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NPU:究極の生命単位⑨自発的自己協同遷移

続き

文献情報

Ling, G. (2007). Nano-protoplasm: The ultimate unit of life. Physiological Chemistry and Physics and Medical NMR, 39(2), 111–234. https://gilbertling.org/pdf/PCP39-2_ling.pdf

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3. 会合誘起理論~生命の最小単位:ナノ原形質~の実験的検証結果

(3.1)ではナノ原形質の超単純モデルに関する実験的研究を紹介する。これは完全に純粋成分のみで構築したモデルである。従ってモデルの挙動が理論予測に従えば、それは式①のナノ原形質の公式通り以外の何物でもないことが分かる。

(3.2)では生細胞を構成する自然状態のナノ原形質の調査結果を紹介する。細胞表面に局在する場合もあれば、細胞内部の各所にある場合もある。これらが一体となりと生細胞の最も基本的な4つの生理学的活動が遂行される。
(i)溶質の選択的蓄積
(ii)選択的透過性
(iii)細胞電位
(iv)細胞の膨張と収縮

本章全体の意図する所は、巨視的細胞生理学が抱える広範囲に及ぶ別々のテーマが我々の微視的ナノ原形質理論で如何に説明され得るか、また(図5で図解され、式⑤の変数で定量化された)主要吸着体による制御法を理解することである。

3.1. in vitro研究:ナノ原形質の超単純モデル~ヘモグロビン-塩溶液~

まずは哺乳類成熟赤血球細胞によるナノ原形質モデルの検証から始めるとする。その異次元の単純さはp.120で詳述した通りである。

成熟ヒト赤血球細胞を小さな破片へと刻むことで、類似のNPUが最終的に膨大に得られる。これら個々のNPUにヘモグロビン1分子、約7,000の水分子、20のK⁺、更に少数のATPと2,3-DPGがある。

赤血球に備わる四重の単純性を利用すればp.120に掲載した式で表現できるようになる。これぞ最初にその名が付与されたナノ原形質である。

釘-鉄屑-磁石モデルのアナロジーから、生きた原形質では主要吸着体たるATPが馬蹄 U字形磁石と似た機能を果たし、『タンパク質-水-K⁺という低(負)エネルギー/高エントロピー自己協同集合体』から、静止生活状態に於ける『高(負)エネルギー/低エントロピー自己協同集合体』への変換を担うことが示唆された。ATPと2,3-DPGを除去すれば活性生活(死)状態に於けるナノ原形質の集合となる。

全てのナノ原形質の超単純モデルは相当量のヘモグロビンと水を溶解させ、中程度濃度のヘモグロビン(および塩)溶液を作ることで構築される。また、この知識の恩恵はナノ原形質の超単純モデルによる新たな研究が可能になるだけではない。似たようなヘモグロビン溶液を使用した過去の実験結果に意味を新しく与えることにもなる。具体的には、以下二項目を元に関連の新旧実験データを改めて検証することとする。

(i)自発的自己協同遷移
(ii)制御的自己協同遷移
(それぞれ図13AとBに図解、より厳密に式⑤と⑧に表現)

 3.1.1. 自発的自己-協同遷移

  3.1.1.1. ヘム鉄-ヘム鉄の相互作用

赤血球の主な生理機能は、肺などの呼吸器官から組織細胞への酸素輸送である。これを効率的に達成するには、赤血球は肺を通過する際に酸素を完全に取り込み、循環経路の後半で末梢組織細胞内に可能な限り多くの酸素を放出できなければならない。対照的なこの二つの要求は図16左上挿入図が示す赤血球のS字型酸素結合曲線で見事に満たされている。

図16

図16. 無傷のヒト赤血球集団の酸素摂取量(挿入図の点線)と、濃度一定のNa⁺(100mM)および濃度の増加するK⁺に晒した蛙筋肉細胞に於けるK⁺摂取量の類似性を示す合成図
挿入図にはミオグロビンの非協同的酸素摂取量も示されている
(FASEBの許可を得て文献[1]より)

