と総称される。ラビ・シモン(Rabbi Shimon)の見解によれば、オリーブ水は「油」と同様の法的地位を持つ。
その理由は、オリーブ水は常に少量の油を伴って排出されるものであり、油と切り離せない存在だからである。オリーブ水が出て来る工程には3つの段階があるが、いずれの段階で生じる液体も、この原則が適用される。
参考の為、この3つの工程について付記しておく。
オリーブ水抽出における3つの物理的段階(自然分泌・自重・圧搾後)
【第1段階】積み上げによる自然な分泌
オリーブを積み上げておくと、互いの近接によって熱が発生し、熟成が進む。この時、オリーブから水のようにさらさらとして透明な液体が染み出す。
【第2段階】自重による分泌
オリーブが桶の中で数日間置かれると、互いに重なり合ったその重さによって、第1段階よりも粘り気のある、実際のオリーブ油に近い液体が絞り出される。
(この後、オリーブは網に入れられ、梁や重石の下に置かれて本格的な圧搾が行われる)
【第3段階】圧搾後の滲出
圧搾が終わった後、果肉がしばらく網の中に残っている間に、そこから3番目のオリーブ水が染み出してくる。Ravによれば、これは「暗い色の液体」と表現されている。
ラビ・シモンによると、これらすべての段階で生じるオリーブ水は、法的には「油」として分類される。つまり、これらが食物に付着した場合、hechsherが成立する。
ラビ・シモン(物理的痕跡)とラビ・メイル(所有者の意図)の論争とハラハー
続きには次のように書かれている。
ラビ・メイルは言う、「たとえ油が無くても。」
ラビ・メイル(Rabbi Meir)はこれに対して、オリーブ水の中に油が全く含まれていない場合でも、油として扱われると主張する。
彼によると、所有者がそのオリーブ水の存在に対して「満足している(pleased)」ので、その意図によって、オリーブ水はhechsherを引き起こす飲み物になる。
ラビ・シモンの見解との比較をまとめると、以下の通りである。
①ラビ・シモンの見解
オリーブ水が油のサブカテゴリーとして見なされるのは、そこに実際の油の痕跡が必ず含まれているからであるという物理的な根拠に基づいている。
②ラビ・メイルの見解
オリーブ水に油が含まれているかどうかに関わらず、所有者の意図(満足)があるため、油のサブカテゴリーであると考えている。
ハラハーはラビ・メイルの見解に従う。
今回の記事で、口伝律法ミシュナ「Machshirin」の基本的な点については大体網羅した。細かい法理については、今後の機会に委ね、次回はミシュナ「Sanhedrin(サンヘドリン)」について扱う。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Machshirin』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n36a7a5cdda45
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
