嫌いな人のほうが自分より“ちゃんとしていた”──気持ち悪すぎる変化の話(47歳、エレクトーンに人生を振り回される)
嫌いなあの人のほうが、自分より“ちゃんとしている”。
しかも、今さら気づいた。
書いてて、少し気持ち悪い──でも確かに起きたことだ。
「Back to the Future」を弾いている。
指がまったく言うことを聞かない。
昔は弾けていたはずのフレーズが、どこにも着地しない。
右手はズレる。
足は勝手に動く。
リズムは崩壊する。
──あれ、こんなはずじゃなかった。
47歳。
29年ぶりに、エレクトーンを再開した。
「ちょっとやれば戻るでしょ」と思った。
戻らなかった。
むしろ、どこにも戻れなかった。
レジストデータ(音だけ)ができあがっていたので、リズムなしでレッスンしていた。
だが、レッスン中、完全に崩れた。
音もリズムもバラバラで、途中で止まった。
その瞬間、思わず笑ってしまった。
「あ、これ無理ですね(笑)」
前の自分なら絶対に言わなかった。
ごまかして、“できる側”に残ろうとしていたはず。
でもその日は、できてないことをそのまま出していた。
数日後。
仕事でわからないことがあった。
前なら知ってるフリをしていた。
でもその日は、普通に言った。
「すみません、これできません」
少し怖かった。
でも、何も起きなかった。
評価も下がらず、空気も悪くならなかった。
むしろ少し話しやすくなった。
その頃、思い出していたのは、ずっと嫌いだった人。
話が長い。
結論が遅い。
しかも自信満々。
正直、バカにしていた。
できるだけ関わらないようにしていた。
でもある日、ふと気づいた。
この人、ごまかしていない。
わからないことを隠さず、時間をかけて伝えようとしている。
その瞬間、頭の中でつながった。
エレクトーンで何回も崩れてきた「できない自分」と重なる。
「あ、この人のほうがちゃんとしてる」
思ってしまった。
そして、少し気持ち悪くなった。
なんで今さら気づくのか。
なんで今まで見下していたのか。
たぶん、一番変わったのはここだ。
「できないこと」を隠さなくなった。
そのせいで、他人の「できてなさ」を見ても、前ほどイラつかなくなった。
前は、ちゃんとやれよと思っていた。
でもそれは、「ちゃんとやってる自分」でいたかっただけだ。
レッスンの帰り道。
右手の感覚がまだ少しおかしかった。
何回やってもタイミングが合わない。
先生に言われた。
「そろそろリズム作り進めていきましょう」
あ、はい。
一から作るんですね……あぁ大変そうだ……。
曲を完成させるため、まずリズムを作る。
手も足も頭にも、テンポを身体に覚えさせる。
テンポは150。
リズムデータを作らず、適当なリズムで150に合わせてみる。
やってみて、すぐにわかった。
これ、全然できない。
速すぎる。
自分のペースではなく、リズムに合わせるだけで頭が真っ白になる。
手も足も頭も、置いて行かれる。
まるで、過去に置いて行かれているようだ。
演奏を乗せた瞬間、全部崩れる。
この時、はっきりわかった。
自分の演奏はまだまだだった。
さっきまでできていたはずのものが、一瞬で消える。
自分の「できてる感じ」だけでやってたのが、ここで全部バレる。
──あ、これ無理かもしれない。
でも正直、まだ地獄じゃない。
ここまでが、少し気持ち悪い序章。
ほんの前触れ。
次は、リズムを一から作って弾く。
テンポは150。
そして──そのとき、本物のリズム地獄が待っている。
次回、リズム地獄編。
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※🎹この話は『47歳、エレクトーンに人生を振り回される』シリーズ#8です。
👉すべてはここから始まりました。
→ 29年ぶりに人生が動いた日|椿大神社で決まった“再挑戦”
👉ここまでの流れを、ひとつにまとめました。
→47歳からやり直して、やっと気づいたこと。
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