つまり肺の酸素分圧が80mmHgの場合、赤血球は図16挿入図のS型曲線の通り肺を通過する際に酸素を90%飽和させる。組織酸素分圧が例えば20mmHgの場合、血液が運ぶ酸素の80%が末梢組織に放出される。総合すると、こうして循環赤血球は主要な生理機能を効果的に果たしている。

ヘモグロビンの酸素摂取S型曲線の重要性を強調する為にミオグロビンの酸素解離双曲線と比較する。ミオグロビンは静止期の筋細胞にあるタンパク質であり、酸素輸送能はない。その酸素結合曲線も図16の挿入図にある。末梢組織酸素分圧20mmHgの時でもこのタンパク質は依然として酸素を完全に保持している。ヘモグロビンがミオグロビンのような挙動をすると、末梢組織が必要とする酸素を供給することは不可能となるだろう。

さて、前ページの定義に則れば、赤血球の大部分はその基礎的レベルで膨大なNPUの自己協同集合体である。図5の通り、これらNPUの一つ一つにヘモグロビン1分子と、結合水およびK⁺があり、時に主要吸着体のATP(および/または2,3DPGやIHP:イノシトール6リン酸 フィチン酸)がある。そして上述の通り、生活状態に於ける赤血球細胞質の原形質モデルは純粋ヘモグロビンと塩を単に適量の水に溶解させるだけで作成できる。理論上、S字型の酸素結合曲線が生成される筈である。

これにより後発の理論的予測が享受する独特の利点が際立つ。まさにそうして調製されたヘモグロビン溶液が(現在では)予測的なS字型酸素結合曲線を示すことが僅か1世紀余り前に実証されていたのである[2]。だがこれだけではない。

BohrがヘモグロビンのS字型酸素結合曲線を発見して7年後、英国の生理学者A.V.Hill(1886-1977)がヘモグロビンの酸素結合曲線の急峻な部分に式を導入した[3]。酸素結合部位のモル分率をy、空位のモル分率を1-yとすると、『ヒルの式』の名で広く知れ渡る以下の式が現れた。

$${\mathrm{log ({y / (1−y))} = n log p O_2 + n log K}}$$…⑨

pO₂は酸素分圧(単位mmHg)を指す。ヒル係数nは{y/(1-y)}をpO₂に対して対数-対数プロットした時の傾きに等しい。n>1の場合、実験曲線はS字型(シグモイド型)酸素結合曲線に於ける中間部分に近似する。この為、ヒル係数は酸素結合曲線の『シグモイド性』の測定に使用された。但し、ヒル係数は純粋な物質定数であり、ヒルの式が純粋な実験式である事実は誤解すべきでない。この為、ヒルの式もヒル係数も、S字型酸素結合現象の根本原因については何も教えてくれない。だがYang-Ling吸着等温線はそれを変えた

nはYang-Lingモデルに従えば、最近接相互作用エネルギーである『-γ/2』と以下の式で関わることになる[4⇒p.93]

$${\mathrm{n = exp (−γ / 2). }}$$ …⑩

表3は二つのパラメータ(nと-γ/2)の定量的関係性を一覧にしている。断片的に述べた通り、n>1だと(−γ / 2)>0となり、吸着は自己協同的である。n=1だと吸着は非協同的となり、式⑥は単純なラングミュア吸着等温線となる。これは前述したミオグロビンの酸素結合の双曲線型の記述となる[5 ⇒p.18]。

さて、(赤血球細胞質のナノ原形質の超単純モデル)ヘモグロビン溶液の現実世界での酸素結合をそれぞれ記述可能なヒルの式とYang-Ling吸着等温線を詳細に比較検討する準備が整った。その為にはまず、希釈塩溶液中で適度に濃縮された純粋ヘモグロビン溶液の酸素結合に関する正確かつ完全なデータセットを発見する必要がある。

