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妄想シティ 第8話


13

「音もなく忍び寄るっていうやつですかね?」
 と須田が言う。
「何が?」
「やつらですよ、やつら。悪の組織のことですよ。だってあの渋谷での事件以来、目だった動きが無いじゃないですか。何だか不気味ですよね」
「そうだな」
「兄さん、暇だからこれ行ってみませんか?」
「誰が兄さんやねん!?」
 須田が僕の目の前に出した雑誌にはアイドルの記事が載っていた。
「いや、これね、ぴったりだと思うんですよ、僕らに」
「何で俺がお前みたいなアイドルオタクと一緒にされるんだよ?」
「そうじゃなくて、ここですよ」
 僕はまじまじとアイドルの記事を読んだ。

 それは、ニュータイプなアイドルなのだという。
 『リアル・エンジェルス』という三人組の美少女グループなのだが、彼女たちはテレビや雑誌など、メディアにはいっさい出ない。
 彼女たちの顔や姿は一般には明かされることが無く、それを見ることができるのはライブなどのイベントのみなのだ。肉眼でしか見ることができない天使。それが『リアル・エンジェルス』なのだ。そのリアル・エンジェルスの初のイベントが行われる。

 興味を引くのはその参加条件だ。このイベントには選ばれた者だけが参加できる。
 その条件とは『超能力者』だ。
「超能力者!?」
 と僕は思わず叫んだ。

「参加資格は、人並みはずれた想像力を持ち、読唇術や洞察力にたけた超能力者であること。参加者にはテストが実施され、そのテストに合格したものだけがイベントへの参加が可能」
 僕はその記事を読み上げた。
「須田君、匂うな」と橘博士が言った。
「え、僕昨日ちゃんとお風呂入りましたけど」と須田。
「私もそれに参加する」と和美。
「え、姉さん、オタクだったんすか?」
「いつだ、これ? って、今日ジャン!」

14

 僕と和美と須田は、橘博士の指令に従って出動した。
 行き先はアイドルイベントの参加テスト実施会場。

 会場の雰囲気は、異様なものだった。
 何もない広場に仮設テントと仮設トイレのようなものが並び、あとはヒトヒト人で埋め尽くされている。
 ともかく、集まっているのは顔も姿も公開されていない無名のアイドルのイベントに参加しようという輩だ。マニアックもマニアック。おまけに妙な参加条件までついてくるのだから余計だ。まるでアニメのイベント会場のようだ。
 参加者は個別にテストを受けることになっている。仮説テントに設けられた受付で必要事項を記入し、エントリーナンバーが記載されたカードを受け取る。
 テストは一人一人個室にて行われる。広場に設置された仮説トイレのようなユニットの前にたくさんの人々が並んでいる。まるでトイレの順番待ちのようだ。
 僕らは別々の列に並び、順番を待った。

 僕の順番が来た。
 僕は仮設トイレのようなそのドアを開いて中に入った。
 中はやっぱり仮設トイレのようだった。ただ、内壁は真っ黒く塗られている。狭いスペースの中央に椅子があり、そこに座るようにと音声ガイドで促される。
 僕がその椅子に座ってドアを閉めると、目の前の壁に設置された14インチほどの液晶ディスプレイのスイッチが入り、映像がスタートした。
 ディスプレイにはこの世のものとは思えないような美少女のコンピュータ・グラフィックスが登場した。そのコンピュータ・グラフィックスは実に良くできていて、リアルで、まるで本当の人間のようだった。
 でもどうしてコンピュータ・グラフィックスなのか?

