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ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第24回:『Shabbat』第12章2節における「耕作」の最小有責基準と、意図(目的)に基づく派生作業(toladot)のハラハー検証

*本稿は口伝律法ミシュナ第2部『Moed(モエド)』に属する『Shabbat(シャバット)』の第24回目の解説である。

 今回は『Shabbat』12章2節を取り上げ、通常想定される「書くこと」への移行ではなく、なぜ「耕すこと(2番目のavot melachah)」が検証対象に選ばれたのか、その編集意図を「穴の増減・充填」という物理的性質の対比から解明する。

 さらに、「除草」「乾いた枝の梳き(剪定)」「木材・雑草の収集」といった農作業系禁止行為の最小有責基準を精査。同じ物理的行為であっても、行為者の「意図(目的)」によって該当する派生作業(toladot)が「種を蒔くこと(1番目)」「耕すこと(2番目)」「刈り入れること(3番目)」へと変遷する法理を網羅。

 特に、自己所有の木と他人所有の木の差異、およびハラハー上の最重要原則である「psik reishah(プシック・レイシャ:不可避の副次的禁止行為)」の適用境界について、Rashi(ラシ)やRambam(マイモニデス)による古典註解の対比を通じて、日本語圏において聖書学・ユダヤ教法理研究の知見を提示する。


前回の振り返り:ミシュナ『Shabbat』第12章1節「建設」の最小有責基準と「最後の仕上げ」のtoladot検証

 前回はミシュナ『Shabbat』第12章1節に基づき、安息日の主要な禁止作業(avot melachot:アヴォット・メラハー)のうち、34番目の「建てること」と、それに関連する38番目の「最後の仕上げをすること」の法理を解説した。

 主な内容は以下の通りである。

【1】「建てること」の最小基準量(12章1節)

 領域間移動(運搬)とは異なり、「建てること」に関連する特定の作業は、「どの程度であっても(微量であっても)」有責(chatatの義務)になると規定されている。

①石を刻むこと

 石を四角く切ったり滑らかにしたりする準備行為。

②ハンマーで打つこと

 採石の最終段階で石を切り離す一撃。

③斧で打つこと・錐(きり)で穴を開けること

 錐で穴を開けることについては、建物にされた場合、34番目の「建てること」と38番目の「最後の仕上げをすること」の2つのtoladotに触れると見なされる。

【2】「仕事の永続性」という判定基準

 「どの程度でも有責」とされる背景には、作業の量よりも「その効果が永続するかどうか」という客観的な基準がある。

①永続性の定義

 その作業に対してそれ以上手を加えずに、現在の形のままで保持しようとする人が世の中に一人でも存在するならば、その仕事は「永続的」であり、重要性を持つと見なされる。

例)材木に5センチの穴を開けた場合、作業者本人がさらに深く掘るつもりであっても、その深さで利用する人が世の中にいるならば、その時点で有責となる。

②異論

 作業者本人が安息日中に一定の目的に達していない(作業の途中である)場合は有責にならないとする解釈もある。

【3】「最後の仕上げ」との関連性

 ミシュナの編集構造において、運搬の規定の後に「建てること」が配置されているのは、38番目の仕事である「最後の仕上げをすること」との本質的な関連があるためである。

 特に「穴を開ける行為」について、Maimonides(Rambam)は、建物に対して行えば「建設」と「仕上げ」の両方の禁止に触れるが、それ以外の物への穴開けは「仕上げ」のみの有責性を問われるとしている。

【4】少数意見:金床を叩く行為

 ラッバン・シモン・ベン・ガマリエルによる、鍛冶屋の作業に関する特殊な見解が紹介されている。

①見解

 加工対象の金属ではなく、「金床(かなとこ)」を叩く行為も有責である。

②理由

 ハンマーの面の凹凸を平らにして仕事を改善する目的があるため(幕屋建設時の習慣に由来)。

③結論

 RashiやRambamはこの行為をmelachahとは見なしておらず、現在のハラハーとしても採用されていない。

 以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第23回:『Shabbat』第12章1節における「建設すること」の最小有責基準と「最後の仕上げをすること」のtoladot検証

https://note.com/mishnah/n/n58833157a177


ミシュナの編集構造:なぜ「建てること」の次に「耕すこと」が検証されるのか


 今回はこの続きで、「Shabbat」12章2節を扱う。

 前回は安息日に禁止されるmelachahの38番目である「最後の仕上げをすること」と、それに関連する代表的なmelachahである「建てること」(34番目)について扱った。

