木原敏江『夢の碑 青頭巾』(その二) 欧州を舞台に描かれる二つの美しく哀しき、そして恐ろしい物語
木原敏江による時代ファンタジー連作「夢の碑」のうち、小学館フラワーコミックスα版『青頭巾』収録作の紹介、今回は残る作品――いずれもヨーロッパを舞台とした、しかし趣きは大きく異なる二編を紹介します。
その一はこちら。
「封印雅歌」
武名高き封建領主プロキオン侯亡きあと、弟のロザーヌに家督を譲り、自分は僧院に入った兄のデュアモン。そんな中、二人のおじは家の安泰のために、男色家で有名なブルゴーニュのテオドリック公のもとにロザーヌを送り込もうと画策します。
それに対して、決めるのはロザーヌだと突き放したような態度を取るデュアモン。ロザーヌは自らの額に一生残る深い傷をつけ、公を拒絶するのでした。
その後、人が変わったように乱痴気騒ぎを繰り返すようになったロザーヌ。二人の幼馴染であるセルリアが他人と結婚したことが原因と考えたデュアモンですが、ロザーヌが真に想っていたのは……
15世紀中頃と思しきヨーロッパを舞台とした本作は、本書に収録されているものの、「夢の碑」シリーズ開始の前に発表された作品であり、シリーズ外の作品です(またややこしい……)。
そのためというべきか(?)ファンタジー要素はありませんが、ブルゴーニュの名家を舞台に、妾腹の兄と正妻の子の弟を巡る本作は、これも実に作者らしい耽美的で哀しみに満ちた、そして同時に美しい物語であることは間違いありません。
タイトルの「封印」が指すのは、ロザーヌが自分の額につけた傷のこと。ロザーヌが自ら「誓い」と呼ぶ傷が封印していたものは、一体何だったのか――二人に愛され、そして二人を愛したセルリアが目撃した真実の愛の姿が印象に残ります。
(にしてもセルシア嬢、「壁になっていた」感が強い――というのは、本人もダメージを受けていたので的外れかもしれませんが)
「影に愛された男」
19世紀の中頃、プラーグ大学の花形として活躍するティルマン。生まれついての美貌と、無邪気ともいえる明るさで周囲の目を惹きつけ、放埒に暮らすティルマンですが、ある日、ウィーンから越してきた陰気な青年・カウルと知り合います。
数年前、屋敷が火事となって一族全員を失い、自らも半身に負った大火傷を隠していたカウル。田舎出身で学費にも事欠くティルマンと、使い切れぬほどの財産を持つカウル――正反対の二人は、カウルの方から強く迫って、親友として血の誓いを交わすことになるのでした。
それからほどなく、伯爵令嬢の危機を救って彼女と恋仲になったティルマン。さらに不治の病だったカウルが財産を譲ると遺言して亡くなったため、莫大な財産まで転がり込むという信じられないような幸運に恵まれることになります。
しかしその後、ティルマンは自分の知らぬ間に、自分と瓜二つの偽者が出没していることを知ります。そして偽物を追ったティルマンが知った、恐ろしい真実とは……
「夢の碑」シリーズでは数少ないヨーロッパものの本作は、時代背景と舞台(そしてクライマックスの展開)から察するにドイツ映画『プラーグの大学生』をモチーフとした作品と考えてよいでしょう。
しかし『プラーグの大学生』は(悪魔めいた存在との契約によるものとはいえ)ドッペルゲンガーテーマの物語でした。それに対して本作で描かれる恐怖は、その内容そして何よりもその結末において決定的に異なるものであり、全く別の物語として成立しています。
「夢の碑」のみならず作者の作品では、多くの場合、たとえ悪役といっても、どこか同情できるような哀しみを湛えた存在として描かれています。
しかし本作では、確かに哀しみを背負ってはいるものの、犠牲者に対する悪意を強く前面に出していることで、不気味さと恐怖を感じさせる存在となっているのが印象的です。
そのためもあって、シリーズでも屈指のホラー色の強い、異色作といえる作品です。
その一はこちら。
