本能寺の変1582 まとめ 時代の風潮 第9話 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』
まとめ 時代の風潮 第9話
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まとめ 時代の風潮
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まとめ 時代の風潮 第9話
一、叡山焼討、大量殺戮。
信長は、老若男女あわせて、数千人を殺害した。
光秀は、その実行者。
この戦いで大きな手柄を上げた。
光秀は、紛れもなき戦国武将。
「同じ穴の狢」
平然と、これを成し遂げた。
信長は、気に入った。
大満足、である。
その結果が、志賀一郡の拝領となる。
光秀は、坂本に新城を築いた。
以後、光秀の躍進はつづく。
一、持てる者。
そして、丹波一国を拝領。
光秀は、ついに、国持大名に上り詰めた。
大願成就。
ここに、「明智の再興」、成る。
否、そればかりでは、ない。
光秀は、細川藤孝・筒井順慶を与力としていた。
強大な軍事力を有していたのである。
これすなわち、「持てる者」。
光秀の、明智氏は、正に、絶頂の時期にあった。
一、長宗我部元親の取次。
のみならず、光秀は、四国の雄、長宗我部元親の取次でもあった。
以下、彼らの領国・領地及び影響力の強い地域を列挙する。
細川藤孝 丹後
明智光秀 丹波 山城 近江(琵琶湖西岸)
筒井順慶 大和
長宗我部元親 土佐 阿波・讃岐・伊予(一部)
これで、一目瞭然。
何と、物の見事に、南北に繋がるではないか。
そして、それを可能にするのが、光秀だった。
「謀叛」、・・・・・。
これすなわち、東西分断。
斯くなれば、「天下布武」は、一瞬にして、壊滅する。
そのような可能性を孕んでいたのである。
だが、しかし、・・・・・。
一、信長の猜疑心。
信長は、猜疑心が強い。
否、強すぎた。
警戒心を、解かず。
心の内を、見せず。
重臣と雖も、油断せず。
それ故、今がある。
信長が、これに*気づかぬわけがない。
*=「謀叛」、・・・・・。これすなわち、東西分断。
とすれば、光秀は、危険人物。
否、要注意人物。
と、なる。
このことが、光秀を苦しめることになる。
「持てる者」、故の悩み。
信長の重臣なれば、こその悩み。
「油断しては、ならぬ」
「隙を見せては、ならぬ」
「失敗しては、ならぬ」
逃れられぬ宿命だった、・・・・・。
時は、戦国時代。
「油断」、すなわち、「死」。
相互不信の時代であった。
光秀の苦悩。
緊張の連続。
神経の磨り減る日々がつづく。
このストレスが、「本能寺の変」へと繋がっていく。
一、謀叛、裏切り、弟殺し。
実の弟ですら、信じられぬ時代だった。
織田信勝の一件。
死神は、ある日、突然、訪れる。
信勝は、油断した。
猜疑心が強く、用心深くなければ、命を失う世の中だった。
信長は、信勝を殺害した。
これが当時の風潮だった。
恐ろしい時代だった。
光秀の思考は、当時の風潮から大きな影響をうけた。
光秀の行動は、当時の風潮に基づくものであった。
風潮は、時代とともに変化する。
本能寺の変を現代の風潮でとらえるべからず!!
⇒ 次へつづく
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