 この流れで行くと、33番目の「書くこと」に移りそうなものであるが、ミシュナの編集者は「耕すこと」に移っている。なぜなら「耕すこと」はある意味で「建てること」の反対の性質を持つ作業であるから。
「建設」が一般的に穴を埋めたり構造物を繋いだりする行為であるのに対し、「耕作」は穴を掘ったり、そこにあるものを減らしたりする作業である。従って「Shabbat」12章2節で「耕すこと」が検証されているという見方である。

 しかし別の見解もある。本節で「耕すこと」が選ばれているのは、どちらも「穴を掘る・埋める」という行為を伴う点で共通しているからというものである。

 「耕すこと」は安息日に禁止されるmelachahとして、「Shabbat」7章2節では2番目に列挙されている。

『Shabbat』第12章2節:本文引用と「耕作」における最小有責基準の法理

 以上を前提に「Shabbat」12章2節の本文を引用する。

 どの程度でも耕す者、除草する者、乾いた枝を梳く者、若枝を剪定する者は、どの程度でも有責である。

(Shabbat 12:2)

 順番に確認する。

 「耕すこと」について、如何なる程度でも行った者は有責である。臨在の幕屋(Mishkan:ミシュカーン)において、染料となる植物の茎を一株植えるのに、穴は極めて小さいもので足りたことによる。

 この点、「ある領域から別の領域への運搬行為」において、1粒の種を運ぶことは有責とはならず、2粒から有責とされた。種蒔きの行為として1粒は意味のある行為とは見なされず、2粒から意味を持つと見なされるからである。

 しかし耕作行為においては、たとえ一連の溝を掘る場合であっても、穴は一つずつ個別に掘る必要があり、それぞれの穴を掘る行為自体が「重要な活動」である。そのため、1粒の種のための最小限の耕作であっても有責となる。

農作業系禁止行為の分析:「除草」「梳き」「剪定」におけるtoladotの帰属分類


 次の「除草すること」は、植物の間に生えた雑草を引き抜くことである。雑草を抜くことで、残された植物の成長を促すので、「種を蒔くこと」のtoladotとする見解もある。「種を蒔くこと」は禁止される1番目のmelachahである。

 除草の為に根の周りを掘る行為は、土壌を改善するためのものであるため、「耕すこと」のtoladotと見なすことも出来る。

 次の「乾いた枝を梳くこと」とは、枯れた枝を切り取ることを指す。枝を切ることで木の成長が刺激されるため、事実上「木にさらなる成長を促している」ことになり、「種を蒔くこと」のtoladotとして有責である。

 Rambam(Maimonides)はこの箇所を、野草や草を刈り取って土壌の状態を良くすることと解釈しており、その場合は「耕すこと」のtoladotとなる。

 次の「若枝を剪定すること」とは、数が多すぎて木の勢いを弱めている余分な若枝を切り取ることを指す。

 以上4つの行為、すなわち耕すこと、除草すること、乾いた枝を梳くこと、若枝を剪定することは程度を問わずに有責となる。

ハラハーの核心:行為者の「意図(目的)」によるtoladot(派生作業)の多重性と境界線


 先に進む前に注意するべき点が1つある。

 ある行為がどのmelachahの派生作業(toladot)に該当するかという判断は、しばしばその行為を行う者の「意図」が基準になる。 全く同じ行為であっても、ある時にはあるmelachahのtoladotと見なされ、別の時には別のmelachahのtoladotと見なされることがある。

 これは、1つの行為が同時に2つの目的を達成する場合に起こる。
「木から枝を切り落とす行為」を例にすると、この行為によって、以下の2つの結果が生じる。

(a) 木の成長が促される。

(b) 木材が収集される。

 この事例がどのmelachahに属するかは、枝を切る者の意図に基づいて判断される。

 意図が剪定にある場合、その行為は「種を蒔くこと」のtoladotに該当する。

 他方で意図が木材の収集にある場合、その行為は「刈り入れること」のtoladotに該当する。「刈り入れること」は3番目のmelachahである。

 最後に意図がその両方である場合、その行為は、上記両方のmelachahのtoladotとして分類される。

木材収集の法理:目的別最小基準量とRambam(マイモニデス)による「束ねること・集めること」の解釈


 以上を前提に「Shabbat」12章2節の先に進む。

 木材を集める者、もしその目的が改良であるなら、如何なる量であれ彼は有責である、もしその意図が火を点けることにあるなら、彼は有責である、如何なる量であれ有責である、簡単な卵料理を作る為に。

