Chol HaMoedについて――ミシュナ『Moed Katan(モエド・カタン)』から読み解く、認められない労働の境界線
*本稿では、祭りの中間日「Chol HaMoed(ホル・ハモエド)」における労働の可否を分ける論理を、口伝律法ミシュナの第2部『Moed(モエド)』の『Moed Katan(モエド・カタン篇)』に基づき詳説する。
Chol HaMoedの聖性の程度、期間中許される労働の基準、通常許容されない散髪、洗濯について、ナジル人やmetzora等が認められる例外規定を網羅。
旧約聖書の最高権威であるモーセ五書(トーラ)とミシュナのネットワークを縦横に引き、2,000年前の「律法の現場」に流れる真実を、忖度抜きの専門性で描き出します。
はじめに:Chol HaMoedの定義と時間的構造
これまで私の記事では何度かChol HaMoed(ホル・ハモエド)について触れてきた。
しかし記事について必要な限りにとどめておいたので、ここで一端Chol HaMoedについてまとめたいと思う。
簡単に言うと、Chol HaMoedとは、祭りの期間において、初日と最終日を除いた中間の日々である。
以下の通りになる。祭日は以下、yom tov(ヨム・トーヴ)と記述する。
【1】除酵祭
①第1の月(ニサンの月)の15日に除酵祭1日目。yom tov。
②除酵祭2日目~6日目(16日~21日):Chol HaMoedになる。
③除酵祭7日目:yom tov。
【2】仮庵祭
①第7の月(ティシュレ)の15日に初日。yom tov。
②仮庵祭2日目~7日目(16日~22日):Chol HaMoedになる。
③除酵祭8日目:yom tov。
個人の実害と労働の可否:ミシュナ『Moed Katan』1章1節
Chol HaMoedについては、口伝律法ミシュナ「Moed Katan(モエド・カタン)」に詳しい。そこで、この篇を引用しながら解説することにする。
私たちはChol HaMoedにも、安息年にも畑に水をやることが出来る。湧いた泉を用いて、あるいは以前から流れている泉を用いて。しかし私たちは雨水によって、あるいは水槽から畑に水をやってはならない。またぶどう畑の回りに溝を掘ってもならない。
Chol HaMoedにおける労働の可否を分ける基準は、「その作業を休むことで、取り返しのつかない実害が出るか否か」にある。
トーラは祭りの喜びを維持するために、信徒に経済的破綻を強いることはしない。これは安息日を守ることは極めて重要であるが、人の命に関わる場合、その禁止を乗り越えることが許されるのと似ている。
ここでは、今水をやらないと畑が壊滅してしまうような状況である。しかしChol HaMoedであるので、基本的にmelachahをしてはならない期間に相当する。安息日やyom tovでは許されないが、それ程の聖性を持たないChol HaMoedにおいては、どのようにすれば許容されるのかを言っている。
ここで安息年が引き合いに出されているのは、安息年において基本的に耕作が禁止されているからである。しかしその安息年においても、樹木を完全に死なせないための最低限の維持認められる。
まず「私たちはChol HaMoedにも、安息年にも畑に水をやることが出来る。湧いた泉を用いて、あるいは以前から流れている泉を用いて」とあるのは、畑に水をやる方法について言っている。
「(最近になって)湧いた水や、以前から流れている泉」については、畑に水が自然と流れ込む状況を指している。この場合、過度な労働は想定されない。
そこで許容されるが、他方で「雨水によって、あるいは水槽から畑に水をやってはならない」とある。
これは雨水が溜まっている池などから水路を作ること、また水槽から汲み出して畑に撒くことを言っている。それは許容されない。
従って、回復出来ない損害が想定される事態でも、方法によっては許容されないことになる。もう1つ見てみよう。
公共の福祉とコミュニティの維持:ミシュナ『Moed Katan』1章2節
私たちは公共の場の水槽の破れを補修してもよい。道路やmikvehを直してもよい。あらゆる公共の必要性に応える為に。墓の場所を示す為にしるしを付けたり、禁じられた種蒔き法を取っていないか調べることも出来る。Chol HaMoedの期間に。
前節では個人の回復出来ない損害が予想される事態について扱った。本節では公共の福祉に関わる事案についてである。次の項目が挙げられている。
①公共の場の水槽の破れ
②道路やmikveh(ミクヴェ)
③墓の場所を示す為のしるし
④禁じられた種蒔き法を取っていないかの調査