「初めまして、リアルエンジェルスの杉原なおこです」とディスプレイに表示された美少女が話し始めた。
 女の声は、アニメの主人公のようだった。
「私の自己紹介をしますね。身長は148.5センチ。スリーサイズは、上から74、56、81です。1991年生まれの19歳です」
 画面は水着姿の美少女の全身像が前、横、後ろと一周する。
「私たちのデビューシングル『恋の悩みも何でも解決します』を聴いてくださいね」
 と杉原なおこが言い、プロモーションビデオがスタートした。

 いかにもアイドルソングといった感じの明るくてポップな音楽が流れ、3人組の美少女が登場した。
 しかしそのビデオではっきりと顔が映し出されるのは杉原なおこのみで、それ以外のメンバーの顔や姿はなぜかはっきりとしない。ビデオは杉原なおこだけがフューチャーされた形で構成され、海辺を水着姿で走る杉原なおこが映し出された。
 プロモーションビデオが終了すると、液晶ディスプレイが消え、周りが明るくなった。
 そして僕は一瞬にしてお花畑の真ん中に立っていた。遠くの方から走ってくるアイドル衣装を身に着けた杉原なおこ。なおこは僕の目の前で止まった。

「どうも初めまして、杉原なおこです。今日は私たちのデビューイベントに来てくれて、ありがとう」
 目の前に立った杉原なおこは、とても美しかった。これは立体映像か? なおこはコンピュータ・グラフィックスではなく、リアルな人間に見えた。
 なおこは僕のまえに手をさしのべた。僕はなおこの手を握ろうとしたが、握れない。これは、妄想世界だ。

 しばらくなおこと会話をしたあと、周囲が真っ暗になり、目の前の液晶ディスプレイのスイッチが入った。
「おめでとうございます。第一ステージクリアです。次のステージにお進みください」
 と音声ガイドが言った。

 がたん、と部屋がゆれ、動きだした。
 ボックス全体が回転したようだった。
 もう一度ユニットががたんと揺れ、ドアが開いた。
 目の前にはまた同じようなボックスが設置され、『第二ステージ』と書かれていた。僕は第一ステージのボックスから外に出て、第二ステージへと進んだ。

 第二ステージのボックスに入ると、液晶ディスプレイにまた、コンピュータ・グラフィックスの美少女が登場した。
「初めまして、リアルエンジェルスの岩下久美です。私の自己紹介をしますね。身長は161センチ、スリーサイズは、上から76、60、83です。1991年生まれの19歳です」
 画面は水着姿の美少女の全身像が前、横、後ろと一周する。
「私たちのデビューシングル『恋の悩みも何でも解決します』を聴いてくださいね」
 と岩下久美が言い、プロモーションビデオがスタートした。
 いかにもアイドルソングといった感じの明るくてポップな音楽が流れ、3人組の美少女が登場した。
 しかしそのビデオではっきりと顔が映し出されるのは岩下久美と杉原なおこのみで、もうひとりのメンバーの顔や姿はなぜかはっきりとしない。ビデオは岩下久美だけがフューチャーされた形で構成され、海辺を水着姿で走る岩下久美が映し出された。
 プロモーションビデオが終了すると、液晶ディスプレイが消え、周りが明るくなった。
 そして僕はまた、一瞬にしてお花畑の真ん中に立っていた。
 遠くの方から走ってくるアイドル衣装を身に着けた岩下久美。久美は僕の目の前で止まった。

「どうも初めまして、岩下久美です。今日は私たちのデビューイベントに来てくれて、ありがとう」
 目の前に立った岩下久美は、とても美しかった。久美は僕のまえに手をさしのべた。僕は久美の手を握る。こんどはかすかだが、手の感触があった。しかしあいかわらずそれは、現実とは思えなかった。

 しばらく久美と会話をしたあと、周囲が真っ暗になり、目の前の液晶ディスプレイのスイッチが入った。
「おめでとうございます。第二ステージクリアです。次のステージにお進みください」
 と音声ガイドが言った。

 がたん、と部屋がゆれ、動きだした。
 さっきと同じようにボックス全体が回転し、ドアが開いた。僕は目の前にある第三ステージと書かれたボックスへと進んだ。液晶ディスプレイにまた、コンピュータ・グラフィックスの美少女が登場した。

「初めまして、リアルエンジェルスの小出友子です。私の自己紹介をしますね。身長は154センチ、スリーサイズは、上から75、55、78です。1991年生まれの19歳です」
 画面は水着姿の美少女の全身像が前、横、後ろと一周する。
「私たちのデビューシングル『恋の悩みも何でも解決します』を聴いてくださいね」
 と小出友子が言い、プロモーションビデオがスタートした。