幸運にもすぐに私は、(英国ケンブリッジ大学F.J.W. Roughton指導)R.L.J.Lyster博士の博士論文にそうした高精度のデータセットを見つけた。そこで図17の通りに対数-対数形式でデータ点を再プロットした。すると、ヒルの式が酸素飽和点付近のデータ点のみを記述する一方、図の実線は式⑤のYang-Ling吸着等温線の理論プロットだと直ちに分かる。従ってこの式には$${K ^∞_{j→i}=5.888×10^{-6}}$$と$${(-(γ/2)=0.67kcal/mol)}$$の2つの定数のみが含まれる。だが全てのデータ点が理論曲線上か極近傍に位置している。

図17.リン酸緩衝液(pH9.1, 19℃, 0.6M)中のヒトヘモグロビンの酸素吸収量の対数-対数プロット
データはLysterより(Rossi Fanelli[6]が提示)
点は実験値
線は式⑤をそれぞれ$${K ^∞_{j→i}=5.888×10^{-6}}$$と$${(-(γ/2)=0.67kcal/mol)}$$とした時のYang-Ling吸着等温線に基づく理論値(Academic Pressより許可を得て文献[7]より転載)

1925年にG.S. Adairが当時のS字型ヘモグロビン酸素結合曲線と全体的に適合する理論曲線を作成した。これには4つのヘム基それぞれの酸素結合定数に異なる値が仮定されている。だがその中間生成物を分離する試みは失敗した[8]。そこでいわゆる「Crevice theory 裂目理論」が提唱され、これによると、酸素結合能の弱いヘム部位はヘモグロビン分子の表面上にあり、結合の強固なヘム部位はヘモグロビン結晶の裂目の内部に埋没している。だがPerutzのヘモグロビン分子に関する決定的な研究により、4つのヘム基は全て分子表面上に局在し、埋没しているものは存在しないことが分かった[9]。後期理論モデルに対するMonod, Wyman & Changeux[10]、Atkinson, Hathaway & Smith[11]、Koshland, Nemethy & Filmer[12]の論評はLing[7⇒p.52, 13⇒p.62]参照のこと。

環境中の酸素分圧が増加すると、ヘモグロビンはある時点で脱酸素化状態から完全酸化状態に『全か無』様式で切り替わることをLysterのデータとその理論的裏付けは示している。(ーγ / 2)が高い正の値になると、酸素結合の実効自由エネルギーは$${ΔF^∞_{j→i}={RT  ln  K^∞_{j→i}=0.596×ln(5.88×10^{-6})=-7.18kcal/mol}}$$から$${ΔF^∞_{j→i}-γ=-7.18-2×0.67=-8.52kcal/mol}$$へと上昇させる。

次にこの非常に重要な(ー(γ / 2))の裏にある本質を探ることとする。強磁性協同現象を扱う古典的統計力学では、最近接活性エネルギーとは互いに隣接する原子間のエネルギー差を指す。だが上述の最近接ヘム部位の場合はそうではない。実際、物理的にはそれらは「何マイル」も離れている。だがそこに空間はなく、最近接ヘム部位のペアは其々、ポリペプチド鎖の伸長部分と、ヘムが結合するイミダゾール基を持つ短側鎖によって連結している。そしてYang-Ling等温線を導入する2年前、AIHは既にこの一見矛盾する問題に解答を出していた。当時の呼び名で『間接F効果』、現在は『AIカスケード機構』へと改名された作用が遠位部位を恰も近接しているように振る舞わせるのである。

また、AIカスケード機構はその橋渡し効果を4つのヘム部位のような類似の官能基に限定しない。他の官能基、特に短側鎖上のものにも影響する。以下では、当該タンパク質のヘム基の酸素化に対する2種類の応答について論じる。まず第一に論じる『ボーア効果』である。もう一つは私が『R-T変換 transformation』と呼ぶもので、これもヘム基の酸素化と脱酸素化で生じる(先行研究で発見され、当モデルと概ね一致するが常に一致するわけではないタイプは[14⇒p.154-155]を参照のこと。)

