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本能寺の変1582 重要 ◎目次小 第75話 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』

重要 ◎目次小 第75話 

11光秀の年齢 4光秀、最大の敵 2/3 

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テーマ別 通し ◎目次 テーマ別 まとめ ◎目次 
その一因 
見えてきたもの 目次  
→重要 ◎目次小 第1~20話 第21~40話 第41~ 話 
→重要 ◎目次小 ①第1~5話 ②第6~10話 ③第11~15話 ④第16~20話
*◎=重要ヶ所 P=重要Point ✓=チェック済 
 74 ◎ 75 ◎ 76 ◎ 
*以下は、重要ヶ所◎のみ抜粋したものです。 
*加筆修正 

◎第75話  第75話 

 ◎光秀は、己の老いを自覚した。
 ◎信長は、歩みを止めず。
 ◎光秀は、滝川一益の上野入国を思い起こした。    『信長公記』
 ◎一益は、信長の命に従った。
 ◎光秀にも、国替えの可能性があった。        『信長公記』
 ◎その先に、信長の「さらなる夢」があった。
 ◎天下統一後も、戦は、つづく。
 ◎光秀は、信長より、先に、死ぬ。
 ◎光秀、最大の悩み。
 ◎信長は、不意を衝く。
 ◎光秀は、信長の性格をよく知っていた。
 ◎役に立たねば、粛清される。
 ◎光秀には、先が見えた。
 ◎中国攻め → 国替え → 「さらなる夢」
 ◎これすなわち、明智の危機。
 ◎これを阻止するためには、「中国攻め」を取り止めにする他ない。 
 光秀は、おそらく、このような結論に辿り着いた。
 それ故の「本能寺」。
 「六月二日、未明」、だったのだろう。



 ⇒ 次へつづく

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 原因・動機の究明は、この一歩から!!

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 「本能寺の変」
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