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第十章 泳ぐように生きて ― あの日を越えて

プールの監視員として働き始めて少し経った頃、
責任者に言われた。
「おい岡田、ちょっと泳いでみてくれ」
突然の一言に、胸がドキッとした。
僕は長い間、泳いでいなかった。
引きこもりの7年で、体力はゼロ。
タバコもヘビースモーカー。
それでも、なんとか25メートル泳いでみた。
――けれど、途中で沈みかけた。
「泳げないのか?」と責任者が言った。
「これじゃ困るぞ」
悔しかった。
情けなかった。
でも、心のどこかで“火”がついた。
「泳げないままで終わりたくない」そう思って、次の日から自主練を始めた。
朝早くプールに来て、仕事の前に泳いだ。
その後は8時間以上、監視員として立ちっぱなし。
正直、体はボロボロだった。
でも、あきらめたくなかった。
誰も教えてくれなかった。
泳ぎ方もわからない。
手探りで、何度も何度も水を飲んだ。
水中で息が切れて、
夜は家に帰ってから泣いた。
誰にも見られないように、枕を濡らした。
それでも次の日も泳いだ。
笑われても、バカにされても、泳いだ。
「下手くそだな!」
「もっと効率よく泳げよ!」
「誰か、あいつに教えてやれ!」
そんな声が飛んでも、
僕は笑って「はい」とだけ答えた。
心の中で、「いつか見とけ」と呟きながら。
練習を重ねるうちに、
少しずつ体が水に馴染んできた。
息継ぎもできるようになった。
25メートルが50メートルになり、
いつしか、泳ぐことが怖くなくなった。
そして、次の挑戦がやってきた。「赤十字 水上安全法救助員」――資格を取れという命令。
条件は、500メートル連続泳、手を使わずに5分間立ち泳ぎ、
そして25メートル潜水。
「無理やな……」と思った。
でも、責任者の言葉が背中を押した。
「やる気を見せてもらわんと困る」
――その一言で、火がついた。
毎日、練習。
仕事の前に泳ぎ、
仕事のあともプールに残った。
肩は悲鳴をあげ、足は攣り、
肺は焼けるように痛かった。
でも、負けたくなかった。
自分にも、過去にも。
あの頃の僕は、多分躁状態だったのかもしれない。
だからこそ、限界を超えて頑張れた。
山口先生も、「頑張ってるな」と笑ってくれた。
家族も応援してくれた。
その声が支えだった。
ひとりで泳いでいるようで、
実はずっと、誰かの優しさに支えられていた。
そして、ある日――
500メートル泳ぎきった。
立ち泳ぎも、潜水もできた。
赤十字の証書を手にした瞬間、涙があふれた。
あの日の自分に、言ってやりたかった。
「おまえ、ちゃんと泳げるようになったぞ」
あの頃、死にたかった自分。
あの頃、引きこもっていた自分。
あの頃、笑われ、殴られ、消えたかった自分。
全部、ここまで泳いで連れてきた。
沈みそうな時もあったけど、
誰かの笑顔が浮き輪みたいに支えてくれた。
今でも、波はある。
うまく泳げない日もある。
でも、
生きるって、たぶん泳ぐことなんだと思う。
呼吸を合わせて、
無理せず、でも止まらず、
また次の波へ向かっていく。
僕は、これからも泳ぐ。
過去も、傷も、全部抱えたまま。
でも、それでいい。
それが、僕の生き方だから。
――泳ぐように、生きて。

つづくhttps://note.com/mitsuhiro_swim/n/n79786d6010b9?sub_rt=share_b

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