(i)ボーア効果
酸素化にはヘモグロビンのヘム部位から電子を吸引する過程が伴う[15⇒p.14]。AIモデルに従えば、酸素化はプロトトロピック基(例:β-/γ-カルボキシル基)のc値を全面的に低下させ、従ってそのpKa値も低下させる。その結果、一部の弱酸性基が強酸性基へと変化する。強酸はH⁺を緩く保持する為、結合したH⁺の一部が遊離し、培地に放出されてpHを低下させる。これは勿論、デンマークの生理学者Christian Bohrが1904年に初めて報告した所謂『ボーア効果』である[2]。

(ii)R-T変換
既に述べた通り、酸素化はヘモグロビンから電子を吸引する[15⇒p.14]。AIHに従えば、この電子吸引効果はc値、β-/γ-カルボキシル基、主鎖カルボニル基のc値アナログをそれぞれ低下させる。高いc値は塩結合の形成を促進し、塩結合はタンパク質鎖の運動自由度や柔軟性を低下させる為、酸素化でこの剛性が低下し、タンパク質はより弛緩する筈である。

この予測の(遡及的)実験的確認も以前から知られていた。酸素化ヘモグロビンは時に『R状態(弛緩状態)』、脱酸素化ヘモグロビンは『T状態(緊張状態)』と呼ばれる[15⇒p.23]。

同じ理由から、脱酸素化の結果c値アナログが上昇すると分極配向した水分子が解放され、系のエントロピーが増加する筈である。これも長らく知られた現象であり[16]、AIHを基礎に解釈されてきた[17⇒p.519]。

前述の通り、ヘモグロビンの総アミノ酸残基の11%はアスパラギン酸残基とグルタミン酸残基の合計であり、それぞれβカルボキシル基、γカルボキシル基を短側鎖上に持つ。固定カチオンもほぼ同程度の割合で存在する。単純な静電引力の法則に従えば、培地の塩イオンが競合する程の高濃度でない場合、これら固定カチオンと固定アニオンは完全に「塩結合」を形成することになる[18]。

これを念頭に置くと、酸素化で生じるR-T変換には理論上塩イオンの関与が必要となる。言い換えれば、正の最近接相互作用エネルギー(ーγ / 2)の基盤となるAIカスケード機構は(赤血球細胞質原形質のNPUの場合)培地の遊離イオンを必要とする。この理論予測が正確であれば、(ーγ / 2)の大きさは培地の塩イオン濃度と関連すると予想される。

事実、これはまさにEnoki&Tyuma[19]が発見したものであり、ここに図18Aと18Bとして再現した。図18Aは、NaCl濃度を増加させた培地に於けるヒトヘモグロビンの酸素摂取量のヒルプロットである。プロットの傾き(ヒル係数nに等しい)がNaCl濃度と共に増加していることに留意されたい。だが塩イオンの影響はNaClに止まらない。他の1価イオンや2価イオンも同様の影響を発揮した(図18B)。何度も指摘した通り、nは式⑩の通り最近接相互作用エネルギー(ーγ / 2)の関数である。

図18. 塩濃度がヒトヘモグロビンの酸素結合に及ぼす影響(ヘモグロビン濃度は1.5×10⁻³Mか10%(w/v.))
A: NaClを増加させつつ酸素結合能を対数-対数プロット
左端の白丸(〇)はNaClのない培地。NaCl濃度は右方向に漸増し、右端の白三角(△)で1Mに達した。これら曲線の傾きが実験的なヒル係数に等しいことに留意されたい。
B. 検証したヘモグロビン溶液の各種塩類のイオン強度増加に伴うヒル係数(n)のプロット
〇-〇:NaCl/ ●-●:KCl/ △-△:K₂SO₄/ □-□:MgCl₂/ ■-■:CaCl₂/ ▲-▲:MgSO₄/ ×-×:KH₂PO₄
(日本生理学雑誌の許可を得て[19]より転載)

