ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第4回:安息日における「領域間移動」の過失予防と、職業的「通常の方法」をめぐるラビ・ユダとラビ・メイルの論争
*本稿は口伝律法ミシュナ第2部『Moed(モエド)』に属する『Shabbat(シャバット)』の第3回目の解説である。
今回は『Shabbat』1章3節を取り上げ、安息日における「領域間の移動」の禁止、および無意識の「点火・消火」の過失を防ぐためのラビ的予防壁を、仕立て屋の針や書記のペン、ランプの光での読書といった具体的事例から分析。ラビ・ユダ(Rabbi Judah)とラビ・メイル(Rabbi Meir)の「通常の方法(通常性)」をめぐるハラハー論争から、後世の『Shulchan Aruch(シュルハン・アルーフ)』に至るユダヤ教法の発展的解釈と時法管理の構造を、手加減なしの専門性で解き明かす。
前回の振り返り:『Shabbat』1章2節のハラハー(律法)論争
前回は『Shabbat』1章2節に基づき、「午後の祈り(Minchah)」の時間定義と、その直前に制限される諸行為について解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】「午後の祈り(Minchah)」の時間定義
ユダヤ法における「1時間」は定数(60分)ではなく、日の出から日没までを12等分した「季節時間」で計算される。この時間軸に基づき、午後の祈りは以下の2つの時間帯に区分される。
①Minchah Gedolah
正午から30分経過した時点(第6時半)から日没まで。
②Minchah Ketanah
午後3時半頃(第9時半)から日没まで。これはMinchah Gedolahよりも短い時間帯を指すことになる。
これらの区別は、かつて神殿で献げられていた「日ごとの焼き尽くす献げ物(tamid:タミッド)」の執行タイミングに由来している。
【2】祈りの直前に制限される5つの行為
祈りのための時間を失わないよう、ミシュナはその直前に以下の行為を始めることを制限している。
①散髪
道具の故障などのトラブルで時間が延びるリスクを避けるため。
②入浴
のぼせたり気を失ったりして、礼拝時間を過ぎるのを防ぐため。
③皮革なめし工場に入ること
工程の欠陥を発見したり、作業後の着替えに時間を要するため。
④食事
軽い食事であっても、長引いて午後いっぱい続いてしまう可能性があるため。
⑤裁判
新たな証拠が見つかるなどして、審理の再開を余儀なくされることを回避するため。
ただし、既にこれらの行為を開始してしまった場合は、祈りの時間が過ぎてしまう(日没が来る)ことが明白でない限り、中断する必要はない。
【3】解釈のグラデーション(厳格主義から寛容派まで)
これらの制限が「いつから」「どの程度の規模の行為に」適用されるかは、学者によって見解が分かれている。
①最も厳格な見解(Rif、Rambamなど)
正午(第6時半)から制限が始まり、日常の軽い活動もすべて禁止される。
②中間的な見解
制限は「Minchah Ketanah(第9時半)」の直前から始まり、軽い活動も含まれる。
③最も寛容な見解(実務で一般的)
制限は「Minchah Ketanah」の時間帯のみで、かつ結婚式のような「大規模な活動」だけが禁止される。日常的な軽い活動は許容される。
総じて、この規定の核心は、信仰上の義務である「祈り」を、日常生活の諸事情によって疎かにしないための慎重な時間管理にある。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第3回:午後の祈り(Minchah)」の時法定義と、その直前に禁止される行為の解釈をめぐるハラハー論争
https://note.com/mishnah/n/nc33693548668
ミシュナ『Shabbat』1章3節の構造と「領域間移動」の過失予防
今回はその続きである。口伝律法ミシュナ「Shabbat」1章3節を引用する。
仕立て屋は日没直前に針を携帯して出かけてはならない。忘れてしまわない為である。同様に書記もペンを持って出かけてはならない。
ランプの光で服のシラミを駆除してはならないし、読んでもならない。彼らは言った。「教師は子供たちが読んでいるのを見てもよい。しかし読んではならない。」
同様にzavはzavahと食事をしてはならない。なぜなら罪に誘われるから。
本節では安息日に禁止される「ある領域から別の領域に物を移動させる」行為を不注意で行わない為の規定である。