(Shabbat 12:2)

 ここでは木材を集めることが問題になっている。

 木から枝を切り落として集める行為について、その「意図」によってmelachahのカテゴリーと有罪となる量が異なる。

 「もしその目的が改良であるなら」とは、木の成長を促すのが目的であれば「種を蒔くこと」、畑の状態を良くするのが目的であれば「耕すこと」について有責となる。有責となる分量は問われない。たとえわずかであっても、これらの目的の為に枝を切るなら、有責になる。

 「もしその意図が火を点けることにあるなら」と伐採の意図が薪を得る意図の場合、「簡単な卵料理を作る為の量」で有責となる。「簡単な卵料理を作る」という表現があいまいだが、卵全体を指していない。干しイチジク1個分の分量を調理するのに十分な枝の量という事である。

 なお、この卵は鶏の卵とされている。なぜならあらゆる卵の中で、鶏の卵が最も容易に調理出来るからである。

不可避の禁止行為:psik reishah(プシック・レイシャ)の原則と所有権による有責性の差異


 ここで1つ問題にしなくてはならないことは、意図しない副次的利益である。

 自分が所有している木から薪を得るために枝を切る場合、本人の主たる目的が「薪」であっても、結果として「剪定」という恩恵も受けることになる。

 彼はこの意図していない「剪定」についても、「種を蒔くこと」というmelachahのtoladotを行ったとして、有責になる。

 これはpsik reishah(プシック・レイシャ)の原則に拠っている。psik reishahとは、ある行為を行う際、その結果として、禁止された行為が不可避に発生してしまう状況を指す。

 今の場合、木から薪を得るために枝を切っているのだが、不可避的に剪定というtoladotを行っている。彼は意図的に剪定を行っているのと同様に、この点について有責である。

 結果的には、自分が所有している木から薪を得るために枝を切る場合、「刈り入れること」という3番目のmelachahについて有責であり、かつ「種を蒔くこと」という1番目のmelachahのtoladotについても有責となる。

 もしも切っている枝の木が他人所有である場合、剪定による利益を本人が得ないため、「種を蒔くこと」の責任は生じない。

 Rambam(Maimonides)はこの点で別の見解を唱えており、彼は本箇所のミシュナでは「すでに地面に落ちている木材を集める行為」を指していると解釈している。

 この場合、melachahの4番目である「束ねること・集めること」に該当する。同時に、彼のしたことは付随的には土壌の為の作業も兼ねていることになるので、「耕すこと」の利益も得ていることになる。

 または、枝の下に植物があるなら、その成長を促しているので、「種を蒔くこと」のmelachahにも触れていることになる。

土壌改良(耕作)と秣利用(束ねること)の有責分量対比


 「Shabbat」12章2節の最後には次のように書かれている。

 雑草を集める者、もしその意図が改良であるなら、彼は如何なる量であれ有責である。もしその意図が秣であるなら、子山羊が口いっぱいになる程度で有責である。

(Shabbat 12:2)

 ここではRambamの説に従い、既に抜かれた草を集める場面を想定する。もしもその意図が土壌の為であるなら、「耕すこと」のmelachahに触れることになり、分量を問わずに有責である。

 その意図が家畜の秣にすることにあるのなら、「束ねること・集めること」のmelachahに触れる。子山羊の口いっぱいの分量で有責となる。

 最後に「何番目のmelachah」という仕方で度々説明したので、「Shabbat」7章2節の安息日に禁止されたmelachahのリストを一部引用しておく。

 主要な仕事は40マイナス1である。1、種を蒔くこと、2、耕すこと、3、刈り入れること、4、束ねること・集めること、5、脱穀すること、6、簸る(ひる)こと・・・(中略)・・・34、建てること、35、壊すこと、36、消すこと、37、点灯すること、38、最後の仕上げをすること、39、領域から領域へ運ぶこと。これらが主要な仕事で、40マイナス1である。

(Shabbat 7:2)

 今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉【シリーズ目次】ミシュナ『Shabbat』法理研究

https://note.com/mishnah/n/n96f434acde54


 全記事の目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)

https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334

(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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