これらが公共の福祉に関わるケースの例として挙げられている。この内、①と②は良いだろう。mikvehについては簡単にであるが、下の記事でまとめている。分からない方はそちらを見て欲しい。
◉なぜ洗礼は「川」でなければならなかったのか? ――レビ記と口伝律法から探る「内面的な崩壊」の清め
https://note.com/mishnah/n/nde4490bf1199
次の③であるが、これについては詳しく以前の記事で解説した。これは決定版と言えるものであるので、ここでは一切触れない。分からない方はそちらを確認して欲しい。
◉聖書時代の墓の構造と口伝律法:ミシュナ『Bava Batra(バヴァ・バトラ)』から読み解く「空の墓」の真実
https://note.com/mishnah/n/na8818dce81c7
混植の禁止(kilayim)と法廷の役割
最後の④については、まだ触れたことがない。この禁止はkilayim(キルアイム)と呼ばれる。これもどこかの機会でまとめることにして、ここでは必要な範囲で触れるにとどめる。まずはレビ記から。
あなたたちはわたしの掟を守りなさい。二種の家畜を交配させたり、一つの畑に二種の種を蒔いてはならない。また二種の糸で織った衣服を身に着けてはならない。
もう1箇所は申命記22章から。
9ぶどう畑にそれと別の種を蒔いてはならない。あなたの蒔く種の実りも、ぶどう畑本来の収穫も共に汚れたものとならないためである。 10牛とろばとを組にして耕してはならない。 11毛糸と亜麻糸とを織り合わせた着物を着てはならない。
本文の算用数字は節番号である。
これは全てkilayimである。kilayimは大きく分けると次の3つに分類される。
①同じ畑に異なる種類の種を混ぜて蒔くこと
(これは大雑把な言い方で、口伝律法ミシュナ「kilayim」には具体的にどのような配置で、どのくらいの距離で禁止されるのか細かく定められています。また、ぶどうについては別に1つの主題として論じられていますが、ここでは立ち入りません)
②異なる種類の動物を交配させること、およびそれらを「一組」にして働かせること
③衣類の混用(shaatnez:シャアトネズ)
羊毛と亜麻の双方を使って布地を織ること。
上記「Moed Katan」 1章2節では「禁じられた種蒔き法を取っていないか調べることも出来る。Chol HaMoedの期間に」とあるので、「①同じ畑に異なる種類の種を混ぜて蒔くこと」の調査は、Chol HaMoedに行ってもよいことになる。
具体的には法廷が役人を任命し、彼が畑を調査した上、kilayimを引き抜くことを指す。
(後日の付記)kilayimについての研究をまとめました。興味のある方は下のリンクからご確認下さい。
◉【シリーズ目次】口伝律法ミシュナ『Kilayim(キルアイム)』の全法理:穀物・野菜、ぶどう畑、衣類、動物における異種混交禁止規定の体系
https://note.com/mishnah/n/nbf78cc478503
次に「moed katan」3章の2つの節を取り上げる。
散髪、nidui、metzora:ミシュナ『Moed Katan』3章1節
これらの者たちはChol HaMoedに散髪してもよい。海外から帰国した者。捕虜になっていたが解放された者。牢獄から釈放された者。共同体から断たれていたが、ラビたちから赦免を受けた者。同様にラビによって誓いが解かれた者、汚れの状態から清められたナジル人やmetzora。
「これらの者たちはChol HaMoedに散髪してもよい」とあるのは、以下列挙される者以外はChol HaMoedに毛を剃ってはならないことを言っている。
それは毛を剃ることは祭りが始まる前に出来ること、するべき事であるからである。
以下、分かりやすいケースが並んでいるが、「共同体から断たれていたが、ラビたちから赦免を受けた者」については説明が必要であろう。
これは「nidui(ニドゥイ)」と呼ばれる。基本的な意味は律法を犯す者に対する「呪いの宣告」である。Rambamという中世のラビによると、niduiに相当するのは24の違反とされる。それを大きく分けると次の3つに分類される。
①トーラ学者に対する不敬
②トーラの掟であれ、ラビたちの定めたものであれ、違反すること
③法廷の決定に対する不従順
niduiを宣告された者は近親者を亡くした者と同様に、ある種の行為が禁止される。散髪してはならないし、衣服を洗濯してもならない。皮の靴を履いてはならないとする見解もある。
また他のユダヤ人から隔離される。ユダヤ教徒はその者の4キュビット(約2メートル)以内の範囲で座ってはならない。