禁止される行為を順番に確認する。
仕立て屋の針:通常の方法による有責性の分岐①
まずは「仕立て屋が日没の直前に針を持って外出すること」についてである。
針を持ったまま外出すると、そのまま日没を迎え、安息日になったことに気付かずに「私的な領域(自宅)と公的な領域(通り)の間で針を運ぶ」禁止を犯す危険がある。
仕立て屋の場合、針を服に刺して持ち運ぶことも禁止される。なぜなら、そのようにして針を運ぶのは、仕立て屋にとって「通常の方法」であるからである。
一方、一般の人(仕立て屋ではない人)が針を服に刺すのは「通常ではない方法」であるため、安息日にこれを行って安息日規定の違反でにはあたらない。
安息日に禁止されるmelachahは、通常の方法で行うによって違反になる。ただしラビの規定によって禁止されているので、ラビの規定に対する違反には相当する。
以上の見解はラビ・ユダ(Rabbi Judah)のものである。ラビ・メイル(Rabbi Meir)は、たとえ針を服に刺す仕方で運ぶ仕立て屋がいるとしても、通常の方法は持ち運ぶことであるとする。
従って仕立て屋であっても、針を服に刺している場合はトーラの規定違反にはあたらないと主張する。
書記のペン:通常の方法による有責性の分岐②
次に「書記が日没の直前にペンを持って外出すること」についてである。
仕立て屋の例と同様の論理が、書記にも適用される。
書記は習慣的にペンを耳の後ろにかけて持ち運ぶので、もし書記がペンを耳の後ろに挟んで運ぶなら、安息日の規定違反に対して有責である。
書記でない者が安息日にペンを耳の後ろにかけて運んでも、トーラの次元では違反にあたらない。ただしラビの規定に対しては違反となる。
ラビ・メイルによれば、たとえ書記であってもペンを持ち運ぶ「通常の方法」は持ち運ぶことである。そのため、耳にペンをかけたまま安息日に外出しても、それは「通常ではない方法」によると見なされ、ラビ規定上の違反にとどまる。
ラビ・メイルの見解がハラハー(halachah)として採用されている。
このミシュナで仕立て屋や書記が例に出されているのは、針のように小さいものでも、ペンのように大きなものでも運んでいることを忘れてしまうことを示す為である。
安息日の過失的「点火」と「消火」の抑止
ここから話が変わり、安息日にしてはならないことが2つ挙げられる。
ランプの光によるシラミ駆除・読書の制限リスク
次に「ランプの光で服のシラミを駆除すること、読むこと」についてである。
シラミを取ろうとしたり、読書をしていると、光を強くしようとして「ランプを傾ける(油の供給を増やす)」という行為を無意識にしてしまう恐れがある。これは安息日に禁止されている「点火すること」のmelachahに該当する。
ただし2人で同じ本を一緒に読んでいる場合は、1人がランプを傾けようとしても、もう1人が注意して思い出させる為、許可されている。
この禁止対象にはロウソクは含まれていない。しかし16世紀に編纂されたハラーハー(ユダヤ教法)の決定版「Shulchan Aruch(シュルハン・アルーフ)」によると、ロウソクも対象に含まれる。
芯を整える時に一瞬火が明滅するが、これは安息日に禁止されるmelachahの1つ「火を消すこと」に該当するからである。
ただし実務上はロウソクで読書することは認められている。なぜなら火を消すことで有責になるのは、炭を作ろうとした場合に限ると解釈されるからである。
教育現場における例外規定:子供の心理と教師の権威
続きには次のように書かれている、「教師は子供たちが読んでいるのを見てもよい。しかし読んではならない」。
上記の規定にも関わらず、子供たちが安息日にランプの光で学習することは許されている。なぜなら、子供たちは教師を恐れて敬意を払っているので、ランプを勝手にいじるような不注意なことはしないと考えられるからである。
あるいは子供たちは火が消えると勉強しなくてよいので、むしろ火が消えることを望んでいるので、ランプをいじる心配がないともしている。
教師は翌日に子供たちが学ぶ箇所を確認する程度なら、ランプを用いることが許される。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Shabbat』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n96f434acde54
全記事の目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
