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本能寺の変1582 重要Point ◎第17話 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』

重要Point ◎第17話 

4光秀の苦悩 5分かれ道 2/3 

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 16 ◎ 17 ◎ 18 ◎ 
*以下は、重要ヶ所◎のみ抜粋したものです。
*加筆修正 

◎P17   ◎第17話

信長の人物像 信長は、竹生島参詣後、女房衆を誅殺した。
       信長は、絶対専制君主。
       信長には、大きな夢があった。
       やり遂げねばならぬ、目的だった。
       難題山積。緊張の日々。
       信長は、完璧主義者。
       頭の回転が速く。「隙」を見せず。
       気力・体力が充実し。図抜けた、実行力があった。
       信長は、心身ともに、多忙を極めていた。
       心の余裕を失っていた。

光秀の人物像 光秀は、風流の人。
       「紹巴、宗及、宗二、道是」を同道。 当代一流の文化人。
       天橋立に遊び、連歌を楽しむ。
       「戦のない世」、その有難さが身に染みた。
       最良の一日であった。
       光秀の実像。
       信長とは、異なる部分を有していた。
       光秀は、心(しん)から、茶の湯・連歌が好きだった。
       光秀は、武将でありながら、文芸を好む人物だった。
       光秀は、節度の人。己の分を弁(わきま)えていた。 
       佐久間信栄は、深入りしすぎて、その身を滅ぼした。
       光秀は、文武両道の人。 
       権謀術数に長け。目的のためには、手段を選ばず。
       戦国武将として、為すべき時に、為すべきことを、
       躊躇なく、成し遂げることが出来た。
       信長にとって、重宝で、得難い人材だった。
 
光秀の家族  「惟任日向守殿父子三人」 光秀・光慶・秀満。
       
細川忠興は、光秀の娘婿である。
       光秀の三女。後の細川ガラシャ。

志向の相違  信長の竹生島参詣事件と光秀の天橋立遊覧。
       実に、好対照な出来事であった。
       たまたま、偶然が重なっただけ。
       「陰」と「陽」。あまりにも、際立つ、その違い。
       やがて、それは、あの大事件へと繋がっていく。

藤孝の人物像 細川藤孝が光秀一行を出迎えた。
       宮津に到着。そして、饗応。心地よい時が流れる。
       藤孝は、丹後を拝領している。
       「長岡兵部太夫殿父子三人」
       細川藤孝、嫡男忠興(与一郎)、二男興元(頓五郎)。



 ⇒ 次へつづく

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 「本能寺の変」
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