niduiの期間は基本的に30日である。しかしその満了以前に撤廃されることもある。
ここではniduiの期間の明けた者は、Chol HaMoedに毛を剃ってよいことを言っている。
最後に「汚れの状態から清められたナジル人やmetzora」とあるが、これは2つ同時に話せるほど軽い話題ではない。
しかし「metzora」については過去の記事で極めて詳細に解説した。まだあやふやな方はそちらを参照して欲しい。
◉生きながらにして死ぬ者、重い皮膚病(tzaraat:ツァラアト)の真実 (上)――無言で罪を告発する皮膚の異変
https://note.com/mishnah/n/n82fb385526a5
◉生きながらにして死ぬ者、重い皮膚病(tzaraat:ツァラアト)の真実 (下)―― なぜ「絶望の追放者」は「祭司」と同じ儀式で復帰するのか
https://note.com/mishnah/n/n2913685871ea
他方で「汚れの状態から清められたナジル人」については、ここで必要な限り、基本的な事だけ解説する。
ナジル人、洗濯:ミシュナ『Moed Katan』3章1節
まずナジル人は誓願期間中、死者による汚れを受けてはならない。トーラ(モーセ五書)に次のように書かれている。
6主に献身している期間中、死体に近づいてはならない。 7父母、兄弟姉妹が死んだときも、彼らに触れて汚れを受けてはならない。神に献身したしるしがその髪にあるからである。 8ナジル人である期間中、その人は主にささげられた聖なる者である。
9もし人が思いがけず、突然自分のそばで死んで、献身のしるしである髪を汚したならば、七日目の清めの日に頭をそる。 10そして八日目に、二羽の山鳩ないし家鳩を臨在の幕屋の入り口の祭司のもとに携える。
ナジル人は近親者が死んだ時も遺体に触れてはならないし、同じ屋根の下に入ることも出来ない。「突然自分のそばで死んで」とは、同じ屋根の下にいる状況を指している。
以前の記事で触れたが、死者と同じ屋根の下にいる者は、死者の汚れを受ける。
それは上記にリンクを貼った墓についての記事で確認出来る。だいぶ上になるので、一応ここでまた貼り付けておく。
◉聖書時代の墓の構造と口伝律法:ミシュナ『Bava Batra(バヴァ・バトラ)』から読み解く「空の墓」の真実
https://note.com/mishnah/n/na8818dce81c7
ナジル人はもしも死者による汚れを受けてしまったら、一般の人と同様に7日間の清めの手続きを経る。
ナジル人はそれに加えて、「七日目の清めの日に頭をそる」。Chol HaMoedで許されているのは、これである。この7日目がChol HaMoedの期間に来たならば、彼は頭の毛を剃ってよい。
次である。
これらの者は洗濯してもよい。外から帰国した者。捕虜になっていたが解放された者。牢獄から釈放された者。共同体から断たれていたが、ラビたちから赦免を受けた者。同様にラビによって誓いが解かれた者。・・・(後略)・・・
ここで分からないのは、最後の「ラビによって誓いが解かれた者」だけであると思う。
誓いを立てた本人は、その誓いによって起きている不都合を予見していなかったことを陳述し、無効化を求めることが出来る。
無効判断をするのは3人判事の法廷、もしくは1人のラビによる。
ここは次のような状況である。ある者が「祭りの終わりまで、私は服を洗わない」という誓いを立てたとする。
祭りが近づき、本来なら準備をすべきタイミングになっても、彼はこの誓いの為に身なりを整えることが出来ない。
彼は「その誓いによって起きている不都合を予見していなかったことを陳述し、無効化を求める」ことになる。
この場合、もしも無効判断が下るなら、彼はChol HaMoedでも洗濯を許されるという事である。
誓いの無効判断についても、以前記事にしている。ご存知ない方はそちらも参照して欲しい。
◉イエスも驚く? 親不孝な誓いは取り消せる、ユダヤの法廷の懐の深さ
https://note.com/mishnah/n/nb2a23491c5c4
今回の解説は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉三大祭りの法理学全説:トーラとミシュナから復元する過越祭・除酵祭(Pesach:ペサハ)、七週祭(Shavuot:シャヴオット)、仮庵祭(Succot:スコット)(全18記事・完結)
https://note.com/mishnah/n/n8fa728c36e30
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
