Yom Kippur(ヨム・キップール:贖罪日)の法理と構造 14回目:レビ記16章とミシュナ「Yoma」の構造的相違:白の祭服と金の祭服を巡る着替えの法理及び至聖所奉仕の時系列再構成
*本稿は「ヨム・キップール(Yom Kippur:贖罪日)」の祭儀構造を、旧約聖書(トーラ)レビ記16章と、その実効的解釈を規定する口伝律法ミシュナ「Yoma(ヨマ)」篇の原典に基づき解説するシリーズである。
今回はヨム・キプール祭儀の後半(レビ記16章23~25節)における大祭司の動線を、ミシュナ「Yoma(ヨマ)」7章に基づき、厳密に解明する。一般に流布する聖書解説が看過しがちな、トーラ記述の非時系列性と、口伝律法が規定する実効的奉仕手順の乖離を詳解。また白の祭服と金の祭服の着替えに伴う計5回のmikvehと手足の清めの全工程を、神殿内の空間的相関と共に再構築する。日本語圏における聖書学・ユダヤ教法理の再構築を目的とした、手加減抜きの専門的考証である。
前回の総括:女性の庭での聖書朗読と同時並行奉仕の同期
前回は以下の内容を確認した。
【1】女性の庭での聖書朗読とプロトコル
アザゼルの雄山羊が目的地に到着した知らせを受けると、大祭司は「女性の庭」へ移動し、レビ記を朗読する。
トーラの巻物は、シナゴーグの助手(chazzan:ハッザン)から責任者、総代理を経て大祭司へと手渡される。これは大祭司職と神の言葉への敬意を示すための儀礼的な手順である。
大祭司は起立して巻物を受け取り、レビ記16章(贖罪日の規定)と23章(断食と安息の規定)を朗読する。
【2】mussaf(ムーサフ)の暗唱と例外規定
巻物による朗読の後、大祭司は巻物を胸に抱き、民数記29章mussaf(ムーサフ)を暗唱する。
本来、公の場でトーラを暗記で唱えることは禁じられているが、ここでは例外中の例外として認められている。
【3】八つの祝福の祈り
朗読の後、大祭司は以下の8つの項目について祈りを捧げる。
①トーラ、②献げ物の奉仕、③感謝、④罪の赦し、⑤神殿、⑥イスラエル(およびエルサレム)、⑦祭司、⑧その他の必要、の計8項目である。
【4】祭儀の同時並行性と空間的制約
大祭司が「女性の庭」で朗読を行っているのと同時に、エルサレムの外(宿営の外)では、先に屠殺された雄牛と雄山羊の肉を焼却する奉仕が進行している。
これら2つの奉仕を見ることは禁止されているわけではないが、物理的に距離が離れており、かつ同時に行われるため、群衆が両方の儀式を同時に見ることは出来ない。
このように、ヨム・キップールの後半祭儀は、神の言葉の朗読と、肉の焼却が、神殿の内外で緻密な時間管理のもとに同期して進められていた。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉Yom Kippur(ヨム・キップール:贖罪日)の法理と構造 13回目:ヨム・キップール祭儀における同時並行奉仕の法理:mussaf(ムーサフ)暗唱の例外規定と神殿内外の空間的相関
https://note.com/mishnah/n/n83ad6750ccc1
今回はその続きである。
ミシュナ・ヨマ7章1節, 7章3節に見る朗読時の衣の選択と清めの法理
大祭司が亜麻布の祭服を着てトーラを朗読したならば、手足を洗い、祭服を脱ぎ、下りて身を清める。それから上っていき、身体を乾かす。彼らは大祭司に金の祭服を持って来る。彼はその祭服を着て、手足を洗う。
ここでは、朗読の後に祭服を着替えることを言っている。
一方、前回は次のミシュナを扱った。
大祭司は朗読の為に来る。もし望むなら祭服を着てする。そうでないなら、自分の白いローブを着てしてもよい。
朗読の時、白い祭服を着るか、自分の白いローブでするかは、選択出来た。本節では白い祭服を着たまました場合について言っている。
「大祭司が亜麻布の祭服を着てトーラを朗読したならば、手足を洗い、祭服を脱ぎ、下りて身を清める」とは、もし白の祭服で朗読したならば、その後に「手足の洗い→白い祭服を脱ぐ→mikveh→金の祭服を着る→手足の洗い」を行うことを示している。
もしも朗読を白いローブで行ったのなら、白い祭服を脱いだ時に「手足の洗い→祭服を脱ぐ→mikveh→白いローブを着る→手足の洗い」を行う。
白のローブから金の祭服へ着替える時には、手足の洗い、mikvehは行わない。以上の内容は次のようにまとめられる。
【1】朗読を白の祭服で行った場合
(朗読をする)
①手足の洗い
②白い祭服を脱ぐ
③mikveh
④金の祭服を着る
⑤手足の洗い
【2】朗読を白のローブで行った場合
①手足の洗い
②白い祭服を脱ぐ
③mikveh
④白のローブを着る。朗読する。
⑤金の祭服へ着替える
⑥手足の洗い
手洗いとmikvehの場所については、以前の記事でまとめたが、ここで再掲する。それぞれ復習を兼ねて神殿のどこで行われたのか確認するといいだろう。
1回目のmikveh(水の門の上)、金を着用
2回目のmikveh(パルヴァの部屋)、白へ着替え