AIHの観点では、上述の酸素化誘発ヘム部位の変化は図13Aに図解した自発的自己協同遷移に属する。では別の自発的自己協同遷移を考察する。これもまた中程度の濃度の哺乳類ヘモグロビン溶液の形態における赤血球細胞質NPUのモデルで発生する。だが酸素結合ヘム部位のような補欠分子族ではなく、β-/γ-カルボキシル基を扱うことになる。そして酸素分子の代わりに、これらβ-/γ-カルボキシル基が取り込む溶質はNa⁺含むアルカリ金属イオンとなる。

  3.1.1.2. β-/γ-カルボキシル基へのNa⁺自己協同的結合

嘗て塩結合の概念には強いタブーが存在した(詳細は[5⇒p.12冒頭参照)。Max Perutzがその存在を強固に立証した[9]。1984年にはその存在を裏付ける一連の証拠が発表された[20]。

Ling & ZhangはNaOHを徐々に添加して10%の牛ヘモグロビン溶液を滴定した。pH電極とNa⁺特異的ガラス電極を用いて、ヘモグロビン溶液のpHと遊離Na⁺濃度を段階的に記録した。添加したNaOHの総量から各点に残存する遊離Na⁺を差し引き、各点での吸着Na⁺の量を決定した。

まず、未処理天然ヘモグロビン溶液のNa⁺結合が極めて弱いという過去の発表を何度も確認した[20⇒p.224表1]。だがNaOHを添加すると全く異なることが起こる。これ以降、それぞれの固定カチオン(α-, ε-アミノ基とグアニジル基)がOH⁻で中和される為、(図19の模式図の通り)塩結合から新たに解放されたβ-/γ-カルボキシル基のいずれかにNa⁺が結合することになる。

図19. ヘモグロビン溶液のNaOH滴定、および多層水分子によるα-ヘリックスの二重展開とNa⁺による塩結合の予測(確認済み)結果の模式図

理論上、固定カチオン基の(結合)滴定曲線は定量的にNa⁺結合曲線と一致する筈である。図20はまさにこのことの証左である。各点は、実験的に測定した結合Na⁺の量をpHごとにプロットしたものである。これらの点の上か近傍を通る実線はこのpH範囲における全てのα-アミノ基, ε-アミノ基, グアニジル基の理論上の滴定曲線の組み合わせである(ヒスチジン残基のイミダゾール基はヘム基の固定に部分的に関与し、塩結合形成には関与しない)。

図20. 図19に図解した10%(w/v)牛ヘモグロビンの滴定に於ける(新たに)解放されたβ-/γ-カルボキシル基によるNa⁺吸収の数と、中和された固定カチオン(リジン残基のα, ε-アミノ基やアルギニン残基のグアニジル基)の数との定量的一致
各点はヘモグロビンが吸収したNa⁺の実験的測定量をpHごとに示したもの。
大半の実験点の上/近傍を通る線は、牛ヘモグロビン100gのα-アミノ基, ε-アミノ基, グアニジル基の既知数に基づいて算出された中性範囲上方の滴定曲線である[20]。

ここで図19に戻ると、まさに実験で確認した理論予測を示している。加えてこの図は、ナノ原形質の静止生活状態から活性生活状態への移行を図解した図5に如何に類似するかも示している。但し、塩結合を切断するOH⁻アニオンではなく、ATPと「調和的アニオン congruous anions」およびカチオンの複合的活性が塩結合を切断し、β-/γ-カルボキシル基を解放してK⁺(Na⁺)を吸着させる。

では、Na⁺滴定曲線もヘム-ヘム相互作用と同様に自己協同的なのだろうか?要するにどちらも同じヘモグロビン分子内で生じている。

その答えはNa⁺と結合するβ-/γ-カルボキシル基のモル分率と、Na⁺と未結合のβ-/γ-カルボキシル基のモル分率の比率を求めることで簡単に得られる。すると式⑤と図14Aに従い、培地の遊離Na⁺濃度に対するこの比率の対数-対数プロットを作成できる。遷移が自己協同的であれば、中間点の傾き(ヒル係数n)が1より大きく、それに応じて最近接相互作用エネルギー『ー(γ / 2)』が0より大きい曲線が得られる筈である。同様のデータはスキャッタードプロット(図14C参照)の様式でも表せる。データが自己協同的ならば、データ点は下に凹の軌跡を描く筈である。

