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『国宝』を図解してみた。小説、Audible版「国宝 上 青春篇」のあらすじと感想

吉田修一さんの『国宝』。
映画、原作小説、そしてAudible版(尾上菊之助さん朗読)を鑑賞しました。

美しくも哀しい、恐ろしささえ感じる物語に魅了され、この世界をどうにも味わい尽くしたい気分になりました。

そこで、小説『国宝』を図解しながら、自分の言葉であらすじと感想をまとめてみました。まずは、『国宝 上 青春篇』から参ります。

※ネタバレを含みますのでご注意ください。


図解とあらすじ

第一章 料亭花丸の場 〜 第二章 喜久雄の錆刀

第一章と第二章はヤクザの抗争編。

主人公の喜久雄(きくお)は立花組 組長の息子で中学生。歳が近い組員の徳次とは「坊ちゃん」「徳ちゃん」と呼び合う仲。新年会にて、喜久雄は歌舞伎の演目『積恋雪関扉』の遊女墨染を演じ、その場に列席していた歌舞伎役者・二代目 花井半二郎にして「見事」と言わしめる。

そこに突如、因縁があった宮地組からの殴り込み。騒動の中、組長である父・権五郎が命を落とす。ただ、父を殺したのは権五郎の弟分である愛甲会の若頭・辻村だった(これは物語的にも、人生的にも、ずっとずっと後に喜久雄に知らされること)。喜久雄はその真実はつゆ知らず、宮地組への復讐を試みるが、失敗に終わる。

第三章 大阪初段 〜 第四章 大阪二段目

父の仇撃ちに失敗し、故郷長崎から逃げるように大阪にやってきた喜久雄。縁は巡り、歌舞伎役者の二代目 花井半二郎の元に預けられることに。ここで、喜久雄は終生のライバルとなる半二郎の息子・俊介と出会う。

役者の資質を見抜かれた喜久雄は、俊介とともに、義太夫の師匠である岩見鶴太夫、そして半二郎からの厳しい稽古の日々を過ごす。そして稀代の立女形・六代目 小野川万菊と出会い、その舞台に魅了された二人はますます芸の世界に取り憑かれていくことに。

兄貴分の徳次や恋人の春江も大阪に来ていた。さらに大阪で出会った弁天、祇園の芸妓・市駒と、喜久雄を取り巻く人間関係も複雑怪奇なご縁で結ばれるようになっていく。

第五章 スタア誕生 〜 第六章 曽根崎の森の道行

第四章から4年後。

興行会社(スポンサー)「三友(みつとも)」の社長・梅木に目をかけられた喜久雄と俊介は、南座で主役を演じよとの大抜擢。新世代のスタア誕生か、世紀の大コケか。新入社員の竹野からは「歌舞伎なんて、ただの世襲だろ?」と揶揄されもする。しかし、フタを開けてみれば舞台は大成功。喜久雄こと花井東一郎と、俊介こと花井半弥のコンビは一躍スタアに。

そんな中、二代目 花井半二郎が交通事故にあったという一報が入る。大御所 半二郎の代役を誰が務められるのか? それは当然、実の息子である俊介(花井半弥)と思われていたが、半二郎はなんと喜久雄を指名。俊介は喜久雄に対し、「泥棒と一緒やないか!」……「てな感じで、怒ったりしたほうがおもろいんやろうけどな」と苦笑い。

喜久雄も俊介の気持ちを察すれども、大役を務めるプレッシャーと稽古で頭はいっぱい、極限まで心身をすり減らす日々。それでも舞台は大成功、一躍「東一郎(喜久雄)ブーム」が巻き起こる。

そして俊介は、春江(かつて一緒に墨を入れる約束をした喜久雄の元恋人)とともに、大阪から姿を消したのだった。

第七章 出世魚 〜 第八章 風狂無頼

俊介が失踪してから数年後。二代目 花井半二郎は正式に喜久雄を後継者(三代目 花井半二郎)に指名する。そして自身は花井白虎を襲名することに。

息子の俊介は消え、夫の半二郎は歌舞伎以外を顧みない。そんな状況に、幸子の胸中は苦しく、喜久雄に対し「アンタがうちに来ぃさえせなんだら…」と吐露してしまう。だが同時に、「どんな泥水でも飲んだるわ」と、歌舞伎役者の妻であることの覚悟を決めるのだった。

そして迎えるは、花井白虎、ならびに三代目 花井半二郎の襲名披露興行初日。しかし白虎は舞台の上で吐血し、その後、亡くなってしまう。亡くなる直前、「俊ぼーん、俊ぼーん……」と病床で息子の名をつぶやく白虎の声を耳にした喜久雄の胸中はいかに。

白虎が立つはずだった興行は中止となり、その責任を取り、三友の社長・梅木は常務に降格。家族に、友に、恋人に…師匠に、スポンサーに。喜久雄はあらゆる後ろ盾を失い、残ったのは白虎が残した多額の借金。新たに師匠役となった姉川鶴若にはいびられ、舞台でも端役しか与えられず、苦渋の日々。

