【読書感想文】 考え過ぎる才能 『社会人大学人見知り学部 卒業見込』
先日の通院日。
主治医の到着が遅れているとの事で、想定外の空き時間が出来ました。
2時間待ちの計画で出てきたけど、これは3-4時間かかりそう。
PC持ってきて仕事すればよかったな、なんて考えが一瞬よぎった自分に、心底嫌な気持ちになりました。
午後休なんだから、休めよ自分。
何をしようか考えているうちに、書店の棚をのんびり眺めたくなりました。
休職中の受診日は、書店で好きなだけぶらぶらして、目に止まった本を買う、という事をしていました。
(一番近所の書店はショッピングモールに入っていて、実用書とか児童書が豊富なところ。書店マニアには棚が物足りないのですよね。)
久々に気ままに棚を見て回っていた最中、平積みになっていた『完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込』(文庫版)を発見しました。
まだ平積みになるくらい刷られてる(≒購入されている)んだ!と驚き。
この本が話題になっていた頃は、私がちょうど書店営業をしていた頃。
表紙はよく見たけど、そういえば読んだことなかったです。
読んでみたら面白かったので久々に読書感想文を残します。
ちなみに奥付見たら、単行本化が2013年5月。
文庫版初版が2015年12月、私が買ったのは2022年の49刷でした。
これだけ長く読まれてるの凄いな。
ちなみにこの後に書かれた『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』も面白かったです。
これも休職中に病院の待合室で読み切りました。しかも好きすぎて2巡してた。
感想文
素直に見せるから面白い
まず全体を通じて凄いのが、若き日のとがってた自分や葛藤する自分を、何も飾らず、隠さず、素直に書き上げていること。
「厨ニ病」「めんどくさいやつ」などと周りから結構な言われ方をしていますが、それを自虐したり、笑わせようとガツガツしたりせず。
そのまんま、素直に見せてしまっている。
素直に見せるから、周りも嫌な気分にならず、だからこそ「笑い」に昇華できている。
先輩や同期からは「スカしてる」なんて言われる人でも、文章だと素直に見せるようになっちゃうのがまた面白い。
あと、連載開始当初に書いた事について、数年後「趣味は持っとけ」「お酌はしとけ(後で本当にめんどくさい)」と、今の若林さんが素直にツッコミを入れているのもまたすごいし、可笑しみもある。
このエッセイの後に書かれた『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』は文学的な表現があったけど、これは本当に素直にそのまま書きました、という感じ。
荒削りだけど、素直で面白い。
素直で面白いって、凄いなぁ。
考え過ぎる才能
若林さんは、昔から「考え過ぎ」とよく言われてきたそう。
物心ついた頃から「考え過ぎだよ」とよく言われる。
最近では、付き合いが長い人に「何度も言われてるとは思うけどさ」と前置きのジャブが入ってから「考え過ぎだよ」と言われるようになっている。避けれない。
ただ、「考え過ぎ」な若林さんだからこそとことん自分の感情と向き合って、徹底的に考え、ネガティブな自分をそのまま受容できたのではないかと思います。
ご自身は「悪い方に考え過ぎる」とも書かれていますが、ここまでくるともう「考え過ぎる才能」なんじゃないかと。
考え過ぎる人って結局、自分の頭で考えて、咀嚼して納得して。
自分なりにやってみてからでないと、先には進めないのですよね。
何らかの生きづらさを抱えている人で、そんな自分を何とかしたいと考える人には、「考え過ぎる才能」って必要な気がします。
まぁ、そもそも「考え過ぎる」から生きづらいんですけどね。
鶏が先か卵が先か、みたいな話になってしまった。
心に響いた言葉
私は社会人1年生から営業やら企画のプレゼンやら、人前に立ったり喋ったりする仕事ばかりしています。
そんな仕事してる私も、何を隠そう「人見知り」です。
"仕事"や"趣味"等のテーマがないと、あまり人と喋れません。
全く知らない人との雑談が超絶苦手。
そして、何やら生きづらさを抱えてもいます。
人見知りの真骨頂(?)若林さんの書くことは共感できることが多いし、なかなか響く言葉が散りばめられていました。
自分用に、心に響いた言葉を引用で残しておきます。
大丈夫と言うことから大丈夫は始まるのだ。
その時、「あぁ、俺は"大丈夫"って誰かに言ってほしかったんだな」と言うことに気付いた。
自力では抜け出せない程のネガティブな感情に嵌った時、一番初めに起動しなきゃいけないのはやっぱり心だ。
行動を起こしながら感情がついて来ることもあるだろうが、それでも一番初めのアクションは心からだ。
ぼくは、この先ネガティブな感情から抜け出せない仲間がいたら、ぼくの想像力が及ばなかろうが、経験値が及ばなかろうが、保身せず「大丈夫」だと言い張ろうとその時決心した。
本当に大丈夫かの信憑性はどうでもいい、まず大丈夫と言う。そして、言ったことにより生じる責任を、負おう。
(中略)
大丈夫と言うことから大丈夫は始まるのだ。
『完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込』p90-91
身に覚えがある。
復職に対する不安でいっぱいだった時、優しい「大丈夫だよ」の唄声に励まされました。
(励ましてくれたのは仲間ではないけど…。笑)
私も「大丈夫だよ」って寄り添って欲しかったんだなぁ。
ネガティブを潰すのはポジティブではない。没頭だ。
ゆったりとした時間はかえって奴らに付け入る隙を与える。何かに没頭して時間を圧縮して入る隙を与えないのだ。
『完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込』p140
これまでぼくは起きもしないことを想像して恐怖し、目の前の楽しさや没頭を疎かにしてきたのではないか?
