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妄想シティ 第9話

16

 僕はまた、かつて僕が住んでいたアパートに向かって歩いていた。
 それはもう失われてしまったのに。こんなことをしても何にもならない。そんなことはわかっている。だけど無意識のうちに、僕の足はそこに向かっている。

 アパートに向かう途中の道のりで、僕はまたいつもの光景に出会う。燃え盛る家。そしてそれを眺める女の姿。
 女と視線が合う。しかしもう、お互いに気にしない。僕はそのままそこを通りすぎようとしていた。

 しかしいつもとは違っていた。燃え盛る炎は勢いを増し、みるみる内にあたり一面に飛び火した。僕は振り向いて女を見た。
 女はうろたえていた。これは女の妄想ではない。じゃあ誰の?

「もっと派手にやらなきゃあ、面白くないだろう?」という男の声がした。
 男は宙に浮いて僕らを見下ろしていた。
 その男の顔には見覚えがあった。
 そうだ、それはTVで見た、難波逸郎だった。

「やめろ」と僕は難波に向かって言った。
「どうして? おもしろいじゃないか」
「こんなの馬鹿げてる」
「たかが妄想だ。何が悪い?」
「彼女は怖がっている」と僕は女の方を見る。女は怯えていた。 
「最初に火をつけたのはその女だ。これが怖いのなら、妄想なんてしなければ良い」
 難波はゆっくりと地上に降り立った。いや、これは妄想だ。実態はどこにいる?
 僕は妄想力を使って火を消した。

「なかなかやるじゃないか」と難波は言い、「じゃあこれはどうだ?」と言っていつの間にか手に持っていたロケットランチャーを発射した。
 ロケット弾は僕らの脇をかすめ、後方にあった民家に当たって破裂した。いや、これも妄想だ。

 僕はジャケットの内側のホルスターから拳銃を抜き出して難波に向かって構えた。
「ほほう、ダーティハリーか?」と難波は笑う。
 マグナム44。象も殺せるという強力な拳銃だ。映画「ダーティハリー」でクリント・イーストウッドが使っていた。これは妄想では無い。本物だ。
「物騒なものを持っているんだな」と難波は落ち着いている。

 僕が銃口を向けているのは難波の妄想の姿でしかない。それは僕も難波もわかっている。
 僕の手は震えていた。いくら妄想の相手だからと言って、僕は本物の拳銃を人に向かって構えているのだ。
 僕は極度の緊張の中にいた。頭がくらっとした。その瞬間に難波は姿を消した。

「大丈夫か?」と僕は女に声をかけた。
「あなた、刑事なの?」
「いや」
「じゃあ何者?」
「さあ、何者なんだろう? 僕にもわからない。だけど正義のために僕は戦っている。そう信じている」
 女は怯えたまま、その視線は僕の拳銃を捕らえていた。僕はあわてて拳銃をホルスターに納める。
「やつらにまた襲われるかもしれない。ともかく僕らの研究所に一緒に行こう」
「研究所って?」
「妄想の脳波研究をしている研究所だ。そこには僕の仲間がいる」

17

 放火女の名前は梅田佳子と言った。
 佳子の妄想力はそれほど強いものではなかった。ただ炎に対してだけは絶大なる執着心があった。

 佳子は放火魔によって家を放火され、両親を失っていた。その放火魔は刑期を終えてあの家に暮らしていた。
 佳子にはその放火魔が許せなかった。だから佳子は放火魔の家を妄想で燃やし、復讐をしていたのだ。
 そんなことをしたって何もならないことは佳子にもわかっていた。だけどそうせずにはいられなかった。佳子のなかの底知れない怒りの捌け口が、あの放火行為だったのだ。

「兄さん、かっこいいっすね、この拳銃」と須田が僕のマグナム44を眺める。
 だけど和美は不機嫌な顔をして僕を見ている。
「あなたは本物の拳銃の銃口をやつらに向けてしまった。それが何を意味するかわかる? これからはやつらも容赦しないってことよ。今後はやつらも本物の武器を私たちに向けてくるでしょうね」
「まあ、いいじゃないか。遅かれ早かれこうなる運命なんだ。腹をくくるしかない」と橘博士は言った。

※ ※ ※

 僕は草原の中を走っている。
 どこまでも続く青空、広大な大地。
 総天然色の世界が目の前に広がっている。

 ピンクのゆったりとしたワンピースを着た香織の後姿を僕は追っている。
 香織のワンピースがゆらゆらとゆれる。僕は香織の背中を追いかける。
 ゆっくりと、スローモーションのように時間が流れている。

