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ミシュナ『Sanhedrin』法理研究 第6回:大サンヘドリン(71人法廷)の管轄権――偽預言者の死刑、大祭司の刑事裁判、およびエルサレムの町・神殿敷地(azarot)の拡張(1章5節)

【学術的法理研究に関する免責・公開声明】
 本稿は、古代ユダヤ教の口伝律法ミシュナ『Sanhedrin』における、死刑(石打ち・絞殺)の手続きおよび獣姦事件・人を殺した牛を巡る裁判法廷(23人・71人法廷)の規定を含む、純粋な歴史・法理学の記事である。

 記事内の「死刑」「獣姦」等の用語および聖書(トーラ)の記述は、すべて古代の刑法・法解釈学の文脈に基づく学術的・客観的なファクトの検証であり、暴力的・倫理的反社会的な内容を助長・肯定する意図は一切ない。

 本稿は口伝律法ミシュナ第4部『Nezikin(ネジキン)』に属する『Sanhedrin(サンヘドリン)』の第6回目の解説である。

 今回は『Sanhedrin』1章5節を取り上げ、大サンヘドリン(71人法廷)の専管組織法理を、聖書学およびハラハー(ユダヤ律法)の多角的文脈から解説する。

 特に地方法廷との管轄境界線を決定付ける「部族全体の偶像崇拝」、預言の成就要件と死刑の手続きから紐解く「偽預言者」、そして言語的関連性(gadol)に基づくゲマラーの解釈から導き出される「大祭司(kohen gadol)」の刑事裁判権を検証する。

 さらに、ベナヤの先例(歴代誌上27章)に基づく「任意の戦争」の開戦認可規定、および、軽い聖性の献げ物(kodashim kalim)やmaaser sheni(マアセル・シェニ)の消費領域を決定する「エルサレムの町」の拡張手続き、神殿祭儀を左右する「神殿敷地(azarot)」の拡張手続きに至るまで、国家の根幹に関わる事案の認可について、学術的に徹底した論考を行う。


前回の振り返り:ミシュナ『Sanhedrin』1章3節後半〜4節

 前回は『Sanhedrin』1章3節後半から4節を取り上げ、erechに基づく神殿への寄付において、動産や不動産を充てる場合の査定人数について解説した。また動物が関わる死刑裁判については、聖書的根拠(レビ記、出エジプト記)に基づいて23人の判事によることを解説した。

 主な内容は以下の通りである。

【1】erech(エレフ)による寄付における査定

 レビ記27章に定められた、年齢と性別に基づく人の価値を神殿に寄付すると誓った際、現金がない場合は動産や不動産で支払うことが認められている。その査定人数は対象によって異なる。

①動産の査定(3人)

 神殿の所有物を買い戻す際の評価人数(3人)との類似性、および査定の正確性を期すための合議制として、3人の判事が必要とされる。

 ラビ・ユダは「1人は祭司であるべき」と主張したが、ハラハーでは祭司要件は排除されている。

②不動産および人間の市場価値の査定(10人)

 10人の根拠は、レビ記27章の該当箇所に「祭司」という単語が10回登場することに由来する。

 10人のうち1人は祭司である必要がある。

 通常、判事は多数決のために奇数の人数が求められるが、不動産の評価は全員一致が原則であるため、10人という偶数でも問題ないとされている。

 人間の査定、すなわち「人の市場価値」は奴隷としての売買基準に準じ、律法上は不動産の規定が適用されるため、同じく10人(うち1人は祭司)で査定する。

【2】動物が関わる死刑裁判(23人法廷)

 死刑を伴う重大な事案は、人間だけでなく動物が対象であっても23人の法廷で裁かれる。

①獣姦に関わった動物

 性別を問わず、獣姦に関わった人間とともに、その動物も裁判を経て死刑に処される。これは、動物も人間と同様の手続きを経て判決を下される必要がある為である。

②人を殺した牛(muad)