深夜、部屋の隅で悩んでいる過去の自分に言ってやりたい。そのネガティブの穴の底に答えがあると思ってんだろうけど、二十年調査した結果、それただの穴だよ。
『完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込』p142
ネガティブを潰すのはポジティブではない。没頭だ。
『完全版 社会人大学人見知り学部卒業見込』p142
うつ期に入るとよく、「好き」という感情が生きているか?を確認します。
動画が見られる、音楽が聴ける、本が読める、noteが書ける。
こんな状態であれば、うつはそのまま片隅に置きながら、できるだけ「好き」を浴びるようにしています。
今の私はこの本が読めたし、noteも書けてるから、まだたぶん大丈夫。
若林さんの言う「没頭」と似ている気がします。
本当は人に近付きたい、でも近付いてきらわれたくないという自意識過剰な人が人見知りになる。
人嫌いと人見知りは違う。
本当は人に近付きたい、でも近付いて嫌われたくないという自意識過剰な人が人見知りになる。人見知りの人は周りに人が少ないから孤独感を勝手に抱き始める。そうなると誰かに理解して承認してもらいたくなる。承認欲求が芽生えると表現なんぞを始める。だから、意外と重度の人見知りこそいけしゃあしゃあと人前に出て表現したりするものなのだ。
『完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込』p237-238
ぐさっときた。私だ。
なにせ筋金入りの人見知り。小学生くらいから何かしら「表現」しながら生きてる。
こじらせ過ぎて、今はある意味「表現」が仕事になってる。笑
変えるんじゃなくてコントロールできるようになればいい。
ぼくらのような人間はネガティブで考え過ぎな性格のまま楽しく生きられるようにならなきゃいけないんですよ。前にも書いたけど性格は形状記憶合金のようなもの。なかなか変えられない。だから、変えるんじゃなくてコントロールできるようになればいい。
『完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込』p239-240
「社会人一年生」から時系列に読んでいく構成になっているので、若林さんの変化の過程に立ちってきた気持ちになりました。
"あの"若林さんが自分をそのまま認めて、受け入れている。
感動しました。
ちゃんと降参して、理想を追う道から降りよう。おそらくそれが正しい。
ちゃんと降参して、理想を追う道から降りよう。おそらくそれが正しい。
だって、ちょっと降りてみたら今日がくっきり見えてしょうがない。
『完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込』p307
これも覚えがあります。
私も、自分をがんじがらめにしていた「理想」を手放すことができました。
休職して良かった、というのは語弊があるかもしれませんが、休職しなければ今でも手放せていなかったと思います。
「ネガティブモンスター」が心に居る人は読むべし
若林さんの「発見」は、身に覚えがあることばかりでした。
私は精神を病んで休職しないと分からなかった事に、若林さんは健康なまま(?)たどり着いていました。
早く読んでおけば、病気になるまで頑張りすぎることもなかったのかなぁ。
と言って、私も「考え過ぎ」な人ではあるので、休職して強制的に立ち止まり、自分で考えて答えを見つけなければ、先には進めなかったような気もします。
これだけ紙の本が長く読まれているんだから、きっと多かれ少なかれ共感する方が多いのだと思います。
ネガティブモンスターが心に居る、という自覚がある方はぜひ読んでみてほしいです。
何か発見があるかも?
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