ミシュナ『Tamid(タミッド)』篇・逐条完全解説第11回:聖所に響く合図の音と、神の臨在を示す『西側の灯火』の秘儀(5章6節〜6章1節)
*ミシュナ『タミッド』篇・逐条解説のシリーズ第11回。
本稿では、エルサレム中に響き渡ったという「シャベルの音」が持つ法理的意味から、ニカノールの門における、maamad(マアマド)の長による汚れを負った祭司の招集、menorah(メノラー:七枝の燭台)の「西側の灯火」が守るべき神の臨在までを網羅します。
2,000年前の「律法の現場」を一次史料に基づき冷徹に再現し、日本語圏における聖書学・神殿学の空白を埋める、手加減なしの完全解説です。
はじめに:前回の振り返り
前回は、献香奉仕に用いる祭具、献香に用いる炭の取り分け、安息日に用いる銅のポットについて扱った。以下、これまでのくじ引きの概要と共に、それぞれの項目の要点を振り返る。
【1】1番目~4番目のくじ引きの概要
1番目のくじ:terumat hadeshen(テルマット・ハデシェン)を取る奉仕。
2番目のくじ:献げ物を祭壇のスロープまで運ぶ奉仕(9名)
3番目のくじ:献香奉仕。非常に名誉な奉仕であるため、一度も経験したことがない者だけがくじに参加できた。
4番目のくじ:スロープに置かれた部位を祭壇の上まで運ぶ担当を決めた。2番目のくじでスロープへ運んだ祭司と同じく9名を選ぶ。
この内、前回は特に3番目の奉仕について詳述した。
【2】献香奉仕の器具
献香に際しては、「カフ(kaf)」と「バズィーフ(bazich)」という2つの金製スプーン状器具が使用された。
外側のカフ(kaf): 容量3カヴ(約5〜6リットル)の大型容器である。
内側のバズィーフ(bazich): 実際に香料が盛られる小さな容器で、蓋とリングが付いている。
【3】炭の取り分け
聖所内の金の祭壇で香を焚くための炭を、外の祭壇から運び出す。
祭司はまず銀のシャベル(容量4カヴ)で良質な炭を掬い取り、下りてからそれを金のシャベル(容量3カヴ)に移し替える。
容量差によって溢れる1カヴ分の炭は、床に撒き散らされた後、水路へ掃き落とされた。
【4】安息日の規制と「巨大な銅のポット」
安息日には「火を消すこと」や、仕事道具など(muktzeh:ムクツェ)を動かすことが禁じられるため、平日のような炭の処理が出来ない。
そこで、「巨大な銅のポット(釣り鐘状のもの)」を上から被せた。このポットは容量約120〜130リットルと巨大であり、転倒防止の為に2本の鎖を使い、2人の祭司で操作した。
3つの用途があった。
①溢れた炭を覆う(安息日)。
②sherertz(シェレツ:這うもの)の死骸を覆う(安息日)。
③祭壇から灰を下ろす。
上記の内容について不安を感じる方は、以下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Tamid(タミッド)』篇・逐条完全解説第10回:(副題)――金銀のシャベルの容量差と安息日の制約、sherertz(シェレツ)の死骸を覆う銅のポットの多目的運用(5章4節〜5章5節)
https://note.com/mishnah/n/n48516d829eb8
今回はその続きである。「tamid(タミッド)」5章6節から始める。
聖所に響く「シャベルの音」――祭司・レビ人・maamad(マアマド)への三つの招集
彼らは神殿の入口と祭壇の間に来る。ひとりの祭司がシャベルを取り、入口と祭壇の間に投げる。
このシャベルの音の為に、エルサレムでは仲間と話している時に声が聞こえない。この音は3つの目的がある。祭司はその音を聞くと、仲間の祭司たちが神殿に入って礼拝に来ていることを知り、駆け付ける。レビはその音を聞くと、仲間のレビ人たちが神殿に入って賛美に来ていることを知り、駆け付ける。maamadの長は汚れを負っている祭司たちを東の門に集める。
まず冒頭の「彼ら」であるが、献香の奉仕をする祭司と、外の祭壇から炭を取った祭司と思われる。
