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凡庸な自分を見せる勇気がない人は一生「天才のフリ」で終わる。大谷翔平選手になれないから。裏表官能小説家の現実

完璧主義は、天才のフリをした「怠惰」。

いきなり甲子園に出られる特権を、なぜ使わないのか?

こんにちは、蜜麦苗です。

星の数ほどのクリエイターが生まれ消えていく。
SNSが発達してから、その現象に拍車がかかった。

創作していて、いろんな人と知り合った。
・すぐ消えた人。
・諦めずにやってるけど芽が出ない人。
・いきなり注目をあびて、グンと伸びた人。
・じりじりと力をつけて伸びた人。

いっぱい見ました。

でも、その創作界隈で一番多いのは、すぐ消える人。
創作をすぐ諦める人。
どうしても始められない人。
のような、創作ピラミッドの一番下あたりにいる人。

たぶん彼らは「自分が凡庸であること」を恐れてやめていった。
でも、考えてみてほしい。
誰だって最初は「へっぴり腰の素振り」から始まる。
バットを持った瞬間に、
メジャーに行ける人なんてどこにもいない。
なのに、最初から凄い作品を出せると思ってたのかな?

反応がないからやめる。
それって、裏を返せば。
「自分は一発で成功できる天才だと思ってる」ってことなの?
そんな風に思う訳です。
完璧主義って、天才幻想の裏返しです。
失敗なんて、して当然なのに、
「向いてないや」ってあきらめる。

多分そのセリフを吐いて良いのは、
長年諦めずにやってるけど芽が出ない人。
まあ、それでも、その場所が向いてなかったり、
やっている方向が間違ってたりするだけの事もある。
さらりとやめる人は「一発天才」という、
その自分の中の幻想を守るために、
「まだ準備ができてない」「インプットが足りない」と、
「やらない理由」を探し、いつしか消えていく。

1.天才幻想が生む、最大の罪

創作を止め、手を止めさせる真の罪は、
「私は努力しなくても、一瞬で成功する天才のはず」という、
根拠のないプライドに依存していることです。

違う? いえ。そうじゃなきゃ、説明がつかない。

「いやいや、自信がないからよ」
「作品を出すのが恥ずかしくて無理だからよ」
「忙しくて、二足の草鞋を履くのは限界だわ」
「まだインプットが足りないから」

そして最後。
「どうせ私には才能がないから」

全て、いきなり成功する事を念頭に置いているから出る台詞。
出来なくて当然。失敗して当然。反応が無くて当然。
それなのに……、
いきなり評価されない! いきなりバズらない!
なんで!? と筆を折る。
これはキャッチボールが、できるようになったあたりで、
甲子園に出れない! もうやめる!と言っているのと同じ。

本当に力のある創作者は、
やりながら失敗することを恐れない。
彼らは、失敗がデータであり、
成長の糧であることを知っています。
天才を気取る完璧主義者だけが、
その「一発天才」幻想が壊れるのが怖くて、
いつまでもバットを握ろうとしないのです。

そしてこう言う。

「大谷選手は凄すぎて、私には無理」

なるほど。

2.SNSは、全員に与えられた「甲子園への特権」

私たちは、今、凄い特権を持っています。
昔は、作品を世に出すには、
何年も修行し、作品を手間をかけて送って、
編集者に認められ、出版社という門を通るしかなかった。
いくら努力しても、甲子園に出れずに応援席にいる子が大半でした。
だけど、SNS時代の創作はいきなり甲子園に出れる。

今の時代、SNS、Note、YouTube、TikTokという甲子園があります。
キャッチボールレベルのへっぴり腰の素振りでも、
いきなり試合に出れる。
へっぴり素振りの一発目を、誰かが見てくれる。
これは、最高の練習環境です。
一人で練習していたらレベルもあがらない。
でも、SNSという実戦の場には、
メジャー選手も、プロも、強豪校の高校球児もいる。
そこで、無条件で揉まれる権利が、
誰にでも与えられている。

凄くない?

「まだ準備ができてない」とか言って、
すぐ出れる試合にも出ずに、
ベンチで終わる人が多すぎる。
試合に出て少しバットを振って諦める人が多すぎる。
「もったいない!!」
その特権を、なぜもっと有効に使わないのか?

3.やるしかない。「へっぴり腰の一打」に意味がある

やるしかない。
ぜんぜん勝負にはならないかもしれないけど、
メジャーに引っ張られていたら、
いつか高校球児くらいにはなれるかもしれない。
失敗しても、空振りしても、
誰にも見向きもされなくても、
実戦でバットを振った経験は絶対に残る。
一度でも「打席に立った人」だけが、
次の球を見極められるようになる。
実戦で自分を鍛える事ができるなんて、
どんな孤独な練習より効率がいい。

私も書籍化の時はびっくりした。
「練習」に目を付けてもらえるなんて、
しかもコーチじゃなくてプロのスカウトに。
正直にいうと、書籍化した作品は、練習で書いたもの。

あなたの次にあなたが書く言葉は、
もしかしたら、まだ球に当たらないかもしれない。
でも、それが千回目の素振りの一つなら、意味がある。

天才を気取って動けない完璧主義を脱いで、
今日、あなたの「へっぴり腰の一打」を見せてほしい。
世に何百万人といる、編集者が赤入れしてくれるから。
ここがダメ、あそこがダメ、ここが良い、感動した。って。

だから、実戦でバットを振るのはやめない方が良い。
私は今日も、必死に素振りを続ける。


裏表官能小説家 蜜麦苗
 

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