3回目のmikveh(パルヴァの部屋)、金へ着替え
4回目のmikveh(パルヴァの部屋)、白へ着替え
5回目のmikveh(パルヴァの部屋)、金へ着替え
現在は3回目のmikveh、金へ着替えたところである。
次へ進む。
この前後の時系列は次の通りになる。
㉗トーラを朗読する。
㉘身を清める(3回目)。金の祭服を着る。
㉙大祭司の焼き尽くす献げ物としての雄羊を祭壇上で燃やす。
㉚民の焼き尽くす献げ物としての雄羊を祭壇上で燃やす。
㉛至聖所及び聖所で血を振りかけた雄牛と雄山羊を祭壇上で燃やす。
つまり、金の祭服に着替えた後、次の3つの奉仕をする。
金の祭服への着替えと3つの奉仕(㉙〜㉛):大祭司と民の焼き尽くす献げ物、贖罪の献げ物
㉙大祭司の焼き尽くす献げ物としての雄羊を祭壇上で燃やす。
㉚民の焼き尽くす献げ物としての雄羊を祭壇上で燃やす。
㉛至聖所及び聖所で血を振りかけた雄牛と雄山羊を祭壇上で燃やす。
これは、トーラ本文では次のように書いている。
24自分の焼き尽くす献げ物と民の焼き尽くす献げ物をささげ、自分と民のために贖いの儀式を行う。25また、贖罪の献げ物の脂肪を祭壇で燃やして煙にする。
25節の「贖罪の献げ物」とは、至聖所及び聖所で血を振りかけた、雄牛と雄山羊のことを指している。
次である。ここはヨム・キップール随一の難所であるので、心して欲しい。
レビ記16章の難所:記述順序と実際の時系列の再構築
大祭司は手足を洗い、祭服を脱ぎ、下りて身を清める。それから上っていき、身体を乾かす。彼らは大祭司に白の祭服を持って来る。彼は祭服を着て、手足を洗う。
大祭司は至聖所に入り、カフとシャベルを取る。
1段落目は上記の表の「4回目のmikveh(パルヴァの部屋)、白へ着替え」である。特に説明の必要は無い。
2段落目の「カフ(kaf)とシャベル」であるが、至聖所の献香で用いた祭具である。kafの中にはbazich(バズィーフ)がはめ込まれていた。
復習だが、献香によって至聖所の中には香が充満し、契約の箱も見えないくらいになっていた。その後で、雄牛と雄山羊の血が振りまかれたのである。
この辺りの知識が不安な方は、以下のリンクから確認して欲しい。
◉Yom Kippur(ヨム・キップール:贖罪日)の法理と構造 8回目:レビ記16章およびミシュナ「Yoma」に基づく至聖所奉仕
https://note.com/mishnah/n/n010033c04b68
香に用いた祭具をこの時点で取って来ることになる。
従って、次の点に最大限の注意をして欲しい。トーラの記述は時系列で書かれていない。トーラでは次のように書かれている。
至聖所祭具(kaf[カフ]とシャベル)の回収と第4・第5のミクヴェ
23アロンは臨在の幕屋に戻り、至聖所に入るときに身に着けていた亜麻布の衣服を脱いでそこに置き、 24聖域で身を洗い、自分の衣服に着替え、外に出て自分の焼き尽くす献げ物と民の焼き尽くす献げ物をささげ、自分と民のために贖いの儀式を行う。 25また、贖罪の献げ物の脂肪を祭壇で燃やして煙にする。
これを時系列で並べると、以下の通りになる。
【1】24節前半(金の祭服へ着替え)
【2】24節後半(自分と民の焼き尽くす献げ物)
【3】25節(雄牛と雄山羊の贖罪の献げ物)
【4】23節(白の祭服へ着替えて、至聖所へ入る)
この順番に注意して欲しい。そして、次の点にも最大限注意しなくてはならない。
レビ記本文を見ると、「アロンは臨在の幕屋に戻り、至聖所に入るときに身に着けていた亜麻布の衣服を脱いでそこに置き」(23節)とあることから、白の祭服を脱ぐ為に至聖所に入るかのようである。
しかしこれは絶対にあり得ない。
そこで、上述の通り、「至聖所で焚いていた香の道具を持ち出す為に白の祭服に着替え、出て来る」という意味に解釈されている。
この点について「Yoma」7章4節を再掲して確認しよう。
大祭司は手足を洗い、祭服を脱ぎ、下りて身を清める。それから上っていき、身体を乾かす。彼らは大祭司に白の祭服を持って来る。彼は祭服を着て、手足を洗う。
大祭司は至聖所に入り、カフとシャベルを取る。
これは4回目のmikvehである。4回目のmikvehの後、至聖所に入って祭器具を取る為だけに白の祭服に着替え、持ち出し、その後5回目のmikvehに入る。
大祭司は手足を洗い、祭服を脱ぎ、下りて身を清める。それから上っていき、身体を乾かす。彼らは大祭司に金の祭服を持って来る。彼は祭服を着て、手足を洗う。
これは最後のmikvehである。
今回の内容は以上になる。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉ 【シリーズ目次】ミシュナ『Yoma』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n7222129b891f
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