 過去に人を襲った経緯で一定の条件を満たし、危険な個体muad(ムアド)と認定された牛が人を殺した場合、tamの場合よりも所有者の責任は重くなる。

 出エジプト記21章29節の「所有者もまた死刑に処せられる」という記述は、muadの牛だけでなく所有者も処刑されると読める。

 しかしここで意味されているのは「人が裁判を受けるのと同様に、動物も裁判によって処刑される」という手続きの厳格さを示している。

 所有者は自ら意図的に殺害した場合を除き、死刑にはならない。しかしmuadが人を突いて殺した場合、民事上の賠償金を支払う責任を負う。

 以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉ミシュナ『Sanhedrin』法理研究 第5回:動産・不動産・人間の市場価値査定における法廷人数と、獣姦事件・人を殺した牛(muad)の事件を裁く23人法廷(1章3節〜4節)

https://note.com/mishnah/n/nd5bc69ed0cdf


ミシュナ『Sanhedrin』1章5節:大サンヘドリン(71人法廷)の管轄権


 今回は口伝律法ミシュナ「Sanhedrin」1章5節を扱う。まずは本文を引用する。

 部族、偽預言者、大祭司は71人の法廷以外で裁いてはならない。

(Sanhedrin 1:5)

 「71人の法廷」とはエルサレムの大サンヘドリン(最高法院)を指している。ここでは最高法院で審理するべき3つのケースについて触れている。1つずつ確認する。

「部族」の偶像崇拝:地方法廷(申命記17章)と最高法院の境界


 最初は「部族」である。これはトーラの次の箇所に関連している。

 2あなたの神、主が与えられるどこかの町で、あなたの中に、男にせよ女にせよ、あなたの神、主が悪と見なされることを行って、契約を破り、 3他の神々に仕え、その神々や太陽、月、天の万象などわたしが命じたことのないものにひれ伏す者がいるならば、 4その知らせを受け、それを聞いたときには、よく調べなさい。もし、それが確かな事実であり、イスラエルの中でこうした、いとうべきことが行われたのであれば、 5この悪事を行った当の男ないし女を町の門に引き出し、その男ないし女を石で打ちなさい。彼らは死なねばならない。

(申17:2~5)

 申命記17章2~5節は個人が偶像崇拝に陥った場合の対応である。この場合は「町の門に引き出し」とある通り、地方の法廷で裁くことになる。しかしある部族においてその大部分が偶像崇拝に陥ったなら、エルサレムの最高法院で裁かなくてはならない。

「偽預言者」の判定基準(申命記18章)と反抗的なラビの定義


 次に「偽預言者」についてである。偽預言者とは、受けてもいない預言を神の名において宣言する者である。彼は絞殺による死刑に処される。

 誰かが偽預言者であるかどうかの基準は、預言と称されている内容が実際に起こるかどうかにある。トーラには次のように書かれている。

 その預言者がわたしの命じていないことを、勝手にわたしの名によって語り、あるいは、他の神々の名によって語るならば、その預言者は死なねばならない。」 21あなたは心の中で、「どうして我々は、その言葉が主の語られた言葉ではないということを知りうるだろうか」と言うであろう。 22その預言者が主の御名によって語っても、そのことが起こらず、実現しなければ、それは主が語られたものではない。預言者が勝手に語ったのであるから、恐れることはない。

(申18:20~22)

 偽預言者は「反抗的なラビ」に比較される。「反抗的なラビ」とは、公式に叙任された判事であるにも関わらず、最高法院の決定に従わず、独自の律法解釈で裁き、行動する者である。「反抗的なラビ」についての詳細は、「Sanhedrin」11章2節で扱われている。