 僕は空を飛ぶ。ダイヤモンドを手に持ったルーシーがいる。加藤和彦もいる。
 僕は空から地上を眺める。香織はいなくなっていた。

 フラミンゴの群れだ。ピンクのフラミンゴの大群が草原を駆け巡る。
 クリストファー・クロスの歌声が聞こえてくる。僕はフラミンゴの大群を追いかける。

 やがてフラミンゴの大群は静止する。
 僕はフラミンゴたちを掻き分けてその中心へと進む。
 そこには血だらけで息絶えている香織の姿があった。

「君が殺したんだよ」とノーホェアマンは言った。
「君が殺したんだよ」とノーホェアマンは繰り返した。
 僕の手には血のついたナイフが握られていた。
「そんなはずはない。僕が香織を殺すなんて、そんなはずがない」
 僕は呟いた。

「彼女は明らかに君が殺した。君が殺したんだ。君は知ってるじゃないか。君は自分が香織を殺したことを知っているじゃないか。目の前の現実から目をそらすなよ。さあ、見るんだよ。君が香織を殺したんだ」
 僕は錯乱した。僕の頭は割れそうになった。
 頭を掻き毟る。頭の中の血管がどくどくと脈打って、今にも爆発してしまいそうだった。
 ああ、僕の頭は破裂する。僕の頭は粉々に吹っ飛ぶ。でもそれで良い、それで良いんだ。僕が香織を殺したんだから。
 そのまま意識が薄れてゆく中で、僕は何かに叩かれているような衝撃を感じた。僕の体のいたるところから血が噴き出した。
 ああ、僕は死ぬんだ。このまま死んでしまうんだ。

 和美が僕の両頬を往復ビンタしていた。
 泣きながら僕の頬を叩いていた。
「気がついたぞ」という橘博士の声が聞こえた。
「あんた馬鹿じゃないの!?」
 和美が泣きながら僕の襟首を掴んでいた。僕には何が起こっているのかわからなかった。
 僕の洋服は血だらけだった。何だろう、この血は? これは僕の血だ。
「これは?」と僕は呟く。
「心配しなくても良い。それは君の鼻血だよ。大丈夫だ」と橘博士。
「それよりもあなた、死ぬところだったのよ」と和美。
「死ぬところ?」
「ええ」
「僕は夢を見ていたんだ」

18 

「ノーホェアマンが僕を殺そうとした。ノーホェアマンはいったい何者なんだ?」
 僕はひとりごとのようにつぶやいた。
「ノーホェアマンは君自身だよ」
 橘博士は神妙な表情をして僕を見ていた。
「僕自身が僕を殺そうとした?」
 僕には理解ができなかった。
「そうだ。君自身の潜在意識の中にある自殺願望が君の脳内の血管を収縮させていた。とても危ない状態だった。和美が君の目を覚まさせなかったら、君は永遠の眠りについていたところだった」
「永遠の眠り?」
「君は植物状態になり、永遠に夢を見続けるんだ」
「その方が幸せだったかもね」と和美は悪ぶった口をきく。

※ ※ ※

 僕と和美はブティックの中にいた。モノトーンのシックなブティック。
 それは和美の夢だ。
 僕は和美がデザインした黒いスーツ、和美は黒いタイトなワンピースを着ていた。

「あなたには死んで欲しくない。初めてあなたに会ったときから、あなたにはどこか惹かれるものがあったの。男としてぜんぜん好みじゃないし、あなたの悪趣味にはうんざりだった。でも、何かを感じるの。それが何なのかわからないけど、ともかく今はあなたに死んで欲しくないと思ってる」
 和美はいつになくシリアスに僕に話しかけた。
「ありがとう。僕の命を救ってくれて」と僕は答えた。
 和美は黙ってうなづくと、僕のそばに静かに近づき、僕を抱きしめた。
 僕も和美を抱いた。僕の気持ちはとても安らいだ。

 和美が左手で僕の股間を触り、右手を僕のほほにあてた。
 僕は和美の顔を見つめた。妖艶な表情をして和美は僕を見ている。
 僕は一瞬戸惑ったが、その美しい魅力に魅了された。
 僕らは見つめあい、激しく唇をかわした。
 ああ、僕はもう我慢ができない。

「ふざけんな!」と和美が叫び、須田のほほをひっぱたいた。
 え、何? いったい何が起こっている?

「人の妄想に勝手に入ってきて、勝手なことをしないてくれる!?」
 と言って和美は須田の胸倉をつかんでいた。
 ああ、そうか、これは須田の妄想だったのか。
「あなたもこんなくだらない妄想にのっかてんじゃないの。このエロ野郎」
 そう言って和美は僕の鼻をつまんだ。


第10話につづく。


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甘野充 言葉だけでは伝わりません。 コメントはチップとともに。 「謎解きはディナーの後に、みたいに言うな!」