どちらの問題に対する結果も肯定的である。但しスキャッタードプロットのみこの場で示す(図21)。プロットに顕著な凹みは、ヘモグロビンのβ-/γ-カルボキシル基が解放され、Na⁺が結合する強力な自己協同性を示している。ヘム-ヘム相互作用の場合と同様、観測されたー(γ / 2)もまた0.824kcal/molという正の値であり、更に高いヒル係数4.0に対応している。

図21. NaOHで滴定した10%(w/v)牛ヘモグロビン溶液へのNa⁺吸着のスキャッタードプロット
強い下に凹の曲線は高度な自己協同的吸着を表している(−γ/2 = 0.824 kcal/mol)
直線は非協同的吸着を表す(−γ/2 = 0 kcal/mol)。

上記のLing & Zhang研究が齎した重要な洞察には更に2つのセットがある。

(i)β-/γ-カルボキシル基に対するNa⁺の一対一かつ近接の接触吸着

ヘモグロビンによるNa⁺の取り込み(そうしてNa感受性電極に"不可視"となる)がその実、AIHの云う『一対一近接接触吸着 one-on-one close-contact adsorption』への関与だと確認する為、Na⁺結合に対する4つのアルカリ金属イオン(Li⁺, K⁺, Rb⁺, Cs⁺)の影響を調べた。さて、これら4つのアルカリ金属イオンは相互に異なり、Na⁺とは各々の短距離特性(例:サイズ)のみで相異し、これは仮に近接接触でなければ識別不可能である。従って仮に取り込まれたNa⁺が近接接触吸着として存在せず、固定アニオン周辺を漂うイオン雲の一部に過ぎない場合、4つのアルカリ金属イオンの何れか一つと吸着Na⁺が置換しようと同一の筈であり、何故なら(浮遊する)一価カチオンとしての4つカチオンそれぞれの長距離特性は同一の為である。

実際のデータでは、試験対象である4種のアルカリ金属イオンと結合Na⁺の置換による効果はそれぞれ相異する。この点で、これらアルカリ金属イオンがそれぞれβ-/γ-カルボキシル基と一対一近接接触の様式で吸着していることに疑いはない。更に、データは吸着の優先順位がLi⁺>K⁺>Rb⁺>Cs⁺だと示しており、これは吸着対象のβ-/γ-カルボキシル基が高いc値の状態にあることを意味する。この点を念頭に置かれたい。後ほど再び触れることになる。

(ii) NaOHにより塩結合から解放されるβ-/γ-カルボキシル基の最大数

図20は、pHの増加に連れて結合Na⁺の数が最終的にプラトーに達したことを示している。ヘモグロビン1分子あたりに結合するNa⁺のプラトーの最大数は、(牛)ヘモグロビン分子が有するβ-/γ-カルボキシル基の総数に一致する。即ち、図20の通り、ヘモグロビン1分子あたり64個或いは100gあたり100mmol、或いは1gあたり1mmolである[21⇒p. D-61]。

次節では再び図19を参照し、NaOHを滴下したヘモグロビン溶液に生じる別の全体的な変化に着目する。

  3.1.1.3. 生身のヘモグロビンNHCO基への水分子の多層吸着 

AIHの通りならば、OH⁻が解放したβ-/γ-カルボキシル基にNa⁺が自己協同的結合をすることに並行して、
(i)ポリペプチド鎖の自己協同的遷移が生じる筈である。結果、
(ii)ポリペプチド鎖は元のα-ヘリックス折り畳み構造から完全伸長構造へと切り替わる。
(iii)その切り替えはバルク水の分極化と配向化を起こす。
(iv)分極配向水はサイズ依存的溶質排除効果を示す[22]。

