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本能寺の変1582 まとめ 時代の風潮 第14話 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』

まとめ 時代の風潮 第14話 

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まとめ 時代の風潮

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まとめ 時代の風潮 第14話

信長は、信盛を切り捨てた。

 信盛は、不意を衝かれた。
 「一寸先は闇」 
 そして、追放。
 信盛は 、織田家から抹消された。

 信盛は、甘かった。
 「粛清」
 斯くして、全てが終わった。

2信長は、絶対専制君主。
 逆らう者など誰もいない。

 信長は、誇り高く、執念深い。
 口答えなど、以ての外なのである。

 だが、しかし、・・・・・。
 意見具申≒「口答え」。
 紙一重。
 光秀は、甘かった。
 否、違う。
 精神的に、余裕がなかった。
 不覚だった。
 ただ一度の過ち。
 光秀は、判断を誤った。
 「足蹴事件」*
 
このことが、「本能寺の変」の一因となる。

  *「足蹴事件」については、後述する。

光秀は、この光景を目の当たりにした。
 大きな衝撃をうけた。
 「狡兎死して、走狗煮らる」
 用が済めば、捨てられる。

 「明日は、我が身」
 身につまされる思いであった。

 これもまた、信長の合理主義
 「本能寺の変」の一因である。 

4光秀は、典型的な戦国武将。
 粛清を怖れていた。

 光秀は、洞察力に優れていた。
 信長の性格を知悉していた。
 光秀には、先が見えた。

 となれば、・・・・・。
 「天下布武」の成った後、・・・・・。
 「直ぐに」、に、あらず。

 なれど、・・・・・。
 「その時は」、必ず、やって来る。

 ならば、・・・・・。

 そう、考えていた。
 この時は、時間的に、まだ、余裕があった。

 だが、しかし、・・・・・。
 「事態急変」*
 光秀は、「本能寺の変」へと追い込まれていく。

  *「事態急変」については、後述する。



 ⇒ 次へつづく

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