子どもの熱でゲームオーバー。ワーママが無理ゲーだと気づいた日
こんにちは、いとです。
ワーママ時代に、どうにもならなかった出来事がありました。
営業職×ワーママであることに、心が折れた日のことを書いていきます。
保育園からの呼び出しで、仕事が止まる
ある日のお昼、保育園からの電話に「また熱だ」と思いながら、手帳を確認しました。
明日はどうしても仕事を休めない。
保育園からの電話を切ったあと、上司に連絡。
そして、夕方に行く予定だった取引先に連絡を入れて、保育園へ。
子どもは顔を真っ赤にして、ぐったりした様子でした。
チャイルドシートに子どもを乗せた後、ずっと手帳とスマホでスケジュールを見ている私。
明日は大事なアポイントが入っている。
1ヶ月前に自分でお願いして、自分で取った時間。この予定は崩したくない。でも、子どもの看病がある。
「大丈夫?きついね。」と子どもに声をかけながら、頭の中は仕事のことでいっぱいでした。
まずは病児保育を仮予約
すぐに、病児保育の予約サイトを開きました。
この時点で、すでに空きは残りわずか。とりあえず仮予約をしなければ、預ける先がなくなってしまいます。
仮予約を済ませたら、次は小児科へ。
診断書を書いてもらわないと正式予約ができないからです。
病児保育とは、子どもが病気のときに預けられる施設のことです。小児科や総合病院に併設されていて、医師や看護師が常駐していて安心なのですが、利用するには診断書や事前登録が必要。そして、枠も少ないので、すぐに予約が埋まってしまいます。
翌朝には予約枠が埋まってしまう可能性が高いので、今日中にどうにかしたいと思い、午後いちばんで小児科へ駆け込みました。
小児科で「まだ診断書は出せません」
医師から言われたのは、「発熱からの時間が短いから、インフルやコロナの確定診断はできません。明日の朝にまた来てください。」ということ。
「あぁ、そうだった。」と思いました。
当然のことを言われてしまい、自分の焦りと余裕のなさを感じました。
医療的には仕方がない。でも私にとっては、診断書が出ない=預けられない=仕事に行けない、ということです。
上司に明日のアポイントの代打をお願いしてみることにしました。
上司からの厳しい返事
迷ったけれど、上司に連絡してみました。
上司もプレイングマネージャーで、自分の担当先を持ちながら動いています。私の予定は事前に伝えているので、理解してくれていても、常にスタンバイしているわけじゃない。
「ちょっと厳しいな…明日は予定がつまってて」
その一言で、「やっぱりダメか」と思いました。
やっぱり、結局は自分がなんとかしないといけないんだ。
営業職は、基本的にひとりで動きます。
自分の担当=自分の責任です。
こういったことが何度かあり、もう営業からは離れようと思うようになりました。
最後の望み、夫に連絡
夫の職場では突発的に休むことが難しいのは分かっていました。
でも、出産のときは仕事を抜けて来てくれました。命がけの出来事じゃないと、母親のピンチは休む理由にならないんですかね。
世知辛いですね。
ダメもとで連絡してみましたが、夫の返事は「当直で明日は何時に帰れるかはっきり分からない。ごめん。」というものでした。
エッセンシャルワーカーだから、仕方ない。
分かっているけど、やるせなくなりました。
全部私がやらなくちゃ
自分で取った得意先のアポイントに、自分からキャンセルの連絡を入れる。
子どもが一番大事なことは分かっているけど、なんとも言えない気持ちになりました。
仕事も迷惑をかけて、病児保育も使えなかった。
頼れる人がいなかった。
全部自分が悪いような気がして、ひとりで勝手に潰れそうになりました。あの日、私は確実に詰んでいました。
全部が「私ひとりでなんとかする」前提で回っていて、どうにかしようと頑張ってみたけれど、どうにもなりませんでした。
どうしたらよかったのだろう?
誰かに頼ったり、お願いしたり、調整したりすることに、疲れてしまいました。
病児保育も、代打も、夫のサポートも、全部が不確実すぎて、「保育園から電話があったら、もう私が休むしかない」と思うようになりました。
あきらめに近い受け入れです。
この一件があってから、保育園から呼び出しがあったときは、「今日の午後からお休みします。いつまで休むか分かりません。」と上司に伝えるようにしました。
そうすれば、無駄に焦らなくていいし、誰かに何度もお願いするストレスもありません。
でも、営業職として積極的に仕事を取っていくことが怖くなってしまいました。
仕事と育児が両立できる前提条件
私にとって、これはもう無理ゲーでした。やれることは全部やったと思います。
でも、無理でした。
仕事と育児の両立ができるかどうかは、家庭の前提条件次第なのでは、と思います。
実家が近所にあるとか、夫の職場が柔軟で理解があるとか、病児保育が取りやすいエリアだとか。そんな前提条件が整っている人なら、乗り越えられたのかもしれない。
今になって思うのは、「ひとりでなんとかしよう」とするしかなかった当時の自分は、ずっと頑張っていたということ。
あの日の私は、仕事を守るために全力で動いた。
でも、ふと心の中に浮かんだのは「そこまでして、やりたい仕事なの?」という疑問だった。
この疑問が、私の「働く意味」を根底から見直すきっかけになりました。
これは、誰かを責めたい話ではなくて、「無理ゲーだと気づくことも、大事だと思います。」と伝えたくて書きました。
そして、この日の夜、子どもは熱性けいれんを起こし、救急搬送され、そのまま5日間の入院となりました。付き添い入院です。
▼次回、「私のベッドがない!?全然眠れない付き添い入院の話」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました🙇♀️
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