本能寺の変1582 まとめ 時代の風潮 第11話 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』
まとめ 時代の風潮 第11話
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まとめ 時代の風潮
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まとめ 時代の風潮 第11話
信長は、手段を選ばない。
邪魔者は、消し去るのみ。
一、叔父、織田信光。
不慮の死、暗殺。
一、弟、織田信勝。
仮病、殺害。
信長は、粛清の人。
不意を衝く。
恐ろしい男であった。
そして、重臣筆頭、佐久間信盛。
「役に立たぬ」
それ故の粛清。
徹底していた。
信盛は、追放され、失意のうちに死す。
信長は、誇り高い男。
世間体を気にする。
それが、全十九ヶ条に及ぶ折檻状。
すなわち、大義名分。
理由、言い訳である。
各所に、信長の激しい気性が滲み出ている。
信長は、忍耐強く、執念深い。
長い間、我慢していた。
信盛は、油断した。
そのことに気づかなかった。
信長は、不意を衝いた。
不幸なことである。
信長は、絶対専制君主。
報告を重んじた。
光秀は、出来る男。
信長は、光秀の報告のあり方に満足していた。
光秀は、洞察力に優れていた。
信長の性格を知悉していた。
光秀は、粛清を怖れていた。
秀吉もまた、これに同じ。
同じ穴の狢(ムジナ)。
光秀をマークしていた。
そして、その思いは、次第に、強くなっていく。
「本能寺の変」は、この二年後に起こる。
このことが、その一因となった。
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