「ひとりの祭司がシャベルを取り、入口と祭壇の間に投げる」とあるのは、彼らの内のどちらかなのかもしれないが、補助する祭司である可能性もある。
投げられるシャベルは祭壇で炭をかき分ける為のシャベルとは別のものとされる。つまり音を立てる為のものである。
「エルサレムでは仲間と話している時に声が聞こえない」という表現は、このシャベルが立てる音が如何に大きなものであったかを示している。
「この音は3つの目的がある」という。この音を聞いた人々は、それぞれの役割に応じて直ちに行動を開始する。それは祭司、レビ人、maamadの長たちへの合図である。1つずつ確認する。
①祭司
聖所には定められた時でないと入ることが出来ない。この時、奉仕にあたっていない祭司たちも聖所の中に入り、礼拝することが許される。
②レビ人
レビ人たちは、賛美の歌(詩編)を歌う時間になったことを知る。彼らも祭司たち同様、奉仕の前にはmikvehで体を清めなくてはならない。
③マアマド(maamad)の長
神殿で献げ物に献げる時、当事者の立ち会いが要求される。この原則に拠るなら、イスラエルの共同体全体の為の献げ物は「全体の為」である以上、民全員が神殿に立ち会うべきだが、物理的に不可能である。
そこで、イスラエル全体を24のグループに分け、当番制で「国民の代表」として神殿に送り込む仕組みを作っている。このグループのことをmaamad(マアマド)と呼ぶ。
maamadについては以前の記事で詳しく説明している。まだ知識に不安のある方は下のリンクから確認して欲しい。
◉maamad(マアマド)の構造と法理 ― ミシュナ『Taanit(タアニート)』が解き明かす神殿奉仕と地方礼拝の同期システム
https://note.com/mishnah/n/n83b1fe6c90cb
maamadの長と「東の門」――汚れ(tamei)を負った祭司たちの公示
その長は、その日に儀礼的な汚れを負って(tameiになって)、奉仕に参加できない祭司たちを「東の門」に集める。その理由は確定的には分かっていないが、下の2つが考えられている。
①祭司たちは「汚れ」という正当な理由で奉仕出来ないことを公に示す為。
②適切に汚れを避けなかったことで、本人たちを当惑させる為。
祭司たちが集められる「東の門」については、女性の庭の入口の門、あるいはイスラエルの庭、祭司の庭の入口にあるニカノールの門のどちらかが主張されている。
この内有力視されているのは、ニカノールの門の方である。下の図を確認して欲しい。

赤いしるしがニカノールの門のある所である。
以上で5章の内容を終えた。続いて6章に入る。
聖所再入場と清掃の完遂
彼らは神殿入口の階段を上る。金の祭壇とmenorahを綺麗にする奉仕を得た2人の祭司は、彼らの前を進む。金の祭壇を綺麗にする祭司は聖所に入ると籠を取り、礼拝して外に出る。menorahを綺麗にする祭司は聖所に入り 、もし東側2つのランプが燃えているのを見たなら、その火皿を綺麗にし 、西側のランプは燃えたままにする。なぜなら祭司はそれから火を取って、午後に他のランプの火を灯すから。もし西側のランプが消えているなら、その灰を片付け、外の祭壇から火を取って来て灯す 。彼は2段目に置いた壺を取り、礼拝して出てくる。
この付近の流れは複雑である。
「彼らは神殿入口の階段 を上る。金の祭壇とmenorahを綺麗にする奉仕を得た2人の祭司は、彼らの前を進む」とあるのは、金の祭壇とmenorahを綺麗にする奉仕の2人の他、彼らと一緒に中で礼拝する祭司たちが続いていることを言っている。
金の祭壇の籠(teni)の回収
次の「金の祭壇を綺麗にする祭司は聖所に入ると籠を取り、礼拝して外に出る」この祭司は、2回目のくじ引きで「金の祭壇の清掃:1人。聖所の中」にあたったのと同じ祭司と思われる。
ただしこの辺りの役割分担になると、専門家の間で色々言われており、確定するのが困難であるとの印象を受ける。以下もその積りでいて欲しい。