それでも支えてくれる人はいる。養母のマツ、兄貴分の徳次、丹波屋の幸子。そして芸妓の市駒との間には、結婚はしていないものの、綾乃という子供を授かっていたのだった。

第九章 伽羅枕 〜 第十章 怪猫

失踪から10年後、鳥取の場末の劇場で発見された俊介。

俊介を見つけたのは、かつて喜久雄に「歌舞伎なんて、ただの世襲だろ?」と吐き捨てた三友の竹野だった。竹野は俊介の怪演に魅せられ、常務の梅木経由で、六代目 小野川万菊と再会の場を設ける。万菊は俊介に「あなた、歌舞伎が憎くて憎くて仕方ないんでしょ」と言いつつも、「それでいい」と俊介を認め、稽古をつける。

そして喜久雄と俊介、実に10年ぶりの再会。「俊ぼん……」「喜久ちゃん……」と声をかけあう二人も、お互いもう30歳。かつての恋人、春江は俊介と一緒で、二人の間には一豊(かずとよ)という息子が生まれていた。

俊介は万菊の後ろ盾を得て、華やかな舞台に戻ってきた。それに比べて、自分はいったい何なんだ……。

「ここから這い上がんだよ」

そんな決意を新たにした喜久雄は、江戸歌舞伎の大看板・吾妻千五郎の娘、彰子(あきこ)と出会うのだった。

感想。喜久雄を支える人たちのこと

ここからは感想です。といってもささやかなものですが…。

全体を通して印象に残ったのは、喜久雄を支える人たちの存在。特に、養母マツの愛と、徳次の漢気が際立っていました。

先に貼った図から関連する一部を切り取ってみます。

マツは喜久雄が大阪に行ってから、ずっと仕送りを続けています。でも実は組が解散となり、組長の妻・女主人という立場を失い、女中(使用人)になっているんですね。

当然、経済的にも苦しいわけですが、喜久雄は長らくそれを知らず、サプライズで帰省したときにその事実を知ります。それでも気丈に振る舞い、仕送りは続けていたマツ。

「お母さんの心配なんかせず、もっともっと大きな役者になってくれんね」と、温かい言葉をかけてあげます。そんな苦労の末、開いた料理屋の名前が「喜久」ですよ…。

徳次は、組員時代からずっと喜久雄をそばで支える兄貴分。何があっても坊ちゃんを支える覚悟は変わらない。白虎の残した億を超える借金を喜久雄が相続した際も、「坊ちゃんの借金はこの徳次の借金や。何があっても、助けたるわ」とはなんと頼もしいことか。

半二郎は言わずもがな、丹波屋の女将である幸子、使用人の源吉やお勢たちもそうですね。突然転がり込んできた喜久雄を息子同様に育ててきたわけで。

華やかな表舞台を支える裏方の存在。その描写が巧みだと思いますし、それを失うことの恐ろしさも同時に表現していると感じました。

そのほか、もっと取り上げるべき人物や出来事は多々あると思いますが、このあたりで。歌舞伎の世界にも無知ゆえに、もっと勉強しなければと感じます。どこを切り取っていいのか悩むほどに、どの視点から鑑賞しても味わい深い作品ですね。

尾上菊之助さん演じるAudible版『国宝』はまるで本物の舞台

Audible(オーディブル)版『国宝』も素晴らしかったとしか言いようがありません。

語りは歌舞伎役者の尾上菊之助さん(八代目 尾上菊五郎さん)。
本物の演技です。

再生時間はなんと21時間超え。ただ、音響効果が追加された特別音声版が同じ時間だけ入っているので、内容的にはその半分の時間です。

特別音声版

全編を通し、まるで舞台を見ているかのような感覚で尾上菊之助さんの演技を堪能できます。例えば、第三章 大阪初段にて、俊介が岩見鶴太夫に義太夫の稽古をつけてもらうシーン。

〽 くーまがいのー、じろふー
「ほら、また。『ふー』やない、『おー』や」
〽 くまがいーのー
「顎や、顎引かにゃいかん」
〽 じろふー
「ほら、また!『じろおー』や、『じろふー』ちゃう。で、ハイッ、追っかけ、チン」
〽 追っかけ来たー、あー、あー、あー
「ちゃう、『来たー、あーああー』や」
〽 来たー、あーーーー
「引っ張ったらいかん! 『来たー、あーあ、ああー、あああーー』やて!」
まるで吠え合う闘犬のようで、見ている喜久雄たちまで息が詰まります。

『国宝上青春篇』第三章 大阪初段より

この場面。文字で見ると、同じ「あー」でも、音声で聴くと別次元の「あー」であることが分かります。俊介のまだ細くて未熟な「あー」と、鶴太夫の腹の底から響くような、重さのある「あー」の迫力といったらもう。喜久雄たちと一緒に、こちらも息が詰まるような思いで聴いていました。