 いかにもアイドルソングといった感じの明るくてポップな音楽が流れ、3人組の美少女が登場した。こんどはメンバー3人ともの顔がはっきりと映し出された。しかしながらあいかわらずビデオは小出友子だけがフューチャーされた形で構成され、海辺を水着姿で走る小出友子が映し出された。
 プロモーションビデオが終了すると、液晶ディスプレイが消え、周りが明るくなった。
 そして僕はまた、一瞬にしてお花畑の真ん中に立っていた。遠くの方から走ってくるアイドル衣装を身に着けた小出友子。友子は僕の目の前で止まった。

「どうも初めまして、小出友子です。今日は私たちのデビューイベントに来てくれて、ありがとう」
 目の前に立った小出友子は、とても美しかった。友子は僕のまえに手をさしのべた。僕は友子の手を握る。こんどはしっかりと手の感触があった。しかしあいかわらずそれは、現実とは思えなかった。
 しばらく友子と会話をしたあと、周囲が真っ暗になり、目の前の液晶ディスプレイのスイッチが入った。

「おめでとうございます。全ステージクリアです。リアルエンジェルスのステージをお楽しみください」
 と音声ガイドが言った。ボックスが回転し、ドアが開いた。目の前には『リアルシアター』と書かれた建物があった。

※ ※ ※

 その建物は200名ほどが収容できる小劇場だった。
 僕はその中へと入場する。しかしその会場内は静まり返っていた。そう、そこには誰もいなかったのだ。
 このテストに合格したのは今のところ、僕一人だということだ。

 しばらく僕は静寂の中にいた。
 何か変だ。そうだ。変なのはこの静寂だ。アイドルのイベントとはとても思えない。真っ黒な壁面に薄暗い照明。鮮やかな照明と華やかな音楽が鳴れば、それはそれでそれらしいのだが、そのどちらもここにはない。僕はここで、リアルエンジェルスの登場を一人で待つのか?

 静寂の中では時間はとてつもなく長く感じられた。
 ずいぶんと待った後に次の合格者が現れた。それは須田明彦だった。

「ああ、兄さんも合格できましたか?」
 と須田はうれしそうに僕の横に座った。その兄さんはやめてくれ、と僕は思うのだ。
「しかしまあ、ハードでしたねえ、このテスト」
「ハード?」
「ええ、プロモーションビデオが終わった後がきつかったですよ」
「何が?」
「何がって、兄さんもテストやったでしょう?」
「でも特にハードじゃなかったけど」
「え? だってビデオが終わってからいきなり真っ暗になっちゃって」
「真っ暗?」
「そうですよ。それで影の声みたいなのが『想像しろ、想像しろ』って」
「何だそりゃあ?」
「兄さん、違ったんですか?」
「俺は、ビデオが終わったらいきなりあたりが明るくなって」
「えーー?」
「どうなってるんだ?」

 そうこうしているうちに、三人目の合格者が現れた。それは、栗山和美だった。
「姉さんも、相当なオタクだったんですね?」
 と須田が言った。和美は須田の言葉を無視して無言で歩いてきて、僕の右隣に座った。

「これは単なるアイドルイベントじゃあないわね」
 と厳しい表情をして僕に言う。
「じゃあ何?」
「妄想力をテストする、超能力者のレベル判定テスト」
 和美が言い終わるか言い終わらないかの時に、ステージのスポットライトが点灯し、タキシード姿の男が現れた。