1回目の掃除の時、外の祭壇では他の祭司たちが小羊を屠り(shechitahを行い)、各部に分割していた。その時の模様は以下の通りであった。
金の祭壇を綺麗にする祭司は、入っていき、籠を自分の前に置く。灰をすくって籠の中に入れる。最後に残った灰を掃いて中に入れ、籠を置いて外に出る。
この時の彼の手順は以下の通りであった。
①金製の籠(teni)を祭壇の前に置く。
②祭壇にたまった香の燃え残り(灰)をすくって、teniの中に入れる。
③細かく散らばった灰を丁寧に掃き集めてteniの中に入れ、籠をそこに残したまま退出する。
今回(2回目)、再び聖所に入って来て、この籠(teni)を取り、礼拝して出ることになる。
他方、menorahを担当している祭司の方についてだが、こちらも混乱する内容である。上記「tamid」6章1節を再掲する。
menorah「西側の灯火」の神秘――神の臨在を証しする消えない火
祭司は聖所に入り 、もし東側2つのランプが燃えているのを見たなら、その火皿を綺麗にし、西側のランプは燃えたままにする。なぜなら祭司はそれから火を取って、午後に他のランプの火を灯すから。もし西側のランプが消えているなら、その灰を片付け、外の祭壇から火を取って来て灯す 。彼は2段目に置いた壺を取り、礼拝して出てくる。
この「東側2つのランプ」という言い方が困難であり、専門家の解釈も一定していない。しかしもっともありそうなのは、これは中央のランプと、その東隣のランプを指している。写真の通りである。

1回目の時点では、その他の5つのランプの火皿を綺麗にしていた。ここではその時に触らなかった残りの2つを確認する。
ただし「西側のランプ」、つまり中央のランプは決して消すことはしない。この灯火は、夕方に他のランプと同じ量の油を入れるにもかかわらず、翌朝になっても、さらには夕方になっても燃え続けていたという伝承(奇跡)がある。この「消えない火」こそが、イスラエルのうちに神の臨在が留まっている証拠とされ、特別扱いの理由にもなっているものである。
これらの奉仕の前提となる、聖所における1回目の奉仕については、以前の記事で詳しく解説している。不安を感じる方はそちらを確認して欲しい。
◉ミシュナ『Tamid(タミッド)』篇・逐条完全解説第7回:聖所開門の号砲とmenorah(メノラー)の「西側の灯火」――(3章6節〜9節)
https://note.com/mishnah/n/n308388c896a9
もしも西側のランプ(中央のランプ)が消えているなら、その灰を片付け、外の祭壇から火を取って来て灯す。これは夕方に他のランプを点灯する時、種火とする為である。
この祭司は2段目に置いていた壺(kuz)を取り、礼拝して出てくる。
menorahは1.5~1.6メートル程の高さであるので、その前には3段の石の階段が据えられていたのであった。その2段目に置いていた壺(kuz)である。
次に進む。
献香の最終準備――金の祭壇に広げられる炭の絨毯
金のシャベルの奉仕を得た祭司は、金の祭壇の上に炭をのせる。シャベルの底で平らにならし、礼拝して出る。
これは第3のくじ引きで決まった祭司である。彼は祭壇から取ってきた炭を金の祭壇の上にのせる。
この時ただ置くのではなく、金の祭壇の中央で、シャベルの底を使って平らに広げる。この後担当の祭司が香を振りかけた時、一気に豊かな煙が立ち上るようにする為の準備である。
この祭司も「礼拝して出る」。作業が終わるとすぐに神にひれ伏して敬意を表し、速やかに退出する。
今回の解説は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Tamid』法理研究
https://note.com/mishnah/n/ne0f9ce5dd9f8
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