これらの予測は全て確認されている。

図22Aは、透析チューブ内の天然の30%牛ヘモグロビン溶液とその周辺の緩衝液にある分子サイズの異なる溶質の平衡分布を表す。それぞれの溶質でプロットすると例外なく直線となり、それは即ち、(実質的に)全ての溶質は透析チューブ内の水に溶解しており、ヘモグロビンに吸着する物質が(実質的に)存在しないことを示している。直線それぞれの傾き(溶質のq値に等しい)は均一に1に近似する。この1に近似するq値は、(※分子サイズが)ラフィノースと同等以下の溶質に対し、36%天然ヘモグロビン溶液中の水と、通常の液体水との間に有意差がないことを表している(ただしp.173参照)。

図22.
A. 25℃で5日間培養した牛ヘモグロビン(39%)中性溶液中の溶質の平衡分布
溶質には0.4MのNaCl, エチレングリコール(●), グリセロール(△), エリスリトール(□), D-キシロース(+), ソルビトール(▲), マンニトール(◇), トレハロース(■), ラフィノース(〇)を含む
B. 20%牛ヘモグロビンと0.4MのNaOHを含むアルカリ溶液中の溶質の平衡分布(培養時間と温度はAと同じ[23])

対照的な図22Bは、透析チューブ内のNaOH変性ヘモグロビン溶液と周辺のpH12近傍の水との間にある類似の溶質の平衡分布を表している。これもまた直線だが、傾き(各溶質のq値)は概して1ではない。全体としてこれらのデータは「サイズの原則」に従う。即ち、溶質の分子体積が大きいほど傾きも小さくなり、従ってq値も低くなる。これはPOM 分極配向多層水理論の補完的理論である『溶質排除』理論(通称サイズ原則)に一致する。

図22で詳細に提示した2組のデータは図23(挿入図A)にそれぞれ「天然Hb ヘモグロビン」「NaOH Hb」のラベルで再び登場する。ここではプロットの形式が異なる。縦軸は各溶質のq値を表し、図22の直線それぞれの傾きから得た。ここでの横軸は研究対象の溶質の分子体積(単位:cm³かcc)の対数を表す。挿入図上部の曲線は、中性天然ヘモグロビン溶液で調査対象の全溶質のq値がほぼ1付近で一定となることを方法を変えて示している。対照的に、NaOH変性ヘモグロビンでの各溶質はq値が異なり、図23挿入図Aの中で並べて見てみると、Z字型の分布となり、サイズ依存的な排除を示唆している。

図23挿入図Bは高pHへの暴露とは異なるメカニズムを示し、これもまた水の分極配向、並びにタンパク質や非タンパク質ポリマー溶液でサイズ依存的溶質排除効果を生み出す。

図23. 蛙の筋肉にある21種類の非-電解質に関する(真の)平衡分配係数またはq値をその分子量 molecular Weightの対数に対してプロット
挿入図は
A: 天然およびNaOH変性牛ヘモグロビン
B: ゼラチンおよびポリエチレンオキシド(PEO)溶液
これらで同じくq-wプロット[24]

ここでゼラチンとポリエチレンオキシド(PEO)の両方を完全伸長構造に維持させるものは分子構造上の理由からである。PEO鎖は通常のポリペプチド鎖のN-H基のような正電荷部位を持たず、従ってαヘリックス折り畳み構造をとれない。一方のゼラチンにはプロリンとヒドロキシプロリンが大量に含まれる。これら稀なアミノ酸残基もまた異常なペプチド結合のN原子上に正に帯電したH原子を有していない。また、ゼラチンはグリシン残基も大量に含み、これは「αヘリックスポテンシャル」が低く、故にαヘリックス構造を形成する傾向にない。これらの特性が合算し、完全でないにせよ、ゼラチンの大部分は完全伸長構造に維持される[25-29]。こうした理由から、PEOとゼラチンの両方がバルク相の水を分極配向させ、結果、サイズ依存的溶質排除を示す。いずれの場合でも、大きな溶質のq値は1を大幅に下回る。