「さすがだな、栗山和美」とその男は言った。
「誰?」と僕と須田は和美の顔を見る。
「大友光彦」と和美。
「それ、誰?」と僕と須田。
「馬鹿じゃないの、あなたたち。これが私たちの敵、悪の組織のリーダーよ」
「ええーーー!」
「悪の組織のリーダーとは、ひどい言われようだな」
「だって、そうじゃないの。あなた、いったい何を企んでいるの?」
「そんなの決まっているじゃないか。アイドル・ビジネスだよ。アイドルはもうかるからねぇ」
「それは表向きの姿でしょ?」
「表向きも裏向きも無いよ。お金儲けができればそれで俺は満足だ」
「うそばっかり」
「言いがかりはよしてくれよ。俺がどんな悪いことをしているっていうんだ? それよりも君たち、俺の仲間にならないか? 君たちの妄想力は人並みはずれている。その能力を有効に使ってみたいと思わないか?」
「ふざけないでよ! あなたは人殺しじゃない! 研究所の所長を殺して研究所を乗っ取ったくせに!」
「ああ、そうだった。そんなこともあったな。だけどそれは過去の話だ。昔のことは水に流して、仲良くしようじゃないか?」
「よくもまあ、そんなことが言えるわね?」
「仲間になる気は無いんだな?」
「当たり前じゃない」
「それだったらここから出て行ってもらうよ」
 大友がそう言った瞬間、目の前が真っ白になった。
 まぶしさに目がくらみ、その場にうずくまる。
 地面が激しく動いた。
 僕らには何もするすべが無かった。
 気がつくと僕らは、原っぱにいた。

15

 僕らはともかく、一旦はアジト(?)に引き上げることにした。
 今の段階では大友の悪の組織と僕たちではあまりにも力の差がありすぎる。それに敵の本拠地ではあまりにも不利だ。仕切りなおしをするしかない。
 完敗に終わった僕らの戦いに、僕らの気持ちは沈んでいた。帰り道、和美が思わずつぶやいた。

「くやしい」
「うん」と僕。
「せっかく全ステージクリアしたのに、本番のライブが観れないなんて」と須田。
「そういう意味じゃないだろ!?」

 研究所に戻ると、橘博士はテレビ画面にくぎずけになっていた。
 テレビではあのアイドル・イベントの様子がレポートされていた。
 イベント会場の中には報道陣が入れないため、レポーターは出口で参加者のインタビューを拾っていた。

「君たち残念だったねぇ」と橘博士は僕らに言った。
「君たちの妄想力でも歯が立たないなんて、」と言う橘博士に対して、「全クリしましたよ」と須田。
「え? でも全クリできたのはたった一人だったってテレビで」
 テレビ画面を見ると、若い男がインタビューを受けていた。『ただ一人全クリしたラッキーボーイ、難波逸郎』とテロップが出ている。

「どうでした? イベントは?」とレポーター。
「これぞ真のアイドルって感じですね。まさに僕のような選ばれた人だけが観るに相応しい究極的伝説的な真のアイドルです」と難波は淡々と答える。
「彼女たちの素顔は公開されていませんが、難波さんただ一人がごらんになっているわけですね」
「そうです。もうこの世のものとは思えないほどのかわいい3人でした」
「その3人が、あなたのためだけに歌って踊ったわけですね」
「はい。もう感動でした」

「このイベントを主催しているのは大友でした」と和美。
「やっぱりな」と橘博士。
「私たちは全クリしたあと、大友に会ったんです」
「そうか」
「驚かないんですか?」と須田。
「だいたい想像はつくよ。あいつの性格からして」
「大友は私たちに仲間になれと」
「それで?」
「もちろん断りました。そうしたら広場に放り出されて、それっきりです」
「そうか」
「まったく何を企んでるのか」
「え、アイドル・ビジネスだって言ってたじゃないですか」と須田。
「そんなの嘘に決まってるじゃない!」と叫ぶ和美。
「いや、あながち嘘では無いかもしれない」と橘博士。
「ええ?」

 大友の企画したアイドル・イヴェントは大成功だった。あのテストをクリアしようとたくさんのオタクたちが連日会場に列を作った。
「大友はあのイヴェントで妄想力の強い人間を集めようとしている」と橘所長は語った。
「そして彼らを洗脳してテロ活動をするつもりですね?」と和美。
「いや、それは無いだろう」
「どうしてですか?」
「テロ活動なんかしたって国家や世界に勝てるわけがない。あいつは頭が良いからそんなことはわかっている」
「じゃあいったい何を?」
「具体的にはまだそれはわからない。しかしただひとつ言えること、それは『洗脳と搾取』という目的は確かだということだ」


第9話につづく。


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