 「反抗的なラビ」については、本稿でも以前の記事で扱っているので、不確かな方は下のリンクから確認して欲しい。

◉イエスを裁いた最高法院における裁判について(上)――神殿の「Lishkat HaGazit(リシュカット・ハガジット;切り石の間)」と座席禁止規定の矛盾

https://note.com/mishnah/n/nfdd178d93af0

「大祭司(kohen gadol)」の刑事裁判:gadolから紐解くGemaraの解釈


 次は「大祭司」である。大祭司に関わる裁判を大サンヘドリンで行うのは、次の箇所に拠っている。

 22平素は彼らに民を裁かせ、大きな事件があったときだけ、あなたのもとに持って来させる。小さな事件は彼ら自身で裁かせ、あなたの負担を軽くし、あなたと共に彼らに分担させなさい。

(出18:22~23)

 「大きな事件」の「大きな」はヘブライ語で「gadol(ガドール)」であるが、大祭司のヘブライ語は「kohen gadol(コーヘン・ガドール)」である。そこでGemaraはこの箇所の「大きな事件」は大祭司に関わる事案であると解釈している。

 ただし、これが適用されるのは死刑が適用される刑事事件のみであり、大祭司の関わっている事案であっても、金銭訴訟については一般のイスラエルの民と同様に裁かれる。

国家の根幹に関わる大サンヘドリンの承認規定


 続きには次のように書かれている。

 任意の戦争は71人の法廷の賛同を得なくてはならない。

(Sanhedrin 1:5)

「任意の戦争」の開戦認可:歴代誌上27章(ベナヤの先例)


 まずは義務的な戦争について述べる。イスラエルの民はエジプトを出た後、カナンの地に入植する為に戦った。これはトーラが命じた戦争である。

 任意の戦争はこれ以外の全ての戦争を指す。任意の戦争は71人の法廷による承認なしに開始することは出来ない。その根拠は歴代誌上27章34節に求められている。そこにはベナヤの名前が書かれているが、ベナヤは最高法院の長である。

 名前が記されていること自体が重要な聖書において、王の顧問アヒトフェルの後に名前が記されていることから、ダビデがベナヤに相談していたことは明らかである。そこでダビデが戦争を決断する時には、最高法院の認可を求めたと解釈されている。

エルサレムの町と神殿敷地(azarot)の拡張


 次に「エルサレムの町又は神殿の敷地の拡張は71人の法廷の賛同を得なくてはならない」と書かれている。

 まずはエルサレムの町の拡張について解説する。エルサレムの町は、聖地の他の場所よりも高い聖性を持っており、律法上も重要な地位にある。

 例えば個人の和解の献げ物など、kodashim kalimはエルサレムの城壁内で食べることとされており、その外へ持ち出してはならない。maaser sheniについても同様である。

 そこでエルサレムの町を拡張することは単なる都市計画ではなく、最高法院の認可を要するとされる。ネヘミヤ記にもある通り、拡張が決まった後にも、その為のセレモニーを行う必要もある。

なお、この儀式の詳細は口伝律法ミシュナ「Shevuot」2章2節に記されており、本稿でも以前の記事で扱っているので、不確かな方はこちらも確認されたい。

◉イエスを裁いた『最高法院』への道(6回目):旧約聖書の裏に隠れている71人判事の法廷②

https://note.com/mishnah/n/n359d1454ffb6

 次に「神殿の敷地の拡張」についてである。ミシュナ本文の原文では「azarot(アザロット)」と書かれているので、女性の庭、イスラエルの庭、祭司の庭を含むと思われる。言うまでもなく、azarotの拡張は神殿祭儀で甚大な影響が出る。

 以上のようにエルサレムの町の拡張、azarotの拡張は大サンヘドリンの認可を得なくてはならないが、それだけでは十分ではない。王、預言者と相談し、ウリムとトゥンミムを用いてから決めなくてはならないとされている。

 今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉【シリーズ目次】ミシュナ『Sanhedrin』法理研究

https://note.com/mishnah/n/n8cf87c1bb399

 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)

https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e

 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c

(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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