これまでに挙げた3例(NaOH変性ヘモグロビン/ゼラチン/PEO)全ては、p. 134で図10と共に論じたNP-NP-NP系と呼ぶものに属する。

図24には、私が『微小球の行進 the marching microspheres』と呼ぶ現象を表している。ここにPEOやポリビニルアルコール(PVA)のような酸素含有線状ポリマーの水溶液の研究[28]ではなく、固体PVA-ゲル表面の形態にしたZhengとPollack[30]によるPVA研究を引用する。図24に示す5枚のスナップショットは表示の時間間隔で撮影された。総合すると、直径1μmほどの巨大なプローブである被覆微小球がPVA-ゲル表面から断固として距離をとり、これはPEO溶液(NO-NO-NO)系での作用と類似の排除機構の結果だと示されている。

図24. ポリビニルアルコールゲルのNP-NP(またはNO-NO)界面から離れるに連れて…幅2μmの巨大なカルボキシル酸被覆ラテックス微小球プローブに対する…透明な排除領域が出現し、次第に拡大する様子を捉えたタイムラプス画像。(米国物理学会の許可を得て[30]より)

情報が極限られていることを踏まえ、この被覆微小球の排除は式④の体積因子$${\mathrm{v_i 𝒰_{vp}}}$$のみが原因でないと結論づけた。この排除は同式の好ましくない表面因子$${\mathrm{v_i 𝒰_s}}$$に相当程度起因する可能性がある。

$${\mathrm{RT  ln  q_i = v_i(a𝒰_s - b𝒰_{vp})}}$$…(4)

これら『微小球の行進』を撮影した画像はAIH全般、取分け溶質排除のPOM理論の劇的な視覚的実証である。これと並行して、p. 133で言及した長距離(実際には無限遠)に及ぶ水の分極配向理論に新たな展開、ならびに飽和蒸気圧下に於ける生物系の蒸気収着研究の技術的進歩があった為[23]、Pollackら編纂『水と細胞』の第一章に「理論的・実験的ブレイクスルーの収束は動的構造化細胞水に関するPM理論の誕生40周年を確証」[31]と題した書評執筆をするに至った。

本節の総括として表4を提示する。これは次の3つの目的の為である。

表4. 9M尿素で変性させた10種類のタンパク質溶液中で、同一の水中に於ける³H標識尿素および¹⁴C標識スクロースのD値 拡散係数比較[32]
(中列)尿素ρ値に続く括弧内の数字は左から順に以下の通り
個々の測定回数, 実験セットの総実施回数, 尿素変性タンパク溶液中の水の割合, 溶液のpH

第一、高濃度の尿素の作用が完全伸長タンパク質鎖を生成する別の方法を示すことであり、それはαヘリックス構造を解きほぐす為である。

第二、(ヘモグロビン含む)10種類のタンパク質が高濃度尿素への暴露の結果、『全か無』変換を経て「天然」折り畳み構造から完全伸長構造となり、するとバルク相の水はサイズ依存的溶質排除を示すことを明らかにする為である。例として、分子体積49.6ccの(そして周囲の分極配向水への適合に有利な表面構造を持つであろう)放射性標識尿素は平均ρ値1.002を示す。一方、全く同一溶液に於ける分子体積342.3ccのスクロースのρ値は僅か0.732である。

第三、このデータセットは重要な歴史的意義も有する。1930年に世界を震撼させたA.V.Hillの結論「細胞水は通常の液体水であり、それは尿素を排除しない為である」を覆した為である。このHillの結論こそが、少なくとも一部の細胞水は結合状態、即ち「非溶媒」だと信じていた世界中の原形質志向の細胞生理学者達を総崩れにしたのだ[3, 33, 34]。今や我々はより正確な知識を得ている[35⇒p.38-39, p.100-101参照]。

実際、図23の主曲線はHillの研究と同じ蛙の筋肉組織に於ける溶質分布を示している。これにより、尿素(およびエチレングリコール)のq値が1に近似し、スクロースやそれよりサイズの大きい多数のプローブが同一/類似の細胞水内でサイズ依存的に排除されることが一目で確認できる。


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