演じ分けもまさに変幻自在。『国宝』の登場人物はヤクザから幼女まで幅広く、同じ人物でも、中学生の喜久雄と壮年の喜久雄、子供だった春江と、子を持つ親となった春江は全然違うわけで。さらには長崎、大阪、東京など、各地の訛りも味わいの一つ。その複雑な役どころをひとりで演じきっているのはすごい(としか言いようがありません)。

そして歌舞伎の演目の数々。中学生の喜久雄演じる『積恋雪関扉』から、喜久雄と俊介がスタアの階段を駆け上る『二人道成寺』、半二郎の代役を務めた『曽根崎心中』などなど。本物の演技をもって聴くことができるとは、なんと贅沢な時間かと思いました。

『国宝』の言葉

読んでいて分からなかった言葉も調べてみました。まだ知らない美しい言葉、妖しい言葉がこんなにもたくさんあるんですね。

第一章 料亭花丸の場
・検番(けんばん):芸妓の斡旋や事務処理をする組合
・名妓(めいぎ):歌舞などにすぐれた芸者
・婀娜(あだ):女のなまめかしく色っぽい様子
・予祝(よしゅく):あらかじめ祝うこと。前祝い
・地方(じかた):舞踊で、音楽を受け持つ人
・立方(たちかた):地方(じかた)に対し、舞い踊るほうの人
・つっころばし:ちょっと突けばすぐ転びそうなほど無力だが、美しい容姿の色男役
・しゃぎり:狂言で、笛だけの演奏。めでたく、にぎやかな雰囲気を作る
・氏子(うじこ):その土地の氏神(うじがみ)を信仰している人
・活惚れ(かっぽれ):俗謡、俗曲にあわせておどる滑稽な踊り
・定式幕(じょうしきまく):舞台で使われる、黒・萌葱・柿色の3色の縦縞の幕。「いつも使う決まった幕」という意味
・つぶし島田:島田髷(しまだまげ)を押しつぶしたように低く結った髪型
・清搔き・菅垣(すががき):歌がなく、弦を早くにぎやかにかき鳴らす曲
・鬢(びん):頭の左右側面の髪
・病膏肓(やまいこうこう)(に入る):病気が進行して手のつけようがない状態。転じて、あることに熱中して抜け出せない状態
・倶利迦羅紋紋(くりからもんもん):入れ墨のこと
・鬨(とき)の声:勝ち鬨の「鬨」。主に合戦で士気をあげたり、勝利を祝うために叫ぶ声

第二章 喜久雄の錆刀
・外連味(けれんみ):派手な演出や、はったりやごまかしのこと。歌舞伎の早替りなど、インパクトを重視する演出。

第三章 大阪初段
・手代(てだい):使用人
・千枚漬け:京都三大漬物の一つ
・道行(みちゆき):男女の駆け落ち、心中などの場面
・景事(けいごと):人形浄瑠璃で、歌謡に合わせて人形が舞い踊る部分

第四章 大阪二段目
・諧謔(かいぎゃく):冗談、しゃれ
・吝嗇(りんしょく):ケチなこと
・立役(たちやく):歌舞伎において男性の役
・とちりの席:歌舞伎において最も見やすいとされる良席「1階席の7列目から9列目中央付近」のこと。座席の列を「いろはにほへとちりぬるを…」と数えたとき、「と」「ち」「り」の席にあたることから。

第五章 スタア誕生
・しょけ(所化):修行中の僧
・鳥屋(とや):歌舞伎の舞台で役者が出番を待つ「待機場所」のこと
・鳥屋揚幕(とやあげまく):鳥屋の入口に掛けられた幕
・懐紙(かいし、ふところがみ):懐に入れて携帯する二つ折りの和紙
・一の糸:三味線の糸のうち最も太く、重厚な音を出す弦

第六章 曽根崎の森の道行
・飯場(はんば):作業員用の寄宿舎のこと
・音吐朗々(おんとろうろう):音声が豊かで張りがあり、さわやかな様子
・上がり框(がまち):玄関のたたき(靴を脱ぎ履きするスペース)とホールの境目にある部分
・寂滅為楽(じゃくめついらく):煩悩を滅した悟りの境地に、真の安楽があるということ

第七章 出世魚
・大名跡(だいみょうせき):代々受け継がれてきた著名で誉れ高い名前

第八章 風狂無頼
・風狂(ふうきょう):狂気に近い情熱で風雅に徹し、他を顧みない様子
・呵呵大笑(かかたいしょう):からからと大声をあげて笑うこと
・内で蛤(はまぐり)、外では蜆(しじみ):家のなかでは大きな態度だが、外では意気地がないこと
・鉄漿(かね、てっしょう):お歯黒に使う黒い染料液
・羯鼓(かっこ):雅楽で使われる打楽器

第九章 伽羅枕
・伽羅(きゃら):最高級の香木
・伽羅枕(きゃらまくら):遊女などが用いた伽羅の枕

第十章 怪猫
・別珍(べっちん):毛足の短い織物の一種

つづきます

最後までご覧いただき、ありがとうございました。
『国宝 下 花道篇』はまた次回のnoteにて。

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